第二百五十六話 発覚






 至高天エンピレオ、と呼ばれる概念がある。

 「この世界で最も成功を収めた宗教」として知られる聖霊教の教えに登場する言葉で、意味するところは“主の御座おわす玉座”。


 要するに「超神(達)のいる世界」という意味である。



 達に()をつけたのは、あっちの宗教間では唯一の超神カミは、自分達が奉じる主だけという設定になっているからだ。


 

 ダンジョンの神や『無窮覇龍』は、あっちの宗教では真神扱いであり、何だったら一番目はじまりの主神の下僕的な解釈をされていて、まぁどこの世界も言ったモンがちだよなぁと思わずにはいられないスーパーセンシティブ案件ではあるのだが、しかしそんな彼等の教義において、あろうことか二番目以降の超神連中と同格とされる“天使”がいた。


 無論これらは聖霊教の解釈であり、実際のところは超神と同格の真神もいなければ、一番目と二番目以降の間に序列なんてものは存在せず、“至高天”ってのも実際のところは「一番目のいる領域」以上でもなく、せいぜいどこぞの神社でぐーすかぴーと寝ていた邪神の領域よりはマシってぐらいの位置づけでしかない。



 だから、超神と同格の天使なんていう設定は、九割方嘘である。


 “彼女”は、超神に肩を並べる者ではない。

 世界を統べる支配者システムでもない。

 趣味の読書の為に多次元世界ダンジョンを構築するダンジョンマスターもなければ、無限の生命に無尽の力を注ぐ龍の王でもなく、あまねく死後概念の後見人を務める仙道の始祖でもない。



 しかし彼女は特別だった。

 特別に強く、特別な出自を持ち、超神カミに挑んだ結果、特別な封印を施された、無二なる叛逆者プライマル・ワン



 其の名を――――




◆ダンジョン都市桜花・完全会員制個室料亭『喜水桜きっすいろう




「『失楽園ルシファー』は、三作目私達の裏ボスだ。設定的にはその後の方が有名だけど、一番強くて一番理不尽だったのは、間違いなく『失楽園』のルシファーだ」



 ルシファー。

 明けの明星。

 黎明の子。

 傲慢之叛逆者。

 主神と魔神の愛憎傑作ハイブリッド

 超神アルテマ再現兵器オペレーション

 歴史の特異点。



 多くの異名を持ち、四~六作目アインソフシリーズにおいても大きな活躍を果たした最強の真神の名をこの時代において聞く事になるとは思いもよらず、俺はしばらく目の前の悪魔を呆然と見続ける他になかった。


「ルシファーの力を“烏合の王冠”が手に入れれば、間違いなくライバル達との真神の数的優位アドバンテージは覆る。おまけにあのダンジョンは――――」

「無理だよ」



 弱音と呼ぶにはあまりにも力強い声が喉を通った。



「ルシファーは無理だ」



 最強の真神。

 三作目の裏ボス。


 そりゃあ手に入れたいさ。そんなチートキャラ。

 何よりルシファーは、俺が一番好きな精霊だったんだ。

 

 欲しいよ。すっげー欲しいよ。なんだったら別に戦力として使えなくったって良い。

 三作目の完全クリアの証として結んだルシファーとの契約。

 エンドコンテンツの最終形であるが故の異次元の無双っぷりは、史上最悪の鬼畜難易度クソゲーの締めとは思えないくらい爽快で、あぁ、俺はこのゲームをクリアできたんだって変な涙が出る程気持ち良かった。



 だけど、だけどさ――――。



「ルシファーは、無理だ。次元が違う。アレをクリアできる位の強さがあれば、そもそもここで行き詰ったりしていない」

「だからそこはヒミングレーヴァ・アルビオンの契約者である君の……」

「相性差でどうにかできるって? 甘いよ、黄泉さん。一番厄介な技を封じたぐらいで今の俺達が勝てる程、三作目の裏ボスは甘い相手じゃない」

 


 演技なのか素なのかまでは分からないが、黄泉さんの考え方はあまりにも攻略データに寄り過ぎている。



 黒く染まった邪龍王ザッハーク

 十二の次元と接合し、巨神となった偽史統合神殿オリュンポス

 遥の嫉妬心を喰らい、大気圏を越えた嫉妬之女帝レヴィアタン


 どいつもこいつも、ちっともゲーム通りにはいかなかった。

 覚醒し、未知をバラ撒き、想定を覆したかつての宿敵達。


 あいつらと刃を交えた俺だからこそ断言できる事があった。



「ゲーム知識は絶対じゃない。カタログスペックなんて奴等は軽く超えて来るぞ」



 最強の真神の覚醒なんて考えただけでもチビりそうだ。

 ルシファーのオリジナルスキルなんて初見じゃ絶対に捌けないだろう。


 

 それに、何より、



「そもそも『失楽園』は、“運命の観測”産だろ? 費用と確率を考えたらまず出ないぞ」




 “運命の観測”――――悪名高きこのシステムを一言で表すと、ガチャである。

 三作目のゲームクリア後になって初めて訪れる事が出来るようになるとある“神殿”で、大量の精霊石(時価総額なんと十億円だ)を注ぎ込む事で機能するハイパーブルジョワガチャ。


 こいつを回す事で特別な武器や、新たな精霊との邂逅といった運命イベントが発生する仕組みになっているのだが、その最大の目玉報酬としてルシファーの眠る「裏ボスダンジョンの解放」があるのだ。



 その排出率は驚きの0.1%


 「だって簡単にクリアされたら糞って気持ちになるじゃないですかぁ(通称、簡糞)」で知られる初代ダンマギシリーズ統括プロデューサーが残したこの最後の悪意を前に、俺達は血反吐を吐きながら金策を行い、いつか来るルシファーとの決戦を夢みていたのだ。



 一回十億円のガチャで、排出率が千分の一。

 本当、最後までぶれないゲームだったよ、三作目は。



「戦う以前の問題だ。まるで現実的じゃない」



 度なしメガネに覆われた龍の真紅眼が、じっとこちらを見る。


「えっと」


 黄泉さんは、明かに狼狽うろたえていた。


 そのきめ細やかな白額がらは、うっすらと汗すら滲んでいる。



「まず、私の意見が知識に寄りかかっていたこと、そして意図していなかったとはいえ、この世界と君を軽んじるような発言になってしまったことについては心から謝罪するよ。……うん、そうだよね。これについては間違いなく君が正しい。命懸けの死線を何度も切り抜けてきた凶一郎君に、現場を知らない私が攻略データ頼りの机上の空論エアプアドバイスなんて釈迦に説法もいいところだった」

「別に黄泉さんが謝る事じゃ……」

「大変勉強になったよ。そして改めて君の才能に敬意を表したい。ゲームを越えた未知の怪物達を相手に、誰一人失わずに沢山のハッピーエンドを築き上げてきた清水君は、間違いなく本物の英雄だ」



 俺が「そ、そんなことないんだからねっ」と顔を赤らめてツンデレ系謙遜ム―ブを決めようとするよりも早く「だけど」という言葉が黄泉さんの声がお座敷に響いた。



「それでも君……いや、君達こそが現時点における唯一の『失楽園』適格者だと思っている」



 ボブカット少女の右手が袖長の白衣の中からにゅるっと飛び出し、力強いスリーピースを形成する。




「まず一つ目は、さっきも言ったようにヒミングレーヴァ・アルビオンの存在だ。時と因果を司る女神である彼女と契約した君がいる以上、ルシファーは時間停止ターンスキップや、因果律調整セーブ&リセット、『疑似式・始原の終末』に代表される一撃必殺技の数々は使えない」



 三作目の裏ボスであるルシファーは、初期三部作を総括するキャラクターとして設計されたという経緯もあり、一作目と二作目の裏ボスのアレンジスキルを補助技として乱用してくる。



 全てを凍らせる無慈悲な時間停止2ターンスキップ(ちなみに本家の邪神は乱数ノリでターンスキップ時間レベルを決めてくる。最悪ファンブルを引いて13ターン分の時間停止を喰らった時は思わずコントローラーを投げそうになった)。



 発動中はターン終了時毎に、自身の体力と状態異常及び能力低下を完全回復する効能を与える因果律調整セーブ&リセット(ちなみに邪神はこちら側がアイテムを使う度にその種類に応じた“完全回復”、“全ステータス上昇”、“耐性無視の広域デバフ”を撃ってくる。アイテムを使うと何故かこちらが不利になるという頭新時代ハッピーセットな不条理カウンターである)



 そして条件を満たすと解禁される防御無視、復活不可の一撃必殺術式『疑似式・始原の終末』(なお邪神は本物の『始原の終末』を開幕時に問答無用で四発ぶちかましてくる。このせいでメインと控え含めたパーティーメンバーの中から主人公も含めたランダム四人が確定除外されてしまうので、何をどう足掻こうが安定攻略は絶対に実現しない。糞の極みである)。


 

 本来ならば一つ一つが対策必須のエンドコンテンツ理不尽を、しかし俺達だけは一切気にせずに戦う事ができるのだ。


 ゲームで例えるならば、ルシファー側に回復禁止と一番厄介な補助技及び一撃必殺技禁止の特殊ルールを課すようなものである。


 そりゃあ、黄泉さんが「イケる」と思うのも無理らしからぬ話ではあるが、しかし何度も言うようにこの世界はゲームじゃないし、何よりもルシファーには今挙げたスキル以外にも沢山の詰み技があるわけで、少なくとも今の俺達のスペックでは到底不可能な




「(……まさか)」



 思い、至る。

 そう。スペックだけで言えば、まるで足りない。

 アベレージ亜神級最上位スプレマシーのメンバーで挑む初の真神がルシファーってのは、あまりにも戦力的に重すぎる。



 しかし、それは裏ボスとしてのルシファーを相手取った場合だ。



 その後の正史ルシファーに登場する“彼女”を勘案した場合は、話が大きく異なってくる。



「正史における『失楽園』の踏破者は、三作目の主人公達ではなく、ある二人組コンビという事になっている」



 世界が、



「“救世主”と“破壊神“、アインソフシリーズの黒幕コンビが“明けの明星”を御したところから物語が始まったんだ」




 世界が更に繋がっていく――――



「そして今、“救世主の卵”と、“破壊神の再現定義者“が君達“烏合の王冠”の中にいる。歴史上、ルシファーを倒したコンビに頼れるボスキャラ達とおまけに超神ヒミングレーヴァ・アルビオンまでついているんだ。……ねぇ清水君」



 俺は思う。

 彼女の、あのお下げの少女の、運命に最も愛された六作目のラスボスの事を、



「これが運命と言わずして何というんだい?」



 強く、考える。



「そして三つ目だ」



 言いながら黄泉さんが取り出したのは、スミレ色のスマートフォンだった。



「ルシファーのいる『失楽園』の解放は、“運命の観測”による“可能性世界との接続”――――まぁ要するにガチャをやらなくちゃいけなくて、その為には一回十億の精霊石ガチャを回さなければならず、その排出確率は、0.1パーセント。まぁ無理ゲーだ。いくら私でもこんな糞ガチャにドブドブつぎ込める程のお金は持ち合わせていないよ」



 軽快にタップして、アプリを開き、そうして黄泉さんが俺に見せてきたのは、実在する冒険者を題材とした有名ソーシャルゲームのガチャ画面だった。



「だけどまさか、あろうことか君の口からそんな戯言ジョークが飛び出してくるとは思いもよらなかったよ」

「……何が言いたい?」

「ま、論より証拠って奴さ。これ、ゲーム会社の友達から特別に借りてきた『ダンジョンストライク』の試遊機。半年後に実装予定のキャラがガチャ出て来るからちょっと遊んでみてよ」



 そこには俺の最愛の彼女の姿があった。

 見慣れたバトルコスチューム。蒼く煌めく『蒼穹』。形の良い胸。そして腋。



「(やっべ、超欲しい)」



 俺は欲望の赴くままに十連ガチャ画面をタップし、全てを忘れて限定遥さんガチャに意識を集中させた。



「ねぇ、凶一郎君」



 ゲーム画面に現れた二足歩行のドラゴンの口に虹色の精霊石が注がれていく。



「この世界に転生した時、こんな風に思わなかったかい?」



 光輝くガチャドラゴン。SSRキャラ確定演出の出現に高鳴る胸。



「あぁ、どうせなら転生特典の一つでもあれば良かったのになって」



 ドラゴンのお腹がパカリと開き、中から虹色に輝くクリスタルの卵が十個、飛び出した。



。私達には」




 卵の中から、俺の愛する唯一の彼女が飛び出した。

 ぴょこり、ぴょこりと、またぴょこり。


 ガチャの中身は、遥、遥、また遥。


 現実でも味わう事の出来ない遥さん十人ハーレムの獲得に俺はかつてない幸運を噛みしめながら、




「あぁ、言い忘れてたんだけどそのガチャ、私が余興用に確率いじっててさ、蒼乃遥の出現率は1兆分の1になるように設計されてるんだ」



 ……は?



「1兆分の1の確率のガチャキャラを十回回して、十回出す。……ねぇ、清水凶一郎君。こんな奇跡を我々オタクが一体なんて呼ぶか知ってるかい?」



 まさか、とは思う。

 だが思い返せば思い返してみる程、否定できなくなる自分がいて、




「チートって呼ぶんだよ」



 お座敷に、野太い男の悲鳴が木霊した。




―――――――――――――――――――――――





・【悲報】清水ゴリラさん、これまでチートスキルを使ってガチャを回していた事が発覚。


 この前代未聞の大事件に対し、有識者JS氏は、「この世にあるチートスキルの中で最もだきすべき邪悪。今日をもってゴリラは全てのソシャゲユーザーの敵となった。はなはだもって拒絶案件チ○チンである」と強い遺憾の意を表明。




・「ゲーム知識は絶対じゃない。カタログスペックなんて奴等は軽く超えて来るぞ」というゴリラからの強敵認定を受けた邪龍おじさん達



邪龍おじさん( ´_ゝ`)「べ、別に」

おーでぃー( ロ_ロ)ゞ「ウレシクナンカ」

( ´_ゝ`)&( ロ_ロ)ゞ「ないんだからネッ!」←ふたりは邪龍天城王!

ももたろーおじさん( ; ゜Д゜)「なに顔赤らめてんだこの白饅頭共、きっしょ!」









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