第二百六十六話 皇都直通特別急行
◆◆◆
馬鹿は説明書を読まない。
そして大馬鹿は読んだ気になって事故を起こす。
だからきっと、
俺は大馬鹿野郎だったのだ。
◆◆◆清水家・玄関口:『
翌日、俺達は家族総出で清水家を後にした。
俺、アル、遥、ユピテル、居候のハーロット陛下に加えて、今回はなんと――――
「鍵良し、ガス良し、電気良し」
「おー!」と一発、張りのある音頭が暁の空に響き渡る。
揺れる乳の大きさは、
兎に角実っている事で知られるハーロット陛下でさえ、この人と並べば一回りは小さく見える。
「それじゃあ皆さん、出発です!」
そう。今回の旅には文香姉さんも同行する。
勿論ダンジョンに潜るわけではなく、聖夜決戦にも関わらせやしない。
しかし、それでもだ。それでも姉さんには俺達の遠征に付き合ってもらう。
何せ今回の期間は二ヶ月。拠点を皇都に移す以上、『常闇』や『天城』のような一時帰省も不可能で、おまけに今回は一番肝心な時にアルがいない。
────その日、邪神は『無窮覇龍』と合間見える。
頼れるボディーガードは不在。姉さんは桜花で独りぼっち。
もし仮に俺が敵の立場だったら、まずそこを突くだろう。拉致からの監禁、そして効果的なタイミングでのショーダウン。清水凶一郎という男を無力化する手段としては、この上なく下品で上等だ。
んじゃあ、そうさせない為にはどうするか? 簡単さ。深く考えるまでもない。安全な──それも“とてつもなく”という形容詞がつけられる程の、だ──場所に姉さんを匿えば良い。たったそれだけの事である。
幸いこちら側には、言い出しっぺにして権力者な友人が控えている。彼女が提案してくれたガードプランは、
玄関口に停められた黒色の大型車の「客室」に、一人ずつ乗り込んでいく。
車の全長は、一般車のソレとは比較にならない程長く、運転手の身なりもすこぶる良い。
初手、リムジン車での送迎。事前に伺ってはいたのだが、やはりこうして目の前にするとまるで緊張感が違う。
だってこれ、メインの移動手段じゃないんだぜ?
駅に着くまでの僅かな時間、バスやタクシーでも代用可能な距離を走る為だけに、このハイソサエティな“おもてなし”は用意されたのである。
「良くわかんねぇけど」
白い革張りのソファにぽいんぽいんと跨りながら、チビちゃんがぽつりと一言、呟いた。
「きっとこれが、修学旅行ってやつなのね」
多分、違う。
◆ダンジョン都市桜花・セントラルターミナル
目的地へは約二十分程でついた。
途中、空樹家に立ち寄り、社宅組を乗せて、それで駅まで二十分というのはかなりのハイペースである。
「良い旅を」
老執事然とした雰囲気の運転手さんに
午前九時十二分、先に来ていた黒騎士の旦那との合流を果たした俺達は、そのまま皇都行きの直通特急便へと乗り込んだ。
青色のシートが立ち並ぶ車内に他の乗客の姿はない。
当然だ。なにせこの直通特急便、車内丸ごと貸し切り状態なのだから。
言うまでもなく、これも黄泉の野郎の仕業である。
リムジンでの送迎に、貸し切りの列車。ただの移動にどんだけのコストかけんねんという話であるが、彼女曰く「安全が一番だよ」との事だ。
まぁ敵である「組織」のエージェントが紛れこんでいる以上、慎重に事を運びたくなる気持ちは分からんでもないのだが、それにしたってねぇという話でもある。
……いや、俺的にはありがたいのよ? セキュリティは安全であればある程良いし、移動手段が快適であることに越したことはないわけで、
「(きっとこれがVIP待遇ってやつなんだろうなぁ)」
黄泉さんは本当に良くやってくれている。
リムジン。貸し切りの直通特急。姉さんや花音さんのお母様への
流石は権力者。持つべき者は上級国民様なのだということを現在進行形で見せつけられてる次第である。
しかし、何て言えば良いのだろうか。根本的な魂の造りが庶民的である俺からしてみれば、このVIP待遇、ちょっと息苦しいのだ。
超高級店のフィレステーキをありがたがってチマチマ食うよりも、牛丼屋で仲間とワイワイ騒ぎながら牛丼かき込んでいる方が何故だか安心できるあの感じ。
それが今の偽らざる心境だ。大変ありがたく、そして心地の良い旅路ではあるのだが、もっと普通で良かった。否、普通が良かった。
「うにゃんにゃ?」
寝言が聞こえる。肩に寄りかかった恒星系の表情は非常に気持ちよさげだ。遥はいついかなる時でも可愛い。物を食べてる時も、深いまどろみの中にいる時でさえ、まるで隙がなく上品なのだ。
ひっそりと。
寝ている彼女を起こさないように細心の注意を払いながら、車内の様子を見渡していく。
列車が桜花を発ってから約三十分。我が“烏合の王冠”とその関係者によって構成された集団は、幾つかの島に分かれていた。
まず向かって前方右斜めのシート。
向かい合うように席を反転させた四人のグループが楽しそうにトランプゲームに興じている。
チビちゃんに虚、花音さんといったお馴染みの『天城』組にハーロット陛下を加えたそのグループから発せられる陽のオーラの眩しさといったら、さながら「修学旅行を楽しむ中学生」のそれであり、間違いなくこの旅を楽しんでいた。
このトップグループに次ぐ勢力を持つのが後方に陣を構える保護者組。
姉さんと花音さんのお母様が「あらあら」、「うふふ」と和やかな会話を交わしている傍らで、邪神がいつものように駅弁を爆食いしている。
なんだろう、あの母性の塊のような集団は(邪神は除く)。
花音さんのお母様は兎も角、オレと二歳しか違わない筈の姉からどうしてあんな尋常ならざる
そしてその次点に立つ二人組グループが二つ
ひとつは言うまでもなく俺と遥のコンビ。
そしてその二つ前の席で言葉を交えているのがソフィさんとナラカのグループだ。
一見するとソフィさんが話し手に回り、それをナラカが「ふぅん」とか「そうね」と短く相槌を打つだけの関係性に見えるものの、二人の間に漂う雰囲気は非常に穏やかで楽しげだ。
先程からソフィさんは率先して色んな島を回ってくれている。
黒騎士、会津、そしてナラカ。
独りでいるメンバーに声をかけ、ちょっとお喋りをした後また別の島へ。
「(すごいな、ソフィさんは)」
あぁいう振る舞いは、得てしてクール気質のキャラには疎まれるものだが、彼女はそんな事などお構いなしだと言わんばかりに話しかけている。
その行為を心ない者達が「偽善的である」と詰ったとしても、彼女は気にも留めないのだろう。
ソフィさんは強い。本当に強い。そしてこの「誰一人として独りぼっちにはさせない」という美しい信念を俺もまた見習わなければならなかった。
「ソフィさん」
おねむな遥さんを起こさないようにボリュームを抑えながら、二席先のシートに座るお下げの少女に語りかける。
「交代しよう。ちょっと遥のこと見ててくれないかな」
意図を察してくれたソフィさんが「承知いたしました」と頷き、こちらの方へと寄ってくる。そして無事に
「へぶっ!」
否、一度大きくずっこけながらも何とか俺達の席へと到着し、
「ごめんね。本来だったら俺がやらなきゃいけない事なのに」
「いえ。わたくしの好きでやっている事ですから」
その屈託のない笑顔に一抹の清涼感を覚えながら、俺は遥さんの眠るシートを発ち、二席先の島へと乗り移った。
「よう」
「あら」
少しだけ驚いたように目を見開いたドラゴン娘の隣に座る。
「これはこれは。純愛第一、いつもお嫁様とベタベタしてる事で有名な凶の字様じゃない」
「やけに棘のある言い方をしてくれるじゃないか」
「事実でしょ?」
「否定はしないが、別に四六時中ってわけじゃない。現にほら、今はこうしてお前と二人っきりだ」
瞬き一つ分の沈黙が流れた後、「ふんっ」というぶっきらぼうな返事が聞こえてきた。
「どうよ最近」
「随分と漠然とした質問ね。別に元気よ」
「ホントかー? お前意外と貯め込むタイプだからなぁ」
「その台詞、アンタにだけは言われたくないわ。ストレス貯め込み大明神さん」
「言ってくれるじゃないの」
「定期的に注意しないと、すぐ忘れるアンタが悪いわ」
俺は懐から出したシガレットチョコレートの箱をナラカの方へと向ける。
ドラゴン娘は滑らかな手つきでタバコ型のチョコを手に取り、豪快にそれを咥えた。
「新しいチームの方は上手くやれそうか?」
「騎士様以外、お調子者しかいないのがネックと言えばネックね。まぁその分、こっちも余計な気を使わなくて済むから、そういう意味ではかなり楽」
言葉とは裏腹に彼女の声色には確かな温かみがあった。
旦那の報告によれば、昨日のバーベキューパーティーでも何だかんだ楽しくやっていたらしい。
あのナラカ様が、立派になったものだ。本当に。
「あぁ。そういえば」
そんな風に久方ぶりの悪友トークに華を咲かせていた最中の事だった。
「この前あのメガネチビが言ってたんだけど」
ナラカが、本当に今思い出したような口調で
「アンタのチームの“武装政務官”、とんでもない奴が選ばれたみたいよ」
事もなげに呟いたその名前は、
「
“龍生九士”の一人だったのだ。
―――――――――――――――――――――――
Q:どうして遥さんはお眠さんなのですか?
A:修学旅行前にテンションあがって眠れなくなったので、気晴らしにゴリラと運動してたら朝になってました。Happy Christmas!
・次回、年内最後の更新は大晦日です! お楽しみにっ!
・そして12月26日から横山コウヂ先生作画のコミカライズ版がいよいよ電撃マオウ様の方でスタート致します! 全コマ信じられないくらいのスーパーハイクオリティな仕上がりになっておりますので、是非是非お楽しみにっ!
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