第二百七十一話 八大龍王





◆◆◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』七階シミュレータールーム:『極光英傑戦姫』空樹花音




 目まぐるしく動き回る両雄。

 一度彼等が刃を振るう度に嵐が吹き荒れ、フィールドを覆い尽くす程の大きさを持つ霊力剣が世界を絶え間なく切り刻む。


 雷霆速度到達者プロヴィデンス。秒速200キロメートルを越えた世界に到達した者達を差す言葉。


 その速さは私達冒険者の立場からしてみても問答無用の異次元であり、最早神の領域レベルといっても何ら差支えがないだろう。


 視線を隣のモニターへ移す。


 メインモニターに隣接する形で設置された四角形のディスプレイモニターには、機械が計測した二人の状態コンディションがリアルタイムで更新されていた。



 ――――蒼乃遥:3692㎞/S


 ――――澄江堂我鬼:2840㎞/S



「(絶対人が出しちゃいけない数字が出ている……っ!)」



 『天城』を経て、私も少しは成長できたと思っていたのだが、はー様達の暴れっぷりをを見ているとまだまだ精進が足りないなと思えてきてしまう。



「あんまり気にする必要はないと思うよ」



 そんな私のしなけた感情を見透かしているかのような一声が右隣の方角から聞こえてきた。


「遥と君とじゃ分野ジャンルが違うんだ。“最強”の道を一人で駆け抜ける英雄も、みんなをヒーローにしてくれる英傑もどっちもすごいし輝いてる」


 凶一郎さんの言っている事はきっと(というか間違いなく)正しいのだろう。

 私には私の、遥さんには遥さんの持ち味がある。

 うん。全くもってその通りだ。「私にしか出来ない事」というのは確かにあって、そして私はそんな私の在り方がちゃんと大好きなのだ。


 だから今私の胸をモヤモヤさせている感情の正体は、きっと嫉妬なんかじゃない。


「凶一郎さんは」


 

 嫉妬なんかじゃないが、しかしそれはそれとして



「凶一郎さんは、はー様と一緒にいてもっと強くなりたいって思う瞬間ありません?」



 我ながらなんとも抽象的な質問。だけど直球ストレートに「苦しくありませんか」と聞くよりかはずっといい。


 人間関係の基本は相手への尊敬と思いやりだ。幾ら親しき仲とはいえ、デリケートな質問を悪口みたいな言い方でいうのは良くないし、私にその気がなくても相手が陰口のように感じてしまったらそれはもう立派な陰口なのだ。


 だからどれだけ迂遠な言い方であったとしても、最近の私は出来る限り柔らかなフレーズを使うように心がけている。


 そして私がどれだけまどろっこしい言い方をしたとしても、



「……あぁ、うん。成る程ね」



 頭の回転が速いこの人ならば直ぐに察して合わせてくれるのだ。



「結論から言うと“ない”」


 モニターを捉える彼の瞳によどみはない。今日も今日とて凶一郎さんは、変わらず真っすぐだった。



「“最強”の称号に興味がないかって言われればそりゃあ勿論あるし、リーダーとしてもっと強くならなきゃなっていう義務感おもいは昔からずっとあるよ」



 そう。凶一郎さんはちゃんと持っているのだ。強くなりたい理由、頂きを目指したいという本能。

 しかし彼はその上で、



「でもさ、花音さん。別に俺は俺が“最強”じゃなくてもいいんだ」

「興味はあるけど、本気で目指す程でもない……みたいな?」

「それもあるし、そもそも俺の目標ゴールに俺の最強化は必須ではないと言いますか……んー、言葉が悪いかもしれないけど、遥や花音さんが“最強”ならその力を借りることができる俺もまた最強、みたいな?」



 あぁ、と納得する。

 この人はやはり本質が“王”なのだ。

 侍や騎士のように己の力の多寡を存在証明にしているわけではなく、その視野はもっと高くて広い場所に向けられていて、みんなと一緒に喜べる人。


 だから一つしか席のない頂きの玉座には、さしたる執着がないのだろう。


「“俺が最強だ”じゃなくて、“俺達は最強だ”なんですね、凶一郎さんは」

「上手い事言うね、花音さん」

「えへへー」



 頬を緩めながら、先程彼が言ってくれた言葉を反芻する。


「(はー様や私が最強なら、か)」



 少しは期待してくれているのだろうか? それとも単なるお世辞やさしさ


 一体彼がどういう気持ちで説いたのかなんて国語のテストみたいな難問を私がサクッと正しく解けるわけもないので、勝手にポジティブな方向で解釈する。



 ……最強、最強。


「(うん、やっぱり私は)」



 凶一郎さんのスタンスはとっても大人でカッコいいと思うけれど、やっぱり私はあの場所に行きたいと思ってしまう。



「すごいですね、はー様は」

「あぁ。あいつはすごいよ」

「あの“龍生九士”様を相手に互角以上に立ち回ってますよ」

「…………」



 返事はなかった。二秒、三秒、四秒と待ってもレスポンスがない。



「凶一郎さん?」

「……いや」



 多分に吐息を含んだ否定の響き。



「遥は強いし絶好調だけど」



 モニターの中で二人の強者が一斉に己の固有術式を解き始める様子をじっと見つめながら、



「皇国最高戦力の“壁”は、そんなに軽いもんじゃないよ」



 淡々と、斯様な推論を述べたのである。




 




◆◆◆仮想空間・ステージプレーン(ラージフィールド):『嫉妬之女帝レヴィアタン』:蒼乃遥




「いくよ、『布都御魂フツノミタマ』」

「八方塞げ、『八大龍王ナーガラージャ』」



 白色の仮想世界に解き放たれる蒼と黒翠の霊気。



 嫉妬之女帝側が顕したのは宙に浮かぶニ十四の黒刀。『布都御魂フツノミタマ』の能力で複製された邪龍王の遺産が相対する敵を目がけて天を翔ける。



 一方の睚眦がいさい側、『八大龍王ナーガラージャ』の呼び名と共に顕れたのは、千を越える丸型の姫鏡。黒翠の霊力を纏った手鏡は不気味に戦場を漂いながら世界を映す。



「なぁ遥ちゃん、知っとるか」



 少女の判断は早かった。ニ十四倍に増した刀剣全てに自身と同等の霊力を含ませ、巨大な霊力刀艦隊を結成。間髪入れずに仮想世界全域を第二雷霆速度ダートリーダーで斬撃。


 世界は瞬く間の内に蒼一色に包まれて、当然ながら怪しい手鏡も全て壊滅――――



「昔からようけ立派に育った蛇ってのは、龍に成る事が多かった」



 ――――否、割れて砕けたのは姫鏡ではなく、



「うさぎでも、犬でも人間でもなく、そりゃあもう圧倒的に蛇が一番成り易かった。なんでやと思う?」



 ニ十四本の〈龍哭〉。



「答えは簡単シンプル。蛇は龍に似とったんや。形も、魂も、在り方も。蛇はこの世のどんな生物よりも龍に似ていた」



 一体何が起こったのか。

 遥は粉々に砕けた〈龍哭〉の残骸を見やりながら即座に洞察し、雷の速度で事の真相を看破する。



「(砕けたのは複製の〈龍哭たつにゃん〉だけ。壊れたのは一斉同時期。砕け方は十把一絡ぜんぶいっしょ)」



 つまりそう、『八大龍王ナーガラージャ』とはこれ即ち



「同期と感染。【似ている】ものに意味を見出して起こった事象を。それがガキさんの精霊が持つ呪いの効力ちから

「せいかーい。一回視ただけで速攻看破そくとうは多分遥ちゃんが初やで。ほんと隙ないなー、君」



 どうも、と軽い会釈を交えながらも遥は再び『布都御魂フツノミタマ』を展開。再臨を遂げた邪龍王の紫黒刀に今度は霊力を纏わせず、そのまま放出。細心の注意を払いながら、鏡に姿を映さぬよう立ち回るが、しかし、



「無駄やで」


 

 我鬼が近くの姫鏡を匕首で一突きした次の瞬間、〈龍哭〉の群体は一斉に砕け弾け飛んだ。



「この鏡、録画機能持ってんねん。せやから映った時点で一発アウト。鏡を攻撃してもさっきみたいに【破壊された事実が感染する】し、今みたいにボクが任意で壊しても【録画された鏡像データを参照して破壊の感染を成立させ】る」



 例えば、百万人の敵軍の只中に彼を放り込んだとしよう。


 澄江堂我鬼は、余人を寄せつけぬ速さで敵軍の一人の首をかき切り、これを殺害。


 さすれば次の瞬間に、『八大龍王ナーガラージャ』が“相似”を認めた対象、即ち術式の有効射程範囲内に存在する百万の総軍全てに【首をかき切られ殺害された】という事実が感染し、全滅を強制される。



「まぁ、並みの亜神級最上位スプレマシーなら大体一発よ」


 匕首一本で万の軍勢を制すると謳った黄泉の言葉に一切の誇張はなかった。


 

 澄江堂我鬼にとって敵の数も得物の大きさも何ら関係はない。


 鏡に映った敵を刺すだけで対象を殺す。

 一人殺せば【事象の感染】が発生し、有効射程範囲内の敵に同様の災厄が起こる。

 敵が鏡に危害を加えれば、映し出された鏡像データを参照し【破壊された事実を反射】

 一度でも姿を捉えれば、その鏡像データ貯蓄ストックされる。

 そしてこの無法の力を扱う術者が凡百の輩ではなく、遥が未だ傷一つ負わす事も叶わない澄江堂我鬼であるという事実。



「(無法チートだにゃ)」



 あまりにも無法が過ぎて変な笑いがこみ上げて来る。


 これが澄江堂我鬼、これが殺戮の“龍生九士”



 まぁ、とはいえ――――



「しっかし、遥ちゃん堅いなー。大半の相手なら一突き刺したら終わりやで」



 相対する少女もまた、同様に無法だった。



 『レヴィアタン』、概念属性という稀有な法則術式の全てを己の自己強化に費やした彼の嫉妬之女帝の権能は、術者へのあらゆる害を全自動で遮断する。


 この能力の発動中、術者は霊力あるいは代替となる嫉妬の感情を絶えず『レヴィアタン』側に捧げ続けなければならないが、言わずもがな蒼乃遥の嫉妬心に際限等というものは存在しない。



 つまり蒼乃遥の防御性能は、並みの亜神級最上位程度では収まらないのだ。


 かつての『レヴィアタン』が真神級の攻撃に晒されながらも十七時間以上“不滅”を貫いたのと同様に、当代の嫉妬之女帝も、蓄えた嫉妬エネルギーが尽きぬ限りは不滅である。




「なんでボクももうちょいギアを上げるわ」




 故に睚眦は、更なる手札を切った。



「問い、一人じゃ足りひん時はどうすればいいか」

「答え、単純に人手を増やせばいい」

「せやな。マンパワーは偉大や」

「一人じゃできひん事も、みんなでやれば何とかなる」

「十回? 百回? 君の蓄えてるけったいな不滅性バリアのリソースがどれだけあるのか想像もつかへんけど」

「まぁ終わりが来るまでずっと殺し続けましょ」



 悪夢を見ているかのようだった。



 倍、倍、更に倍と。

 目の前で、絶え間なく、澄江堂我鬼が増えていく。


 増殖複製。一個人でさえ無双の力を誇る睚眦の“龍生九士”が、



「ちょっとむさくるしいかもしれへんけど」

「そこのところは堪忍な」



 一万の軍勢となって、進軍を開始した。






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