第二百五十三話 理由
◆
だって彼女は、既にナラカを俺の元へと送っているのだ。
未来の“龍生九士”であり、三作目屈指のトリックスターである火荊ナラカの
俺を助けてくれたのか、はたまたナラカに対して何らかの思惑があったのか。
現状、その意図を看破する程の情報がない為「こうだ!」と言い切る事は出来ないが、しかし少なくとも、
だから、話し合う余地はあると思っていた。
しかしそれが「同じ転生者」であるという共通点以外の何に起因するものなのかは分からない。
この時点における黄泉さんは、神秘のヴェールに包まれた完全なる謎の人だったのだから。
◆◆◆ダンジョン都市桜花・完全会員制個室料亭『
「最初にこれだけはハッキリさせておきたいんだけど、凶一郎君はダンマギの開発に一度でも携わった経験ある?」
とてつもなく奇妙な質問だった。
黄泉さんは、俺の前世が警察官だという事を知っている。
であれば、答えは自明の理としてノーであり、わざわざ聞くまでもない程野暮な質問だった。
「ないよ。俺はダンマギに関してずっと
開発者でもなければ、利害関係者でもなく、そして捜査担当者として立ち入った経験もない(そもそもダンマギの運営会社は、法に触れるような問題を一度として起こしちゃいない)。
俺とダンマギの間に、特別な関係性など何もなかったのだ。
「つまり私と全く同じってわけだ」
黄泉さん曰く、彼女もまた「ただの一消費者」であったらしい。
開発及び運営の関係者と知己であったわけでもなく、純粋に一人のプレイヤーとしてダンマギシリーズを楽しんでいた。
そう、俺達は共に「恨まれる筋合い」も「特別に感謝される必要」もないどこにでもいる「大多数の買い手」の一端であり、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。
「じゃあ、今度は少し視点を変えた質問。凶一郎君は、ウェブ小説って読む方?」
「大好きだよ。メジャーどころは大体知ってるし、本棚はB6サイズの単行本で埋まってた」
「話が早くて助かるよ。文脈の共有に時間を割かなくて済む」
その口ぶりから察するに、黄泉さんもまたウェブ小説を
ダンマギ好きでウェブ小説にも理解がある――――もしもあっちの世界で出会っていたら、きっと俺達は良い友達になれただろう。
「ウェブ小説にも色んなジャンルがあるけどさ、一時期男女問わず“ゲームの中に転生した系”の作品って滅茶苦茶流行ったじゃん」
「その流行ってのは、黎明期? それともざまぁ系の次の
「えっとー、どっちでもいいかな。兎に角ゲームの中に……もっといえば物語の中に転生するタイプの作品だったらなんでもいい」
「分かった」
本当は、「同じゲーム転生ものでも異世界転生流行前の“ゲーム転生”と、ざまぁの先鋭からの悪役令嬢流行の派生形で男向けの“悪役転生”ものとでは微妙に、しかし確実に違う点があるのだ」という事を声高に語りたくてしょうがなかったのだが、それを話しだすと間違いなく会話の流れが荒れる事が受け合いだったので、泣く泣く簡素に切り上げた。
醸しだされたシリアスの
「アレ系のジャンルってさ。勿論、作品にもよるんだろうけど普通の消費者でしかない“私ちゃん”だったり、“俺君”がある日突然、やり込んだゲームの世界に迷い込んで……って流れが一つの定番じゃない?」
「まぁ、一つの王道ではあるよね」
開発者や利害関係者が転生するってパターンもなくはないし、そのジャンルで大成した作品も沢山あるのだが、それでも王道のパターンは、「普通の人間」が「ゲーム世界」に迷い込むタイプだろう。
その方が
「でもさ、これって色々おかしくない?」
「どこが?」
「だって仮に他の世界の人間をゲームの世界に転生させるような力を持つ“カミサマ的なナニカ”がいたとして、その“ナニカ”は、どうしてただの一ユーザーでしかない“俺君”や“私ちゃん”を転生者に選んだの?」
「それは……」
「もし、“ナニカ”がゲーム知識を持っている人間を優先して選んでいた場合、その優先度は、まずプロデューサーとかシナリオライターみたいな開発者側にいって然るべきだよね? 逆に転生者の抽選をアトランダムに選んでいた場合は、あまりにも“俺君”や“私ちゃん”は、知り過ぎている」
それはあまりにもあんまりな指摘だった。
戦隊ヒーローもので「どうして
「要するにさ、指名制にせよ抽選制にせよ、人選が中途半端だと私は思うんだよ」
「そういうもんでしょ、物語って」
少しだけ声が冷えた。
この手の話題はどうも苦手だ。
つい自分の好きな作品と照らし合わせてムキになってしまうから。
「
「うん。そうだね。一ユーザー視点として見た場合は、私も君の
――――だけど、と黄泉さんはフラットな声音で言葉を紡ぐ。
「だけど私達は今、傍観者ではなく当事者としてここにいる。だったら考えるべきだよ、どうして私達がここにいるのか。なんで私達が選ばれたのか」
「その口ぶりだと、まるで“ナニカ”が俺達をこの世界に招き入れたみたいなニュアンスに聞こえるんだけど」
「
紫色に輝くその双眸を見やる。
黄泉さんは笑っていた。口角を柔らかく釣り上げ、
「今の私達が置かれている状況は、
「……根拠は?」
「君が清水凶一郎で、私が
年の割に大人びたそのアルトボイスからは、言外に「誤魔化すなよ」という指摘が込められていたんだと思う。
『ねぇ、清水君。君の推しってもしかして清水文香?』
『そういう
脳裏に浮上した過去の記憶。
『天城』の攻略中に電話口で初めて言葉を交わした俺達は、そこで互いの推しを言い当てた。
それは一見するとただのしょうもないオタク談義のようでいて、とてつもなく意義のある“確認”だったのだ。
初対面の人間の“推し”なんて普通当てられる筈がない。
何よりも清水文香なんて
無印ならば
当てられるわけがない。
それこそ、根拠や仮説でもない限りは。
「清水文香は、超神ヒミングレーヴァ・アルビオンの鍵を持っていた」
清水凶一郎。清水文香の弟で、自分の命よりも姉の幸せを優先する筋金入りのシスコン野郎。
「リリストラ・ラグナマキアは、超神アーテルラスト・ラグナマキアの“最期の真龍”である」
「彼等は共に、超神の鍵を担う人間の縁者だった」
そして俺達は、超神の鍵に連なる人間を推していた。
「三作目やってたら分かると思うんだけどさ、黄泉たんってめっちゃお
言うまでもなく清水凶一郎は、清水文香一筋の男である。
「黄泉たんは、リリストラ・ラグナマキアを慕っていて、私もおひいさまを愛している」
姉さんを助けたかったから、あの日々を駆け抜けた。
――――つまり、
「私達の
偶然じゃなく、事故でもなく、選抜された転生。
そして意図があり、作為性があるということは即ち、
「黒幕がいる」
黄泉さんは言った。
ハッキリと、まるで世界にその存在をつきつけているかのように堂々と。
「そいつは私達に何かをさせようとしていて、そしてその
「だろうな」
アルの解放は、
何も持たない俺が手っ取り早く強くなる為にはどうやったって奴の力が必要で、「手段」さえ分かればオレは間違いなくヒミングレーヴァ・アルビオンの元へ行く。
美しいシナリオだ。
ウェブ小説コンテストにでも投稿したら、ひょっこり賞でもとっちまうんじゃないかって位には良く出来ている。
ならばその筋書きを描いた黒幕は誰か?
「信じて貰えるかは分かんないけど、ウチの邪神様じゃないぜ。何せアイツは、俺が来るまでずっと眠っていやがったねぼすけだ」
「ウチのゲロクソゴミカストカゲでもないよ。あの【聞くに堪えないとてもお下品な言葉】トカゲは、こんなまどろっこしい事をするタイプじゃない。そもそも、アイツの
空気が再び変わる。
その言葉の端々からは、溶岩を煮詰めたような赫怒と、タールよりも仄暗い憎悪が滲み出ていた。
「黒幕はいて、そいつは間違いなく私達に何かをさせたがっているんだろう」
それは彼女の立場を考えるならば絶対に今言うべき台詞ではなかった。
「だけどそんなものは私には関係ない。私は私の意志で自分の為すべき事をやるだけだ」
皇国宰相筆頭補佐官兼九大教導院理事長代理という彼女の立場と、まだ敵か味方かも分からない同じ転生者の前で、それを口にする事の愚かしさが彼女に分からない筈がない。
「凶一郎君。私はヤルぜ、絶対に、何としても、どんな手段を使って、持っているものの
けれど、だからこそ、俺は理解した。理解させられてしまった。
「私は皇国永世皇帝アーテルラスト・ラグナマキアをぶち殺して、龍の世界を終わらせる。アイツがいる限り、おひいさまはどうやったって
この感情は――――
「必ず殺す」
――――本物だ。
―――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます