第二百七十話 怪物達の饗宴








 「史上最悪の難易度」、「バッドエンド厨の自慰識過剰作品マスターベーション」、「よく四作目出せたな」、「娯楽の意味履き違えてんじゃねーぞ○ス」等と、多くの正常な購買層アンチからそれはそれは凄絶な(そして最もな)批判を喰らう事となった『ダンマギⅢ』こと『龍王大戦』。


 この作品の一体何がそんなにも「地獄」だったのかと問われれば、経験者はみな口を揃えて「バトルの難易度がバグってる」と語るのだが、しかしその「バトルの難しさ」を具体的なエピソードを交えて教えてくれとせがむと、彼等俺達はある種の畏敬すらこめてこう答える。




 ――――戦っていると突然ボスキャラのステータスがオール∞になってゲームオーバーになる。



 条件はバラバラ。ただし「ステータスオール∞化」は共通効果。


 一度度発動すればこちら側のあらゆる攻撃が通らなくなり、逆にあちらの攻撃は必中必殺の全体連続攻撃へと変化する。



 どれだけプレイアブルキャラを育てようが天啓を集めようが一度彼等が本気を出せば全て無駄。


 「レベルを上げて殴ればいい」というRPGの最適解を鼻で笑うような究極最大の理不尽仕様。


 無限の攻撃力、無限の防御力、無限の速度、無限の射程範囲。



 彼等“龍生九士”がシリーズ最強のボスキャラ集団として君臨するその最たる所以は、この【無限の権能】にこそある。



 ステータスオール∞、発動した瞬間にプレイヤー側の特殊敗北が確定する公式チート能力。



 しかし彼等が【無限の権能】におんぶに抱っこなステータス馬鹿であるのかというと無論そんなわけもなく、どころかどっこい我々玄人からの評定は、全くの逆なのだ。



 即ち“龍生九士”とは、「ステータスオール∞化をもったヤバいボス」ではなく、「ただでさえ頭を抱えるレベルでヤバい強さのスペックお化けに何故か偶然たまたま同様の特殊敗北条件がついているトンチキ集団」なのである。



 要するに彼等は『無窮覇龍』の能力なんざ借りなくても十分に化け物なのだ。



 その化物の一角が今、仮想の世界の恒星系に殺戮の牙を突きたてるべく躍動を始めた。





◆『皇都』龍心・五つ星旅籠『花天月地』七階シミュレータールーム





 睚眦VS蒼猫


 皇国最高戦力の一角と我等が蒼い猫ちゃんが織りなす世紀の一戦の“立ち上がり”は、あまりにも堂々とした近接戦闘インファイトから始まった。



 蒼と紫黒の二刀をもって剣術を奏でる恒星系とそれを匕首あいくち一本で捌き切るキツネ目の男。


 幾千幾万、刹那の間に展開される超越者達の攻防は、優に人間と言う種の限界を逸脱しており、それは最早音速おとではなく雷速いかづちのぶつかり合いだった。



「凶一郎さん」

「なんでしょう花音さん」



 だから当然、



「ワタシ、画面の向こうで何が起こってるのか全然わかんないです」

「ははっ、俺も」



 俺達のような超音速組からすると遥さん達の動きは完全に理外なわけで、もう本当に蒼と黒緑の閃光が激突バチバチしているようにしか見えないのだ。


 モーション補正も、自動解像調整も入っている筈なのに、全然見えない。


 ソフィさんに至っては、「お二人が消えてしまいました」と口をぽかんと明けて呆けている。そりゃそうなるわ。俺達ですら良く見えてないのだから、身体能力がほとんど一般人レベルな彼女の視点からすればそりゃあ……ねぇ。



「驚いた。……遥さんが押してますよ、コレ」



 唯一の例外は会津だった。

 蒼みがかった銀髪の諜報員の瞳には、どうやら目の前のトンデモバトルの光景が正しく映っているらしい。



「会津アレ視えんの?」

「視えているだけですけどね。戦ったら御二方清水さんにはとても敵いませんよ」



 等と謎の謙遜ム―ブを織り交ぜながら、我が“烏合の王冠”屈指の美人(♂)さんは、流麗な手つきで『コクーン』の設定コンソールを弄り始めた。



「モニターのモーション補正をソフィさんが見やすいレベルまで調整します。……あぁ酷いな、これは。視る側の気持ちをまるで考えていない」



 画面の向こうの世界が切り替わる。


 鮮明に、克明に。そこには獰猛な笑みを浮かべながら己の得物を振るう二匹の姿があった。



「わぁ、遥様達の御姿がっ!」

「ありがとう、会津。助かるよ」

「いえ、お気になさらず」



 短い言葉と共に、仮面の微笑みを浮かべる美青年。

 出来た男だ。基本エゴイスト集団なウチのクランにおいて、彼のこうした細やかな気配りはそれだけで宝である。


 俺はもう一度会津に感謝の言葉を送った後、再び視線を大型モニターへと向け直す。



 そこには――――




◆◆◆仮想空間・ステージプレーン(ラージフィールド):『嫉妬之女帝レヴィアタン』:蒼乃遥




 蕾から花が咲くような、あるいは雨上がりの空に七色の橋をかけるような。

 そんな美しい瞬間を自ら作るような感覚で、蒼乃遥は剣を振るう。


 理想イメージは常に頭の中にあって、それに合わせて身体は勝手に移ろい現実いまを描く。

 一つ一つの動作はすべて過程プロセスだ。過去の偉人が紡ぎあげた秘剣も、未だ少女しか使い手のいない極みの剣も全ては過程。

 どれ程の技巧、光と紛うような速さ、数多の研鑽、くぐり抜けて来た死線、それら全てを



「だだだだだだっだー!」


 蒼乃遥は湯水の如く消費する。

 千の奥義、万の深淵、億の到達点。

 少女が描く斬撃の軌跡は、一つ一つが剣界の宝具たから


 しかし余人にとっての信仰対象とも呼ぶべきそれらの術に、少女は名前さえも与えない。



 何故なら相手を断っていないから。

 描いた理想は勝利であり、その目的をあたしの術理けんは果たしていない。



 ならば愛着など持ちよう筈がないだろう。


 特別な一振りは、唯一つ。そしてその勝利イメージに至る為に、少女は無数の剣術奥義ガラクタを産み出し惜しみなく消費していく。



「やっばいな、遥ちゃん。ボクが思うとった八万倍くらいヤバいわ」



 言葉では讃えながらも、しかし事もなげに遥の斬撃の嵐を捌いていくキツネ目の男。


 右手をちょいやと振るい、四万四千四百四十層からなる“断ち風”の粁規模範囲斬撃瀑布キロメーターブラストを放つも睚眦は、匕首の一振りで斬撃風牢を切り裂きコレを回避。



 こんな経験は初めてだった。


 シラード、邪龍王、黒騎士、ハーロット、四季蓮華、レヴィアタン、それに唯一無二の最愛のあの人。


 強い人はいっぱいいたし、中にはまだ勝ててない人だっている。


 しかし彼等は決して遥の土俵で戦おうとはしなかった。


 邪龍王は『龍鱗』の堅牢性、黒騎士は遥をよせつけない距離、ハーロットとレヴィアタンは各々の不死性を武器にして、憧れの四季様には圧倒的な出力差で押し潰されてしまった。



「あっぶー。『覇下』の爺様の手ほどき受けてなかったら、間違いなく当たっとったわ」



 彼は違う。


 片腕一本、匕首たんとう一つ。たったこれだけの備えで真っ向から己とやり合っている。


 未だ被弾数ゼロ。その『無窮覇龍』由来の『龍麟』に触れる事すらままならない。


 おまけに、



「ガキさんって剣術コレの本職じゃないですよね」

「すごいな、そんな事まで分かるんかい」




 澄江堂ガキの本職は、



 それは彼の武術の師と目される『覇下』の“龍生九士”、皇国最強の剣士その人なのだから。



 彼の、睚眦の本職はそう――――




呪術まじないの使い手だと聞きました。戦士ではなく、呪術師であると」




 呪術師。


 感情と霊力を合一させた特異エネルギーを根源とし、各々が編み出した“事象イベント”を世界に強制する創造作家集団クリエイターユニット



 概念を扱う魔術師と同様、能力の特殊性で敵対者を打倒する異能特化型アビリティタイプ


 つまり、



「ゴリゴリの後衛さんにこうも刃が立たないだなんて、へこんじゃうなぁ、もうっ」


 総合力では完敗もいいところだった。

 今の澄江堂ガキは、本職を捨て、『無窮覇龍』由来の『龍麟』も使わず、あえて遥の土俵で戦って下さっている。


 それで互角。武器の差まで加味すれば、本当に胸を貸してもらっているような状態だ。



 まぁ、ただ――――



「でも




 この程度ならば何の問題もなかった。


 己の中に眠るリミッターを外していく。


 今よりも十倍速く。

 刃を振るう出力は更に階乗で。



 かつてないタイプの強者を前にして、蒼乃遥の身体は歓喜と共に進化する。



 

「(どこに行っても避けられるのなら――――)」



 対象範囲半径十二キロメートル。


 シミュレーターが作り出した仮想世界の全域に向けて、



「(全部まとめてぶっ斬っちゃえばいい)」



 蒼乃遥渾身の斬撃奥義アイディアが放たれた。


 果てから果てへ。第二雷霆速度ダートリーダーで駆け抜けながらフィールド全域にまで及ぶ程の霊力の刃を形成し、これを飛ばし続ける。



 幾合かの撃ち合いにより、既に澄江堂ガキの剣術は


 ならばそれを真似、凌駕する剣術を産み出し、十二キロメートル大の剣を第二雷霆速度でフィールド全域を刻み続ける。



「んにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃ―――――」




 あまりにも無法、あまりにも理外。


 『レヴィアタン』が蓄えた嫉妬を霊力エネルギーに還元する術を覚えた今の彼女にガス欠はない。



「にゃんにゃかにゃーんっ!」



 これが蒼乃遥。これが嫉妬之女帝。


 少女の形をした魔王の暴虐は、仮想世界に億千万の崩壊を叩きつけ、そして



「いやぁ、流石にコレは無理やわ」



 苦笑が漏れた。



「ワンチャン、剣術こっちでも押せるかな―おもとったけど、やっぱ無理やね」



 双刃を動かす手が停まる。



 何かをされたわけではない。とりあえずの目的は達成できて、その上で――――



「流石に全部は捌き切れんかったわ。何発か良いの頂きました」



 ――――通じないと理解したからである。



「ボクが言えた義理じゃないけど、君ホンマに人間? 色々とバグり散らかしてない?」



 無傷。霊力も体力も、精神的な疲労さえ皆無。


 

 “龍生九士”、『無窮覇龍』直属の皇国最高戦力が持つその『龍麟』の堅牢性は嫉妬之女帝の武力を以てしても傷つかず。



 そう。知ってたし、当たり前と言えば当たり前なのだが、



「けどこのままコレやり続けても、多分千日手やんか。だから、」


 澄江堂我鬼。“龍生九士”が一角『睚眦』の蛹、



「そろそろお互い術式アリ本気でやり合おうや。その方がきっと楽しいで」


 

 彼もまた、規格外の化け物。




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