第二百五十五話 新世界の福音





◆ダンジョン都市桜花・完全会員制個室料亭『喜水桜きっすいろう




「まずは見返りについて話そう。あぁ、何のって聞くのは止してくれよ。物事には順序ってものがあるんだ。絶対にこっちから入った方が良い」



 少々まどろっこしい言い方で、櫻蘂黄泉おうしべよみが手番を回す。



「さて、君が築き上げたボスキャラ達のクラン、“烏合の王冠Crow Crown”だっけか、いいよなーこの屋号ネーム

「……そうだよ」

「マジか、天才かよ。私このセンスめっちゃ好きだわ」

「いや、そういうのいいから」

「違う違う、弄ってんじゃなくて本気で感動してるんだってば!」

「余計タチ悪いわっ」



 こういうのは、心の中で「フッ、いいよね」って後方理解者面する位が一番いいのだ。


 黄泉さんみたいなドストレートな褒め方をされちゃうとオタクは恥ずかしくなって殻にこもっちゃうの!


「そんなことより、話し話し」

「あぁ、うん。それでさ」



 脱線しかけた櫻蘂車両をレールの上に戻して、話を進める。



「君達は今、亜神級最上位ダンジョンを二つクリアしてるんだよね」

「あぁ」

「無印の状況から逆算して考えると、後四カ月弱で『覇獣域』と『世界樹』の制圧コンプリートは必須。そう考えると今の戦力じゃあ色々足りないよね」

「そうだな」


 ダンジョン『覇獣域』とダンジョン『世界樹』、この二つをクリアして無印ラスボスの発生要因を止めなければ、凶一郎の発狂ルートは確定してしまう。


 ――――いや、最早失敗すれば俺だけの問題では済まないだろう。



 一度でも桜花に足を踏み入れた事のある人間は、例外なくアレの対象として紐づけされてしまうのだから。



 度なしのメガネをかけ直しながら、黄泉さんが言う。



「史実通りなら、今の桜花五大クランってあそこ以外全盛期の状態なわけでしょ? ヤバいよねー。特に四季蓮華の勢力なんて私達の知識が全く役に立たない位の別物というかバケモノ? そんな彼女達を退けてオーディンへの挑戦資格を勝ち取るなんて本来の無印の難易度軽く超えてんべ」

 


 “全道”も“神々の黄昏”も、トップチームは大体真神級ダンジョンを複数踏破した人外戦力達で固められている。



 対する俺達の戦力アベレージは亜神級最上位スプレマシー止まり。



 『覇獣域』や『世界樹』はおろか、まだ真神級に挑む水準にすら達していない。


 おまけに……



「『天城』と『嫉妬』なんてガチ強ダンジョンクリアした君達がそれより上を目指そうとするともう両手で数えられる位しかないよねー。しかも高確率で五大クランと競合しなきゃならなくなる」



 『世界樹』は、“黄昏”が挑み

 『覇獣域』を、“全道”が治め

 『全生母』へ、“冰剣”が進み

 『聖杯城』に、“円卓”が集い

 『銀門鍵』と、“探偵”が躍る



 桜花十傑トップテンと呼ばれる魔境の内の五つは既にこの有り様であり、その他の四つについても完全に彼等の領地シマと化しているのがこの街の現状だ。



 『嫉妬』以上の高みを目指すならば、彼らとの激突は必須。戦わないにしても、『天城』以上の政治交渉駆け引きを二カ月弱の間に四度もやらなければならず、要するに



「大分無理ゲーじゃない? 『天城』で精霊鉱ヴェイン取ってなかったら詰みまであったぜ、このチャート」



 俺達の戦力。桜花の現状。今後の課題。『天城』選択の意図。


 何一つとして、俺は黄泉さんに話しちゃいない。

 自力でここまで辿り着いたのだ。



 櫻蘂黄泉は、間違いなく読んでいる。

 ゲーム知識と自前の果てなき思考力で、俺の欲しているものを察し、その上でこの場に来たのだ。

 


「だけど、私が来たからにはもう安心だ。君達“烏合の王冠Crow Crown”は無印の舞台なんかで収まる器じゃない。もっと視点を広げて全国攻略ワールドワイドにいこうぜ、凶一郎君っ!」




 ややダボついた白地の袖を振りながら、皇国宰相筆頭補佐官が新たな世界へ俺を誘う。



「君の望み通り、“烏合の王冠”の“禁域”入りを許可しよう」



 求めていたものがあっさりと、彼女の口から飛び出してきた。




精霊鉱ヴェイン獲得の功績を考えれば当然の措置だし、何よりも君はあの厄介極まりない火荊ナラカに人間側ライトサイドの可能性を与えたんだ」



 「だからこの権利は無料タダで良い」と黄泉さんが微笑みかけたその瞬間、俺の中に浮かび上がった感情は、一息ついたかのような心地の良い安堵――――



「……待ってくれ、黄泉さん」



 ――――ではなく、途方もない驚愕と疑念だった。



「禁域への入場許可を快く出してくれた事には感謝する。だけど……」



 禁域。皇国に存在するダンジョンの中でも、国から認められた冒険者だけが立ち入る事の許される特別なダンジョン。


 そこへ立ち入る許可を早晩に頂く事こそが、俺が今夜、黄泉さんに求めていたものだったのだ。



 それを彼女は何の見返りもなく、差しだすという。


 無料タダで、良いと。



無料タダじゃなければ、?」

「――――あるよ」



 右胸にこしらえられた衣嚢ポケットから手の平サイズの白球を取り出すと、黄泉さんはそれを無造作に宙へと放り投げた。



 浮遊フロート機能付きのホログラム映像投射装置が、俺達の頭上に鮮明な三次元映像を映し出し、純和風な座敷の景観に場違いなサイバーパンク感を醸し出す。



「禁域に足を運び、相性と将来性の良いダンジョンを選んで探索すれば君達は全うに強くなれる」



 見覚えのある寺院が五つあった。


 場所は皇都。山奥に佇む、歴史の重みを感じさせる門構え。



「だけどその全うな強さを手に入れた先に待っているのは、これまで通りの綱渡りだ。圧勝はおろか、拮抗ですらなく、勝利に奇跡や博打を要する辛く苦しい戦いを君は求めているのかい、凶一郎君?」



 仏閣という概念を絵に描いたような出で立ちの寺院の奥にはいずれも劣らぬ巨大な大樹が聳え立っている。



「違うだろ」



 それは三作目の、主人公達が圧倒的な強さを持つ“龍生九士”に対抗する為の力を得る為に訪れた五つのダンジョン。



「そうじゃない。そんなその気になれば君達の好敵手ライバルでも手に入るような力を幾らかき集めた所で、全盛期の四季蓮華が率いる桜花最強のチームには及ばない。良くて20%、逆立ちしたって五分の勝負には絶対に持ち込めない」




 ――――『明王』の、眠る領域ばしょ



「やるならとことんだ。四季蓮華ですら立ち入る事の許されない五つの教令輪身アヴァターラ。当然、難易度は三作目基準ごくあくだけど、得られるリターンも桁外れ」




 亜神級最上位四つ、そしてそれらを全て踏破した者だけが挑む事が出来る特別な真神級ダンジョン。



 そしてこのイベントを最期まで進めたその先には、



「四つの内、どれかをクリアするだけでも良いし、滅茶苦茶大変だけど、全部やり切って最強の『不動明王』に挑んでもいい」



 眠っているのだ。

 ダンマギシリーズ最強の刀剣と謳われた至高の一振り。



「『倶利伽羅之剣くりからのつるぎ』を蒼乃遥に持たせたら、そりゃあもうとんでもない事になるだろうぜ」



 『倶利伽羅之剣くりからのつるぎ』――――聖剣、魔剣なんでもござれの地球ファンタジー界においても唯一無二の特性をもった「龍王の宿る剣」。


 そんな最強武器の獲得チャンスを黄泉さんは俺達に与えるのだという。

 しかも、


「まぁ、時間とか諸々の難易度考えると『不動明王』攻略は現実的じゃないかもしれないけど、それを抜きにしたって明王シリーズには、“彼”がいるじゃない?」

「……あぁ」



 黄泉さんの言わんとしている事が俺にはすぐに分かった。


 “桜花最強”、四季蓮華。

 その力の根幹を支えるのは言うまでもなく三柱の真神という圧倒的な戦力である。


 ラスボスクラスのビックネームを三体も従えた全盛期の彼女に一切の隙はなく、たとえ桜花の街の全冒険者を合わせたとしても、四季さんは笑顔で切りぬけるだろう。

 それ程までに彼女は別格なのだ。

 立っている次元があまりにも違い過ぎる。


 だが……、



「もしも首尾よく彼の力を借りる事が出来れば、あの真神は無力化できる。ダンマギはよく神話同士の解釈衝突コンフリクトが起きるけど、少なくとも彼とアレの勝負マッチングに関しては三作目で結果が出てるからねー」



 世界が変わる音を聞いた。

 変わる。

 変わる。

 これまで積み上げてきたチャートが根本から変質を遂げる。



 明王。『倶利伽羅之剣くりからのつるぎ』。絶対とされる精霊の等級すら覆す彼の精霊の“神降ろし”



 描いていた未来予想図はパズルのピースのように崩れ落ち、そして新たな光を描いて新生する。



 溢れ出す高揚感。

 舞い踊る無数のアイディア。


 一つの舞台せかいでは絶対に辿り着く事の出来なかった他作品解釈マルチバースが、俺の視座を別次元の領域へと引き上げていく――――。



「すっごく楽しそうだね凶一郎君」



 新たな世界への水先案内人が歯を剥きながら微笑んだ。



「…………」



 俺は笑う。嬉し過ぎて言葉が上手く出てこなかったから、代わりに全力で笑ってやった。


 楽しいかって?

 楽しいに決まってるじゃないかっ!



 遥じゃなくったってワクワクするわ、こんなもんっ!


 全身が燃え上がるように熱い。

 思考を回し過ぎて、頭が痛くてしょうがない。


 胸が鳴る。武者震いが心地いい。





 だが、しかし。

 

 櫻蘂黄泉おうしべよみは、

 この狡知の化身のような女傑は、



「勿論、本命の報酬は別に用意させてもらうよ」



 俺の想像の、更に上をいく――――。



「時間的な都合は勿論だけど、明王イベントの完全攻略難易度は、三作目の終盤クラスだからねー。他の明王ダンジョン全部攻略して、しかも私側の依頼までやった上での『不動明王』攻略は流石に厳しい部分もあるからさ、だから」

「……だから?」

「だからもっと君達に相応しく、時間のかからず、それでいてブッチギリに最強なダンジョンを君達に用意プレゼントするよ」



 そして俺は、この世界に来て初めて“彼女”の名前を聞いたのだ。



「普通に考えれば、矛盾する。だってアレはウチの『無窮覇龍クソトカゲ』を差しおいて三作目の裏ボスに君臨した最強の真神だ。アレを倒せるレベルの精霊使いなら、そもそも一作目のラスボスにだって勝てるはずだからねー」



 真神級。

 各神話の主神クラスが揃う世界の支配者にして、真なる神。



「だけど君だけは例外の筈だ。時と因果の女神である『ヒミングレーヴァ・アルビオン』の契約者である君が率いるパーティーならば、アレの難易度は一般的な真神級にまで落ちるはず」




 その中において、別格とされる明星があった。





「ねぇ、凶一郎君。『失楽園ルシファー』、興味ない?」 






―――――――――――――――――――――――




・明王ダンジョン:三作目に登場。亜神級最上位四つ、真神級一つの組み合わせで形成されており、東西南北四つのダンジョンを攻略すると最後の中央ダンジョンが解禁され、『不動明王』への挑戦権を得れる。

 最初の一つのみ、中盤で強制攻略、その後は任意挑戦となり、最後の『不動明王』の攻略難易度は、終盤レベルとなっている。



・『倶利伽羅之剣くりからのつるぎ』:倒した分だけ攻撃力が上がる系の最強装備。他にも特殊能力モリモリである。






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