第惡話 『寛容』





次ラノ記念更神祭り、最終夜でございます!




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◆◆◆“災龍”について



 その龍の名は、ヴリトラと言った。


 “災龍”ヴリトラ。

 かの嫉妬之女帝レヴィアタンに匹敵する巨躯を持ち、その姿態をあらゆる“災い”へと変じるこの龍は、極寒の囚牛しょうぎゅう地方の伝説として、語り継がれてきた。


 囚牛地方ダンジョン都市“九白くしろ”が誇る全四十層のダンジョン『万災ばんさい』。


 彼の次元における最終守護者として数多の冒険者を屠り続けた“災龍”に挑む死に急ぎ達を、この地では“災龍恋慕ヴリトラハン”と呼んだ。


 数多の英雄豪傑が鎬を削るようにヴリトラへ挑み、その多くが災いの坩堝るつぼに呑まれては、散った。


 死。死。死。

 挑み続け、追い続け、死に続け。

 さながら火の中に飛び入る夏虫のように散りゆく人の愚かさを、龍はきっと嘆いていた事だろう。


 しかしその愚かさも積み重なればやがて一つの“刃”となる。


 人から人へ。

 次代から次代に。

 忸怩じくじたる想いで、逃げ果たした者達が語る“災龍譚”は、やがてヴリトラの全容を明かなるものとし、そしてついに彼の龍を伐する勇者達が現れた――――




 ――――その筈だったのだ。




◆◆◆ダンジョン都市九白くしろ・第三十三番ダンジョン『万災ばんさい』・最終階層・災龍千害:焔耀獅子・ローラン・アルヴァルト




 数多の災禍が龍となり、幾度伏しても新生を遂げる。


 果てなく広がる鮮紅の血河。

 積み上げられた白骨の山は、かつて龍に挑んだ者達の末路。


 数多の死、数多の無念、人と龍が紡ぐ終わりなき闘争。



 ――――龍は強大で、偉大ですらあった。


 成層圏へと至る蛇様の躯体から放たれる一撃は、亜神級上位の防護結界を容易く裂き、

 千変万化の“災禍”が、絶え間なく降り注ぐ。


 何よりも、ヴリトラは蘇る。


 死して、死なず。

 断てども、焼けども、その度に新たなる生を受けて。



 “災龍”ヴリトラ。

 無限の“災禍”と、無尽の“再誕”を併せ持つ“終わりなき破滅の化身”


 一分の内に十の絶望があった。

 心が折れそうになった瞬間は、数え知れない。



 ――――それを四日と四晩。



 先人達の残した“攻略情報”を標に、

 この三年間の内に味わった敗北と挫折を糧として、

 奇跡を起こし、進化を遂げて、絆と愛と覚醒と、不屈の闘志が不可能を覆し、



 ついに“無尽”は、尽きたのだ。




 クラン“焔耀騎士団”。全盛時には五十を越えたメンバーも、今や僅か七人となった。



 イチカ。ツール。ミツハ。フォール。ゴトー。ナナオ。そしてマスターであるローラン。



 失った仲間達の無念を胸に、決死の覚悟で駆け抜けた最終探索ラストダイブは、「ヴリトラの霊力切れ」という形で幕を閉じた。


 

 “災禍”への変貌も、無尽の“再誕”も源である霊力が尽きてしまえば不能となる。


 血河に伏した黒龍。


 人の執念に敗れた災いの化身に、かつての巨体は最早ない。


 全長約五メートル。それが今の彼だった。


 霊力を失い、動く余力も尽きた宿敵の姿を、しかしローランは決して哀れとは思わない。


 

  ――――龍は強大で、偉大であった。



 かつても、今も、そしてこれから先も。



「これで終わりだ」



 『焔耀之聖剣デュランダル』を強く握りしめる。


 距離にして十メートル。

 聖剣による焔熱の光輝は、痛む間もなくヴリトラを焼き尽くすだろう。



 右手に携えた聖剣に渾身の霊力を注ぎながら、ローランは最後に一度だけ仲間達を見た。


 イチカ。ツール。ミツハ。フォール。ゴトー。ナナオ。

 幼少の頃からの馴染みである仲間達。


 誰もが限界を迎えていて、顔色も死人の様であるが、しかしみんな生きている。


 誰も欠ける事なく生きている。



 男勝りなイチカが笑った。

 ハーフエルフのツールが涙ぐむ。

 癒し手のミツハは、ローランに熱い視線を送り、フォールとゴトーが野太い声で「やったな」と叫んで、ナナオが悪戯っぽく微笑みながら指鉄砲を構えて





「――――え?」




 ――――イチカの首が、吹き飛んだ。

 


 鮮血が飛ぶ。

 パーティー随一の防護役タンクであり、ヴリトラの災いを何度も退けたイチカが、



「イチカッ!」


 イチカが死んだ。


 首を失った『神聖要塞騎士』の身体が血の河に沈む。


 悲鳴が聞こえる。ヴリトラを見る。


 ――――彼は何もしていない。死を待つばかりの“災龍”の双眸に映る感情は、恐怖と困惑。



「ナナオ?」



 狂乱と悲鳴が混線する戦場で、ローランは仲間の一人に声をかけた。


「なんで、笑ってるんだ?」



 仲間が死んだ。

 それも血の繋がり以上に濃い時間を過ごしてきた幼馴染が。



 なのにナナオは笑っていた。

 ケタケタと。楽しそうに。まるでお気に入りのコメディドラマでも見ているような軽やかさで。



「いやさ」



 視線はイチカの死体に向けたまま、



「ブスは死んでもブスなんだって思ってさ」

「――――誰だ、お前は」

「ナナオだろ? どっからどう見ても」

 

 

 心が赫怒に呑まれる瞬間を、ローランは自覚した。

 幼馴染のナナオが、誰よりも仲間想いだったナナオが、イチカを殺し、あまつさえ悪し様に嘲る筈がない。


 確かに目の前の“彼女”は、ナナオである。


 目を引くショッキングピンク色に染め上げられたハーフツイン。

 病的に白い素肌に刻まれた品行下劣なタトゥーの数々。

 チラリと伸びた赤い蛇舌の中心には妖艶に光る銀球が鎮座し、肢体には薔薇色の包帯がとぐろを巻く。



「ナナオだよ、名前だけはな」



 ナナオは、華美な格好を好まない少女だった。

 黒い髪。ペールオレンジの肌。リング一つ身につけるだけでも「不良っぽくないでしょうか」と悩むようなそんな子で――――



「ナナオを……どこへやった」

弱男牧場ペットハウス。女手が足りなくってな」



 咆哮は、女の背後から鳴り響いた。



「貴様だけは――――っ!」

「許さねェええええええええええええっ!」



 双刃と大戦斧。


 “焔耀騎士団”が誇る技と力の象徴が、ナナオの名を騙る女の命を刈るべく降り注ぐ。


 

 フォールとゴトー。普段は気の良い兄弟分としてパーティーの空気を和らげてくれた彼等の相貌は、かつてない程に「キレて」いた。


 “不可視”と讃えられる程の速度を持つフォールの剣技と一振りで地形を変える程の力を秘めたゴトーの斧撃。


 逃げ場のない殺意に濡れた波状攻撃が、女の身体を引き裂いて――――




「大丈夫。怖くない。アタシはお前達二人の味方だ」



 女は二人を抱きしめていた。

 その少女じみた身体には不釣り合いなほどに発達した乳房をフォールとゴトーに押しつけて、優しく、諭すような声で彼等に言葉を語りかける。



「大変だったよなぁ、こんな不誠実なパーティーで。辛かったよなぁ、■■■を全部アイツに奪われて」



 聖剣を持つ手が小刻みに震える。

 目の前のソレが何を言っているのかが分からない。

 確かに、この国の言葉を発している筈なのに、まるで理解が追いつかない。



「持っている奴はいつもそうだ。親ガチャに恵まれただけの分際で、舗装されたレールの上を快速列車で走っている癖に、お前達のような懸命に荒野を進む人間を見下すんだ」



 武器が落ちる。

 彼等の握りしめていた双刃が、戦斧が、



「何が努力不足だ! 何がみんな苦しいだ! こっち側に来た事もない強者様が、努力する機会すら与えられなかった弱者の気持ちを一体どうして分かるってんだっ! えぇっ!?」



 ――――落ちる。



「……なぁ」

「アタシはお前達を見捨てない。世間が幾らお前達を「弱男」と謗ろうが、アタシだけはその弱さをそのまま全部愛してやるから」

「お前は一体」

「弱さは個性だ。認められるべき多様性だ。経済力がない? 仕事ができない? 女にもてない? それがどうした。お前達には優しさがある。持ってる奴には分からない、持ってない奴の痛みが分かる美しい人間だ。だから誇っていい。誇っていいんだ。弱いっていうのは、美しいっていう意味なんだ」



 何を言っているんだ、とローランが二人をソレから引き離した瞬間、



「――――ッ!?」



 思考が空白に染まる。


 すえた臭い。

 抜け落ちた頭毛。

 とても戦士とは思えない脂肪の塊を全身に蓄えた裸体の男が二人。


 理屈に従うのならば、それらはフォールとゴトーなのだろう。


 虚ろな瞳。不揃いな無精髭に覆われた口元から不明瞭なうわ言をブツブツと呟く二人。




「お前今、こいつらの事を、デブで臭くてハゲた糞野郎って思っただろ」

「一体フォールとゴトーに――――」

「そういうところだ

 そういうところさ

 そういうところなんだ」

 


 ソレは、人の形をした怪物は、まるでローランの言葉を遮るようにワケの分からない持論を並べ続ける。




「なぁ、ハーレム野郎。お前パーティーの女全員と寝てるよな。メンバーは七人。男は三人で女は四人。普通に考えれば三つのカップルが出来て一人余るってのが道理だろう。だけどてめぇらは違う。持ってるお前が女を独占し、女達もそれでいいと受け入れている。

 いいか、コレが今の世界の縮図で世界の病理そのものだ。強い奴が何もかもを得て、優れた奴の遺伝子だけが未来に残ろうとする。そこに弱者への配慮はない。無能の血筋はいらないと、ブスは生きる価値がないのだと、ハゲは気持ちが悪い、デブは努力不足、ありとあらゆる弱さはゴミ箱に捨てるべきだと当たり前のように差別する。おい。おいおいおい。おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。これのどこに多様性があるってんだ? 世界は色んな人間がいるから美しいんだろ? 強い奴だけの世界なんて、優れた奴だけの社会なんて、そんなのこれっぽっちも健全じゃない。色んな生き方を認めろよ。色んな価値観を受け入れようぜ。なぁ、分かるかハーレム野郎! お前に言ってるんだぞっ! こいつらはな、そこでションベン垂れてるクソ■■■共が好きだったんだ! なのに女共はこいつらの気持ちを無視して、切り捨てて、お前のモノになったんだ! なっっっんなんだよこの不条理は! どうして弱者にはパートナーが配られないっ! こんなものは多様性の崩壊だ! 人間の尊厳への冒涜だっ! お前らみたいな“持っている奴”による『差別』を、『搾取』を、『圧政』をっ!アタシは絶対に、許さない。だって全ての弱者は救われるべきで、認められるべきで、未来を残すべきなんだっ!」




 目眩と吐き気が同時にローランの身体を蝕んだ。


 この狂人の言葉が何一つとして分からない。

 仮にソレの言葉に億が一つの道理があったとして、何故イチカが死ななければならなかったのだ? どうしてフォールとゴトーがあんな姿に変えられた? そしてナナオ。本物のナナオは、どこに?


 あぁ。あぁ――――



「……ごめんな、お前達。本当は弱男牧場ウチへ連れ帰ってやりたいんだが、仕事の都合だ、全員殺さなきゃならない。だからせめて最後に飛びっきりの夢を見せてやる。ほら、あそこに寝っ転がっている女達がいるだろ? アイツ等は今、手脚が壊れてて動けない。アタシがそうした。罪滅ぼしってやつだ。さぁ、遊んでおいで。……何だ? 怖いのか? 仕方ねーな、可愛い奴らめ。だったらアタシが理由を与えてやるよ。悪事の責任をとってやる。いいか、お前達、今すぐアイツ等を――――ってこい。さもなきゃ、アイツらの頭をバキューンと一発、撃ちぬいちゃうゾ★」



 ――――轟音が、血河の戦場に舞う。



 焼き切れる二つの肉塊。


 『焔耀之聖剣』が撃ち抜いたのは、大切な、かけがえのない二人の仲間。


 涙が頬を伝う。

 こうするしかなかった。後数瞬でも遅れれば、何もかもが壊れてしまいそうだったから。


 二人の表情の変化をローランだけは、見ていたから。




「一応、生きちゃいるみたいだが――――」



 ソレが怒気を孕ませた声で、ローランに向き直る。



「お前、仲間に手を挙げるとか、正気かよ。本性現わしやがったな、この差別主義者」




 言葉はなかった。

 ローランは、真実に辿り着く。


 コレは人の言葉を喋るだけの化外である。



 何としてでも、ここでコレを止めなければならない。



 そしてその想いに――――




「■■■■■■■――――!」




 ヴリトラも、呼応する。


 降り注ぐ黒き雨。

 輝きと共に増大する“災龍”の肉体。


 霊力が尽き、終わりを待つばかりであったヴリトラが立ち上がったその理由ワケは、猛き義憤と惜しみなき好敵手への敬意から。



「おいおい、マジかよ。どんなクソゲーだ?」




 冒険者と階層守護者。


 本来相容れぬ敵である筈の両者がここに手を取り、戦線を結ぶ。

 その奇跡とも呼べる光景を目に焼きつけながら、



「ま、いいわ。どうせ全員殺すんだ。弱者の痛みの分からない“持ってる奴”は、全員アタシの敵だ。お前も、そしてお前も」

 


 ソレは心の底から楽しそうに、嗤った。




◆◆◆Calling







「もしもし、アグニー? うん。今終わったとこー。予想的中、ちゃんと“主”の身体があったぜー」

「あー、うん。問題ねーよ? 『万災ばんさい』の決戦は、相川ナナオだけが生き残って、他は全滅☆ そんでもって戦闘で負った傷が元で相川ナナオも後日お亡くなりになってしまいー、まぁ後の事は“穏健派”の犬共がやってくれるでしょう」

「大丈夫、大丈夫。“管理人”にも口裏合わすように言っといたからさ」

「ヴリトラを倒した時点で、このダンジョンの結末はアタシのものなんだ」

「いつも通り簡単に受け入れてくれたぜ、ダンジョンのカミサマは」

「は? 次の任務? おいおい少しは休ませてくれよ。しばらく家を留守にしちまってたから、ぜってー弱男ペット達が寂しがってるぅ」

「は? 逆理さかり? 逆理って誰だよ? “穏健派”の? しらねーわそんな奴」

「その逆理の赴任先で? 主の身体が? 皇都に?」

「……へぇ。面白そうじゃん。話ぐらいは聞いてやるよ」

「それじゃあ、エージェント『寛容ポリコレ』、一度アジトに戻りまーす。バイバイ☆」





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・ヴリトラとレヴィアちゃん


階層は同じ四十層級。精霊としての等級は、亜神級最上位と亜神級最上位(外れ)。身体の長さは同じくらいで、技の多彩さはヴリトラの方が上。防御力は無限復活のヴリトラに対し、レヴィアちゃんは『無敵』。総合的な攻略難度は、パーティーメンバーの構築と錬度次第だが、霊力が尽きるまで無限に倒さなければならない分、ヴリトラの方が面倒ではある(レヴィアちゃんは、復活とかはしない)。ただしどっかの誰かさんを連れてレヴィアタン戦を迎えた場合は話が別で、レヴィアちゃんが史上最強の嫉妬パワーに当てられて、毎秒爆速の勢いでレベルアップを始める為、『嫉妬』>>>>『万災』となる



・四日四晩

 少なくとも、ローラン達とヴリトラの認識の上では、そういう事になっている。



・“武闘派”の偉い人達


 宇宙人が宇宙の理屈を我々の見知った言語で喋っているだけなので、深く考えたり会話するだけ無駄です。もしも運悪く彼等に出会った場合は、とにかく無視して全速力で逃げましょう!


















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