第二百五十七話 世界の敵が集う時







 チートスキルと言えば、あらゆるウェブ小説における花形……というのは些か誇張が過ぎる表現なのかもしれないが、しかしかつて俺が好き好んだウェブ小説には大概コレがあったのだ。


 チート。元来におけるその意味は、ハッキングやクラッキングを用いたゲームデータの不正利用を示す言葉であり、「アイテムの無限増殖」や「キャラクターの永続無敵化」など、明かにこれ制作者が意図した挙動じゃねぇだろっていう違法を悪意をもって行う人間達ゲボカスを、俺達は怒りと侮蔑の念を込めて「チーター」と呼んでいた。



 しかしこれがウェブ小説の台頭により、あまねく転生主人公達が“転生特典”と言う名のぶっ壊れスキルを初期段階から持つようになった辺りからこの言葉に新たな使い方が生まれるようになり、「無限魔力」や「完全模倣」、「確定レアドロップ」といったこれゲームだったら絶対不正だよね、ズルだよね、インチキだよねというレベルのとんでもスキルに対して、俺達は憧れと驚愕の念をもってこれを「チートスキル」と呼ぶようになったのである。



 そして何を隠そう俺は転生者だ。


 厳密にはゲーム内転移とか憑依系に分類されるタイプなのだが、そんなもん一々気にする人間は俺のようなウェブ小説オタク位のものなので、ここはカジュアルに「俺は転生者である」という体で話を進めさせて頂く。



 俺は転生者だ。

 誰がどう見ても転生者だ。



 だから当然、自分にも「チートスキル」があるんじゃないかって期待したさ。


 チートスキルで無双! 最強モテモテ俺様ハーレム! パーティーで一番強いのは俺! 一番賢いのも俺! 全部俺様が最強一番、悠々自適の転生ライフ!



 ……けどな、悲しいけどそういうのって所詮フィクションなのよ。



 チートなし。能力ウンコ。誇れるものは唯一無二の天使の姉!


 それが清水凶一郎という男であり、俺という男なのである。



 俺には敵をワンパンで倒す能力もなければ、圧倒的なステータスを持っているわけでもない。


 クラン内の強さはどれだけ贔屓目に見ても中の上、間違ってもTier1に肩を並べる能力には達しちゃいない。


 当然ギャルゲー主人公のように意味もなくモテるようなこともなく、俺を異性として見てくれているのは今も昔もウチの遥さんだけである。



 だけど、俺はそれでいいと思ってた。


 最強なんてとても名乗れないし、ハーレムなんて望んでも手に入りそうにもないが、それでも……まぁ、自分なりに頑張ってここまで来れたという事実が誇らしくもあった。



 俺はチートなしでも頑張れるタイプの主人公にんげんなんだと、そんな風に思って、


 思って、



 思って――――




◆ダンジョン都市桜花・完全会員制個室料亭『喜水桜きっすいろう




「思っていたのによぉ……っ!」



 高そうな漆塗りの机に突っ伏しながら、おいおいと泣く。


 あんまりだった。


 最悪のタイミングで、チートスキルの存在が発覚してしまった。



「こんな、こんなのってないよ……っ。俺の、俺の今までの頑張りが全部否定されたみたいで、……おぉぉぉっ、ひっひっひっ、えぐっ」

「頑張りって、君今まで散々ゲーム知識使ってたじゃんね? チートって言うなら知識こっちの方がよっぽど……」

「それとこれとは別なのっ! ゲーム知識は俺由来のものだからインチキじゃないのっ!」

「また恣意的ごきげんな解釈を」



 やれやれ、と呆れ顔を浮かべながら肩を竦めるセンパイ転生者。


 ちくしょう、余裕こきやがって!


 ていうかそもそも何だよ『チートスキル:ガチャ運』って。

 こんなガチャの引きだけに特化したチート能力、誰も「キャーッ」って褒めちゃくれないだろうに。



 それになにより



「ダンマギのガチャ要素って、シリーズ全体を通してみても三作目だけだよね」

「まぁ、盛大に炎上したからねェ」



 そう。

 そうなのだ。

 ダンマギは別にガチャゲーではない。


 三作目のお助け要素兼エンドコンテンツとして実装された“運命の観測”システムが最初で最後の「ガチャ」であり、それ以降は外伝作品含め一度たりとも出ていない。


 不評と言う言葉すら生ぬるい程炎上したからだ。



「ねぇ、これさぁ。チートって呼ぶにはあまりにも、限定的ピンポイントすぎやしないか?」 



 ステータスが伸びるわけでも、強力な必殺技が撃てるわけでもない。


 肝心の“運命の観測”にしたって、当たりを引いてそれで終わりってわけじゃないのだ。

 

 手に入るのはあくまでルシファーへの挑戦権であり、ガチャ運がその後の本番に作用する要素なんて欠片もない。


 だから、この“ガチャ運”というものは、結局のところ「経費が浮く」だけの能力なのだ。



 そりゃあチビちゃんのようなソシャゲ廃人からしてみれば、神にも等しい権能なのかもしれないが、このチートは俺に何か直接的な力を貸してくれる武器ではなく、それどころか普段の冒険において何の役にも立たない……



「(いや、もしかしたらアレが副次的な効果サイドエフェクトなのか?)」

 


 黒騎士の姿を想起する。


 旦那は今、天啓を九つ持っている。


 邪龍王ザッハークから一つ、嫉妬之女帝レヴィアタンから一つ。


 正史における黒騎士の天啓保持数は七。


 そこから既に旦那は二個もはみ出しているのだ。


 天啓は四つまでの確定ドロップ保障を過ぎると、途端に落ち率が低下する。


 五個目は50%

 六個目は25%



 そこから、七、八と進む度に天啓入手確率は半分ずつ下がっていき、九つ目ともなるとそのドロップ率はおよそ3%強。



 一応レヴィアタンクラスの最終階層守護者戦には、そのイカれた難易度に応じた強烈な確率上昇アッパー補正が乗っかりはするのだが、それだって「四倍アップ」程度のものだ。



 元の入手確率が3%台まで落ちている黒騎士の立場を鑑みれば落ちない方が普通なのである。



「おっ、なんだい凶一郎君。早速、『先導者能力プレイヤーアビリティ』の悪用法でも思いついたのかな?」

「いや、思ったよりは有用なのかなって……『先導者能力プレイヤーアビリティ』?」

「だって、凶一郎君。コレをチート扱いすると、ものすごい取り乱すじゃないか。だから物は言いようって奴だよ。ギフトとか異能とかコードとかギアスとかその辺の“それっぽい用語”はこの世界にごまんとあるからさ、私の主観上では“聞いた事のない造語ことば”で組んでみた。 ――――どう?」

「……いいんじゃないかな」



 等と見てくれの上ではクールぶった感じで聞き流していたが、俺の内心は「絶対、そっちの方が良い!」とリンボーダンスを踊っていた。



 だって、ねぇ。『チートスキル:ガチャ運』と、『先導者能力プレイヤーアビリティ凶運バッドラック』だったら絶対、後者の方がカッコイイじゃない。



「流石、黄泉さんだぜ。『先導者能力プレイヤーアビリティ凶運バッドラック』、ありがたく使わせてもらおう」

「いや、凶運バッドラックってなにさ。それは君が勝手に名付けたんだろう。何でもかんでも私のせいにするのはやめたまえ」

「さて、大体の流れは把握できたところで」

「あ、こいつ話し逸らしやがった」

「大体の流れは把握できたところで」

「オーケーオーケー。完全に聞く耳持たないってわけね。いいさ、好きにしたまえよ!」



 俺は言う。


 呆れ顔で天を仰ぐ、この小さな怪物に向かって




「そろそろ、黄泉さんが何を求めているのか教えてくれよ」



 問い質す。



「黄泉さん側のプレゼンは良く分かった。正直、完敗だよ。俺の現状と目的を徹底的に分析し、その上で俺の想像以上のものを君は出してくれた」



 本来ならば、五つの『明王』ダンジョンだけでも破格なのだ。


 しかし彼女は、櫻蘂黄泉おうしべよみは、それすらも超えて『失楽園ルシファー』というオーバーキルもいいところな鬼札ジョーカーを切ってきた。



「あまりにも大きな餌だ。規模がデカ過ぎて、未だに実感が湧かないくらいだよ」



 だからこそ、怖い。



 櫻蘂黄泉おうしべよみがここまでして俺に求めるものがなんなのか。


 まるで計り知れない闇を見ているかのような、そういった怖さが彼女にはある。



「教えてくれ、黄泉さん。アンタは俺に何を求めてるんだ?」

「……もしも君が快く私の提案を受け入れてくれた場合のロードマップを話そう」



 声音はそのままに、しかし纏う空気感を少しだけ冷ましながら、



「まず、今月。私は君達“烏合の王冠”に、前払い分の五大明王ダンジョンを提供する。期限は設けさせてもらうが、その範囲内でならどの『明王』をどれだけクリアしてくれても構わない。『不動明王』に挑んでもいいし、あの『明王』だけを狙い撃ちしたっていい。私としても君達には出来るだけ強くなってもらいたいからね。これは前払いであり、私から君達に課す試練でもあると、そういう風に思ってくれたら助かるよ」

「俺達を鍛える事が黄泉さん側のメリットにもなると?」

「そうだね。……正直今のままだと、上三人以外は足りないからね。あぁ、聖女様は別だよ。彼女はほら、TierEXって感じじゃん?」

「まぁ、言わんとしている事は分かる」



 この時点で漠然とした予感はあった。



 前払い兼試練。

 足りてない。鍛える事がメリット。


 彼女は、明かに俺達と何かを戦わせようとしていた。


 そしてこれだけの要素ピースがあれば、否が応にも俺の中のゲーム知識が回り始める。



「(皇歴1192年11月から皇歴1193年1月中旬までの二カ月弱。三作目に関連し、なおかつリリストラ・ラグナマキアの運命を左右するイベント)」




 回る。回る。回り出す。

 運命の転輪が走る音を、俺はこの時確かに聞いていた。



 そして、



「君達の手を借りるのは12月24日。みんな大好き楽しいクリスマスイブの日に」



 そして至る。




「ウチの第二皇女様が式典中に『組織』の過激派に襲われて命を失う宿命ことになっている」



 彼女の狙いが、何を為そうとしているのか。



「皇女様は、おひいさまの最大の味方であり理解者だった。もしもあの方が三作目の時間軸までご存命であれば、この国の情勢は大きく変わっていた事だろうさ」

「待ってくれ、黄泉さん。君はまさか――――」

「同時に」


 彼女の人差し指と中指が高々と上がり、有無を言わせないと言外に俺の言葉を遮った。



「同時にこのままあのイカれた狂信者集団……特に過激派連中を野放しにしておくと今後、私のチャートにどれだけの被害を及ぼすか分からないからね。だから」



 だから潰すのだと、彼女は高らかに告げた。




「ほんとは十絶の力であいつらまとめてブッ潰してやりたいところなんだけどね。皇帝陛下クソトカゲが余計な祭事しばりを設けたせいで、当日“龍生九士”は全員、<龍宇大>の中だ」



 その悲劇は、失われた聖夜ロストイブと後の世で語られる第二皇女暗殺事件は、“龍生九士”不在の中で行われた。



 第二皇女と彼女を慕い集まった平和式典の参加者、そして会場となった街そのものが無慈悲にも消え去ったあの痛ましい事件の記憶が蘇る。




「あの糞イベントは、絶対に回避しなければならない惨劇であると同時に、迷惑な『組織』の過激派が一堂に集う絶好の好機チャンスでもある」



 その日、その場所に、悲劇があり、そして『組織』が集う。



「策はある。準備も整えている。だけど私には戦力が足りない」



 ……あぁ、確かに。これならば『失楽園ルシファー』とも釣り合いが取れる。


 それだけの敵だ。それだけの規模だ。



「つまり黄泉さんは、」

「あぁ。そういうことだよ。凶一郎君。私が描くifもしもの軌跡は」




 世界の敵組織VS世界の敵烏合の王冠



「惨劇の聖夜に歴代のボスキャラ達を集結させる」





―――――――――――――――――――――――




( ´_ゝ`)「二部のタイトルってそういう事だったの!?」

( ロ_ロ)ゞ「今明カサレル衝撃ノ事実」

( ; ゜Д゜)「えっ、二部って天城編の事じゃないの?」

( ロ_ロ)ゞ「我々ノ話ハ、二部ノ前半ダ」


・天啓の確率:真神級以上は、所持数関係なく確定ドロップです。ダンジョンの神もそこは空気読みます。




・次回からはいよいよ、パーティーメンバー選抜会議にはいりますっ!


頂いたコメントに全て返信した後制作予定ですので、木曜日か日曜のどちらかになると思います! お楽しみにっ!









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