第二百四十四話 The third confession その12





◆レヴィアタンについて



 嫉妬之女帝、レヴィアタン。

 概念と混沌の魔神が統べし法、即ち“魔法”を操る精霊達の中で最も秀でた九柱の王が一角であり、にその序列は第三位に位置する。


 ゲームのフレーバーテキストに依れば、かつて真神かみであった彼女は魔の王の頂点に立つべく序列一位に戦いを挑み、そして敗れたのだそうだ。


 争いに負け、その位階をやつしたレヴィアタン。


 そんな彼女を奉った『嫉妬』の次元が紆余曲折を経て桜花のダンジョンとして解放されたその時から、レヴィアタンの復活劇は始まった。



 『嫉妬』は、彼女の餌場だった。

 『嫉妬』のボス達はいずれも彼女が産み出した子供だった。


 彼女は来るべき頂点への再戦を目指してゆっくりと雌伏の時を過ごす。


 全長四十キロメートル。地球の海の平均的なのおよそ十倍の体躯を持つ彼女の威容は、まさに魔王の名を冠する精霊に相応しい“格”があり、“絶海零度”を舞台に彼女と戦う一連のサブイベント『最大罪の玉座』は、最終的に彼女の分霊アバターが使えるようになるという報酬の旨さも相まって無印プレイヤーの中でも非常に人気の高いコンテンツとなっている。



 何もかもが桁違いの最強生物。


 概念の海を雄大に泳ぐレヴィアタンの在り方は、とてもカッコよかったんだ。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第五中間点



 嫉妬の魔王との邂逅。


 予期せぬその出会いに際して、俺がいの一番にやった事は、戦闘準備でもなければ会話や交渉でもなく、彼女に服を着せる事だった。


 だって考えてもみてくれよ。


 時刻は深夜。皆が寝静まった夜半時に褐色の幼女が全裸で池を遊泳パシャパシャだ。


 絵面がヤバ過ぎるだろうが! 深夜×幼女×全裸×ゴリラとか、どこの世界であっても逮捕案件待ったなしである!


 だから俺は池で泳ぐ褐色幼女に懇願して服を着てもらい、ついでに陸の方へと上がってもらった。



「おぉー! ブカブカじゃー! 手元がブランブランしとるー!」


 俺が羽織っていた黒のナイトガウンをパタパタとひらつかせながら、物珍しそうに“服”を見つめる嫉妬魔王。



「(この幼女がレヴィアタンだって? んな馬鹿な)」


 にわかには信じられない。


 だって俺の知る限りダンマギのレヴィアタンは、全長数十キロメートルの巨大な海蛇で、フォルムもやたらゴツイもう殆どドラゴンといっても過言ではない出で立ちの化物だったのだ。


 それがこんな、ウチのチビちゃんよりも更に一回りちいちゃな“ミニチビちゃん”だなんて、一体誰が全体誰が信じるというのだ。……確かに概念と混沌の魔神は褐色ツインテールのメスガキだったけれども! その子供だと考えればこの容姿にも多少納得できる部分はあるけれど!



「なぁお嬢ちゃん、君は本当にレヴィアタンなのかい?」

「ワチこそがレヴィアタンじゃ! 気安くレヴィアちゃんと呼ぶが良い!」


 ふんすっ、と鼻息を荒げながら元気いっぱいに腕を組むミニチビちゃん。威厳もヘッタクレもあったもんじゃなかった。



「いやそうはいうけどさ、ダンジョンって精霊が入っちゃダメな決まりになってんだよ。だから君がもしも本物のレヴィアタンなら、こんなところで泳いでるはずがないっていうか……」


 俗に言う『異界不可侵の法則バリア・ルール』というやつである。


 人に試練を課す場所であるダンジョンに、精霊の本体が立ち入る事は許されない。これは『生贄制度』や『二十四時間制限』と同様にダンジョンのグランドルールとして設定されている為、いかなる精霊であってもこいつを破る事はできないのだ。



 召喚や顕現、あるいはハーロット陛下のような半人型生物にんげんといった抜け道こそあるものの、真正面からルールを逸脱できる存在は今も昔もそしてこれからも現れない。



 そしてレヴィアタンは、紛うことなき精霊だ。つまり陛下のような例外タイプではなく、システム上一柱ひとりでダンジョンに入る事が出来ない枠に該当する。



 だから偽物説でも推さない限り、この状況を説明する術がないわけで――――



「(いや、待てよ)」



 脳裏を過ぎったのは、元祖チビちゃんの姿だった。


 ユピテル。清水ユピテル。

 彼女がその名を得るに至るまでの間には様々な過去があり、事件があり、そして葛藤があった。


 もしかして、と思う。


 この褐色幼女はあの時のケラウノスと同じ理屈ロジックなんじゃないか?


 かつてのケラウノスは、ユピテルのストレスがある一定の基準を越えた時点で顕現し、娘を守るという名目の下、暴虐の限りを尽くしていた。


 『常闇』十五層のカマク戦。

 十層で戦った調伏戦。


 そのどちらにおいても奴は主の許可なく姿を現し、ダンジョンに破壊と脅威を振り撒いたのだ。


 恐らくは、ある種の防衛機制だったのだろう。


 手段が最悪だったのと、そもそもあの雷親父の性根が腐っていたという点を除けば、ケラウノスは主の危機を察知して駆けつけに来た忠犬という事になる。


 自動召喚。事前に契約を結んでおく事で発動する召喚スキルの派生形態。


 能力は呼んで字の如くの自動召喚オートサモンで、主との契約によって定められた特定のシチュエーションに限り、精霊側が自分の意志で『召喚』やその上位能力である『顕現』を行えるというものだ。


 つまり――――



「君がここにいるのは、何らかの条件を満たしたからだって事で良いのかな?」

「おぉー!」



 帰ってきた答えは肯定でも否定でもなく、感嘆だった。


「ご主人様越しに見ておったが、お前ちゃん、中々知恵が回るのー! きゃっきゃっきゃ! 流石はご主人様のだんなさまじゃ!」


 パチパチパチと両手を大きく叩きながら屈託のない笑顔で賛辞を送るミニチビちゃん。



「うむっ、その通りじゃ! ワチは“じょーけん”をみたしたから現れた! もちろん、ちゃんとルールを守った上での話じゃぞ! 悪魔ルール破らない! 契約だいじ!」



 その天真な外見に違わず、レヴィアタンはとても陽気な精霊だった。


 ゲーム時代の威厳ある姿しか知らない俺にとっては、まさに目から鱗。ちょっと衝撃が強すぎて展開についていけてない自分がいる。



「元の姿で出たらこの街ぶっ壊れちゃうから、アバターを人間ヒトンコっぽくしていじってみたんじゃが、どうじゃ? ワチかっこいい?」



 そして今度は唐突に、ビジュアルの出来クオリティを尋ねられた。


「…………」

「ねーねー、きいとる? ワチかっこいい? かっこよかろ? かっこいいって言って!」


 なんて難しい問題だろうか。

 

 服をたぷたぷとだぶつかせた褐色幼女というカテゴリーは、俺の中では可愛いに分類される対象である。


 しかし俺がここで正直に「レヴィアちゃんはカッコいい系じゃなくてかわいい系だな!」なんてほざいたらどうなると思う?


 草木も凍る丑三つ時。

 全裸の褐色幼女に自分のナイトガウンを着せたタンクトップのマッチョが一言呟く「可愛いね!」



「(完全に、事案じゃねぇか)」



 ヤバすぎんだろ、絵面がよぉ。

 ある意味、怪物モードよりデンジャラスじゃねぇか、レヴィアちゃん。



「そうだな、カッコいいぜ」


 なので紳士の俺が取るべき行動は、このミニチビちゃんの望む答えを与えつつ、彼女をできるだけ早く屋内に回収する事をおいて他になかったのだが、



「とりあえず、家入れよ。夜も遅いし、ここでやいのやいのとやるのは色々とご近所迷惑だ」

「えー、えー。でもなー。ワチが“出てる”って知ったら、多分ご主人様やな顔するぞー」



 頭に「なんでさ」と疑問符が浮かぶ。


 精霊と精霊使いは、魂の深い部分で繋がっているもんだ。


 アルなんて俺の性癖シュミ偏愛しこうまで知ってる上にデリカシーまで欠けていやがるから飯の席でも平然と「腋フェチのマスターなら~」なんて言ってきやがる。


 プライバシーなんてあったものじゃないのだ。


 更に言えばこの褐色幼女。非常に安定している。

 ケラウノスのように暴走している気配もないし、このサイズなら借り家においてもなんら問題はないのではなかろうか?


 だから、



「(遥が嫌がる要素なんてあるか……?)」



 普通に考えればない。けど契約精霊であるレヴィアちゃんがそう言うのなら、きっと何かがあるのだろう。

 普通じゃない。誰も知らない何かが。



「教えてくれよ、レヴィアちゃん。君がいると、どうして遥が嫌な気持ちになるんだ」

「やなきもちというか、やきもちがバレるというか。うーん、なんていえばいいんじゃろうなー、ともかくアレじゃよ、アレ。ワチが出てるということは、ご主人様の秘密がマジヤベェピンチってことなんじゃ!」



「だから言えん」と褐色幼女は服をぷらぷらさせながら俺の質問にノーをつきつけた。


 どうやらレヴィアちゃんはレヴィアちゃんなりに、遥の秘密を守ろうとしているらしい。


 しかし元が脳筋魔王だからなのか、はたまたこの姿に引っ張られているが故のゆるさなのか判別は使ないが、今の会話だけで大凡の見当はついてしまった。



「(やきもち、秘密、レヴィアちゃんが出ているという事実そのものが遥の秘密とやらに直結している……つまり)」



 頭を搔く。溜息が湧く。


 知りたくはなかった。もう少しだけ上手く隠してくれよ、と今日会ったばかりの幼女に愚痴をこぼしそうになる。



「レヴィアちゃん」



 だが、七割方知ってしまった今の状態で、ましてや俺の生涯のパートナーになる人の問題を、見て見ぬフリで臭いものに蓋ブローオフなんて出来るはずがない。



「前言撤回だ。ちょっとこの辺散歩しようぜ」




 闇夜の中で、彼女を知る旅が始まった。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』・第二十六層




 探索エリアは、ナイショ話をするのにうってつけの場所なのではないかと個人的には思う。


 広い上に、深層になればなるほど人の往来は少なくなるから、誰に気兼ねすることなくお喋りを楽しむ事ができるのだ。



「おぉー! 木がいっぱいじゃ! 草もいっぱい生えておる!」



 月光の草原。森の迷宮。尖塔の密集地。

 

 はしゃぐ褐色幼女を肩に抱え、夜の二十六層を駆け回る時間を俺は少しだけ楽しんでいた。


 ――――リアクションが良いんだよな、レヴィアちゃん。

 ずっと海にいた反動なのか、彼女は陸にあるもの全般に興味津々で、何をするにも「きゃっきゃっきゃ」と楽しそうに笑っている。


 多分、この子とは遥の事を抜きにしても仲良くなれそうな気がする。



「さて、レヴィアちゃん」

「なんじゃ、だんなさま」

「凶一郎でいいよ。さまなんてつけなくていい」

「凶一郎ちゃん!」



 元気いっぱいなミニチビちゃんを丘の麓におろし、腰を落ちつけながら改めて問う。



「それでレヴィアちゃん。君達が交わした契約について俺に教えてくれないかな?」

「うー、でも、そしたらご主人様こまるしのぅ」

「話してくれたら、飴をあげよう」

「わー! ぐるぐるの飴じゃー! でっけー! なんでも話すー!」




 チョロかった。

 チョロ過ぎて変な罪悪感を抱きそうになる程だ。



「でも、その話をするとなるとちょっとさかのぼらねばならんなー」



 満ちる月の下、棒付きキャンディーをぺろぺろと舐めながら、褐色幼女が眉をひそめる。



「なぁ、凶一郎ちゃん」

「ん?」

「最終的にワチが負けるだけの話、聞く?」




◆ダンジョン都市桜花・第四十一番ダンジョン『嫉妬』最終層・絶海零度(回想)




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