第二百五十一話 蒲牢
◆
皇国の主権は龍にある。
人間はその下に位置する身分であり、両者の間には侵す事の出来ない絶対的な階級差が存在する。
この国はまず永世皇帝たる『無窮覇龍』が在り、その契約者である“真龍”がおり、<龍宇大>の龍達がいて、その後に龍の因子を賜った人間、つまり龍人がいる。
この龍人達が、国の実質的な支配者だ。
<龍宇大>に座す龍達の名代として国を治める彼等の立場は、言うまでもなく俺達よりも高く、そして
特にその頂点に立つ“龍生九士”の
その九つの名前を知らない人間は、恐らく皇国にはいないだろう。
あっちの世界の日本人が「北海道」や「関東」を当たり前のように覚えているのと同じ感覚さ。
北は「
日本地図の最南に四国くらいの大きさの
――――“龍生九士”
領主であり、自分達の住む地域の名称であり、最も身近な龍の名前。
そんな彼等と相対した三作目の主人公達は、色んな意味でぶっ飛んだ奴らだなぁとつくづく思う。
桜花という
そう言う意味で言えば、俺は清水凶一郎で幸せだったのだ。
もしも「一作目に登場するチュートリアルの中ボス」ではなく、「三作目に登場する破滅ふらぐありの強キャラ」に転生していたとしたら。
……あぁ、全く。
考えただけでもゾッとするぜ。
とてもじゃないが、器じゃないっての。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
「
そりゃあそうさ。SNSで「国はクソ!」と呟いても罰せられるどころかバズる可能性すらあり得る
制限君主制でも、立憲君主制でもない。
完全に、絶対的に、『無窮覇龍』永世皇帝陛下が清く正しく圧倒的で、もしも彼が「今後、人間は四足歩行で生活しろ」とのお触れを出せば、次の日には誰もが等しく犬となる。
そう。俺達に拒否権はない。
……いや、実力至上主義者の彼ならばきっと反抗を許して下さるのだろうが、その場合<龍宇大>から無限湧きするドラゴン達が解き放たれて、住んでいる街ごと焼き尽くされる事になる。
つまりは、物が食えるのも、息を吸えるのも、全部永世皇帝陛下が許してくれてるからってわけ。
『無窮覇龍』は、俺達の事を良い意味で「働きアリ」だと思ってくれている。
ほら、よっぽどの物好きでもない限り、アリの社会に積極的な干渉をしようって考える人間なんていないだろう?
『無窮覇龍』にとって、俺達は精霊石を運ぶ
だから俺達が使える内は、ある程度自由にやらせてくれるのだ。
そしてこの自由は、少なくとも後、十年弱は確実に続く。
彼の「覇道」の準備が整う三作目の直前までは。
……すまん。話が大分逸れたな。
要するに俺が言いたいのは、「皇国からの視察」といってもこちら側にやましい事情さえなければ、恐れる必要はないって事なのよ。
書類上の契約は既に出来上がっているし、みんなが頑張ってくれたおかげで精霊山の測量データは、整っている。
後は、計五人の視察団を『天城』の第一中間点までエスコートし、形ばかりの
おまけにそのエスコートにしたって、こっちには花音さんと〈オリュンポス〉がいる。
<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>
ゲーム時代にはなかったその天啓が持つ能力は、誰もが察した通りの「オリュンポスの召喚」である。
全高約五百メートルの輝く白亜の城は、在りし日のように空を浮く……ばかりか、なんと音よりも速く移動する。
しかも“天城”の名に相応しく、奴の内部はしっかりと城だ。
事前に物資を運び、キャストを雇って、その日の
「どうです! 大したものでしょう!」
両腕を腰に回しながら、あらん限りのドヤ顔で披露する花音さんを、この時ばかりは皆褒めた。
遥ですら、「へぇ、すごいね!」と讃えていたくらいだ。レヴィアちゃんも隣で「すっげー!」と手を叩いていた。
オリュンポス城内では、彩夏叔母さんが雇った一流のホテルマン達が、五人ばかりの使節団に最上級のおもてなしを行い、ぜってー移動中にやる事じゃねぇだろってくらいのパーティーが大広間で絶賛開催中という始末。
……いや、もうマジですげぇよオリュンポス。
仮に戦闘力が皆無だったとしてもお釣りが出る位のヤバさである。
最早
しかも旦那の宇宙艦隊と違って、ある程度場所や状況を問わずに使えるからおよそ汎用的な移動手段としてはウチのクランの中でも二位に大差をつけてのブッチ切りだ。
この上、戦闘力に関しても<
「でもこれ全然、冒険って感じしないよね。敵も城さんが自動で倒しちゃうし、便利だけど風情が足りないニャー」
「それはきっとあの戦いを知らないからでしょうね、
「……えっ、あぁ、うん。ソウダネ」
俺は蒼と黒のパーティードレスに身を包んだ二人の美少女の和やかな会話を話半分に聞き流しながら、来賓者達の様子を伺う。
白色の大理石に覆われた広間には、のべ数百名の人間が集っていた。
さっきも言った通り、使節団のメンバーは五名である。
それ以外の面子は言うなれば全員スタッフであり、皇国のお偉方をもてなす為に歌やら料理やらエンターテイメントショーやらでこの場を盛り上げて下さっている。
後は警護役の“笑う鎮魂歌”のスタッフと、彩夏叔母さん、そして叔母さんお抱えの顧問弁護団。
“烏合の王冠”からはクランマスターの俺の他に、オリュンポスの天啓保有者である花音さん、そして龍人関係者のナラカと今をときめく大人気アイドルのソフィさんに加え、万が一の時の為のボディーガード役として遥さんに搭乗してもらっている。
「おめぇ、何ハーレムパーティー築いてんだボケっ!」と思われるかもしれないが、これは違う。
他の面子は乗せたくても乗せられないのだ。
返事が
獣人の暗殺者であり、年上のおっぱいを見るや即座に下世話なナンパをかますチャラ男。
千年前に皇国と激しくやり合った吸血鬼の真祖に、果ては現在進行形でテロルをかましてるヤベェ組織のエージェント。
唯一マシなのは、黒騎士の旦那だが彼曰く「私も長く生きていく中でそれなりの“経験”を積んでいるのでね、恐らく問題にはならないだろうが、わざわざ不要なリスクを侵す必要もないだろう」との事である。
そう考えると必然的に、この五人になっちまうわけですよ。
城内に響き渡る聖女の
ソフィさんの歌声は、ゲストである龍人達をも魅了し
“
皇国宰相筆頭補佐官兼九大教導院理事長代理という長ったらしい肩書きと、俺と同じ
事前に前職が中央省庁務め(要するに官僚だ)だと聞いていたが故の
彼女からは、彩夏叔母さんと同じ「頭の切れる人間」特有の雰囲気を感じるのだ。
さもありなん。大人達の汚い陰謀に巻き込まれて齢五つにして謀殺される宿痾にあった自分の運命を覆し、たった十六かそこらで皇国の政治の中枢にまで昇りつめた才媛が普通である筈がない。
そんな彼女との“直接交渉”が簡単に済むとは思えず、今からの夜の親睦会が楽しみな半面、胃がキリキリと痛んで致し方なかった。
だが……。
「(問題は――――彼女じゃない)」
転生者。皇国宰相筆頭補佐官兼九大教導院理事長代理。普通に考えれば一番注視すべき相手は櫻蘂さんであるべきなのだろう。
だが、俺の視線はどうしても彼女の傍に佇む彼へ向く。
俺の身長を僅かに上回る体躯。
緑がかった黒色の長髪を白鯨の意匠が施された七つの
外見年齢は二十代前半。顔は黒騎士の旦那タイプのクール系イケメン。
「…………」
そして彼は、恐らくはこの場で唯一、聖女の歌声に魅入られていなかった。
「(…………何故だ)」
俺は知っている。
「(……何故アンタがここにいる?)」
彼の名前を。
そして彼の龍としての
――――何て事はない、ただのおもてなしの筈だったのだ。
偉い人たちを歓待し、夜になったら桜蕊さんと交渉。
それなりに神経はすり減らすだろうが、そこに命の危険なんざ微塵もなく、何なら同好の士とダンマギトークが久々にできてちょっとラッキー位にさえ思っていた。
だが、彼がいるとなれば色々と話が違ってくる。
「(
皇国最高戦力“龍生九士”の一柱にして、司る龍の形は、
現代の、そして十年後の未来においても“龍生九士”としてプレイヤーの前に立ち塞がった最強の一角が、そこに居た。
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・皇国の地理地名
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