第二百七十四話 彼の仕事





◆◆◆『外来天敵テュポーン』:清水凶一郎




 「人の本質は、追い詰められた時に現れる」という言説がある。


 曰く「余裕がない時」や「窮地に陥る」と理性のタガが外れ、抑えていたむき出しの本能が暴れ出すとかなんとか。


 まぁ確かに、俺達は追い詰められると普段とは違う顔をする事がある。


 例えばいつもは冷静な判断の出来る上司が驚くほどテンパっちまって使い物にならなくなったり、あるいは普段温厚で優しい人が阿修羅のような形相で怒鳴ってきたりと、その時の対応は、まぁ個人によってマチマチだが、どうやら俺達“人間”は、感情のコントロールが利かなくなる程焦ると「別の顔を見せる」という傾向を持つ生き物のようだ。


人は焦ると別の側面を見せる。あぁ、これについては俺も異論はないさ。誰にだって経験があるだろうし、俺自身にだって色んな面がある。俺達は多面的な生き物だ。だから追い詰められた時に出る“顔”っていうのも確かにある。



 だけどその一方で、その側面をまるでさも「人の本性」であるかのようにラベリングするのは、流石に極論過ぎやしませんか、とも俺は思うのだ。


 だってそうだろう? ブラック会社に酷使されて自分じゃ色々判断できなくなっちまった奴の本性は“馬鹿”なのか?


 学校で虐められてる奴の本性は“空気の読めない嫌われ者”なのか?


 “正当防衛”や“緊急避難”が何故法律で認められてると思う?



 そして何よりも俺が気に食わないのは、この台詞を本気ガチで吐く奴の大抵加害者アクニンだって事なんだ。


 ……いや、冗談とか、厨二病とか、漠然とネットで呟くくらいの感覚なら全然良いと思うぜ。


 だけどほら、中にはトンデモねぇ事やりながら神様気取りでこの暴論撒き散らして来る輩がいるだろう?


 やれ怪しい仮面を被ったデスゲームの主宰者だとか、かれ人の命を人質にとって主人公に極限の二択を迫って来る爆弾魔だとか。


 そういう輩がまるで自分がさも高尚な裁定者でございます的な面をして件の「人間は追い詰められた時に本性が出る」ロジックを展開して来ると俺はどうしても「てめぇどの面下げて言ってんだカス」と思ってしまうのよ。



 だってそれ、お前のせいじゃん。お前が日常では絶対にお目にかかれないような理不尽強いた結果じゃん。



 そんな事言って何? お前カッコいいとでも思われたいの? それとも本気でそう思っちゃってるの?


 なんか賢ぶってる割には人間を一面的にしか見てないし、お前らの方こそ「得体の知れない悪」って仮面ペルソナ脱ぎ捨てたら、ただの「イキったネット論客」じゃん。



 よしんばその理屈が正しかったとしても「お前だけは言うな」と俺は口を大にして言いたいわけよ。



 ブラック企業の社長がアホみたいなノルマと鬼も真っ青なパワハラで社員洗脳しておいて「人間の本性は“奴隷”です」とか抜かしてたらぶん殴りたくなるだろ。


 それと全く一緒さ。てめぇの悪事を着飾った言葉で誤魔化すなよって話。


 失敗した時、追い詰められた時、負けた時。そんな時につい出てきた一つの側面カオを「これがこいつの本性だ!」と嘲笑うのはあまりにも暴論だ。



 悔しくて泣いてる奴の本性は“泣き虫”なのか? 会社からのストレスに苛まされてつい過食しちまう奴の本質は肥満デブなのか?



 そうじゃない。そうじゃないのだ。あるシチュエーション、ある精神的負荷に晒された時に出てくるその顔は、無数にあるその人の“顔”の一つでしかない。



 だから―――――




◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』十二階・凶一郎と遥の部屋。




「なぁ――――っ! なぁ――――っ! なぁ――――っ!」



 だから今、ガキさんに負けたショックで猫になってしまっているこの少女の醜態も、一つの側面に過ぎないのだと自分に言い聞かせる。



「しゃーっ! しゃーっ! しゃーっ!」



 三十二畳の大部屋の中心に敷かれた浅葱色のお布団。旅館の人が用意してくれたその二人分の敷布団の上では今、絶賛ご乱心中の大きな猫ちゃんがものすごい勢いでゴロゴロと転がり回りながら猫語で何かを言っている。



「にゃんにゃんにゃにゃにゃにゃんっ! しゃーっ! しゃーっ! しゃーっ!」

「そうだな、今日の晩飯美味かったな」



 良く分からない猫ちゃんの叫びに適当に相槌を打ちながら、企画書に修正アカを入れていく。



 経験上、こういう時に構うのは逆効果だ。


 遥は構って欲しい時には勝手に向こうから寄って来るタイプなので、一人でああしている内は放っておくに限る。



「なぁ――――っ! なぁ――――っ! なぁ――――っ!」

「はいはい、から揚げに勝手にレモンをかけるのは良くないね」



 こんな醜態を晒している猫ちゃんではあるのだが、これでも大分耐えたのだ。



 ガキさんとの模擬戦が終わり、その後『降東』メンバー六人で改めて自己紹介を重ねる局面になっても、遥はずっと“普通”だった。



 普通と言うのは、世間一般に認知されている蒼乃遥らしい振る舞いだったという事だ。


 明るく元気でバトル好き。だけど悔しがりながらも負けは負けとして受け入れ、「バトルが終わればみんな友達!」みたいなノリで対戦相手と仲良くなるとかそんな感じのアレ。



 まだこいつの事を良く知らない花音さんなんかは、遥のそんな爽やかな様子をみて「はー様って本当に人ができてますねー」と感銘を受けていたが、そんな事はない。


 遥は誰かに負けたら陰で泣いて悔しがるし、猫語しか喋らなくなる。


 

 彼女のこんな一面を知ったのは、付き合ってからの事だった。


 割りと強がりというか、ある意味ポーカーフェイスというか。そんな彼女の一面も含めて丸ごと全てが愛おしいと思ってしまう辺り、俺も俺で相当に魅入られている。



「(ガキさんが入ってくれた事で流石に過剰戦力じみては来たけれど、それは何もトラブルが起こらなかった場合の話だ。想定し得るあらゆる理不尽クソゲーを先読みしろ。この攻略にどういう要素が絡んできたら俺達は詰む?)」



 とはいえ、今の俺には率先してこの荒れ狂う猫ちゃんに構う程の余裕はない。


 明後日から始まる『降東』攻略、禁域指定を受けた歴代最強三作目のダンジョンを唯の一人の犠牲も出さずに踏破するに辺り、俺が考えなければならない事は山積みだった。



「(最終階層守護者のゲーム未登場の覚醒は……無論あるとして、それプラス何個かの追加強化展開が来たとしても多分俺達が勝つ)」



 天城の時とはある意味真逆。

 唯でさえ遥がパーティーにいるという戦略的優位性アドバンテージに加え、今回はガキさんが武装政務官ロイヤルガードとしてついて来てくれるのだ。



 俺が現地でウロチョロと色々動き回るまでもなく、ダンジョン攻略に必要な全てのピースは完璧以上に揃っている。


 だから『天城』の時のような俺の胃に優しくない展開が起こり得る筈が――――



「(なんだこの違和感は)」



 筈がないにも関わらず、何故かこびりついて離れない一抹の不安。


 『常闇』、『天城』と毎回ボスのアドリブ力に翻弄されてきたが故の経験則と、会津という危険性リスクに対する警戒心が俺から楽観視という観念を奪っているのだろうか?


 無論それもある。


 これから戦う組織の人間を俺達の腹の中に入れる以上、常に彼の裏切りや十三道徳コンプライアンスの手引きを入れなければならず、ゲーム知識の過信は却って固定観念の定着に繋がるという事を今の俺はちゃんと知っている。



「(会津が大人しくしているという保証、あるいは逆に絶対に仕掛けて来るという保証があればもう少し動きやすくなるんだが)」



 だが、それら全てが仮に首尾よく解決したと仮定した上でなお、

 


「(なんだ? 何を不安に思う必要がある? ガキさんの裏切り? 可能性が絶無ゼロとまでは言わないが、だったらなんで俺達に手の内を見せるような真似をみせた? ソフィさんが色々と羽化して……いや、多分俺達が彼女にコントロールされている“運命的距離”は、『失楽園ルシファー』へ案内する事だ。いずれは向き合わなければならない問題の一つなのだろうが、今は逆に彼女の幸運がこちら側に働いている状況と言えるだろう)」



 分からない。分からないが、不安だった。

 そしてこの不安は、多分無視してはならない類の予感ナニカであり――――



「なんだ。もう猫ちゃんごっこはやめたのか」



 背中越しに伝わる柔らかい二つの感触。その魅惑に負けないようにと努めてクールな声音を振り絞いながら、彼女の返事を静かに待つ。



「ご迷惑を」



 遥は言った。



「ご迷惑をおかけ致しました」



 若干バツが悪そうな声だ。申し訳なさや後悔を滲ませたような響きも感じる。



「悔しかった?」

「すっごく」

「よく人前で我慢できたな」

「それはもう、最低限の礼儀マナーですので」



 色々と堪えられなくなってきたので、彼女を膝の上に乗せて、それからしこたま髪の毛を撫でた。


 ほのかに香る石鹸の匂い。撫でる度に小さく鳴るゴロゴロ音。織縞の浴衣に身を包んだその姿も、「お仕事のじゃましてない?」と心配そうに訴えかけるその視線もその全てが無性に愛おしい。



「ねぇ凶さん」

「何ですか遥さん」

「あたしがガキさんに負けた理由って何?」



 それを俺に聞いてどうするのかと思う半面、頼ってくれる嬉しさに少しだけテンションが上がったりなんかもして、



「俺個人の感想としてはガキさんの指摘を参考にしてくれればそれでいいかなって感じもするんだけど」

「うん」

「ただあえてつけ加えるなら、準備の差が出たって感じがしなくもない」



 模擬戦の結果だけを見るならば、遥と我鬼さんの格付けは相当離れているように思える。


 我鬼さんは、一万人以上の分身を有した状態でなお無傷。

 一方の遥は、不意打ちの一撃に合い、致命的な手傷を負った。



 流石は“龍生九士”、この国の最高戦力の名は伊達ではなく、それは未だ発展途上の蛹であるガキさんとて同じ。


 アレでまだ手札を何枚も温存しているのかと思うと……あぁ、恐ろし。




「準備?」

「そう、準備」



 しかしその上であえて言おう。あの戦いにおける二人の実力差は、実はそんなにはなかったのだ。


 勿論コレは俺個人の感想である。身内寄りの意見であることに加えて“龍生九士”が共通で持つ「無限の加護」を今のガキさんは扱えないと勝手に解釈した上での判断であるということもご留意頂きたい。


「さっきの模擬戦、勝敗の鍵に繋がったのはお互いの出力でも術式の相性差でもなく、“遥が隙をつかれた”からだろ」

「……お恥ずかしい限りでございます」

「いや、ガキさんの言ってたことも最もだとは思うが、アレはそれ以上にガキさんが上手だった」



 ガキさんはアレを見せたら遥がどんな反応に陥るか知った上で、あの紙を彼女に見せつけた。つまり蒼乃遥がどういう人物であるのかを入念に調べ、その攻略法を戦う前に確立していたのである。



「そりゃあお前さんが面食らうのも致し方なしってやつだぜ。次期“皇国最強”の“龍生九士”様が模擬戦、しかも今年デビューしたばかりの中学生相手にあんな盤外戦術を仕掛けて来るなんて普通思わねぇもん」


 例えどんな相手でも傲らず、侮らず、持てる限りの全力で勝ちにいく。ウチで例えるならば黒騎士の旦那に近い在り方ではあるが、しかし澄江堂我鬼は、そこに一匙の騎士道精神も濁さない。



 殺戮の“龍生九士”とは、かくや也。彼は圧倒的強者たる力を持ちながら、恥も臆面もなく「弱者の戦略」が使える。



 ハッキリ言って、俺はこういう手合いが一番怖い。勝つためなら嘘をつき、目的のためならば手段を選ばず、例えどんな汚い手を使ってでも目的を果たす。


 そんな事を“龍生九士”兼最高峰の呪術士である彼にやられたら、そりゃあ誰も勝てねーよって話な訳ですよ。



「お前はガキさんに“打倒クリア”されたんだよ、遥」



 有している知識を元に情報を精査し、相手にとって有効な手段を予め備えておく。


 まさに俺がいつもやっているヤツである。


 丹念に研ぎ澄まされた情報の牙は、蒼乃遥すら食らった────その事実に、俺は今少なからず動揺を覚えている。



「逆に言えば、お前さんはガキ使。十分スゴいし、誇って良いと思うぜ」



 ワシャワシャと膝元に座る蒼い猫ちゃんの髪を撫で回しながら、改めて省みる。


「(今回の探索、中でどんなイレギュラーが起こるかは分からないが、出来る限り備えておかないとな)」 

 


 まずは、この漠然とした不安を言語化できる領域まで噛み砕くこと。その上であらゆる可能性を検証し、どんな状況に陥っても対応できるように備える事。



 『降東』攻略まで後、一日半。考えなければならない課題は山積みだった。




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・お知らせ



・2月27日発売の電撃マオウ4月号に、横山コウヂ先生のコミカライズ版第三話が掲載されました!

耳を澄ませたお姉ちゃんが大変可愛らしい最高の3話を是非是非チェックして下さいませっ!


・お知らせその2



・確定申告や校正作業等の関係で1週間程お休みを頂きます!

次回更新は、3月10日!そこからは恐らくまた3月いっぱい週二更新でやらさせて頂きますので、お楽しみにーっ!

(o≧▽゜)o

















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