第二百七十ニ話 超越奥義






◆八大龍王について



 八大龍王ナーガラージャ、かつて蛇から龍へと至った八柱の諸王の御魂。


 その神髄は、鏡像データを藁人形に見立てた相似性代替呪術丑の刻参り――――ではない。


 『ナーガラージャ』は、その名が示す通り八つの龍王から成る呪術現象の総体だ。


 故にその術式の総数もまた八岐やまた


 八柱の呪術王がかつて極めた八岐の呪術を現世に降ろす術式こそが精霊『八大龍王ナーガラージャ』の神髄であり、本性である。


 

 相似性代替呪術の徳叉迦タクシャカ


 自己像幻視呪術ドッペルゲンガー多頭龍王ヴァースキ

 


 『八大龍王ナーガラージャ』、澄江堂我鬼が織りなす八岐の呪術。その底は未だ遥か遠くに。



 


◆◆◆仮想空間・ステージプレーン(ラージフィールド):『嫉妬之女帝レヴィアタン』:蒼乃遥




 分身。つまり術者を増やす術式には幾つかの種類カテゴリー等級ランクがある。



 例えば数は多いが性能の劣る“増殖マスプロダクト

 上記とは逆に数こそ少ないものの本体と遜色のない分身を造り出す“再現コピー

 それ自体が自我を持たず、主が遠隔操作を行う“複製クローン

 自らの血肉を媒介とし、完全なるもう一人の己を造り出す“自生ファミリア

 “投影トレース”、“分霊バックアップ”、変わり種で言えば並行世界の己を呼び出す“多元パラレル”と呼ばれるものもある。



 しかし結局のところ、それらの組み分けはある一つの“到達点”を細かく砕いた放流に他ならない。



 “化身アバター”、総数千以上の完全なる分身の生成に成功した術式のみが名乗る事を許される分我総列の最高到達点。



 

 澄江堂ガキの術式がその域に達した分身ものであると少女が察する為に要した時間は、僅か一合。


 戦場を覆い尽くす程までに肥大した遥渾身の霊力剣がたった一人の睚眦がいさいの手により受け止められたのである。



「ほなら」

「いくで」



 瞬間、万にも及ぶ翠黒の閃光が仮想世界を駆け抜けた。


 鳴動する万の睚眦の大名行列デッドパレード


 駆け抜ける速さは第二雷霆速度雷のように、遥の攻撃を一切寄せつけない不動の防御性は最高等級龍麟龍が如く



 何よりも厄介なのは、



入れ替わりスイッチや、ボク」

「オーケー、無理せんといてな」



 それらが自分で思考し、互いに連携し、支え合ってきやがるのだ。



 前衛のガキ。後衛の睚眦、取り次ぎを行う龍生九士達。


 徒手格闘、匕首による刀剣術、後方から呪札を用いた絶え間ない呪詛爆発カースドバーストが降り注ぎ、恐らくは強化術式と思しき何かを千の分身が唱え続けている。



 遥は、



「(鏡が消えた?)」



 蒼乃遥は、それら全てをニ刀の刃で捌き切りながら考える。



「(万の分身の出現と同時に千の刀が消失にゃんにゃん。『布都御魂みーちゃん』対策になるあの厄介な鏡さんをここで消去する合理的な理由はないよね)」



 崩界術式ゼニス級の霊力を絶え間なく放出し、戦場の果てから果てへと届く霊力の刃を形成しながら睚眦の軍勢を翻弄。


 本体と同一の性能を誇る一万余りの化身達。


 他の者であれば絶望し、剣を落とす程の圧倒的な勢力差を前にして、少女は「学習機会が一万倍に増えたにゃ」と冷静ポジティブに捉えていた。



「(鏡と分身は同時に出す事ができない? だとすればそれはどうして? 霊力の消費が激しいから? あり得ない話じゃないけどこのクラスの人がそんな欠点を抱えているとは思えないよね)」



 戦場の僅かな変化を見逃さず、洞察し、対抗戦術ロジックを組み立てていく。


「(『ナーガラージャ』、八大龍王。相似性代替呪術と自己像幻視呪術、特性の全く異なる術式の切り替え……)」



 舌を出しながら「何となく視えてきた」とぺろりと笑う。



「王様っていうのは――――」



 『布都御魂みーちゃん』の力でニ十四本の<龍哭>を精製し、それを足場として天を翔ける。



「――――やっぱり、それなりに我が強くないとやってられませんもんねっ!」



 見渡せばどこにでもいるキツネ目の男達ににこやかに語りかけながら、更に秒間稼働速度を三百キロ程アップデート。



「戦場に立てる術式おうさまは一つだけ。奥の手として多重発動コンボの線もあるかもですけど、基本的には八つの術式を状況に合わせて切り替えていくバトルスタイル」



 睚眦は、笑った。苦笑いだった。




「一個一個がすっごく強いし、未だに一つだって攻略できていないけど」



 この手のスキル展覧会型との戦い方は、既に黒騎士おじさまとの模擬戦で嫌という程学んでいる。



「同じレベルの理不尽チートを八回攻略すればいいだけなら、まだ全然あたしの方にも可能性がありますね」

「……やっぱ君」

「つくづく超越者ばけものやわ」



 龍生九士から直々に賜った「可愛くない評価」を、遥は「あはっ♪」と軽やかに笑いながら華麗に流した。



 自分が人間だろうが超越者かみさまだろうが化け猫だろうが、そんな事は心底どうでも良かった。


 だって別に蒼乃遥が何者であろうが、彼はちっとも気にしないだろうから。


 多くは望まない。好きな人が自分の事を好きでいてくれればそれでいい。


 そして少女の願いは幸せは、今現在最高の形で叶っていて――――



「いきますよー!」



 故にこそ、彼女は蒼乃遥である事を決して見失わない。



 爆ぜる閃光。咲き誇る剣激。仮想の世界の果てから果てへと絶え間なく移ろいながら、超越者達の饗宴は加速度的に熱を増す。


 この時点における両者の趨勢は、睚眦側に大きく傾いているといえた。


 少女は未だ睚眦の身を傷つけるに能わず、ガキの手札は少なく見積もってもまだ六枚以上ある。


 だから、



「(チャンスだにゃん)」



 と、遥は迅速に判断を下した。



 無傷の睚眦、有り余っている手札。一見するとそれらはガキの優位性アドバンテージを示す論拠でしかなく、そして恐らくは歴とした事実なのだろうけれど



「(おじ様との戦いで嫌という程身にしみてるからねー。沢山の術式をホレホレとひけらかしてくるスタイルの方々に対しては、まともに付き合わない方が勝ちやすい)」



 全ての術式を使い終わった後に初めて使用できる限定決戦術式とか、自分が窮地に立たされた時のも活用可能な“奥の手”とか。


 そういった後半戦専用の“やばい奴”を大人しく喰らってあげる程、少女はお人よしでも甘ったれでもなかったのだ。


 ――――嘘。本当はアミューズメント感覚でそれらを存分に楽しみたい気持ちは多分にあったのだけれど、それよりも「この人に勝ちたい!」という気持ちの方が大きかったのである。



「(今のあたしの出力パワーじゃこの人を切れない。二倍、十倍……ううん。百倍だろうが千倍だろうがきっとガキさんは耐えちゃうんだろうね)」

「なんや、考え事かい」


 僅かな間隙。少女が思考に重きを置いた事で生じたフィールドの微かな孔。

 西側の最端、東側で剣を振るう遥の約十キロ先に漂う〈龍哭〉をキツネ目の一人が豪快に刺した。


 夥しい程の呪詛を纏った睚眦の一刺し。ニ十四層にも及ぶ邪龍王の『龍鱗』を貫通し、紫黒刀を刺し穿つに至ったその一撃が、宙を舞う全ての〈龍哭〉へと【感染】する。



「なるほどー。鏡は使えないし、【本人が使わなければならない】という特別な縛りこそ課せられるものの、相似性代替呪術事象の感染自己像幻視呪術沢山の分身を併用する事も可能と」



 王同士が並び立つ事はないが、支援しおを送ることぐらいはしてくれる――――また一つ知見を得たと成長の喜びを噛みしめながら、遥は〈龍哭〉の複製を『布都御魂みーちゃん』の能力で展開する。


 産み出したのは一本だけ。足場兼空中移動ホバーライド用の一振り。



 『レヴィアタン』の権能を装備品に馴染ませる為には、それなりの時間を要さなければならない。そして『布都御魂みーちゃん』の複製は、剣が本来持っていない情報まではコピーしてくれない。


 (相当限定的な行使とはいえ)ガキが自己像幻視呪術と相似性代替呪術の併用を可する事が出来ると判明した以上、徒に的を増やす選択を取る事はできない。


 故に〈龍哭〉の展開は一本だけ。


 自分の全力稼働を支える足場としては少々心もとないけれど、まぁそこは都度作り直す方向で行きましょう。



「(ミーちゃん、レヴィアちゃん)」



 霊力剣の出力範囲を直径二キロメートル範囲まで集束する。

 それなりの範囲と、フィールドの幅にギリギリ届かない程度の丁度良さ。



「(勝つよ)」



 その宣誓に『布都御魂』は狂喜し、レヴィアタンは『出来るだけ嫉妬リソース発散ちてな』と請願した。




「くるんか」

超越奥義エクシード



 ガキの呟いた超越奥義エクシードという言葉に聞き覚えこそなかったものの、遥はソレが何を指すものなのかという事を肌感覚で理解した。



 『常闇』の邪龍王戦の際、当時の少女にとって格上の高みにあったザッハークの片腕を斬り落とした究極の斬撃。



 長らく力の所在を掴めずにいた遥であったが、彼からの三度目の告白を経た事でその力の出所と詳細を粗方掴む事が出来た。




『──司る時間は刹那。──司る因果は不可逆。貴女の振るう剣は時を飛び、そして一つの現実いまへと収束する』



 下手人と思しき人物から僅かに聞きだす事ができた不思議な力の正体。


 超越者、即ち眷族神カミへと至った者だけが振るう事の許される人外の理。



「っ!?」

「消えた?」



 きっとそれを超越奥義エクシードと呼ぶのだろう。



 遥は翔ける。雷の速さで宙を飛び、負荷に耐えられず複製の〈龍哭〉が壊れる度にその場で再展開をかけながら、時にはうっかり地面に落っこちたりして、しかしそれでも翔けて駆けて賭けに出て――――



「(斬れ。斬れ。未来に向けてひたすら斬り続けろ)」


 更に千キロの秒間稼働速度更新アップデート


 無論であれば、彼は難なく追いつくだろう。


 しかしこの刹那、ガキが遥の速さを認識し、秒間稼働速度を再更新するまでの僅かの間――――



「(斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。)」



 蒼乃遥の最高到達速度トップスピードは、澄江堂我鬼すらも置き去りにしてフィールドを縦横無尽に駆け巡る。


 放たれる神速の振り。


 巨大な蒼の霊力を纏った二振りの刃を雷速で振るう時の女神の眷族神。


 しかしその刃は何一つとして断たなかった。


 『龍麟』の減衰による無力化――――ではない。


 風も、衝撃も、音すらなく。遥の刃は何もかもをすり抜けて、



 幾千、幾万、幾億、そして更なる先へ。



 人ならざる者の両腕より紡がれる千万無量の刀幻郷。


 その刹那は現在いまを越え、術者の定めた未来へと収束する。



「(とりあえず、こんなもんでいいかなっ!)」



 超越奥義エクシード、【刹那生滅】


 無我の境地から放たれた数量不明の神剣絶技。


 その光景を目の当たりにした烏の王は、これを“上限のないチャージ技”であると結論付けた。


 それは蒼乃遥以外の術者が使えば、凡百の術式。


 時間ターンをかけた分に応じた倍化など、ゲームであればおよそ使い物にはならなかっただろう。


 だが、



「巷では凶一郎君の事を“ゴリラ”言う手呼ぶ風潮があるみたいやけど」


 

 蒼乃遥がこの術を使うとなれば、話は別だ。



「君の方がよっぽど豪腕ゴリラやないかい」

「あはっ、それってつまり二人はお似合いラブラブカップルって事ですねっ♪」




 重ね切ること十億八千万。

 その全てが一つの刃となり、世界を断つ。



















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