第二百五十二話 十種十絶
◆
俺達の住む街“桜花”は、
そして“龍生九士”が一柱、
もうお分かりだろう。彼は桜花を含めた蒲牢地方のボスであり、そしてブッチぎりに最強なお方なのだ。
そんな御仁が一鉱山の
我等が女傑彩夏叔母さんですら、しばらく固まって動けなくなってしまった位のこの一大事。
誰もが思った筈だ。
――――何故彼がここに?
そして同時にこう願った。
――――どうか無事に生きて帰れますように。
その強さは元より、彼等“龍生九士”は自分達の領民に対して絶対的な生殺与奪の権を持っている。
実際、三作目の主人公は過去に――いや、この時間軸だと少し未来になるのか――ある龍生九士から
そんなヤバいオブヤバい人が、ここに来たわけは……
◆◆◆ダンジョン都市桜花・完全会員制個室料亭『
「あぁ、
事もなげに、彼女がそんな事を言ってのけたのは、精霊山の
皇国宰相筆頭補佐官兼九大教導院理事長代理という誰もがひれ伏すど偉い肩書を持つ彼女は、炊きあがった鶏の水炊きを鮮やかな手つきで自身の椀によそいながら、
「あいつ、割と心配性だからさ―、ちょっとでも
ごめんねー、と申し訳なさそうに謝る
彼女はどこまでも自然体だった。
気負ってない。
気取ってない。
本来であれば一年先まで予約で埋まっている高級料亭を敷地ごと貸し切り、あの
「さぁ、たんとお食べ。何はともあれまずはお腹を幸せにしてからだ」
普通。
まるで、ファミレスでオタ友と駄弁っているような気安さを感じる。
超上流階級になると、一周回ってフランクになるのだろうか。
「ありがとう、櫻蘂さん」
「黄泉でいいよ。自分で言うのも何だけど、“櫻蘂”って言いにくいし、読みにくくない?」
「すげぇ画数だな、とは思った」
「でしょっ! 実は“薔薇”より多いんだぜ、“櫻蘂”の
櫻蘂……黄泉さん曰く、四十一画らしい。
“清水”が十五画である事を考えると、いかに彼女の名字が書きづらいかが分かる。
「私も君のこと、下の名前で呼ぶからさ。それでひとつおあいこって事で」
「分かった。黄泉さ――――」
瞬間、俺達の座る座敷に二種類の“圧”が加わった。
一方は黄泉さん側の座る方角から。
重く、大きく、何もかもを呑みこむような巨大な霊圧。
なまじ知っているが故の
だが俺はその時確かに、引力を感じたのだ。
深く、暗く、果てしないブラックホールの引力を。
俺達のいる座敷から一区画離れた場所から放たれるその霊圧の主は十中八九、
戦いにならない。
抗う気にもなれない。
現役の“龍生九士”が放つ規格外の圧力。
「十絶っ! ごめん凶一郎君。すぐに止めさせるからっ!」
「……いや」
首を横に振り、黄泉さんの謝罪を「こちらこそ申し訳ない」と謝り返す。
黄泉さんサイドから感じる圧力がブラックホールならば、背後から感じるその霊圧の
好意的に解釈するのであれば、それは
恋人の為ならば、たとえ“龍生九士”相手でも牙を剥く。
俺の最強の
彼女の勇気と情の深さに心からの親愛を覚えながらも、しかし俺は、なんとなくこの圧の本質がレヴィアちゃん案件な気がしてならなかった。
「……ねぇ。もしかしてだけど蒼乃遥って、恋人が他の異性を名前で呼んだだけで嫉妬しちゃう系のキャラだったりする?」
「俺もおんなじこと聞いて良い? 十種十絶って結構独占欲強めだったりする?」
返ってきた答えはお互いに溜息を交えた肯定。
「ごめん、凶一郎君。一旦、席外すわ」
「俺もちょっとだけ話してくる」
席を発ち、隣の座敷へ顔を出す。
錦鯉が泳ぐ風光明媚なお池が中から見える絶好の座敷には、無心で鍋をつつく邪神と、「ねーねー泳いできて良い? ねーねーねー」とご主人様にねだるレヴィアちゃん。
そして
「盗み聞きするんじゃありません」
「盗み聞きなんてしてないもんっ! ちょっと空気の振動を霊力でキャッチしてただけだもんっ!」
油断も隙もない猫ちゃんである。
◆
ダンマギにおける十種十絶は、一切の隙がない超絶クールキャラとして描かれていた。
極端に寡黙で冷徹な合理主義者。
いかなる時も情に流されず、皇帝に歯向かう逆族達を塵一つ残さず押し潰す。
勿論、悪い意味で世界にその名を轟かせた三作目のボスキャラだからそりゃあアホみたいに強かったが、逆にその隔絶した強さが彼の魅力をより一層引き立てたと言っても過言ではない。
まぁね、そりゃあね。
クールで顔の整った長身長髪イケメンが『概念すら飲み込む
……実際のところは全体即死と絶対防御の二つを兼ね備えたインチキスキルをポンポコぶちかましてきて
もう一度言うぞ。彼は超絶クールキャラだったのだ。
誰にも心を許さず、媚びる事など一切なく、ナラカのようなトリックスターとは別の魅力を持っていた寡黙系クールキャラだったのである。
そんな十種十絶が……、
「ジューゼツと付き合い始めたのは、七年前だから……当時私が九歳の時だね。いやー、流石に驚いたよ。アラサーが一桁歳にガチプロポーズって、向こうだったら間違いなく事案じゃんね」
気絶しそうになった。
荒ぶる互いの
これまでにも色んなボスキャラ達のギャップを目の当たりにしてきた俺ではあるが、こういうタイプの衝撃は初めてだった。
敢えて言うなら『天城』で虚が喋った時のショックに近い系統ではある。
しかしあのチャラ男と十種十絶のケースには決定的な違いがある。
虚は全体的にアレだしアホだが、少なくともチビちゃんにガチ恋したりはしない。
十種十絶は、それをしたのだ。
しかも
一桁とアラサーという禁断のトリプルスコアカップリングである。
「お? 凶一郎君、もしかして引いてる? いや、でもそうだよねー。あっちの世界の常識で考えたら彼氏持ちの九歳に求婚するアラサーなんて刑務所ブチ込まれるの覚悟系案件だもん」
「待って。黄泉さん他にもパートナーいるの?」
「ちゃんと付き合ってるのはジューゼツ含めて三人だけだよ? 他は色々あって付き合うまでには至ってないからねー」
完全に、逆ハーレム状態だった。
ゲームの世界で才女が出世&ハーレムって、それなんて異世界恋愛って話なんだよ。
「ちなみに一番最初の彼は、あの
「……あの
「はい」
照れ臭そうに語る彼女の表情からは、年相応の、そして平然を装いながらも実は滅茶苦茶自慢したいという「普通の人感」が滲み出ていた。
良い意味で超然としていないというか、すごい親しみやすいんだよなこの人。
同郷かつ同士故のシンパシーというのもあるのだろうが。
「……って、そっちもバリバリの“龍生九士”じゃねぇかっ!?」
「いやぁ、ハイ。そうですフヘヘ」
推しからサイン貰ったぐらいのテンションで照れている黄泉さんが語っている事はその実、皇国の最高戦力を二人擁しているといっても過言ではなく、俺の度肝に本日何度目かの衝撃が走り抜ける。
「ヤバいって。それはヤバいって。歴史改変し過ぎだって」
「そんなん言ったら、凶一郎君だって蒼乃遥と付き合ってるじゃないか」
「規模がちげェのよ、全然」
同じゲームキャラでも“龍生九士”と中学生とじゃ社会的な影響力がまるで違う。
これまで散々運命に抗ってきた手前、「ゲーム時代の歴史を変えるなんて許せない!」なんて言う気は
「黄泉さんは、アレだね。異世界恋愛ものの
「それ褒めてるの?」
「当たり前じゃないか」
そうして俺は、異世界恋愛ものの素晴らしさを黄泉さんに語りながらどうするべきかを考えた。
「(相手は金も権力も男も持っているパーフェクト転生者。交渉に使えるカードなんて殆どない)」
強いて言えば、同郷のよしみで転生者であるという“共通点”が挙げられるが、若くして皇国宰相筆頭補佐官兼九大教導院理事長代理にまで昇りつめた前世官僚ガールが、そんな緩い繋がりだけで『禁域ダンジョン』の早期無条件解禁を許可してくれるとは思えない。
「(どうする? どうやって話を持っていく?)」
心の中で嫌な汗をかきながら最初の一手を模索する俺をよそに、黄泉さんはあくまで自然体のまま熱めのお茶をすすりながら、
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ、凶一郎君」
何もかもを見透かしているかのような、龍の瞳をこちらに向けて言ったのだ。
「君が私に頼みたい事があるのと同じ様に、私も君達にしか頼めない事がある」
「そろそろ、ビジネスの話をしようじゃないか」と彼女が切り出したのは、それから間もなくの事だった。
―――――――――――――――――――――――
・
元官僚の異世界恋愛ヒロイン。
チートパワーで圧倒するタイプではなく、持ち前の才覚とゲーム知識、そして人柄でハーレムを築いていく系の御方。
・眷属神
『無窮覇龍』の眷属神である十絶は不老なので、老いません。同様に『始源の終末装置』の眷属神である遥さんも年を取りません。ずっと若いままです。
・ロリ☆コン
種族は二人とも龍人で、法律の上に立つ御方達なので後ろ指差されるような事はありませんが、それはそれとして付き合いたて当初の絵面はとんでもなくアレでした。
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