第二百六十一話 報告と聴取



・お待たせ致しましたっ! 復活です!


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 基本的に新パーティーの結成報告は書面を通して伝えられる。


 だが大抵のメンバーはそんな紙きれを待つ事なく次の自分の行き先について知る事になるのだ。

 何故って俺が清水家の面々に話すから。

 そして人の口に戸は立てられないと言うように、十人中五人の仲間に知れ渡れば残る五人のメンバーにもその情報はひとりでに広がっていく。



 これが五大クランのような巨大組織だったらまた勝手が違ったのだろうが、ウチのような少数精鋭の半ば家族経営みたいなゆるゆるクランは良くも悪くもその辺が温いのだ。




「というわけで清水ユピテルさん。あなたの次回の探索班は黒騎士のところです」

了承う○こ




 明けて翌日、俺はユピテルの部屋を訪れ、事の次第を彼女に伝えた。

 午前七時。朝の運動ランニングを遥と済ませ、その後二人でシャワーを浴びてから姉さんと一緒に朝食の準備を整えた後の話である。


 


 チビちゃんは黒を基調としたゴシックタイプのベッドに寝そべりながら俺の話をうつらうつらと聞いていた。


 霜月の朝の陽ざしに照らされたユピテルの部屋は、相も変わらず整っている。

 木製のクローゼットの中に並べられた古今東西の名作ギャルゲーの数々は、折り目正しく五十音順に揃えられていて、PC周りも実に機能的な配置。

 その他にもテレビ、ソファ、丸机にミニ冷蔵庫と彼女の快適ライフを構成する必需品が八畳の部屋に無駄なく置かれていて、窓側の隅には屋内移動用の三輪車の姿が見てとれた。


 ぶっちゃけ俺や遥の部屋よりも片付いている。


 立てばおんぶ、喋れば下ネタ、歩く前に三輪車と限りなく終わりに近いズボラっぷりを見せるチビちゃんであるが、これで案外綺麗好きなのだ。



 ……まぁ、唯一の例外があるとすれば。



『パチンコの

  ハの字を取ったら

  ○チンコだよ

         ふぁん』




「(……これさえなければなぁ)」



 黄金の額縁に飾られた詩人先生のポエム。

 その扱いは、まるで高名な画家の作品の様である。

 ――――いや実際、ユピテルにとってはあの詩人先生が高名なクリエイターで、このクソポエムは立派なアートなのだろう。


 人の価値観はそれぞれだ。

 兎に角蒼いものが好きなやつもいれば、下ネタが大好きなお子様もいる。


 だからたとえあのクソポエムがどれだけ俺に下らないものであったとしても、それがユピテルの部屋に留まっている限りは良いんじゃないか、とりあえずはそういう事にしておこう。



「というわけで清水ユピテルさん。あなたの次回の探索班は黒騎士のところです」

「さっきも聞いた」


 俺はゴシック調のパジャマドレスに身を包んだチビちゃんを電気カーペットの敷かれた地べたの上に降ろしながら、グループ分けの詳細を話していく。



「他のメンバーはリーダーの旦那にハーロット陛下、後は虚とナラカがつく」

「中々良い感じジャネーノ」



 「みんな仲よしさんね」と鼻ちょうちんを膨らませながらコメントを下すお子様の様子に緊張や動揺の色はない。

 

 なんという適応力。

 こいつ、新しい人事の発表を朝飯前なスタンスでけろりと受け入れやがった。


 『天城』攻略した時は「今のパーティーが一番いい」的な事を言っていたのも今は昔、ユピテルの気持ちはもうすっかり、


「オジジもおっぱいもいるし、道中は楽チンチンでいいね」


 ……なんか。


「今回も弟子と一緒。オババも一緒。とっても楽しくなりそうでよき」



 なんというか。


「(おもしろくないっ!)」



 自然と頬が膨らんでしまった。


 あぁ、分かってる。分かっているとも、これが“良い事”なんだってことぐらい。


 誰と組んでも仲良くやれる、プロジェエクト更新毎の切り替えをつつがなく行える――――全くもって素晴らしい。ちょっと前までデフォルトに「……」マークがつきそうな勢いの無口キャラだったとは思えない成長っぷりだと褒めてやりたいね!



 けどさぁ、俺今からとんでもなくキモイ事言うけどさぁ、なんつーか、ちょっとくらい寂しがってくれたっていいじゃない?


 出会ってからこの方、俺とチビちゃんは『常闇』、『天城』とずっと一緒に冒険してきた仲なのよ。


 死線を共に潜り抜けてきた回数だけで言えば遥さんより多いのよ?


 そんな俺達が! 今回っ! とうとう離れ離れになっちまうっていうのに!


「ヨッシャ! こうしちゃいられねぇゼ! さっそく新パーティー用のグループチャット作っちゃろ!」

「(このはっちゃけぶりは何なのさ!)」


 面白くない。面白くない。全然まったくこれっぽちも面白くない!


 妹分の成長という観点で言えばそりゃあ誇らしくはあるけれど、さすがにこれは育ち過ぎである。


 なぁ、ユピテルよ。お前、率先してグループチャット作るようなキャラじゃなかったじゃん! 初期はもっとこう影のあるクール系ガールって感じだったじゃん!


 それが今じゃ口を開ければ奇声と下ネタ。おまけに虚の背中にばっかり乗っちゃってさ!

 「妹系のキャラがシナリオの途中から別の男と仲良くなる」なんて、これがギャルゲーだったら大炎上ものだぞ? ギャルゲーだったわ! ダンマギ、ギャルゲーだった!



「なんじゃ、その顔は。そんなにワタシと別れるのが寂しいんけ?」

「……まぁ、少しは?」


 見透かされた気恥かしさと、こんな事を考えてしまう自分の矮小さが情けなくて、自然と声のトーンが抑え気味になってしまう。


「ユピテルは……どうなの?」

「…………」



 チビちゃんの表情が僅かに歪んだ。


 といっても瞳から下はいつも通りのポーカーフェイス。

 眉が多少、八の字に曲がった程度。


 だが鉄面皮と例えられるユピテルの表情が僅かながらも変化を示したという事は、それだけ強い感情が彼女の身に宿っているという表れだ。




「……俺と離れ離れになって、寂しくない?」

拒絶案件チ○チン!」



 チビちゃんの眉間に皺が寄る。


「チ、拒絶案件チ○チンって……なんでそんな酷い事言うんだよォ」



 俺は泣いた。

 オイオイと泣いた。

 それは侘しさからくる涙であり、情けなさからくる心の汗でもあり、恥ずかしさの発露でもあった。


 ユピテルは最初こそ「きっしょ」だの「うっざ」だの思春期の娘がお父さんに向けるような言葉のナイフを投げつけてきたが最終的には根負けしたのかほんのりと優しい声になって



「まぁワタシというたぐいまれなるムードメーカーがいなくていっぱい大変だとは思うけど、精々パーティーリーダーとして頑張ってくれたまえよ、ゴリラ君!」

 


 ――――小学生に慰められてしまった。




◆古錆びた神社への道中




「ユピちゃんも別に全然寂しくないわけじゃないと思うよ」



 ようやく冬の顔を見せ始めた十一月の街を遥と並んで歩く。

 

 朝食を済ませ身支度を整えた俺達が向かう先は、いつもの神社。


 殆どの葉は枯れ落ち、すっかり寂しくなってしまった桜並木を愛する彼女と二人で歩く。


 もう十一月だというのに纏う装いは普段使いようのジャージ一式のみである。今年は十一月だというのにやけに暑い。

 特に陽のあたる内は半袖でも行けるんじゃねぇかって位蒸す日もある。


 かと思えばいきなり寒くなったり、雨が集中的に振ったりして本当、天気って奴はどうしてこうも気まぐれなのだろうか。


 後一週間ほどで師走になるという事は少しは自覚して欲しいもんだね。



「君が思っているよりもずっと凶さんのこと慕ってるし、ちゃんと尊敬リスペクトだってしてる」

「嘘だ」


 あいつ、俺をゴリラ扱いし始めた元凶だぞ。百歩譲って慕っているまでは分かるが、流石にリスペクトはしてないでしょうよ、遥さんや。



「嘘じゃないよー。その証拠にユピちゃんの口調というか喋り方? すっごく凶さんっぽいもん」

「いや、俺全然なまってねーし」

「ほら、それそれ。○○じゃねーしとか、○○じゃねーのとかそういうの。あれ凶さんのがうつったんだよ?」

「……そうなの?」

「そうだよ」



 十一月とは思えない晴れ渡った空の下、秋用の軽装に身を包んだ蒼い髪留めの少女が「わはー」と笑う。




「だけどユピちゃんは、あたし達みたいな、“しっとりさん”じゃないからねー。特定の人間関係に依存しない強さっていうのかな、そういう意味ではあたしなんかより全然強いよ、あの子」

「ユピテルがタフなやつだってのは俺も同感だ。……けどな、遥さんや」

「なんだい、凶さんや」

「……言っとくけど、俺はそんなに湿度高くないぞ」


恒星系の瞳が大迎に瞬く。目が口ほどに「お前、マジか」と叫んでいた。


「ええー、凶さんはあたしとおんなじくらいジメッジメだよ」

「何?一体全体どの辺がさ」

「だって凶さん、好きなものに対するこじらせ方が半端ないじゃん」



 どきりと胸が脈打ったのは多分、図星だったからだ。


 言われてみれば確かに。思い当たる節がいくつもある。特に『天城』でのあれやらこれやらは、……うん、まぁ高かったような気もしないでもない。


 少なくともあのカラッと元気な銀髪チビちゃんと比べれば、ジメッジメなのは間違いないだろう。



「だから根がジメジメした者同士さ」


柑橘系のフレグランスの香気がふわりと鼻腔をくすぐった。


「これからも、ずっとしっとりくっついていようねー」

「へいへい」


 くっついてきた彼女を丁重に抱きしめながら、勾配のきつい坂道を一歩ずつ踏み抜いて──。



「(……まぁ、この“寂しさ”ってやつは、結局誰と組んだって押し寄せるもんだしな)」


 『天城』では遥がいなかったし、『降東』ではユピテルやナラカ、そして虚がいない。



 代わりに今回は、ソフィさんと会津が加わって、



「(会津。……会津・ジャシーヴィル)」


――――そう。その会津の件に関して、これから俺達は彼を良く知る人物に“聴取”を行わなければならない。



「行くぞ、遥。後少しで到着だ」


一歩。また一歩。俺達は枯れた桜並木を歩いていく。



◆古錆びた神社



「お待ちしていましたよ、マスター。それに遥も」



 境内では既に邪神が店を広げていた。



 チキンの揚げ物に、ポテト、それに大量の肉まん。


 どれも近くのコンビニで売っているホッとスナックである。



 清水家を先に出た筈の俺達が、邪神に後れをとったのは言うまでもなくこいつが時の女神だからである。



 ヒミングレーヴァ・アルビオンに遅刻という概念はない。

 自在に時を停め、最近ではとうとう時を巻き戻す術まで覚えたこの女にとって、遅れるなんて事はまずあり得ないのだ。



 だから邪神はいつだっているし、どこにだって現れる。

 『異界不可侵の原則バリアルール』の及ばない下界は、全てがこいつの庭なのだ。




「捕虜の男は、私の中にいます。危険はないと思いますが、万が一の為にマスターに付き添っていて下さい」

「任せてアルちゃん、凶さんの事は何があってもあたしが絶対守るから」

「頼もしい限りで。――――“中”の案内は、黒猫レトログラードに頼んであります。時間の流れは気にせずにどうかごゆるりと、尋問なさって下さいな」



 ぺかーと光輝く邪神様。



 かつてアルが捉えた時渡りのエージェント。


 その男は今も、アルの中に居て、そしてどういうわけか俺達に協力してくれるらしい。


 願ってもない話だった。

 ゲーム知識だけじゃない。組織を良く知る者からの情報が得られれば、組織の、そして会津攻略への思わぬ道筋が格段にやり易くなる。



「可能ならば『戻す時』のコツも教えてもらうと良いでしょう。時間遡行に関しては、彼の方が先輩ですから」

「あいよ」



 そうして俺達は、黄金の白に包まれて、時の女神の内部へと至る。



 心臓が弾み、首元を汗が伝って、握りしめた遥の手だけが生の実感を教えてくれる。




「それではまた、一秒後のちほど。」





◆ヒミングレーヴァ・アルビオンの中




 ――――猫の鳴き声が、聞こえてくる。





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・お知らせ



 この度「チュートリアルが始まる前に」が「このライトノベルがすごい2024」単行本部門8位、新作単行本としては1位に輝きました。


これも全て応援して下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございますっ!


 詳しい事は暖房器具のX(旧ツイッター)及び、明日公開予定の近況ノートに書かさせて頂きますが、本当に、本当にありがとうございました。


 これからも引き続きウェブ版、書籍版並びに来月開始予定のコミカライズ版(詳しくはXをご覧下さい!)をよろしくお願い致します。


ちなみにゴリラは男性キャラ部門20位(遥さんは女性キャラ17位)になったので、今話のゴリラの行動は誰がなんと仰ろうが全てイケメンムーブです。



 次回更新は、来週の日曜日です! お楽しみにっ!











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