第二百七十五話 前日1
・3月27日発売の電撃マオウ五月号に、横山コウヂ先生作画のコミカライズ版第四話が掲載されています! ついに遥さん登場の神回なので是非ご賞味くださいませっ!
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あーでもないこーでもないとウダウダ悩んでいる間に間に時刻は午前0時を過ぎ去って、こりゃいかんと無理やり布団にくるまり目を閉じる。
睡眠不足はあらゆる活動の大敵だ。脳を休めなきゃ思考力が鈍るし、身体の動きだって悪くなる。
だから俺達はちゃんと寝なければならないのだ。
寝る。寝る。眠くなくても兎に角寝る。例え頭が冴え渡っていても、目を瞑り、羊でも数えていればほぅら心地よい気持ちになってスヤスヤと────
「……眠れないね」
「寝る努力をしなさい」
「凶さんは眠い?」
「寝たいとは思ってるよ」
「はぐらかしてる」
「いいから寝なさい」
こんなやり取りをさっきから何回も繰り返している。
遥が、ちょっかいをかけてくるせいで眠れない────というわけではない。
俺自身があまり眠くないというか、眠らなくても大丈夫だと身体が訴えかけているような変な感覚。
「(おいおい、昨日徹夜だっただろ?)」
修学旅行前のテンション的な感じであまりにも意識が冴え渡っていたものだから、遥と協力して夜通し運動し、その後列車内では会津やナラカと話し、皇都に到着した後は歓迎会やらガキさんとのバトル観戦やらでずっと休むまもなく、そうしてここに来てようやく床につけたというのに全くもって眠くない。
遥ですら列車内でうたた寝くらいはしていたというのに、一睡もしていない俺が全くもって覚めているのは一体どういう了見か。
「なんかここ最近、全然大丈夫でさ」
真暗な天井を見上げながらぽつりと呟く。
「ろくに寝れてないのに身体は大丈夫…とごろか好調でさ、徹夜とかしてもバンバンいけんの」
睡眠不足はあらゆる活動の大敵だ。脳を休めなきゃ思考力が鈍るし、身体の動きだって悪くなる。
だというのに最近の俺ときたら寝ないくせに冴えていて、動きはかつてないほどキレているのだ。
「
「そうじゃない? だって今の凶さんってば種族
あっけらかんとした声が左隣から返ってきた。左肘を包むその感触は温かく、そして大変柔らかい。
「だったら人より眠らなくて大丈夫なのも、そういう生き物だからって事で納得できない?」
「あー、それはあるかも」
本家のテュポーンが不眠であったかどうかについてはイマイチ定かではないが、仮にそうであったとしても何らおかしなことではない。
ゲーム内で、奴が眠ったという記述は俺の知る限りなかったと思うし、そもそも
しかし……
「だとしたら大分やだなぁ」
赤い粒子の流出に加え、眠らないで済む身体、そしてもしかしたらそれ以上の何かがあるかもしれないという恐怖。
どんどん自分が外れていくのを実感する。
いや、ドラゴンやエルフや獣人が闊歩するこの世界において、純粋なる人間種ではない事はそこまで特筆する事象ではないのかもしれないがそれでも「嫌だな」という忌避感が湧いてくる。
種族の違いは価値観の相違を招き、価値観の相違は往々にして諍いを招く。
「(クソッタレ。とんでもなく重いデメリットじゃないか)」
〈外来天敵〉、所有者に
「“奴”の規格外級の力を種族を変更するだけで使えるようになるなんて、富んだ儲け者だぜ」と浮かれていた過去の自分を今は無性に殴りたい。
ゲームじゃないのだ。種族が変わる、自分の身体が人ならざるものへと変じる重みを俺はもっと真剣に考えるべきだった。
「なぁ遥」
暗闇の中で彼女に問う。
「……彼氏が人間じゃないって不安にならない?」
「遥さんの愛は、種族なんてみみっちい枠には収まらないのだ」
ころころと、いつものように明るい声で笑う恒星系。
「君がカエルやお魚になったって、あたしは
「そうかい」
心の中を埋め尽くさんばかりに覆っていたモヤが霧散していく。
この先どんな姿形になっても彼女が笑って傍にいてくれるというのなら、
「(まぁ、それならいいか)」
目を閉じて、努めて寝よう寝ようと言い聞かせる。
あぁ、なんとか寝れそうだなと言う感覚がやって来たのは、それから約二時間後の事だった。
◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』:『妨害手』:会津・ジャシィーヴィル(組織穏健派所属・コードネーム『逆理』)
まず動画サイトを開き、登録済みのチャンネルを巡回する。
バーチャルタレント、啓蒙動画、有名配信者の切り抜きにゲームの炎上を収益源とする感想動画を経て最後に合成音声とソフトを用いた二次創作チャンネルの新作を見聞。
内容などどうでもいい。ただ情報を得る為の
こんな
「(くだらない)」
それは己の在り方に対する自省か、はたまた同族への嫌悪か。
心の内側より湧き出た僅かな発露。“くだらない”と思う彼の視線の先には一通の
『@user-az8ev2ko8b:45分前:今回の動画も大変良かったです! ロクゴローさんの動画はいつも私に気づきを与えてくれて最高です!』
ロクゴローチャンネル。フリーのイラスト素材を用いた社会風刺系のコントを主として扱う映像系チャンネルである。
現在のチャンネル登録者数は65万人。投稿頻度は月曜と金曜の午前一時の固定型。その独特なユーモアとあらゆるホップカルチャーへの理解の深さから繰り出される質の高い映像コントが若年層を中心に支持を獲得。
そんな彼、あるいは彼女の「最新作」に投下された一通のコメント。
特に棘もなく、さりとて他の視聴者から高評価を受ける程の
端的に言って普通のコメントだ。人気のチャンネルであれば、十や二十は必ず見る最も一般的かつ模範的なファンコメント。
しかし、
「…………」
どこの誰とも知れないその文を、会津は幾度となく読み返す。
前述の通り内容は普通。
コメントの投稿主に関しても身に覚えはない。
けれども、
「(四十五分前……。つまりこの文が投稿された時刻は一時三分という事になる)」
ロクゴローチャンネルは、毎週月曜日と金曜日の午前一時丁度に新作動画を投下する。
そしてこの日もそれはつつがなく行われた。
午前一時の定期投稿。その@user-az8ev2ko8bが件のコメントをロクゴローチャンネルに打ち込んだ。
「(
そう。あり得ない。少なくとも一般的とはとても呼べない異常性である。
「(この動画の再生時間は二十八分四十秒。つまり視聴者が感想を書き込み始める初動はどれだけ速くとも一時半前)」
無論、彼がそうしているように動画プラットフォームの再生速度を速めれば、タイムパフォーマンスの改善は見込めるだろう。
だが、
更にコメントを打ち込む時間まで考慮に加えれば、感想コメントの投下初動目安は一時十六分から十八分辺りが常識的である。
一時三分に感想コメントを投げるなど、まともな神経をしている人間ならばまずしない、とエージェントは結論付けた。
「(臭うな)」
再生時間二十八分の新作動画が投下されたおよそ三分後に送信された感想コメント。
組織のメンバーが扱う“
確定ではない。組織の
故に巡回場所に張られた@user-az8ev2ko8bのコメントも、組織のメンバーではなく、承認欲求を拗らせた哀れな
動画プラットフォームや人気漫画アプリの配信直後に打ち込まれる「あまりにも性急な感想コメント」の約半分は、組織の“ハト”が飛ばす擬態式の“メッセージ”である。
しかし裏を返せば、もう半分は普通の人間がヤッているのだ。
推しが丹精込めて作り上げた動画をロクに見もせずに我先にとコメントを残す事も、ネットに違法アップロードされた“早バレ”を事前に読み込み、公式公開された漫画作品に一早く自分の“バズるコメント”を投下する為に「作品が公開される前に作品の感想を準備する」輩も半分は一般人なのだ。
その真贋を見極めるべく、エージェントはインターネットという名の肥溜めを渡り歩いていく。
知識共有サービスに寄せられた客観性のない回答。まとめサイトのコメント欄に連続投稿された卑猥なアスキーアートの数々。
湧きあがるインプレッションゾンビの群れ、ある主張やイデオロギーを憎むあまり常軌を逸した悪罵を絶え間なく垂れ流す自称“普通人”。
木を隠すのならば森の中とは良く言ったものだ。誰もが
だから後は、一つ一つの狂気をポイントや時間を重ね合わせながら“鍵”を作るだけで良かった。
あてがわれた客室の隅で、淡々とタブレット端末を操作する。
どこで投下されたものか。いつ投下されたものなのか。何の配信で? どんなネットミームを使っている?
一つの鍵を使い錠前を開けると、鍵の入った宝箱が手に入る。
その作業を幾度となく繰り返し、@user-az8ev2ko8bのコメントが歴としたメッセージである事を確信した会津は、手に入れた“鍵”を駆使して解読作業を行い、そして
『決行は本日。奴等がダンジョンに逃げ込む前に、清水凶一郎を浚う。ボディーガードと奴を離すように誘導されたし』
――――どうやら武闘派の連中が動くらしい。
『ぱずず:@user-az8ev2ko8bさん。……あの、すいません。二十八分の動画の感想がどうして動画投稿開始から三分足らずで出て来るんですか? ちゃんと視ないでそういう事するのってすごく気持ち悪いから辞めた方が良いですよ?』
喧嘩を装いながら、特別なメッセージを仕込み、“相手”方との打ち合わせを重ねていく。
「(
────表面上の主が、裏の仕事仲間に襲われる。
その事に会津・ジャシーヴィルが何らかの感情を抱いたのかと問われればその答えは当たり前ながら否である。
何の感情も、後ろめたさも感じなかった。
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ちなみにダンマギ世界の早バレは、
・次回更新は木曜日を予定しております! お楽しみにっ!
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