第二百五十八話 第二回パーティーメンバー選抜会議1






◆古錆びた社・境内





 櫻蘂黄泉おうしべよみとの会合が終わった翌日の事である。


 俺は“知っている組”をいつもの神社に呼び出し、緊急会議の場を設けた。


 参加メンバーは俺を含めて計四人。


 アル、黒騎士、そして



「おー! なんか秘密の会談って感じがしてワクワクするねっ」



 我等が愛しの遥さんである。


 『天城』での告白を経て、俺の秘密を知る側となった彼女がこの場に座るのは至極当然……というのは些か大袈裟な表現かもしれないが、まぁそりゃあ声かけるよね、そして声をかけたら絶対来るよね、という俺達にとっての「当たり前」がドミノ崩しのように連鎖した結果、こうなったというわけだ。



 隣に座る邪神と互いに持ち寄った菓子の山を競い合うようにして食べる遥さん――今日はポニーテールバージョンだ――に癒されながら、俺は右横の旦那に声をかけた。



「ハーロット陛下は、ワイン祭りだとさ。あの人も本当に忙しい」

「そう言えば時期だったな。……赤の初物か。帰りに私も寄るとしよう」


 

 等と言いつつも、旦那の視線は専ら眼前の紙束に収束していた。


 枚数三桁越えのその提案書は、昨日黄泉さんから頂いた原本を俺が急いでコピーしたものである。


 『明王』ダンジョン、『失楽園ルシファー』、そして“組織”と聖夜決戦の事。


 昨夜黄泉さんが俺に話してくれた計画の全てが、この紙に記されている。



「――――恐ろしいな」



 一通りの情報を見聞し終えた旦那が第一声に発した言葉は感嘆と恐怖。



「『明王』と『失楽園』、この文書のデータが真であると仮定し、尚且つ我々がそれらを踏破したという前提で話を進めるぞ」

「あぁ」


 恐らく、という彼らしい慎重な前置きこそついたものの、



「私達の総戦力は、四季蓮華の王国たそがれに並び立つだろう」



 黒騎士の評価は、最上だった。



 桜花最強。三柱の真神保有者。十二の天啓を保持し、トップパーティーは全て真神級という隔絶した強さを持つこの街の顔役と肩を並べらる程の戦力強化が見込めると、その道のレジェンドである旦那が評したのである。



「まず前払いの五つの明王禁域ダンジョン。この時点で既に報酬の桁が違う。およそ亜神級最上位スプレマシーという括りで測るのであれば、四方の『明王』は、この国随一だ」



 旦那の試算は正しい。

 天下の三代目に出てきた五つの明王領域。


 中央の『不動明王』を囲うように配された四方のダンジョンは、いずれも二文字級ダンジョンとしては歴代最高の難易度と報酬を持つ。



 というよりも、こう考えた方が良い。四方の『明王』は、二文字級ダンジョンの最終階層守護者ではなく、



「真神級ダンジョンの中ボスみたいなもんだからなぁ、あの方々」



 四方の『明王』を降ろす事で、真神級の『不動明王』が開く。



 シリーズ最強の刀剣であり、エクスカリバーや天叢雲剣といった並み入る神魔聖剣を赤子ナマクラ扱いできるレベルの神話設定スペックを持つ『倶利伽羅之剣くりからのつるぎ』。


 

 全てクリアすることで最強の武器が手に入るという五連鎖強化イベントの一端を担う四大明王の次元がまともである筈がないのだ。



 まぁ、もっとも――――



「『不動明王』と『倶利伽羅之剣くりからのつるぎ』は、現実的じゃないけどね」




 四つの亜神級最上位をクリアして、間に聖夜決戦を挟みつつ『不動明王』を踏破する。


 これを二カ月弱の間にやり切るには流石にちょっと時間が足りない。


 何より『不動明王』は、時間や因果の属性持ちではない真神なので相性的な意味で言えば『失楽園ルシファー』以上の難易度と言っても過言ではない。


 二パーティーずつに分けて適した明王禁域ダンジョンを一周ずつ、そこから聖夜決戦を挟んで『失楽園』というのが現実的なルートだろう。



「私もリーダーの意見に賛成だ。……可能であれば、二探四破2×2と行きたいところだが」

「そこはフレキシブルに決めていこう。最悪、『失楽園』スルーからの四大明王制覇でも当初の目論見以上の戦力強化にはなるからね」



 四方の明王制覇は、“桜花十傑”下位五組の制圧よりもはるかに価値がある。


 これらを面倒くさい政治抜きでやらせてもらえるってだけでも、破格なのだ。


 それを前払いで出してくれるというのだから、本当にあの異世界恋愛転生者はイカれてる。


 黄泉さんは冒険者ではないが、歴としたダンマギユーザーだ。


 当然、各ダンジョンのギミックも報酬も熟知していて、何だったらそれらがこの世界の歴史においてどのような意味と価値を持つかも理解している。



 その上での『明王』ダンジョンであり、『失楽園』なのだ。


 

 彼女は、櫻蘂黄泉おうしべよみは本気である。


 有無を言わさず、迷わせる暇も与えず“烏合の王冠”という駒を取りに来たのだ。



 ――――組織の過激派を一掃する為の、使える駒を。



「ねーねー」



 と、そこで話に入って来たのがマイスイートハニー猫ちゃんである。


「なんか凶さんもオジサマもすっかりやる気満々なところ悪いんだけどさ」

「うん」



 小袋に入ったおかきをしゃくしゃくと齧りながら、



「その聖夜の決戦というか、テロリスト組織との戦争はやるって事でオッケーなのかな?」

「……それは」



 一拍にも満たない僅かな時間。だがその刹那、確かに俺の言葉は詰まったのだ。

 きっと“あった”のだろう。

 あったから、詰まったのだ。


 それは、恐怖。

 戦う事への、殺し合う事への、人間の悪意の見本市みたいな連中と向きあう事への、恐怖。



 怖いかって? そりゃ怖いよ。


 怖いし、面倒くさいし、関わりたくない。


 それが偽らざる俺の本音だ。


 事実、俺は聖夜の惨劇ロストイブを知りながらスルーしようとしていたのだ。

 黄泉さんの依頼がなければ第二皇女の暗殺計画を防ごうとすら考えなかっただろう。



 俺は、……俺はダンマギの主人公達のような全部救える英雄ヒーローじゃない。


 差し伸べられる手には限りがあって、見ず知らずの大勢よりも自分の周りを優先しちまう普通の人間である。



「――――やるよ」



 あぁ、だからこそ。



「勿論、参戦するにあたってみんなには正直に話させてもらうし、その上で降りたいってメンバーがいるなら可能な限り黄泉さんに掛け合うつもりだ。でも、」



 それが、その悲劇が、自分の手が届くところまで近づいて、明日への一助に繋がるのなら、



「俺はやるし、“烏合の王冠”を巻き込むよ」



 真っすぐと、彼女の美しい碧眼を見つめながら、俺は言い切る事ができた。


 迷う事や一人で抱え込もうとするかつての在り方が間違いだったとは思わない。


 ゲーム時代の美しい物語を大切に守ろうとしていたその臆病な謙虚さが、今でも愛おしく思う自分もいる。


 だけど俺はあの空の果てで、こういう風に生きようと選んだのだ。


 ……というか、



「何を今更ってやつだぜ。こんな問答、全部昨晩の内に済ませたじゃないか」

「でもほら、アレはあたしのおっぱいの中での話だったわけだし、その時の凶さん、めっちゃ弱気だったじゃんかー」


 うるさい、衝撃の事実をさらりとバラすんじゃないよっ!

 大体おっぱいの中での会話なんて大体の男は弱体化ばぶばぶするんだよ!

 


「でもまぁ、その調子なら大丈夫そうかな」



 手入れの行き届いた眉を吊り上げながら、口元に安堵の色を浮かべる遥さん。


 大体あれやこれやとウダウダする時間は昨晩の内に全部布団の中でイチャコラしながら片付けて来たので、俺のメンタル面もすこぶる好調である。



「一応この場でも聞いとくが、イブの日空けといてくれるか遥?」

「分かり切ってることを一々聞くなー。夫が命賭けに行くのについていかない妻がどこにいるー」



 ……いっぱいいると思うがきっと恒星系基準ではそうなのだろう。


 ともあれ最大戦力の一人である遥が参戦を決めてくれた事は俺にとって僥倖でしかなく、更に



「私も問題ない。組織も最終階層守護者も悪意をもって超常の力を振るう知性体という観点で見れば同義だからな。報酬リターンの大きさを鑑みれば、断る理由はないだろう」



 黒騎士も、乗ってくれた。



 これで少なくとも三人。


 その内の二人は、白兵戦最強と殲滅戦最強のTier1勢である。



 これは良い。幸先が非常に良いぞ。




「…………」

「なんだよ」

「いえ、別に」



 バリボリと、煎餅を噛み砕きながらふてぶてしそうな顔で縦肘をつく邪神。


 ちなみにこいつは、参戦しない。


 聖夜決戦の戦場は地上で行われる為、一見すると『バリアルール』の適用外な為、「とりあえずこいつ投げときゃ勝ちじゃね?」という展開になりそうなものなのだが、残念ながら超神ヒミングレーヴァ・アルビオンを『無窮覇龍』の膝元である皇都で無双させるのはそれなりのリスクがある事を俺も黄泉さんも知っている。



 似たような事例を八作目の主人公(正しくはそのパートナーである超神)がやらかしたせいでVS超神戦が行われたというのが一つ。


 

 何よりも、




決戦イブの日に、皇帝陛下クソトカゲが直々に彼女と会いたいのだそうだ。アルビオンさんに伝えておいてくれ”



 邪神はその日、別の用件がある。


 余りにも図ったようなタイミング。


 俺にはそれが『無窮覇龍』のメッセージのように聞こえてならなかった。




 ――――ズルはさせん、と。

 ――――越えるのならば、人の力で越えてみよと。



 ……奴はそういう男だ。

 勝ちを価値とし、勝ち方に美しさを求める究極の勝利至上主義者。



 俺には理解できない在り方だが、それがこの国のトップの決定ならば致し方ない。


 合理も倫理も、王の一声の前では無力なのだ。



「てなわけで、ここからが本題だ」


 そうして俺達はいよいよもって次の冒険への準備に入る。



「探索対象は、皇都明王禁域が内の四つ。これを二手に分かれて攻略する」

「うむ」

「異議なーし」

 


 俺は仲間達に次なる冒険先となる四つのダンジョンの名を一つずつ告げた。



「『降東』、『南軍』、『西威』、『北剛』。ボスはいずれも『明王』で、位階は亜神級最上位。この中からまず二つ選ぶわけだが」



 黒鋼の騎士のモノアイが緑色に輝く。

 「いいかね」という旦那なりの感情表現だ。



「私は西を選ぼう。オーディンを見据えるならば、この尊格が一番良い」

「“閻魔を終わらせる者ヤマーンタカ”か。確かに死属性神格への対抗メタ札としてはうってつけだ」

「リーダーは?」

「俺は東。単純に純粋戦力強化って側面と何よりもここのボスは、四季さんの真神カードに特攻が働く」



 他神の零落は、何も天使達の専売特許ではない。

 神話の垣根を跨いで、ブチ殴る。その剛力無双なストロングさこそが仏道神話の魅力の一つである。



「旦那側がオーディン対策を。俺側が四季さん対策を。いいね。ようやく『世界樹』への対策が始まった感じだ」

「問題はパーティーの組み方だな。単純な戦術相性や天啓等の兼ね合いは無論の事」

「……アイツの事だろ?」

「うむ」



 今回の探索はいつもとは少し勝手が違う。

 組織との決戦に向けて俺達は、どうしてもやらなければならない事があった。



「(……どっちのパーティーで引き受けるかで大分変って来るからなぁ)」



 奴を引き受けた側の負担は間違いなく増える。

 そして、当然のことながら“失敗”は絶対に許されない。



「旦那」



 俺は言った。



「奴に関しては、三巡目か四巡目あたりまで保留って扱いにしてくれねぇか? パーティーの大まかな構築が出来上がった後の方が個人的には考えやすい」

「良いだろう」



 一先ずは保留という形で話は、最初のメンバー決めへと進む。



「それじゃあ、まず一人目についてだが」

「その前に私から一つ提案したい事がある」

「あのね、おじさま。大変申し訳ないんだけど」



 言葉が重なる。

 だが、俺達はお互いに譲り合う事はせず、そのまま同時に意見を述べた。




「遥はウチのパーティーでお願いします」

「蒼乃はそちらで引き取ってくれ」

「あたしこっからは全部凶さん側でいくからっ」

「マスター、空樹さん。火荊さん。ソフィさん。ハーロット。これが最強パーティーだと思います」




 蒼乃遥が、パーティーに加わった。




―――――――――――――――――――――――



・中々、コメント返信の時間がとれず申し訳ありませんっ!

次回は今週木曜を予定しておりますっ! お楽しみにっ!





 

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