第二百五十四話 黄泉の万華鏡



このラノ特別ウイーク第三弾でございます!





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◆◆◆ダンジョン都市桜花・完全会員制個室料亭『喜水桜きっすいろう




 推しの為に世界を敵に回す。

 確かに響きはカッコイイと思う。

 だが相手は『無窮覇龍』アーテルラスト・ラグナマキア。無限と生命を統べる龍神である。

 そんな彼を、皇国そのものといっても何ら過言のない三作目最強のラスボスを、目の前の彼女、櫻蘂黄泉おうしべよみはブチ殺すのだという。



「正気?」



 別に非難するつもりはなかった。


 気持ちは分かる。

 櫻蘂黄泉とリリストラ・ラグナマキアオタクが掛け合わさったら、そりゃあそういう結論に至ってもおかしくないだろうし、何よりも俺だって本来はそっち側なのだ。



 だから黄泉さんがその結論に達した理由には納得する。

 決意の深さも理解できる。


 だけど、



「相手はあの『無窮覇龍』だぞ?」

「そうだね」

「この国の皇帝で、歴代最強のラスボスで、君の彼氏の支配者オーナーだぜ?」

「あぁ。分かっているとも」



 十種十絶とぐさじゅうぜつ

 殲月白夜せんげつびゃくや



 皇国最強の“龍生九士”の内、二人と結ばれている黄泉さんの勢力は現時点において間違いなく至上の域にある。


 金も、権力も、地位も名誉も男も彼女は全部持っていて、誰がどう見ても勝ち組の中の勝ち組、まさに絵にかいたような理想の異世界転生ライフと言っても過言じゃないだろう。



 にもかかわらず彼女はその幸せを、乙女ゲームのハーレムエンドのような楽園を、自ら投げ捨てようとしているのだ。



 唯一人の推しの為に。

 



「(まずいな)」



 乾き切った喉を無理やり温んだ焙煎茶で潤して、状況を整理する。



「(黄泉さんは推しである三作目のヒロインを助ける為に『無窮覇龍』を討とうとしている)」



 そしてその“行為”は、世間一般でクーデーターと呼ばれるものに相違ない。



「(正義とか、悪とか、黒幕とか、超神とか、そういうめんどくさいのはこの際どうでもいい)」



 そんないるかどうかも分からない名前も知らない誰かよりも、俺は目の前の彼女が恐ろしくてたまらなかった。



「(、たったの一手で俺達の人生ルートを詰ませやがった)」



 後ろに“龍生九士”が控えているこの状況で、皇国の高官が高々なる皇帝抹殺クーデター宣言。


 タダで済むわけがない。この状況で仲良くでもしようものなら俺達は破滅エンドを待たずに一族郎党皆処刑だ。


 そうなれば俺はこの国と戦わざるをえなくなる。


 ボスキャラ達と、そして超神であるアルの力を借りて、皇国と、『無窮覇龍』と――――



「それが、……狙いか」



 やられた。

 完全に。

 たった一言で、櫻蘂黄泉は超神同士の対決マッチングを引き出しやがったのである。



「(“知識”があって、それを使う智慧を持ち合わせていながら誰も思いつかないような愚者の一手で最善の結果を引き出す)」



 こんな、



「(今の俺達には時間がない。後四カ月弱で四季さん達と互角に立ち回る為には、彼女の伝手を借りて禁域に――――)」




 こんな化物がいたのか。

 


「(仲良くしても詰み。仲良くしなくても詰み。だったら俺が選ぶべきは、少しでも未来のある方で――――)」



「ぷっ」



 唐突に、シリアスな空気をブチ壊すような「あひゃひゃひゃひゃ」という笑い声が俺達のいる座敷を包み込んだ。



「……何がおかしいんだ?」



 俺が悪魔に問いかけると、彼女は邪気のない笑顔で、



「いや、すごいね。凶一郎君。私の想像していた五億倍くらい頭が良い」



 その表情も、手を叩く仕草も、奏でる声音すら、心から俺を讃えているように――――いや、これは多分本心だ。



「安心していいよ、凶一郎君。君と私が仲良くしても、あのクソトカゲと戦争するような事態にはならない」


 彼女は本心から俺を讃えている。認めている。敬愛の念すら感じられる程に。



「私がいずれクソトカゲをぶっ殺そうとしているのは事実だし、出来ればヒミングレーヴァ・アルビオンの助力を得たいなってのも偽らざる本音だけど、だからって会ったばかりの君を強制的に従わせようなんて無道カスな真似、清く正しい黄泉ちゃんは致しませんよー」

「アンタがどういうスタンスだろうと、ここでクーデター宣言してる時点でタダじゃ済まないだろうが」

「普通ならね」


 

 少女の皮を被った悪魔は、小慣れた手つきでメガネを外し、



「でもあの皇帝陛下クソトカゲは普通じゃないからさ」


 ゆっくりと中指と人差し指を、自分の両眼に突っ込んで――――



「アイツは全部知った上で、私の叛逆を



 カラーコンタクトの外れたその瞳は、紅く尖った、



「ご覧の通り、私は『無窮覇龍』アーテルラスト・ラグナマキアの眷族なんだ」



 “龍の形”をしていたのである。



「全部話すと長くなるから、ばぁっと端折るけどさ。私の叛逆は、皇帝陛下公認の契約ゲームなんだ」

「端折り過ぎだ。全くもって、分からん」

「いやー、これが言葉通りの意味なんですよ」



 「たはは」、と笑いながら紫色のコンタクトレンズを箱形の容器に仕舞う黄泉さん。

 朗らかな隣人から、恐ろしい悪魔へ、そしてまた親しみを感じる知人に。

 コロコロと。まるで万華鏡のように印象が都度変わる魔性の女。

 本人の在り方は一貫している筈なのに、何人もの人間と話しているかのような不気味な錯覚に襲われる。


 得体が知れない。


「皇帝陛下は私がいずれクーデター起こすって知っていて、その上でゲームを持ちかけたんだ。“三作目の発端チュートリアルが始まる前に、自分の覇道を挫いてみろ”ってね」

「何の為にそんなまどろっこしい事を?」

くじく為だよ。自分に勝った私の事をね」

「君が、……『無窮覇龍』に勝った?」

「勿論、実戦じゃないよ。アイツがやろうとしている十年後の世界をシミュレーションして、三作目のグランドルート通りに無窮覇龍ラスボスを倒した、それだけの事さ」

 


 確かに、それならば可能だろう。

 何せそいつは紛れもない史実なのだから。


「まぁ、単なる口喧嘩だよ。血の流れない“たられば”ばかりのエア・ダンマギ。私がやった事は、こうすればお前は終わるっていう事実を突きつけただけで、それ以上でもそれ以下でもなかった」



 だが、それが『無窮覇龍』の琴線に触れたらしい。



「滅茶苦茶喜ばれちゃってね。“よくぞ我が覇道を打ち破った”ってあれやこれやと褒美を授かって、そんでまぁ色々と紆余曲折を経た末に、皇帝陛下公認の“『無窮覇龍』に仇なす権利”を手に入れたってわけよ」

「じゃあ、『無窮覇龍』は今日の事も」

「全部知ってる。なんだったら十絶を私にあてがったのもアイツだよ」



 酷い目眩に襲われた。

 今黄泉さんの言った事を要約すると、『無窮覇龍』は既に自分の負けルートを知っていて、それを教えた黄泉さんを気に入り、皇帝公認の皇国内乱を許可したという事になる。


 これのヤバいところは主に二つだ。


 まず、この時間軸のアーテルラスト・ラグナマキアは、正史における自身の敗北ルートを知っている。

 そして知っていれば当然対策を立てるのは容易であり、詰まるところ、三作目の主人公達はグランドルートの方法で奴を倒せなくなったという事だ。


 ……まぁ、推しの犠牲を前提とした勝利を許容できない黄泉さんにとってはネタバレなんて痛くも痒くもなかったのだろう。


 皇帝をブチ殺す為に、皇帝の力を借りる黄泉さんはイカれてるし、それに喜んで乗って来る『無窮覇龍』も狂っている。



 「推しの悲劇的な運命を覆す為に手段を選ばない」というのは、ゲーム転生ものにおける王道的な展開の一つではあるが、それをここまで徹底するとこうなるのだろうか。



「(もしも俺が清水凶一郎じゃなかったら……)」



 例えば黄泉さんと同じ立ち位置でリリストラ・ラグナマキアを愛していたとしたら、彼女と同じ様な選択肢を取っていたのだろうか。



「(認めたくはないが、多分……)」



 黒幕とやらの仕業かどうかは知らないが、俺達は推しの命を守る為ならなんだってやるタイプの狂信者ファンだ。


 加えて元の身体の主が“それを”強く望んでいれば、そりゃあもう止められないし、止まれないだろう。



 たとえ何を犠牲にしたって、最愛の人を助けるよ。


 それが俺であり、彼女なのだから。

 



「でも、なんで俺にこの事を?」


 

 自分でも不思議な程、その言葉には棘がなかった。



「ハッキリ言って今の黄泉さんは、少し怖いよ。気持ちは理解できるけど、色々と危なすぎる」

 


 自分の命どころか、皇国全体を巻き込んで『無窮覇龍』を討とうとしている叛逆者。


 あまりにもぶっ飛んでいるし、見方によっては皇帝の掌の上で踊っているだけの人形のようにも思える。



 だけど……



「言わなくて良かったじゃんか」



 もしも彼女が何も言わずに、商談を進めていたら俺は喜んで黄泉さんの同盟者になっていただろう。

 少なくとも、こんな不信感や恐怖を持つ事はなかった。


 これだけ賢い彼女なら、自分の狡猾さを隠し通す事なんて朝飯前の筈なのに。



「俺が君に頼みたい事があるように、君にだって俺に頼みたい事があったんだろう?」



 ビジネス相手に自分の暗い部分を見せるなんて言語道断だ。


 俺が彼女の立場ならば絶対に隠し通す。そしてそんな事は黄泉さんも百も承知な筈なのだ。



「何言ってんのさ」



 黄泉さんは言った。




「そんな事をしたら、君を裏切る事になるだろう?」



 あっさりと。心底から不思議そうに。あり得ないとばかりの表情で。




「あのねぇ、清水君。そりゃあ私は、おひいさま以外どうでもいいと思っているような、リリスたん至上主義者ですよ」



 淀もなく、止めどなく、彼女の言葉が耳に流れていく。



「でもだからって組みたいと思ってる相手を騙して使い捨てにするなんて外道クソな真似、出来るはずがないでしょうが」



 からり、と。

 また櫻蘂黄泉の万華鏡が回り、巡る。



「これは経験則なんだけどね、凶一郎君。裏切ったり騙したり自分だけが良いなんて考えで動く輩は、必ずどこかで失敗するんだ」



 なんとなく。なんとなくだが、櫻蘂黄泉という人間の輪郭を掴めたような気がする。



「知らずに皇国と敵対してましたなんて最悪にも程があるだろ。私は私の意志であのクソトカゲと戦争をするけど、その責任と結果を君にまで押しつけるつもりはない」



 彼女はとても、とてつもなく



「無理のない範囲で交差コラボしようぜ、清水凶一郎君。それが私の目指す同盟ビジネスの形だ」



 したたかな女なのだ。




―――――――――――――――――――――――




Q:仮に黄泉さんが負けた場合、どうなるんですか?

A:魂の一片まで『無窮覇龍』の信者になります。六番目は勝利至上主義者なので、勝ったら全てを奪いますし、負けたらどんな事でも叶えます。






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