第二部第三章 超神代理闘争

第二百四十八話 クランハウスの代わりとなるもの








 例えばそれは、無窮覇龍に仕える九つの御柱。

 例えばそれは、死の安寧を求めし真人のタオ。 

 例えばそれは、調和を謳い、滅びを振り撒く売人キャリア

 例えばそれは、世界を統べる断界の処刑人。

 例えばそれは、愛と浪漫に生きる蒼い猫。



 これから語る物語は、怪物達が織り成す闘争の記録であり、それに巻き込まれた俺達の奔走記テイルでもあり、



 そして、ある「運」と「不運」を巡る裏表コイン論争はなしである。

 



◆◆株式会社『Clearstream』リラクゼーションルーム:『外来天敵』清水凶一郎




 私こと清水凶一郎は、非常に忙しい男である。


 朝起きたら彼女のおっぱいを揉み、軽いジョギングと朝食を済ませた後はメールチェックと、会議の準備。オンオフ問わず、偉い人たちと会議をした後は、次の冒険に向けた資料を作成して、ちょっと疲れたら少しだけ遥さんとイチャイチャする。



 これでまだ昼飯前だってんだから笑えるぜ。


 遥さんのおかげでメンタル面こそ安定しているものの、やること多けりゃ普通に疲れるし、おまけに午後は邪神との修行やらシミュレーターを使った模擬戦やらで――――いや、もう本当に。




「疲れた――――」

 


 革張りのマッサージチェアに腰を降ろしながら天を仰ぐ。


 機械仕掛けのマッサージ師が導くエアーバックともみもみ玉の合わせ技コンボの威力はすさまじく、凝り固まった俺の身体に心地よい痛みを叩きつけてくれる。


 ルクソールベージュというカラーリングも良い。リッチな黄白色とでも言えばいいのかな、なんかすげぇ贅沢してるような気分になるんだよな。




「(流石彩夏叔母さん。良い趣味してやがる)」



 シャワーの熱で火照った体を冷えた炭酸水で整えながら、そんな事を思う。



 リラクゼーションルーム。彩夏叔母さんが経営する株式会社『Clearstream』の自社ビルに新築されたトレーニンフロアの一部。

 


 我等が“烏合の王冠”の実質的な最高経営責任者CEOであらせられる清水彩夏叔母さんが、自社のフロア一画を、丸々俺達専用のトレーニングルームとして改装してくれたのだと知ったのは、『天城』から帰ってきた直後の事だった。


 どうも俺達のいない間に、急ピッチで作ってくれてたらしい。

 

 最新のトレーニング器具やフィットネスジム等は勿論のこと、プール、シャワー、サウナ完備。リラクゼーションルームには、マッサージチェアや簡易ベッド&ネット付きの防音室、そして何よりも最新式のコクーンの筺体が二十個も!



『模擬戦やるのに一々ダンジョンへ足を運ぶのは面倒だろ。まぁ、クランハウス代わりにでも使ってくれ』



 出来上がったトレーニングフロアを見て目を輝かせる俺達に対して、そんな事をさらりと言ってのけた彩夏叔母さんの姿が未だに忘れられない。


 俺は今も最上階でバリバリ仕事中であろう我が叔母に心の中で心からの感謝を述べながら、壁がけに設置された巨大ディスプレイの映像に視線を向ける。



 赤と青。二つの画面に映し出されたハコの中身は、“烏合の王冠”メンバー同士による模擬戦のライブ中継映像である。



『オジジ! 卑怯ぞ! ワタシのような子供キッズ相手に宇宙艦隊なんて引っ張り出し追って恥ずかしくないんけ!』

『私の戦力は常に適正だ。恨むのであれば、この領域レベルを引きだした己自身の成長を恨むが良い』



 赤の画面は、そりゃあもう偉い事になっていた。赤茶けた荒野のソラより飛来する無数の機械兵団。


 戦闘機が空を飛び、タロスを三倍ぐらいグレードアップさせたかのような二足歩行型ロボが焼夷弾やらビーム砲やらをぶっ放しながら地上の制圧へと勤しむ。


 そしてそれら全てをまとめ上げる星間戦争の主は、遠い彼方の星の上でオリュンポス・ディオスサイズの巨大戦艦を操っている。


 大人げないとは、まさにこの事だ。アレが解放された黒騎士の戦力は本当にえげつない。


 見てみろ、可哀想にチビちゃんったら為す術もなく――――



『キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――――!』




 ――――全然、可愛くなかった。

 全裸の白髭ジジイに乗り込んだ銀髪ツインテが奇声を発しながら隕石の雨を降らせる様は、さながら現代の怪異。



 ユピテルの射程は、四十キロメートル強。


 これは規格外イレギュラーぞろいの我が“烏合の王冠”の中においても二位に位置する長射程ロングレンジであり、また、精霊の縛りで立地と敵の力量が伴わなければ“星間戦争”状態への移行が出来ない黒騎士第一位の不安定性を考慮に入れると、砲撃手として最も優れているのは、やはりこのお子様なのだ。



 加えて今のユピテルには、ゼウス神がついている。


 天啓<偽典:全能神の威光ゼウス:レプリカント>、彼の逆さ城の残滓より生まれたこの召喚型天啓レガリアの効能は、非常にシンプルだ。



 偽神ゼウスを召喚し、これを使役する。ゲーム時代においては、一度召喚さえすれば、その後バトルが終わるかゼウス神自身がやられるまで永遠に戦ってくれてすげぇ便利だった記憶がある。


 ゼウスはその高い雷撃能力と堅牢な状態異常耐性からアタッカーとしての運用は勿論のこと、主へのダメージをオートで肩代わりしてくれる滅茶苦茶ありがたい身代わり能力ガードスキルを持っている為、紙装甲キャラの守護神枠としての需要がバカ高かったのだ。



 ……とはいえ、


「(まさか、直接乗り込むダイブイン機能まで実装されてるとはな)」



 天啓の個人調整アジャストが働いた結果なのだろうか、ユピテルの取った<偽典:全能神の威光ゼウス:レプリカント>には、原作とは明かに違う『仕様』が幾つも施されていたのである。


 例えば、見た目。

 ゲーム時代の偽神ゼウスは、O.D戦そのままの武人然とした神衣を身に纏っていた。


 それがこっちだと全裸。フルチン振り回しながら戦場を駆け回るその姿は到底良い子のみんなに見せられるものではなく、密かに義娘ムスメのキッズアイドル化企画を練っていた彩夏叔母さんは、全裸の老神ジジイノリノリで乗り込むユピテルの姿を見て、それはもう深々とした溜息をついていた。



 そんな個人調整アジャスト版ゼウスに乗り込んだチビちゃんが大空を翔けながら、黒い戦闘機の大群を白と黒の雷光でなぎ倒していく様は――絵面の酷さにさえ目を瞑れば――まるで、ロボットアニメの主人公のようだった。





『おぉー! 流石虚さんっ。今の防ぐなんてやるなぁ』

『ハァ、ハァッ。お褒めに預かり光栄っす。遥のあねさん』



 一方の青画面。

 夕日に染まる原野という癖のないフィールドで相対するのは、遥と虚の二人。

 こちらは、旦那達とは打って変わり非常に静かな戦いだった。


 極めた技巧は、光の速さも凌駕する。

 先読みの技術と、『置き』の術理。

 俺のような未来視がなくても、彼等は当たり前のように未来を読み、超次元の速度に順応する。


 ましてや遥と虚は共に、踏み越えし者マスターランク


 剣と拳という得物の違いこそあるものの、二人の先読み合戦は当たり前のように数百手先を見通し、まるで極上の殺陣タテでも見ているかのようなシンクロ率で、互いの殺意ぶきをぶつけ合う。



 蒼乃遥と技術で競う。


 俺のようなメタ能力でも、旦那のような宇宙艦隊でも、ハーロット陛下のようなイカれた人力マンパワーでもなく、あくまでも彼女の土俵で戦える。



 これはもうね、滅茶苦茶すごい事なんですよ。

 俺の周りでこれが出来る奴、虚以外いねぇんじゃねぇかな。

 


 『天城』は、どっちかっていうとアイツの得意分野じゃなかったから次はもっと得意なフィールドで活躍させたいな等と思いつつ……



『そういう遥の姐さんこそ、なんか雰囲気変わりましたね』

『えっ、そう? 虚さん程じゃないけどなぁ』

『いやいや、変わりましたって―。なんか兄貴と旅行出かけてからバチクソ色っぽくなったっていうか、……もしかして、ヤっちゃっいました?』



 空気が凍る。

 「おい、待て。虚よ。それはいかにお前がチャラ男だとしても越えちゃいけない一線だ」と、声を挙げるも、悲しい事に仮想世界の彼の元までは届かない。


 なまじ遥さんが絶対的強者だからこそ、軽口を飛ばしてもいいのだと考えたのだろうがそれは違う。


 同級生でもアウト一直線な会話を二十歳すぎのチャラ男が言ったらどうなるか。



『ふふっ』



 遥が笑う。まるで可愛らしい小動物のヤンチャに目を細めるかのような、明かな上から目線の笑顔で、



『なんか虚さんってー、』



 失礼には無礼で返すのが一番だとばかりの百倍返しを言葉に添えて、



『いかにも童貞さんって感じですよねー☆』



 虚が死んだ。

 ひざ下から崩れ落ち、そのまま秋風の舞う仮想の原野に命を散らしたのだ。


 蒼乃遥VS虚

 決まり手。言葉の刃。

 達人同士の戦いは、台詞の一つ一つですら凶器になり得るのだと、俺は彼等の戦いに新たな教訓を得ながらマッサージチェアを発つ。



「お疲れ様です、凶一郎様」


 

 そのタイミングで、丁度自動ドアの外から姿を現したお下げの少女に対し、俺は「どうも」とにこやかな笑みを返した。


 ソーフィア・ヴィーケンリード。


 我が“烏合の王冠”が誇る唯一の専属ヒーラーであると同時に、活動二ヶ月で某呟き投稿サイト(最近名前がものすごくシンプルになったんだ)のフォロワ―二千万人を達成したトップインフルエンサー。


 長袖のスポーツウェアに身を包んだ姿から察するに、彼女もまた自分に課したトレーニングを終えたところなのだろう。


 ライトグリーニッシュブルーの髪色に合わせたトレーニングウェアが大層似合っていらっしゃる。



「今日は腹筋を三十回とブレストストローク平泳ぎを頑張りました」

「それはすごい! 滅茶苦茶頑張りましたね」



 人によってはショボイと感じられるかもしれないが、ソフィさんの運動神経はあのチビちゃんに毛が生えた程度なのである。


 少なくとも、最初に合った時はそうだった。

 しかし彼女はユピテルと違って、一度決めたら例えどんな事であってもやり遂げてしまう鋼のメンタルの持ち主なので、伯仲していたドベ争いはいつのまにか大差をつけてのビリチビちゃんと相成った。



「ソフィさんは、すごいですねぇ」

 


 彼女の頭を無造作に撫でようとしたイカれた右腕を、左手で抑えつける。


 ……あぶねェ、あぶねぇ。危うくパートナーでもない女の子の頭に「なでなで」かますところだった。


 なんて魅力カリスマだよ。ソーフィア・ヴィーケンリード。“仕組み”を分かってても、全然ヤベェなこりゃあ。



「? 凶一郎様?」

「いや、なんでもない。本当に、ソフィさんはすごいなって思いまして……」


 変な罪悪感に苛まれ焦る俺を、ソフィさんは優しい笑顔で受け止めてくれて、



「なんだか、珍しいですね。この組み合わせ」

「言われてみれば、確かに。探索は別組だったし、住んでる場所も違うから、絡む機会がほとんどなかったと言うべきか」

「ならばきっと、今こそがその時なのでしょう」



 ふわり、と彼女の髪色に似た色の粒子が、



「ねぇ、凶一郎様。私とお喋り、……しませんかっ」




 ――――舞った。




―――――――――――――――――――――――



・チュートリアルが始まる前に第三巻絶賛発売中です!

 また、これに伴っての現象かは分かりませんが、現在第二巻の方が各通販サイトで軒並み売り切れ状態となっております! アマゾン様(一度売り切れた後の復活分)で一冊、楽天様で数冊を除けばほとんど売り切れている為、通販でご購入の際はお早めにっ!


引き続き、書籍&ウェブ版、そしてもうすぐ始まるであろうコミカライズ版も含めて「チュートリアルが始まる前に」をよろしくお願い致しますっ!











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る