第二百六十話 第二回パーティーメンバー選抜会議3




◆古錆びた社・境内





 俺個人の見解としては、花音さんが欲しかった。


 花音さんの手に入れた「天城」の天啓 <正偽統合天城O,D,P>は、運搬役として最高峰の性能を持つ。


 戦闘能力。

 航空速度。

 収容人数から、乗り物としての利便性、そして安全性に至るまで、


 ――――全てにおいてオリュンポスは完璧だった。


 空を翔けるドラゴンと、天を浮く飛行要塞の二択において、後者を優先して選ばない理由は俺にはない。


 そもそもの話、両者は等級からして違うのだ。


 パーティーをまとめ上げるリーダーとして、より優れた乗り物を持つ花音さんを望むのは至極当然の事であり、故にこの三順目における俺の選択は端から決まっていたと言っても過言ではない。



 しかしそれは、パーティーのリーダーとしての俺の意見である。


 蒼乃遥の恋人としては、彼女が少しでも納得してくれる選択肢を選びたかった。


 遥は花音さんにある種のライバル心を抱いている。恐れていると言ってもいい。


 何故かは知らないが俺を取られると思っているのだ。


 全く愉快な勘違いだ。そして花音さんからしてみれば、迷惑以外の何物でもないだろう。


 しかし嫉妬の魔王にして相手の“嫉妬”を具象化する権能の持ち主であるレヴィアちゃん曰く、遥が最も嫉妬心を感じる相手は花音さんらしい。


 レヴィアタンを斬滅するレベルの嫉妬心を抱く遥と、理不尽に妬まれる花音さん。


 剣と盾。


 その相性は、言うまでもなく最悪だった。



「ぎゃーす」



 遥にハッ倒された邪神が仰向けになりながら鳴いていた。


 まるで効いている様子はない。そのままバリボリと煎餅を齧り出した。



「……うぐぐ」



 その一方、ハッ倒した側である恒星系は、眉間に皺を寄せながら悩んでいた。



 ナラカと花音さん。


 自分が選んだ方と一緒に旅をする。

 それはきっと遥にとってとても重い選択で、苦しいものだったのだろう。


 けれど俺には彼女はどちらを選ぶのか分かっていた。


 未来視など使うまでもなく、二択であれば少しでも安心できる相手を選ぶ筈だ。



「うぐ、うぐぐぐぐ……」

「ぎゃーす、ぎゃーす」



 ――――だから、




「ッ! 花音ちゃんでッ!」



 だからこそ、その言葉に俺は耳を疑ったのだ。



「遥、お前……」

「分かんない。分かんないよっ! どっち選んでもすっごくモヤモヤするし、今あたしの中ではレヴィアちゃんが大騒ぎだよっ!」



 だけど、と俯く恒星系。

 どれだけ眺めても飽きる事のないその美貌に苦悶の色が滲む。



「だけど、なんでか知らないけど、……そうしなきゃいけないなって思ったの」

「そうしなきゃいけない?」


 歯切れが悪いというか、とても奇妙な文言。

 


「この旅は……最終的に凶さんの生き死にに関わってくるんでしょ?」

「まぁ、そうな」

「だったら、少しでも一つ一つの冒険が上手くいくように頑張るのがあたしの務めだと思うし、それにこっちには運動ダメダメなソフィちゃんだっているんだもん。あの子が火荊さんのドラゴンに乗ったら絶対飛ばされるか酔うかだよ?」

「いや、ナラカのファフニールはちゃんと防護霊膜オーラがついてるし、乗る用のシートだって……」

「……ソフィちゃんのドジをあんまり甘く見ない方が良いよ。ある意味ユピちゃんより酷いんだから」

「マジか」


 あのチンチクリン大魔神より酷いってどういうレベルなのだろう。

 個人的には普段の移動手段が二足歩行である時点でソフィさんの圧勝だと思うのだが。



「それにね」

「うん」


 何かを言いかけて、口を噤む。

 そんな動きを幾度となく繰り返した後、遥は最終的におずおずとした口調で、



「あたしだって、いつまでもこのままじゃいけないと思うからさ」



 そう言ったのだった。



「頭では分かってるんだよ? 花音ちゃんがすごく良い子だって事。優しいし、真面目だし、いつも一生懸命でちょっとだけ凶さんに似てるところもあったりして」



 旦那は黙している。邪神はなんとも言えない顔で煎餅を貪っていた。


 俺はただ頷くだけだった。今はただ、彼女の言葉にそっと耳を傾ける。



「だけどあたしの中の何かがすごく花音ちゃんを怖がってて、君の事盗られるんじゃないかってずっと怯えてて……」

「…………」


 遥のソレは、とうに俺の理解の範疇を越えている。

 被害妄想と呼ぶには生々し過ぎるし、未来予測を疑うにはあまりにも脈絡がなさ過ぎる。

 荒唐無稽な、けれど磨き抜かれた刃のように研ぎ澄まされた思いこみ。


 彼女が抱える唯一にして最大の弱点といっても差支えはないだろう。



「――――だからね、折角の機会を活かして花音ちゃんの事を知ってみようって思ったの」



 だが、その“弱さ”こそが彼女なのだとするならば、それを克服しようと戦い抗う“強さ”もまた蒼乃遥の真実なのだ。



「いっぱいお喋りして、同じテーブルを囲んでご飯を食べて――――そうやって一緒に過ごす時間を重ねていけば、その内このモヤモヤやムカムカが晴れてくれるかもしれないし、残念ながらそうじゃないのかもしれない。だけど、だけどね」



 震えながら、警戒心を隠しきれない様子で、それでも精いっぱい強がって笑う彼女の姿を、



「何にも知ろうともせずに、あの子の事を悪い方向に決めつけるのは絶対良くないと思うから」

「あぁ」

「だから頑張るよ。あたしは今回の旅を使って、花音ちゃんの事をしっかり知るんだ!」


 ――――心の底から、誇りに思う。



「まぁ、今のあたしにはレヴィアちゃんが憑いてるからそんな変な事にはならないだろうし、…………何より今警戒すべきは花音ちゃんよりも火荊さんの方だからね。遠のけるなら絶対アッチだよ」

「ぎゃーす、ぎゃーす」

「ごめん、遥。ちょっと、後半の言葉が聞き取れなかったから、もう一度言い直してもらえる?」

「なんでもナイヨー。兎に角、あたしは花音ちゃんを運搬役に指名しますってこと。これでこっちのパーティーの四人目も決まりだね」



 邪神が唐突に鳴き始めたせいで、最後の部分を聞き逃してしまったが、まぁきっと他愛のない呟きの類だろう。



「ぎゃーす」



 少し意外な結果に終わったが、ともあれこれで四人目が決まった。


 そして残る枠は互いに一枠。



「…………」

「最後のメンバーはターン制じゃなくて、話し合いで決めよう。いいかい、旦那」

「よかろう」



 視線を前方に座るお嬢様方から、隣接する黒鋼の騎士の方へと移し変える。



 残るメンバーはナラカと会津。普通に考えればナラカ一択なこの状況。


 別に会津をディスってるワケじゃないゼ? これは役割の問題なんだ。


 会津をウチのクランに入れた理由は、ひとえに組織との交渉を取り持つ窓口が必要だったからである。


 奴等が追い求めている超神の欠片木乃伊のパーツを定期的に譲渡する代わりに、桜花での活動を抑えてもらう。


 根絶も、戦争も別に求めちゃいない。


 シリーズ通してクソ迷惑な第三勢力として暴れ回るあのイカれたテロリスト集団を桜花の街から除ける事が出来ればそれで良いと当時の俺は考えていて、その懸け橋となる穏健派のエージェントを欲していたところに会津・ジャシィーヴィルがやってきた――――つまりは穏健派のエージェントであれば誰でも良かったのである。



 だが……。



「俺達は組織との戦争をやらなくちゃならない」


 

 櫻蘂黄泉おうしべよみが目も眩むような報償と引き換えにこちら側へ求めてきたものは、「組織の壊滅」である。



 正しくは過激派のという注釈がつくのだが、要するにイカれたテロリスト集団の内、ヤバい奴等を軒並みブッ倒してこちらへ引き渡せというのが黄泉さんの“依頼”だ。



 そしてそうなってくると、彼の重要度は百八十度変わってくる。



「これから組織と戦争やろうって人間が、腋に組織のスパイを野放しにしてるっていう今の状況は中々にマズい」

「櫻蘂という転生者が前払いで『明王の禁域』を明け渡した理由はそういう事なのだろうな」

「あぁ」



 ――――決戦前にあのエージェントを抱きこめ、と。


 あの狡知に長けた伊達眼鏡の悪魔は言外に命じていたのだ。



「これは黄泉さんからのテストだ。組織の諜報員を逆にこちら側のスパイとして寝返らせようという難易度激ムズな試金石」


 もしもしくじったら、彼女は何かとそれっぽい理由をくっつけて俺達を桜花へ追い返すのだろう。


 あの俺以上に謀略特化型の性能をした魔女がその程度のリスクを考えていない筈がない。



 だから会津は、今後の俺達の活動を担う鍵なのだ。



 聖夜決戦の、そしてその先の『失楽園』へ至る為のファーストステップは彼の攻略に懸かっている。



 そして――――



「あいつを引き入れたパーティーのリーダーが、会津攻略の任を引き受ける」

「異存はない。その時は私が責任をもって彼を抑えよう」



 前向きな言葉だ。

 だが決して受け入れたわけじゃない。


 そりゃそうさ。

 身バレを警戒して決して本来の力を出そうとしない会津と、『天城』を経て五皮くらい向けたナラカだったら絶対に後者を選びたくなる。


 その上、前者を選ぶと漏れなく余計なミッションまでついてくるとなれば、余程の聖人でもない限り。好んで彼を取りはしないだろう。



 最後の選抜は難航を極めた。


 交渉というよりは「いかに会津を攻略するか」という部分に焦点を絞り、智慧を出し合ったって感じだ。




 青く澄み渡った晩秋の快晴が茜色に染まり、やがて黒く染まった頃、



「うっわ。凶さん、えっぐ」



 恒星系のその言葉が切っ掛けとなり、パーティーメンバーの選抜は最終段階へと移行したのである。



「いや、待ってくれ。コレはあくまでも導入っていうか、効果的にアイツを揺さぶる為のシミュレーションであって、実際に実行に移すかどうかはまた別の……」 

「いやいや。普通はこんなエグい作戦思いつかないって。あたしが会津君だったら多分泣いちゃうよ、コレ」


 そんな大袈裟な、と黒騎士に助けを求めるも、



「私には櫻蘂黄泉おうしべよみよりもよっぽどリーダーの方が恐ろしく見えるよ」



 とんでもない誤解だ。というか、最早それはただのディスですぜ黒騎士の旦那



「ちょっと、いやだよこの流れ。……まさか旦那、言い出しっぺの法則とか言わないよね? 別にこの役少し変えれば俺じゃなくても出来るし、そもそもやるかやらないのかっていうのはまた別問題だし――――!」



 だが、一度吹いた風の流れを俺個人の力で変える事はできなかった。


 ナラカが欲しい黒騎士と、出来る事ならナラカを遠ざけたい遥の思惑が一致していたというのも大きい。



「ぎゃーす、ぎゃーす」



 唯一の味方は、邪神だった。

 奴はいつになく必死な面持ちでナラカ必要論を説いてくれたのだが、しかし最終的に三対一の多数決により彼は俺の元へ来る事となったのである。



「おかしな人ですね、マスターは。わざわざ茨の道を行くなんて」

「別に考えなしで選んだわけじゃねぇよ。もしもアイツがこっち側についてくれたなら、確実にナラカよりも刺さる盤面が一つある」



 逆に旦那側のボスは、会津の精霊とすこぶる相性が悪い。


 その辺を加味するとやっぱりこっちのパーティーに引き入れた方が会津という駒をより活かせるだろうし、それに何より




「どうにも他人事には思えねーんだよ、アイツの生き方はさ」

 


 ――――珍しく、オレが強く出てきたのである。





◆◆◆最終辞令





 以下のメンバーを十一月度の探索メンバーとして各ダンジョンに派遣する。




・ダンジョン『西威』探索班:黒騎士(パーティーリーダー)、清水ユピテル、火荊ナラカ、虚、ハーロット・モナーク


・ダンジョン『降東』探索班:清水凶一郎(パーティーリーダー)、蒼乃遥、ソーフィア・ヴィーケンリード、会津・ジャシィーヴィル、空樹花音












 

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