第二百六十七話 そして皇都へ






◆皇都直通特別急行『きぼう』八号車内



 ダンマギユーザーが澄江堂ちゅうごうどうガキというキャラクターに覚えるイメージという物を、仮に一言で表すとすれば、それは恐らく“不気味”だろう。



 澄江堂ちゅうごうどうガキ。


 “龍生九士”が一柱『睚眦がいさい』を司る彼の領分は、身も蓋もなく「殺し」である。


 

 皇国に仇なす者を笑いながら誅し、りくし、殺めていくその様はまさに絵にかいたような悪役ヴィランであり、正直俺が個人的に関わりたくないボスキャラランキングでも上位入りは免れない人罪じんざいである。



 そんなヤバいお方が俺達“烏合の王冠”の武装政務官になるという。


 何を言っているのか分からなかった。

 分かりたくもなかった。



「……なんで?」

 

 地球基準で言えばあり得ない程の大樹が密集した“ダンジョン密集地帯ベルト”を進む特別急行の車内に緊張が走る。



「いえー! だいふごー!」

「ちょっと師匠強すぎますってー!」


 ……失礼ごめん。ちょっと話盛ったわ。周りは修学旅行気分そのものである。

 俺だけが緊張していた。



澄江堂ちゅうごうどうガキって確か“龍生九士”様なんだろ?」

「正しくは、“半分”ね。陛下に認められたのは事実だけど、まだ完全に成っているわけじゃない。当代の『睚眦がいさい』は、ヤツのお爺様にあたる方よ」



 ドラゴン娘曰く、この時間軸上での彼はまだ完全な“龍”に至っているわけではないらしい。


 『無窮覇龍』に認められ、『睚眦がいさい』の因子を賜りながらも、その力を完全には取り込めていない状態とでも言えばいいのか。困惑する俺に対し、ナラカはこれを「龍のさなぎ」という言葉で形容してみせた。



「皇帝陛下の御力おちからを直々に頂くわけだからね。完成するまでには、それなりの時間が必要ってワケ」

「じゃあ、その“ガキさん”が完全な『睚眦がいさい』に成った時に改めて先代の爺さんとやり合うってのかい? 随分と残酷だなぁ」

昇龍戦ラダーの事を言っているのだとしたら、見当外れよ。だってあの儀式は、成る前に行われるのが常だもの」



 昇龍戦ラダー――――これは要するに“龍生九士”の座をかけた一対一の殺し合いである。

 

 強い者や生産性に優れたものが絶対的な正義とされるこの国のトップを決めるやり方としては、まぁ非常にのかもしれないが、原則として「どちらか一方が死ぬまでやり合わなければならない」という糞ルールが敷かれているせいで、悲劇と禍根の温床になり易いんだよなぁ、アレ。



 実際、これが元で主人公側に寝返った強キャラもいる位(しかもメインヒロインという“歴代最強れいがい”を除けば作中屈指のぶっ壊れキャラである)だし、この辺の「試みなさ」が『無窮覇龍』陣営の穴なんだよなぁ。




「(……ん?)」



 違和感に気づく。


 ナラカの説明を聞く限りだと、今この皇国には二人の『睚眦がいさい』がいるという事になる。

 そして昇龍戦ラダーは、基本的に“龍生九士”の資格を得るために行われる殺し合いだ。さなぎとはいえ、『睚眦がいさい』の資格を持つ者が二人いるというのは一体何事か。




「――――色々あるのよ、あの家は」


 ぽつり、と呟くドラゴン娘。視線は車窓の外の緑に向けられ、一世を風靡したアイドル声優そっくりの声帯から繰り出される言葉からは、どこか気遣うような心根を感じた。


「ま、詳しいことは現地で直接本人から聞きなさい。きっと聞いてもいない事まで景気良く喋ってくれるでしょうよ」

「なんかさっきからその“ガキさん”が俺のところに入るの確定みたいな物言いだけどさ」 

「物言いも何も事実そうなるのよ」

「ガキさんがお前のチームの方に行く可能性も全然あるんだよ」



 ドラゴン娘の鼻から小馬鹿にしたような息が漏れる。



「残念だけどそれはないわ」

「どうしてそう言い切れるんだよ?」

「だって」



 ニヤニヤと、まるで俺をいじっているかのような嗜虐的な瞳。


 そしてナラカは、こう言ったのだ。



「だってアンタんところの武装政務官ロイヤルガードをやりたいってチビメガネの所に申し出たのは、他ならぬ我鬼ガキ本人なんだもの」









「どうも、リーダーさん」

「やぁ会津。読書中のところ悪いね」


 真後ろのシートを対面方向にずらし、向き合う形で彼の正面に座り込む。

 ナラカから会津へ。ある意味今一番喋りたかった相手との対談に俺のチキンハートがブルブルと震えあがるバイブレーション

 しかし、静かだ。ここだけがまるで森の奥に流れる清流のようにシンとしている。

 旦那のような機械的な静けさとはまるで違う。彼の纏う空気は影のようにひっそりとしていて、妖精ニンフのように魔的なのだ。



「構いませんよ。丁度話が一区切りついたところですし」

「何読んでたの? 俺でも分かりそうなタイトル?」



 俺がフランクな口調でそう問いかけると、美女と見紛うばかりの美青年は微笑みながらタブレット端末をタップして、



「どうでしょう。こちらのタイトルなのですが」



 ――――目を疑った。


 よもやよもやだ。


 組織のエージェント。それも後の“互越同舟カルネアデス”ナンバー『博愛ゼロ』として歴史にその名を刻むであろう男が、まさかまさかの……




『怠惰なエロゲー悪役貴族に転生した俺が推しである悪役令嬢の為に努力しまくったら規格外の魔力を手に入れて原作ヒロイン達からモテモテになってしまった件! ~やめて! 俺は平凡のスローライフが送りたいだけなの! 後、趣味のダンジョン配信を切り忘れた結果、何故かバズって登録者が一千万人越えちゃいましたっ!


 ・パイブリッジたつこ/乳橋立子 著』




「(最新型じゃねぇか……っ!)」



 ウェブ小説、それもゴリッゴリの流行最新モデルである。


 意外なんてもんじゃない。



 海外の詩集とか、難解な古典文学を読んでいそうな雰囲気の知的クールさんの書棚からこんなのが飛び出してきたら誰だって驚くだろう。



「えっと会津は、こういうの好きなの?」

「単に雑食なだけです。どんなに美味な食べ物でも、毎日それだけを味わっていたら飽きるでしょう?」

「……姉さんと全く同じ事を言っている」

「読書好きなのですね、リーダーのお姉様も」

 

 確かに姉さんもそうだ。「ユリシーズ」や「失われた時を求めて」級の大長編を読んだかと思えば、難しそうな精霊工学の専門書を何日もかけて読み込み、そうかと思えば無料で読めるウェブ小説の良作発掘スコップに勤しんでたりして、本当に知的好奇心の幅が広いのだ。



「すげぇな。尊敬するよ」


 そして同時に興味が湧いた。


 これがエージェント用に作られた“面貌ペルソナ”なのか、はたまた本当に読書家なのかまではイマイチ計りかねるものの、ことウェブ小説というジャンルに限って言えば俺も相当に読み込んでいる。



「(……共通の趣味は、仲良くなるチャンスだ)」



 俺の中のオタクエンジンが火を噴いた。



「最近流行ってるよねー、悪役貴族転生」

「悪役転生モノの中でも頭二つ程飛び抜けて人気ですものね」



 ピクリ、と鼻の穴が膨らんだ。


「(……やるじゃないか、会津・ジャシィーヴィル)」



 ここ一、二年のウェブ小説界隈において異世界ファンタジー部門のメインストリームとして君臨する「悪役転生」、かつて一時代を築き上げた「追放ザマぁ」ブームが過ぎ去り、「異世界恋愛もの」が覇権を握ったその陰でひそやかな人気を集めていた本ジャンルは、今やウェブ小説好きならば一度は目を通した事があると言っても過言ではない程の「大ジャンル」へと進化を遂げた。



 その中でも一つのテンプレートを確立したのが「悪役貴族転生」もの。


 ゲーム世界の悪役貴族に転生した主人公が、自分の破滅フラグを打破するべく奮闘するその様は読者視点で見れば非常に痛快であり、また、悪役貴族という立場は「戦闘」、「内政」、「学園無双」、「スローライフ」、「恋愛」といった形で作者側の個性が出しやすい為、兎に角書きやすいのだ。



 とまぁ、このような理由から現在進行形で絶賛勢力を拡大し続けている「悪役貴族転生」ものではあるが、本ジャンルと「悪役転生」は似ているようでしかし決定的に異なる部分がある。



 「悪役貴族転生」は、中世ヨーロッパ風の世界で悪役貴族に転生するところまでがテンプレだが、「悪役転生」は別にどんな世界のどんな悪役に転生したっていいのだ。


 要するに大ジャンルと小ジャンル。


 読んで字の如くといえばそれまでだが、しかしここが意外と勘違いされがちなところであり、流行を追う上での穴だったりもするから気をつけなければならない。


 「追放もの」と「追放ザマぁ」と「追放ザマぁ~今さら謝って来てももう遅い」がそれぞれ違うように「悪役転生」と「悪役貴族転生」もまた、似ているようでしかし確実に違うのだ。



 そして目の前の長髪美青年は、この違いが

 スパイながら、天晴あっぱれという他になかった。



 

「リーダーさんは好きですか、悪役貴族転生このジャンル

「タイトルにエロゲーとかギャルゲーってついてない奴は好きだね。……ついてる奴に関しては……どうしてもギャルゲーマーとしての血が騒いじゃうから出来るだけ触れないようにしてる」



 実は本来の乙女ゲームには「悪役令嬢」がいなかったのと同様に、これもまたそういう空想ファンタジーなのだと割り切れれば楽なのだろう。

 しかし精神の根本的な部分がギャルゲーマーとして仕上がっている俺にとって、筆者の想像だけで作られた「なんちゃってギャルゲー」というものは、どうしても……こう、深掘りしたくなってしまうのである。



「剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジーっていうと、○リスソフトか、それとも○ーガストか? ○ルキーズって言ったら逆に尊敬するぞ俺は」

「……なんの話をしてるんですか、リーダーさん」

「すまない。少し取り乱してしまった」

「個人的には大分取り乱していたように見えましたが」

「気のせいだろう。……気のせいという事にしておいてくれ」


 俺が一言そう「お願い」すると、会津は微笑を浮かべながら「分かりました」と頷いた。



「まぁでも僕もこのジャンルに関しては思う所があります」



 ほのかに香る金木犀の香り。

 タブレットを専用のケースに仕舞い込みながら、中性美人の口が言の葉を並べる。

 俺の返事は当然、「というと?」だ。



「悪役貴族という事は、要するに憑依前の人格が貴族だったというわけですよね」

「まぁ、そうだろうな」

「家に恵まれていて、才能を持ち、往々の場合において淡麗な容姿を持つ彼等の唯一の弱点が“人格ソフトウェア”である」


 そしてその“人格”がある日突然、まともになった。

 怠惰な人間が努力を始め、周囲の見る目が少しずつ変わっていく。


 才能のある者が、その才能に見合う人格を手に入れ、その有り余る力を人々の幸せの為に使っていく。

 まさにそれは、現代の英雄譚と言っても差支えがないだろう。



 しかし――――



「でもそれって結局、親ガチャが全てって事ですよね?」



 会津は笑顔のまま、そう言ったのだ。



「恵まれた環境を持つ人間が努力を覚えて出世する。このストーリーラインのどこに救いがあるのかなって思う時があります」



 彼の言わんとしている事がなんとなく分かってしまったのは、きっと俺が無類のウェブ小説好きだったからなのだろう。



「女神様にチートを貰っていたり、パーティーから追放された瞬間に隠された力が覚醒していた内は“負け組”でも逆転できるのだという救いがあったけど、それが「恵まれた貴族に転生して成りあがっていく話」になっちまったら最早ただの“親ガチャ”だろうって、そういう論法はなしか?」

「まぁ、高々フィクションにムキになるなって話ですけどね」


 外の景色が墨色に染め上がる。

 列車がトンネルの中に入ったのだ。


 暗くなった車窓の景色を眺めながら、会津が仮面のような笑顔を浮かべながら言葉を続けた。



「だけど、あぁいった話を読んでいるとつい思ってしまうんです」



 ――――女神様から好きなスキルを貰うよりも、



「最早僕達は、フィクションの中でさえ」



 ――――パーティーから追放された後にスキルが覚醒するよりもよっぽど、



「奇跡を夢見る権利を奪われてしまったんじゃないかって」



 ――――よっぽど、親ガチャの方が理不尽でご都合主義チートなのだと、



「あぁ、すいません。少しつまらない話をしてしまいました」



 ――――ペルソナの向こうにいる“彼”が訴えているような気がしてならなかったのだ。



「…………」

「…………」

「……しかしこの『パイなんとか』って素人作家はヤバいな。地雷臭がプンプンするぜ」

「まぁ、挑戦的な作風ではありましたよ。とりあえず流行り物をごった煮にすれば良いんだろうといういっそ清々しいまでの精神性には、一周回って心地よくすらあります」

「いや、断言するけどコレは流行らんよ」

「流石に詰め込み過ぎですよね」



 空気が悪くなりかけたので、無理やり素人作家の悪口で無理やり盛り上がる。

 あまり上品なコミュニケーション手段とは言えないが、“仲良し”になる最も簡単な近道が誰かの悪口である事もまた揺るぎない事実である。


 ……少しだけ、彼の事が分かった気がした。





―――――――――――――――――――――――




・今年も一年ありがとうございましたっ!

 そして少し早いですが明けましておめでとうございますっ!


 2024年度も頑張って参りますので、何卒よろしくお願い致しますっ!


・次回の更新は四巻完成作業の関係で少し遅れて1月14日(日)予定となっております!


 その間暇だよという方は、12月26日より始まった横山コウヂ先生のコミカライズ版や、期間限定でキンドルアンリミテッドの0円読書対象になっている書籍版1~2巻等で楽しんで頂けますと幸いです(キャンペーンの対象ではありませんが、3巻も絶賛発売中です)!


 それでは皆様、良いお年を~!


2023年12月31日 ハイブリッジこたつ/髙橋炬燵


 

 




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