第二百四十九話 清水凶一郎氏のガバガバ攻略RTA






◆株式会社『Clearstream』リラクゼーションルーム:『外来天敵』清水凶一郎



 アイスブレイクという言葉がある。

 氷を溶かす――つまり緊張をほぐす為に行う雑談やレクリエーション、あるいはそれらを扱う技術の総称であり、口を使う職業のやり手エリートは大抵これが上手い。


 営業マン、教師、まぁ刑事デカもこの範疇に含んで良いだろう。

 売るにせよ、教えるにせよ、吐かせるにせよ、要となるのは相手に「そうしても良い」と思わせる信頼感の構築だ。


 強面の取調官に散々絞られても黙認を続けていた犯人が優しくて穏やかな取調官に変わった途端にあっさり白状ゲロったなんてケースはまさにこれで、大抵の物事は追い詰めるよりも安心させてあげた方が上手くいくように出来てるのさ。



 安心は好感に繋がり、好感は信頼となる。


 その切っ掛けとなる氷の壁の壊し方アイスブレイクの至妙さにおいてソーフィア・ヴィーケンリードの右に出るものは他にいないだろう。


 彼女は別に抜群にトークが上手いというわけではない。


 口数がそこまで多いわけでも、博学な知識で周囲を惹きつけるタイプでもない。


 ソフィさんはただ話を聞くだけだ。相手の目を見て、どんな話題に対してもしっかりとした反応を見せてくれる。

 


「あくまで俺の個人的な意見なんだけどさ」

「はい……っ」


 自分の意見をくれる。

 クソみたいなアドバイスで水を差さない。

 声を聞くと心が安心し、活力が湧いて来るからどんどん彼女と喋りたくなってくる。

 そして気づいた時には――――



「遥のワキは、そろそろ国宝認定されてもおかしくないと思うんだよね」



 自分が今一番語りたい話題を、一番気持ちの良いテンションで、しゃべり散らかしているのである!



「えっと、あの凶一郎様……?」

「いや、別に変な意味じゃないんだよ? そりゃあエッチかエッチじゃないかの二択で言えばエッチだし、あいつの腋を一度もいやらしい目で見た事がないのかと問われれば、俺は堂々と最高だぜNOって答えるよ」



 ソフィさんと互いを知る為のお喋りを始めてから十分が経過した。

 俺は何故だか頭の中の脳内麻薬β-エンドルフィンをドパドパと垂れ流しながら、いかに俺の彼女の腋が芸術的であるかという議題を、六作目のラスボス相手に説いていた。



「だけどね、違うんだ。あいつの腋はそういうエロスの対象としてのシンボルではなく、もっとこう詩的ミューズであるというか、とにかく無性に崇めたくなる魅力があるんだよ」

「まぁ……っ!」


 敬虔なる諸兄であれば無論のこと理解してくれているとは思うが、俺は本来こういう事を明け透けにいうようなキャラではない。


 どこぞのお子様キッズのように幼稚な下ネタで肯定イエス/否定ノーを答えるような感性は持ち合わせていないし、某獣の暗殺者さんのように性欲の波動に呑まれてもいない。


 清水凶一郎とは、紳士の類義語だ。

 森の賢者は、TPOをワキまえない性癖暴露を決して行わない。


 ましてフォロワー数二千万人突破のアイドル系インフルエンサー聖女相手に、クランマスターが自身の性癖披露腋フェチカーニバルなんてどれ程危険かつ倫理の欠如した振る舞いであるか――――そんな事は誰かに言われるまでもなく俺自身が一番承知している。



 だが……


「でも、凶一郎様の仰りたい事分かる気がします」



 止まらんのだ。

 堪らんのだ。


「遥様って時々、同性の私から見てもドキッとするくらい色っぽい時があるといいますか、ついついあの御方に目が寄ってしまうんですよね」

「そう! そうなんだよ! アイツたまに本当に同い年なのかよって思う時があってさ。例えばこの前、二人で腋鬼ごっこしてたら」

「わき鬼ごっこってなんですか? 私、気になりますっ」

「あぁ、腋鬼ごっこっていうのはね、まずベッドの中でで二人――――」



 自慢。暴露。心の内に抱えた秘密、懊悩。


 出してはいけないと分かっていながら、だけど本当は一番語りたかった話題ものを、最高の聞き上手が拾ってくれて、受け止めてくれて、肯定してくれる。



 自身の持つ諸々の特殊性を差し引いてもなお、聖女これなのだ。


 そりゃあ誰だって心開くよ、こんなもん。

 腋鬼ごっこの話でこれだけ盛り上がれる人って、多分ソフィさんしかいないぜ。彼女だけが俺の趣味を分かってくれるんだ。


 そう、ソフィさんだけが……



「(いかんいかん)」



 首を振り、なけなしの理性を振り絞って腋鬼ごっこの話を中断する。



 あぶねぇ。大分持ってかれちまった。今度の探索先についての話をしていたはずなのに、気がついたらノリノリで腋鬼ごっこの素晴らしさを布教していた。



 ……うん。字面にするとただただ、俺がヤバいな。

 だけど勘違いしないでくれ。俺は本当にはーたんの腋について喋るつもりがなかったんだ。それがいつの間にか話が脇道に逸れていて




「“ワキ”ってどっちの書き方でも月がつくのって凄く神秘的じゃありません?」

「まぁっ! 言われてみれば確かに!」



 ちっがうだろうが凶一郎ぉおおおおおおおおおおおおおっ!


 いい加減腋の話から戻ってきやがれこのバカがぁっ!



 俺はリラクゼーションルームの白壁に何度も頭を打ち付けることで強制的に魅惑の腋トークから逃れる事に成功し、健全な話題作りの方角に向かって舵を切った。



「それで、今度の探索の予定なんですが」

「ちょっと待ってくださいませっ、凶一郎様。頭に大きなたんこぶが出来ています……」



 聖女のヒーリングで治してもらった。こういう時、回復キャラがいると便利だなと実感する。



「失礼。今度の探索の予定なんですが」

「はい……っ」

「前回の探索で桜花十傑トップテンの一角である『嫉妬』を落としましたよね」



 


 桜花十傑トップテン。冒険者組合が独自査定した桜花未踏破ダンジョンの内、上位十界への呼称として定着している所謂業界用語というやつだ。



 基本的には階層数で順位づけされ、該当するダンジョンがクリアされた時点でその次元は除外。繰り上がり式で次のダンジョンが十傑入りを果たすという仕組みになっている。



 前回ウチのAチームがクリアした『嫉妬』は、第十位に位置する高ランクダンジョンだった。


 これはただでさえ深度が四十層越えだったという査定基準の高さに加え、レヴィアちゃんがリソース確保のために全階層を嫉妬誘発型の精神汚染ダンジョンに変えやがったせいでもある。



 本人は悪びれもせず『ワチだってお腹空いとったんじゃもん! だから吸い取った』等と抜かしていたが、ただでさえ糞長くて敵が漏れなく概念防御使ってくる上に、対策用の護神霊具アクセサリーが出来上がるまで冒険者側は常時精神デバフに苦しめられたと考えれば十傑入りもむべなるかなという話だ。



 何よりボスがアレだもん。魔王だもん。亜神級最上位詐欺レヴィアちゃんなんだもん。


 その上が九つ。同じ亜神級最上位に限定しても四つもあるっていうだけでも大分ヤベェと思うわイヤマジで。



「なので今のところの候補は、序列六位から九位の四十五層級に挑もうかなと考えています」

「その上となると五大ダンジョンになりますものね」

「えぇ」

 


 できれば年末、……最低でも一月の半ばまでには六位から九位を占有し、晴れて五大ダンジョンに挑む。旦那とも少し話したが恐らくこのルートが俺達のハッピーエンド最速攻略を決める上での最適解だ。



 “桜花最強”や荒神王鍵666を越え、ラスボス発生の元凶となる『世界樹オーディン』と『覇獣域メガセリオン』を後四カ月足らずで打倒する為には、そんじょそこらの天啓ではまるで足りない。




 だから残りの十傑下位を独占するのが“烏合の王冠”強化の最も単純な近道……ではあるのだけれど、



「……なにか問題でもお有りなのですか?」

「二つほどね」



 俺は最高の聞き役の前で、今挙げた「十傑攻略プラン」の欠点を語った。



「一つは戦力的な問題です。第六位から第九位はいずれも二文字ダンジョンの四十五層級、つまりボスの階層は亜神級最上位スプレマシーって事になります」

「……! はい先生っ! 僭越ながら私が答えを申し上げても良いでしょうか?」

「どうぞ」


 お下げの少女は、缶のホットココアを一啜りし、そして



「“神々の黄昏”様のトップパーティーの方々はいずれも真神の力を扱うと言われております」

「はい」

「また、『覇獣域』を統べる荒神様やその側近の方々も真神級のダンジョンを三度踏破したと、クラン名鑑に記載されておりました」

「えぇ」

「そんな方々に、亜神級最上位スプレマシーの力だけで敵うのかと凶一郎様はお考えなのですね」

「その通りです」


 気がついた時には彼女の頭を撫でていた。

 我に返り、都合五回の全力土下座を行いながら俺は彼女の意見に捕捉を加える。



「『覇獣域』は七十層、『世界樹』は七十五層の大魔境です」


 『常闇』から十層上がった『天城』の難易度がアレであり、

 そこから更に五層上がった『嫉妬』のボスがレヴィアちゃんである。


 五層刻みで難易度が意味不明なレベルに上がり、十層も違えばそれは文字通り次元が異なってくる。




 俺達が目指している五大ダンジョンは、『嫉妬』から三十層離れているのだ。


 そしてライバル達はいずれも五十層越えのダンジョンを少なくとも一度以上は踏破した猛者ばかり。


 原作ゲームですら他の五大ダンジョンをクリアした上での挑戦を推奨していた桜花ナンバーワンとナンバーツーを、一番大事な段階を踏まずにクリアしようとしているのだ。そりゃあ誰だって無理ゲーだと思うだだろうし、俺だってそう思う。



 とはいえ、何の勝算もなしにこんな攻略チャートを組んでいたわけじゃない。一応下位十傑をコンプリートして、特攻布陣を作り物理属性最強を打倒して荒神王鍵加入フラグを建てればワンチャン――――というのが当初俺が建てていた理想の攻略プランである。


 だが、理想は理想だ。


 実際に現場を経験し、辛い思いをしこたま味わった今だからこそ分かる事がある。



「そして二つ目です。残りの桜花十傑をクリアしようとすれば、必ず五大クランとぶつかります」



 そう。これこそが「十傑攻略プラン」をこなす上での一番の課題とも言える。



「『嫉妬』は、黒騎士の旦那が一応の管轄者である四季さんに話を通してくれていた事と、個人的に俺が“神々の黄昏”に借りを作っていたっていうダブルパンチで乗り切る事が出来ましたが、残りの面子は、そう簡単にはいきません」



 要するにただでさえレヴィアちゃんやO.D以上のクソゲーを強いられる上に、『天城』以上の謀略政争裏工作を両面リャンメン展開で累計四回程やらなければならないのだ。しかも期限は最長二カ月弱である。



「あの、凶一郎様」



 聖女が土下座の影響でぼこぼこに膨れ上がった俺の額を癒しながら言う。



「それってどう考えても無理げーというやつなのでは?」

「……うん。俺もそう思います」



 誰だよ、こんなガバガバチャート作った奴は!

 責任者出てこいやっ!




―――――――――――――――――――――――



Q:黒騎士とソフィが雑談を始めたらどうなりますか?

A:ジジイの恋バナが始まる



・チュートリアルが始まる前に第三巻、絶賛発売中です!

 五大クランの一角を深掘りした原作未収録エピソードを多数収録した半分以上書き下ろしの作品となっておりますので、まだの方は是非っ!

 あの人やあのキャラの衝撃の真実がいっぱいですぜっ!

































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