第二百四十七話 The third confession その15









◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』最終層・杞憂非天きゆうひてん





 雲を越えた蒼の彼方に、かつて大きな城が在った。

 とても大きな城だった。ずっと昔に建てられて、住まう主も最早いない、独りぼっちの逆さ城。


 『渡し守』の昇降機を使い、花型に開いたセントラルエリアの中心で、俺達は身を寄せ合いながら杞憂非天の空を見つめる。



 二人だけの『天城』旅行最終日。旅の終着駅は、やはりここをおいて他に無かった。



「すごく素敵な場所だね」

「あぁ、最高に良い景色だろ」


 遥の頭がこてんと、俺の肩に倒れ込む。

 漂う柑橘系の爽やかな香りは、俺が選んだ品種のものだ。

 俺達は互いの好きな匂いを身に纏う。

 これは、付き合いたての頃に遥が提案した事だ。

 

“――――ちょっとしたマーキングってやつですよっ”


 そんな風に悪戯っぽく微笑んだ彼女の提案を、あの時の俺はただ暢気に受け入れていたけれど、きっと遥はもっと真剣に――半ば束縛の意味すら込めて香水選びをねだったのだろう。



「ここで凶さん達は、すっごく大きな挑戦をしたんだよね」

「あぁ」



 彼女の頭を優しく撫でながら、今は亡きあの逆さ城との戦いを想う。


 思い返してみれば、最初から最後までずっと大変だった。


 ナラカはすっげーワガママだったし、虚は途中でチャラ男化するし、チビちゃんはチビちゃんだった。

 伸び悩む花音さん。城に囚われた亡霊達の茶番劇。失敗。挫折。暴露。陰謀。戦争。

 それら全てを乗り越えて、ようやく辿り着いた空の果てでは、拗らせに拗らせた“逆さ城”が洒落にならない規模の無法をこさえて待ち構えていた。


 “偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス。俺が相対してきた敵の中で最大にして最強の相手。

 敵も味方も過去に散った亡霊すらも巻き込んだ魂のぶつかり合いは、接戦の末最終的にはほんの僅かの差で俺達の方に軍配が上がった。



「楽しかった? ワクワクした? ここでの挑戦は、蒼乃遥あたしのいなかった冒険は、君にどんなものをもたらしたの?」


 字面にすると詰問しているようにも見えるが、その実彼女の表情はとても穏やかで声も優しい。


 ──もしも、と思う。


 もしも遥にレヴィアタンがいなかったら、あの子が嫉妬心を吸ってくれなければ、今この瞬間、俺達はとても険悪なムードになっていたのだろうか。


 ミニチビちゃんへの感謝の言葉を心の中で述べながら、俺は遥の問いに答えを示す。



「楽しかったよ」



 蒼乃遥のいなかった『天城』

 自分の至らなさを何度も目の当たりにした『天城』

 どいつもこいつも問題ばかり起こして、陰謀とバトルと茶番の反復横飛びばかりが続いて、


「楽しかったよ。最高だった。あいつらと過ごした時間の一瞬ひとつ一瞬ひとつが俺の誇りで宝物だ」



 堂々と、臆することなく言い放つ。

 あぁ、そうさ。俺はこの『天城』を、あの冒険の日々を、関わってくれた全ての人達を愛している。


 あの旅がなければ、俺は変われなかった。あいつらのお陰で前に進むことが出来た。


 あの日々を、最高の仲間達と共に翔けた最新の神話を、



「あいつらのお陰で、今の俺があるんだ」



 嘘にツマラナカッタなんて、出来いえるはずがない。



「……そっか」

「そうだ」

「妬けちゃうなァ」

「妬けばいい」


 言葉とは裏腹に俺は彼女の頬にキスをして、それから力いっぱい抱きしめた。


「……っ。そ、外で君の方からしてくれるなんて、なんかちょっと珍しいねっ」

「まぁ、……たまにはさ」


 そのキスはある種の埋め合わせであり、そして自分を奮い立たせるための景気付けでもあった。



「なぁ、遥」

「んー?」

「少し、昔話を聞いちゃくれないか?」

「昔話って誰の?」

「勿論、俺のさ」


 蒼い猫が「にゃー」となく。ごろごろと喉を鳴らしながら、彼女の瞳が「聞かせて」と瞬いた。



「俺さ」

「うん」

「昔、警官やってた時期があってさ」

「ん?」

「所謂キャリア組ってやつでさ、学生時代すげぇ頑張って一発合格した時はすげぇ嬉しかったなぁ」

「待って」

「俺が世の中変えてやるって、みんなの為に頑張るんだって……いやぁ、本当にキラキラしてたぜあの時の俺」

「凶さん……」


 彼女の問いに、


「さっきから、何の話してるの?」

「何って」


 俺は正直に答える。


「俺の話だよ」


 沈黙。彼女の瞳が少しだけ不安色に染まる。


「凶さんは中学生でしょ」

「オレはな。俺は違う……いや」


 ここは違ったというべきなのだろうが、しかし――――


「(まぁいい。そこは大した問題じゃない)」


 大切なのは、知ってもらうことだ。遥に、俺のパートナーに、誰も知らない、報せる必要もないと思っていた“俺”という男の事を。



「最初はうまくいってたんだ。熱意があって、口も回って、おっさん連中受けも良かったから昇進するのも早かった」


 ────は、本当に出来る奴だな。


 ────ならきっと、良い警官になれるよ。



「生憎俺の勤めてた部署は男ばっかりだったから中々出会いの場ってやつには恵まれなかったけど、すげぇやりがいのある仕事をさせてもらって、誰かの為に働けてるのが嬉しくって」


 

 歯車が壊れ始めたのはいつの事だったか。


 仕事漬けの日々。

 上や下との軋轢。

 苛烈な正義。

 殺されて当然と思えるような被害者。

 同情したくなるような加害者。

 組織の事情。

 吐き棄てられる悪罵。

 悪人と呼ばれる奴等にも事情がある事を知った。

 同じ警察官なかまが道を踏み外す末路を見た。

 



「────劇的な事があったわけじゃない。上に行く人達なら誰もが一度は経験する洗礼ことを少しずつ経験していって」



 俺は、



「気がついたら口が裂けても“誰かの為に”なんて言えなくなっていたんだ」



 俺の為にしか生きられないと、生きるべきじゃないと。

 そうでも思い込まなければ、きっと────



「そんな時にさ、すごいゲームが発売されたんだよ」


 遥は口を開かない。ただ黙って俺の話を聞いてくれている。



「アホみたいな難易度で、鬼畜みたいな展開をバンバカ出してきて」



 ────俺の人生は、ギャルゲーとWeb小説で出来ていた。



「それでも、最後までやったら掛け値なしの神ゲーだと認めざるを得ないほど良くできた最高のゲームでさ」


 

 詰まらない男が、詰まらない挫折の末に、最高のゲームに出会えた。



「『精霊大戦ダンジョンマギア』っていうんだけどさ」



 たったそれだけの話だった――――筈なんだけどなぁ。



「そのゲームの“設定”が、この世界と酷似してるんだよ」

「…………! それって」



 勘の良い彼女はすぐに気がついた。俺が言おうとしていることを。酷く荒唐無稽で嘘みたいな本当の告白を。



「俺は、清水凶一郎の半身ハンブンは、この世界とは違う場所から来た人間だ」


 言った。

 都合三度目の、最後にして最大の告白を、



「異世界転生ってあるだろ? まぁ、正しくは憑依というか融合系のカテゴリーに当てはまると思うんだが、それはともかく」



 俺はこの世界の住人じゃないのだと、少なくとも混じり気なしの清水凶一郎ではないということを、一言ずつ、伝える度に、怖いという気持ちが膨らんでいく。


「始まりは、去年の春休みだった」



 トラックに轢かれたわけでも、ゲームをやってたら液晶画面が急に光輝いたわけでもなく、気づいた時には清水凶一郎になっていた。


 清水凶一郎。ゲームの中ではチュートリアルで死ぬだけの役割しか持たない糞雑魚ボス。


 奴には姉がいて、その姉もまた避けれれない死の運命に苦しんでいた。


 アイツは姉のことになるとどこまでも真っ直ぐな男だった。


 自分の身すら顧みず、姉の命を救うためなら何でもやると────本当に、すげぇ奴だよ、凶一郎アイツはさ。


 俺は時間かけて、昔の事を話した。


 俺の事。

 凶一郎アイツの事。

 アルの事。

 ゲームの事。


 姉の呪いを解くためには万能快癒薬が必要で、そいつを手に入れるためには『常闇』を攻略する必要があり、その為には────



「じゃあ……」


 赤みを帯びた杞憂非天の中心で、震えを帯びた彼女の声が俺に問う。



「あの日、本当はあたし死んじゃって」


“────オネガイ。アタシヲオワラセテ”と



「それを知ってた君があたしを助けてくれて」


 実の妹に懇願する剣獄羅刹は、ここにはいない。



「君はあたしのことを、あたしと知り合う前から――――」

「あぁ」



 心の中の震えが止まる。

 ちゃんと、俺の言いたかった事が伝わったみたいだ。



「偶然なんかじゃない」


 彼女のしゃくり声が聞こえる。



「俺はお前を助けて、」

「うん」

「お前と旅する為に」

「うん……っ」

「あの場所へ、自分の意志で来たんだ」


 胸が濡れる。彼女を抱きしめたその胸にぽたぽたと落ちる感情の雫。

 落ち着け、と優しく肩をさすりながら嗚咽を漏らす彼女に昨晩の事を伝えた。



「レヴィアちゃんから聞いたぞ。色々と大変だったみたいだな」

「大変だよォ。いっつもモヤモヤして、君を取られるんじゃないかっていつも不安で……っ」

「嫉妬之女帝が音を上げる位に嫉妬してたって……いやホント、大したやつだよお前さんは」

「笑いごとじゃ、ないんだから」

 


 それでも俺は笑ってやった。

 笑い飛ばしてやった。


「ちょっと凶さん、笑い過ぎ」

「いや、だって。初めて会った彼女が嫉妬の魔王よりも嫉妬深い子だったなんて……ヒヒッ、これが笑い話じゃなくてなんなんだって話だろうが」



 ぐりぐり、と頭を使って無言の抗議をしてくる恒星系。

 ほんと、可愛いやつめ。



「安心しろよ、遥」


 青みがかった茜色の空を見上げながら、俺は彼女に特別である事を伝える。



「俺の過去を知る人間はお前しかいないし、結婚の約束をしたのも、パートナーになったのもお前だけだ」


 きっと彼女はこれから先も嫉妬して、度々レヴィアちゃんが出てきては賑やかな事になるのだろう。


 そこは変わらない。蒼乃遥はレヴィアタンが音を上げる位に情が深くてやきもち焼きな女の子なのだ。


 だけどな、遥。

 俺の心を照らす唯一無二の恒星よ。

 どうかこれだけは忘れないでくれ。


「お前は特別なんだ。俺にとって、何よりも、誰よりも、特別な人なんだ」

「――――リ」

「はい?」

「もう無理。流石に無理。ぜったいに無理」

「遥さん?」

「ここまであたしに火をつけといて、こんな、こんなワケわかんない位に熱くさせといて、タダで帰れると思わないでよね……っ」

「待って遥さん。俺の服を脱がさないで遥さん。すっぽんぽんになって一体何をする気ですか遥さん」

「なにって」



 グラディエーションのかかった空の下で、はぁはぁ、と息を荒げた遥さんが人に見せちゃいけない部分を丸出しにしながら、



「この特別な日に特別な場所で、特別な事をするんじゃいっ!」

「ちょっと待て。“その特別”と“この特別”は全然ちが……」

「うるさーいっ! 君の特別は全部あたしのものじゃーいっ!」

「きゃーっ!」



 そうしてこの日、俺達は本当の意味で特別な関係になったのである。




◆◆◆『嫉妬之女帝レヴィアタン』蒼乃遥




 最近、癖になっている事が一つある。

 朝目覚めると、直ぐに彼を探すのだ。

 重い瞼を開けて、ぼやけた視界で頭も回らず、だけど心はいつだってあの人を求めていて、

 そして



「おはよう、遥。朝ごはん、何がいい?」



 そして隣で笑う彼の姿に安堵を覚えて抱きしめる。


 自分でもどうかと思うくらいゾッコンだった。




―――――――――――――――――――――――






・お知らせ&あとがき




 「チュートリアルが始まる前に」第三巻、本日8月17日午前零時より(つまりたった今より!)発売致しました。


 『半分以上書き下ろしによる特大ボリューム』と、『ウェブ版では描かれなかった超重要設定』、更にはあっと驚く『あのキャラ』まで活躍する誰も知らない黒雷の少女の物語を是非是非手にとって頂けましたら幸いです!


 今すぐに買える電子版にはもれなく全てに、何故ゴリラがゴリラと呼ばれ始めたのかというある意味本作最大の謎に迫った特別短編SS「ゴリラ」がつく他、ブックウォーカー様の方で購入頂くと更に追加の特典SSも読めますので是非お楽しみにっ!


 また、詳しい情報につきましては、近況ノートやツイッターの方で書かせて頂いておりますのでそちらもお見逃しなく!



・そして二部第三章は、このまま通常更新で(つまり今週の日曜日から)始めさせて頂きます。代わりに九月に入ったらちょっとお休みもらいますが、許してねっ!



というわけで、これにてTTC並びにサブクエスト4、そして『天城』編は本当に完結です!


次の冒険でお会い致しましょうっ! ではではっ!



―――――――――――――――――――――――



サブクエスト4 了

第三章に続く



―――――――――――――――――――――――



……………………



―――――――――――――――――――――――



……………………

…………………………………………



―――――――――――――――――――――――


……………………

…………………………………………

……………………………………………………………



―――――――――――――――――――――――



 桃地百太郎が目覚めると、そこには不可思議な景色が広がっていた。

 死後の世界。幽世の国。冥界。楽園。地獄。

 行き着く先の景色こそ様々なれど、男が降り立った場所は生者なき亡者の世界の筈であり、それだけは決して疑いようのない



( ´_ゝ`)「てめぇ、いいかげんにしやがれっ!」



 筈だったのだが――――


( ロ_ロ)ゞ「ウルサイ。ダマレ。格下ガワタシニ命令スルナ」


 流石にこれは予想できなかった。

 ピンク色の空。ふわふわと漂うわたあめの香り。遊園地を彷彿とさせる賑やかでメルヘンチックなその世界の中心で、謎の白まんじゅうのような物体が言い争っている。


( ´_ゝ`)「はぁ? 格下? その格下に敗れて負けたクソ雑魚はどこのどいつですかぁ?」

( ロ_ロ)ゞ「アレハお前ノ力デハナイ。借り物ノ力デイバルナ」

( ´_ゝ`)「てめぇだって、インチキまみれだったじゃねぇか、この厄介オタク」

( ロ_ロ)ゞ「発言二品位ヲ感ジナイ。ヤハリお前ハ雑魚」

( ´_ゝ`)「やんのかてめぇっ!」

( ロ_ロ)ゞ「最初カラソノツモリダ、コノヤロウ」

( ´_ゝ`)( ロ_ロ)ゞ( ´_ゝ`)( ロ_ロ)ゞ( ´_ゝ`)( ロ_ロ)ゞ( ´_ゝ`)( ロ_ロ)ゞ

ドシャバキバキバキドシャバキバキ



 ――――意味が分からなかった。分かりたくもなかった。


 謎の白まんじゅう達に恐れおののいた男は、ゆっくりとその場を離れようとして、


「なっ――――」



ももたろーおじさん( ; ゜Д゜)「なんだこれは!?」


 水溜まりの中に浮かぶ自分の姿を見て、衝撃に崩れ落ちる。



( ; ゜Д゜)「どうして俺がこんな姿に?」

( ; ゜Д゜)「地獄か? これが最新式の地獄なのか? だとしたらヤバ過ぎるだろヘルプミー」

( ´_ゝ`)「なんだ、また新人かよ……。ったく世話が焼けるぜ」

( ; ゜Д゜)「!? お、お前は!?」

( ´_ゝ`)「俺? 俺は……」

( ´_ゝ`)「…………」

( ´_ゝ`)「俺は」

( ´_ゝ`)「邪龍おじさん!」



とぅーびーこんてにゅういど!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る