第二百五十話 会合前の夜
◆
フリクエのボスが二回も三回も変身するドラゴンだったり、ヒロインルートの中ボスが実質四フェイズ十三連戦のインチキボスだったり、黒騎士が宇宙艦隊率いて襲ってくる事で有名な我等が『精霊大戦』ダンジョンマギアであるが、しかしゲームの構造そのものは極めてシンプルな“トレハンRPG”である。
比較的平易なダンジョンを攻略し、天啓や精霊を集め(歴代主人公はみな特別な“器持ち”で、あらゆる精霊と契約を結ぶ事ができるのだ)、シナリオを攻略し、ボスを倒して次のステージへと進む。
イカれた強さの敵がその辺の石ころ感覚でポンポコ出てくる為、天地がひっくり返っても誰もが楽しめる難易度という評価に落ち着く事はないが、レベルを上げ、パーティーの戦力を整え、鬼のような試行回数と折れないハートで挑み続ければいつか勝てる。
兎に角時間をかけて『ダンマギ』と向きあう事こそが、ゲームクリアの一番の近道。
逆を言えば、「それを怠るクソは、持てる限りの悪意をもって必ず殺す」というのが奴等の一貫したスタンスである。
増殖バグ? ――――許さない。
難易度選択? ――――
裏技使ってヌルゲー化? ――――
普通さ。バグの少ないゲームっていうのは、ユーザーに楽しく遊んでもらう為に開発会社がデバック作業を頑張った“結果”だろ?
だけどダンマギの
ゲームってのは娯楽だ。
作り手はユーザーに楽しんで遊んでもらう為に心血を注ぐ。
これは紛れもない正論というか、守るべき大原則。
金払ってもらった顧客に殺意を向けるなんて常識外れも甚だしく、発売から一週間経ってもラスボス討伐報告が上がらなかった三作目が世界中で大炎上した時にはさしもの
時間をかけて、
それはゲームではないこの現実においても同様で、……いや、面倒なしがらみや通すべき筋が発生する分、こっちの方が輪をかけて面倒くさい事になっている。
交渉。戦争。同盟。
どういう選択肢を取ったとしても必ず時間を消費する。
これを2×2の4ダンジョン分。
相手は、『天城』を鼻息で吹き飛ばすレベルの猛者達。
そして期間は、どれだけ引き延ばしたとしても来年の一月半ばまで。
つまり二カ月弱という計算になる。
そう。これは……
◆◆◆清水家・凶一郎と遥の部屋
「それってもしかしなくても無理ゲーってやつじゃん」
畳の床にポンポンとお布団を敷きながら、パジャマ姿の遥さんがさらりと断じた。
猫耳フード付きの青色パジャマ。
可愛い。超かわいい。今すぐ後ろから抱きしめて動物になりたい。
「凶さんの破滅ふらぐ? 死ぬ運命? 兎に角“そういうやつ”を何とかする為には、後四カ月ちょっとの間に五大ダンジョンを二つクリアしなくちゃいけないんでしょ?」
「うん」
「それで今は四季様達と戦えるようにクランを強くしようっていう段階でー」
「そうそう」
あの三回目の告白から五日が経過した。
それによって俺達の間に生じた最大の変化と言えば……まぁ、そのなんだ、幼年期が終わったというか、卒業式を迎えたというか、ギャルゲーがエロゲーになったというか……つまりはそういう事なわけなのだが、もう一つの変化として俺達の間に本当の意味で隠し事がなくなったという点が挙げられる。
彼女は、蒼乃遥は、俺が転生者だという事を知っている。
本来の歴史で辿った自分の
アルの正体が
俺が戦う本当の理由も、全部全部知っている。
だからもう変に取り繕わなくて良いし、何よりも好きな人と同じ目線で話を交わす事ができる。
それは多分、俺にとって思ってた以上に大事な
だってすげぇんだもん、メンタルの安定感が。
純度百パーセントの本当の俺で、好きな人と話せる幸せを噛みしめながら、俺は彼女の言葉に耳を傾ける。
――――猫ちゃんパーカーは、おしりのシルエットがハッキリしている。
「その強化期間が一ヶ月半から二カ月なわけでしょ。うーん、無理☆」
「だよなぁ」
布団部屋から持ってきたシーツを、豪快に広げる。
マットレス。敷布団。シーツを敷いて、羽毛布団に掛け布団。
面倒な寝床作りも遥と一緒ならただただ楽しい。
ずっとこうしてたい。バトルも政治も謀略も全部ないないして、こいつと毎日一対一ラブコメが出来たら、どれだけ幸せなのだろうか。
「でも君の事だから、」
だけど誠に残念ながら、
「もう既に考えてあるんでしょ?」
そんなわけにはいかないのだ。
「……どうしてそう思う?」
「顔が全然追い詰められてない。本当にヤバい時は難しい顔で黙っちゃうのが凶さんだもん」
変な笑いがこみ上げてくる。
釣られたように、彼女も悪戯っぽく微笑んだ。
「君の場合、ヤバいヤバいって言えてる時点で、もう
「……すげぇな、お前」
「妻ですもの。これくらいできて当然ですっ」
ポンポンと、最後の掛け布団を敷き終わり、猫チャンマークの入った青色の枕を設置する恒星系。
お尻についた丸い尻尾の飾り付けがフリフリと動いた。
「それであたしの素敵な旦那様は、」
枕を置き、消灯する。
勿論まだ話の途中なので、置き型の間接照明をつける。
「今回どんな悪だくみを考えているのかにゃ?」
真黒に染まった世界に、柔らかなオレンジ色の光が灯る。
満月を象ったちょっとオシャレなやつだ。
「……『常闇』の時はさ」
彼女の手を握る。優しく握り返してくれるその感触が、俺は大好きだった。
「
「まぁ、そうね」
当時の俺達は、基本的に近接戦オンリーの前衛タッグだった。
武器は大剣と刀。
遠距離攻撃は不可能で、回復役も、支援も妨害もない。
おまけに
「遠距離攻撃、サポート、マウント。ダンジョン攻略に必要な三種の神器を一つも持っていなかった俺達は、攻略の中でそれらを見つけていくしかなかった」
「あたしは、あの時が一番好きだよ? 君を独り占めできたんだもん」
「俺だってそうさ、はーたん。だけどこいつは好き嫌いの問題じゃなくて」
「分かってる。時間の問題ってやつでしょ?」
そう。時間だ。『常闇』の完全攻略に俺達が要した時間は三カ月強。
だけどそのほとんどは、仲間探しや、資金稼ぎ、……つまり“冒険以外の時間”に費やしてたってわけだ。
シラードさんの訪問。
ユピテルとの出会い。
ケラウノスとの決戦。
バトルロイヤル。
黒騎士との交渉。
『常闇』の最奥に眠る三つ首の邪龍を屠る為に必要な
『常闇』の三カ月は、ほぼ全て戦力集めの三カ月だったと断じても多分過言にはならないだろう。
「で、無事『常闇』を踏破した俺達はクランを立ち上げ、今のメンバーを集めて……」
「あたしを置いて他の女と凶さんが『天城』に行った」
「意地の悪い言い方しやがって!」
「ほんとの事だもん!」
語気は強いが、彼女は笑っていた。
『天城』に行く前は、しょっちゅうこんな言い合いをしていたので少しだけ懐かしい気分になる。
……まぁ、あの時は今と違ってガチトーン遥さんだったわけなのだけれど。
「『天城』は、」
「あ、話逸らした」
うるさかったので、思いっきり腋をくすぐってやった。遥は腋が弱い。俺も腋に弱い。両想いという奴だ。
「『天城』は、基本的な要素は揃ってたんだ。遠距離攻撃、サポーター、
体感だと一年以上にも感じられた『天城』攻略だが、実のところ、あの次元に関わっていた時間は『常闇』よりも少ない。
三か月と一カ月。
この差は、いうまでもなく戦力が揃っていたかどうかの問題であり、常に暗中模索ぎみだった『常闇』と比べ、『天城』は最初からボス攻略に必要なパズルのピースが俺の手の中にあった。
だけど……
「裏を返せば、『天城』も『嫉妬』も一カ月はかかってるんだ」
『天城』は、言わずもがな『亡霊戦士』イベント。
そして『嫉妬』に関しても、レヴィアちゃんの嫉妬感染を隠れ蓑にした
「『常闇』も『天城』も、そして『嫉妬』に関しても、俺達が足止めを食らうのは決まって冒険外の出来事だ」
戦力集め。政治。陰謀。そしてそこからの派生で戦争やら抗争やら。
ダンジョンは、一つの国であり、世界だ。
だからその次元が大きくなればなるほど、それを治める
特に
“桜花最強”四季蓮華。
“封緘の冰炎”ジェームズ・シラード。
“666”荒神王鍵。
“這い寄る混沌”蕃神坂愛否。
“円卓の13番”モルガン・G・マーリン
五大クラン。いずれも負けず劣らずの化け物どもであり、敵対を選んでも、共存に走っても、関わるだけで大量の時間を喰われてしまう。
桜花の冒険者である以上、五大クランとの衝突は避けられない。
上を目指せば目指す程、俺達は冒険以外の事に時間を使わなければならなくなり、その結果待っているのは無慈悲なタイムアップからのゲームオーバー。
だから、そう。俺達は――――
「あっ、あたし分かったかも」
しこたま俺にくすぐられて、息をひぃこらとさせながら、しかしそれでも相変わらずの冴えた勘で答えへと辿り着く遥さん。
「“桜花”でやるとめんどくさい事に時間を割かれるならさ」
「うん。」
「“桜花”の外で冒険すればいいんだよっ!」
正解を述べた、愛しくてかわいい彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
そう。奴等のフィールドで戦おうとするから時間がアホみたいにかかるのだ。
人のいない、陰謀のない場所で冒険をすれば、時間は大幅に削る事が出来る。
禁則域。皇都に備わる封じられたダンジョン。
そこへ行く為に――――
◆
「もしもし、
◆
俺は明後日もう一人の転生者に、会いに行くのだ。
―――――――――――――――――――――――
Q:一週間、クリア報告がないゲームって一体どういうゲームなんですか?
Q:三作目はどうしてそんなに炎上したんですか?
A:ラスボスのHPが∞で、各ターン開始(厳密にはターン制ではないんですが、ここでは噛み砕いた表現でターン表現とさせて頂きます)時に無敵無効完全貫通の全体∞ダメージ×8を行動消費せずにやってきた。
この最強インチキ(∞HP、∞ダメージ)をどうにかする為には、およそ二百時間以上かかる三作目の全精霊の収集及び全シナリオ達成に伴う特別報酬アイテムを手に入れる他になく(なお、三作目の難易度は、幹部の一人であるナラカ様がメガ○ン5の人○羅くらいの強さなレジェンドオブクソゲー祭りである)、一部の変態を除いてギブアップする者が続出。
そして運営の思惑通りダンマギと向きあい続け、世界最悪の難易度のウンコオブ理不尽を乗り越えた勇者達がようやく見えたトゥルーエンドで歴代ナンバーワンの人気を誇る三作目のメインヒロインが死亡。
結果、十年に一度くらいの規模で大炎上し、会社は倒産寸前の状態まで追い込まれ、1~3作目までのチーフプロデューサーの伝説の迷言「だって簡単にクリアされたら糞って気持ちになるじゃないですかぁ(通称、簡糞)」は、未来永劫語り継がれる事となった。
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