第二百四十三話 The third confession その11
◆
何も知らない人間から見れば、冒険者は華のある職業だ。
そして俺達のような攻略組にとって、冒険者は常に死と隣り合わせでタップダンスを踊るイカれた職業である。
なにせこの世界のダンジョンの基本的な仕組みが死にゲーなのだ。
未知の敵。生贄制度。そしてボス戦ごとに課せられる特殊ルール。
アジ・ダハーカを倒したと思ったらザッハークが現れ、倒したと思った逆さ城が突然変異体へと変化を遂げてオリュンポス・ディオスが降誕する。
反則に近いゲーム知識を持っていてなお、イレギュラーな覚醒に翻弄される最終階層守護者戦。
これが事前知識も何もない状態からのスタートと相成ればそりゃあ死んで当たり前。中には仲間達の為に率先して生贄になる
仲間が死ぬ。苦楽を共に歩んできた仲間が死ぬ。自分達を活かす為に仲間が、死ぬ。
それはとてつもなく悲しい事であると同時に、攻略組にとっては当たり前の出来事。
俺達のような初見完全踏破者が英雄として祀り上げられる程度には無犠牲クリアは稀少なものであり、基本的には繰り返しの死の中で学びを得て
さて、ダンジョンの中で起こった“死者”達は、外で弔えないというケースがままある。
これは【命を失った瞬間に人間だったものがオブジェクト扱いとなってしまう為、死体が『帰還の腕環』を代表とした汎用転移アイテムの対象外となってしまう】という理由に加え、生贄制度のような【そもそもからして一緒に帰る事ができない強制ルールの存在】が、死の持ち帰りを妨げているからだ。
ダンジョンの死は、ダンジョンの中で完結する――――伏した命を中々外へ持ち帰る事が叶わないこのクソッタレな仕事における『弔い』は、だからこそダンジョンの中で済ますべきだという考え方へと繋がった。
外と中の両方に、あるいはダンジョンの中にのみ墓を建てる。特に“笑う鎮魂歌”のような身内の繋がりが強い冒険者クラン程、後者のパターンを取りがちだった。
ダンジョンに墓。向こうの世界出身の立場から語るのであれば、到底受け入れがたい考え方だ。
だって考えてもみてくれよ? 中間点に墓を建てるって事はつまり最低でも第五層をクリアーしなきゃその人に“合えない”んだぜ? 当然、冒険者資格がなければダンジョンに立ち入る事すらままならない。
だから外と中に建てるなら兎も角、ダンジョンオンリーってのはかなり極まってんなと個人的には思うわけよ。
けどその一方で、魂の在り処って観点から見れば、ダンジョンに墓を建てるっていう意見にも一理どころか百理ある。
……実際、本当に霊がいたという奇跡を俺達は知っていて、それどころか彼等に助けられたわけたこの世界の清水凶一郎としては、感謝こそすれ頭ごなしに否定する事など絶対出来ない。
そもそも身も蓋もない言い方をしちまえば、個人をどう弔うかなんてのは、その人の持つ宗教観次第なんだよ。
故人が事前に冒険者組合に届け出を出して、中間点に専用の土地を買っていたら、そりゃあもうダンジョンだろうがなんだろうが、立派な寝床になっているわけで外野がピーチクパーチク言ったってしょうがない。
ダンジョンに生き、ダンジョンに死んだ者達をダンジョンで弔う。
これもまた一つの
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
メタセコイヤの並木道を抜け、笑う鎮魂歌のクランハウスを通り過ぎた先に彼等の墓はあった。
夕暮れの光に照らされた沢山の石碑達。その多くは、言うまでもなくあのオリュンポス戦で散っていった方々である。
“笑う鎮魂歌”はとても優秀なクランだ。あの『タロス』を破り、“杞憂非天”へと辿り着いた時点で世間一般で言えば上澄みの中の上澄み。
そんな彼等がこれ程までの命を枯らし、そして今を生きる者達が一度は折れて“亡霊”になった――――本当、冒険者って職業はつぐづく業が深いなと思う。
“杞憂非天”の空を共に駆け抜けた偉大なる戦友達に向けて頭を垂れながら、俺は彼のいる場所を探す。
「ねぇ凶さん」
「なにさ遥さん」
「あたし、あっちで待ってようか? お邪魔じゃない?」
「そんなことないさ」
彼女の黒髪をぽんぽんと優しく撫でながら「大丈夫だよ」と言う。
相変わらず変なところで気にしぃな遥さんである。
「清水遥なんだろ? だったらなんの問題もあるまいさ。きっとあの人も喜んでくれるだろうさ」
「そう?」
「ならいいんだっ」と蒼い猫がにゃーと笑った。
◆
桃地さんの墓はすぐに見つかった。
見知った顔の先客が三人もいたからだ。
「どうも、アズールさん、納戸さん、それにミドリさんも」
「凶一郎っ!」
大男が駆け寄り、チョンマゲパンク侍がニヒルに口角を上げる。ミドリさんは、自分の脚で立っていた。
寝たきりの状態からまだ一カ月も経っていないというのに、この快方ぶり。
流石はエリクサー大先生。
そんじょそこらの悲劇ならば、これ一本で
「昨日はとても良いものを見せて頂きありがとうございました。お二方の試合、本当に素晴らしかったですっ」
目を輝かせながら、昨日の試合の感想を熱烈に話してくれるミドリさん。
背丈はウチの遥さんよりも僅かに小さく、首筋までかかった黄緑色の長髪は毛先の一本一本まで手入れが行き届いている。
まさに絵にかいたような美少年だ。アズールさんと比べてみると本当に同じ人間なのかと疑いたくなる位に華奢で、可憐で……
「(これでミドリさんの方が年上って、もうなんか色々と詐欺だよなぁ)」
服装がアズールさんと揃いのライダースジャケットだから“彼等”だと見分けがつくものの、もしもこの中性的な美少年(実年齢二十代後半)が、レディースファッションに身を包んだ日には恐らく誰もが彼を彼女だと見間違えるだろう。
しかし彼は男なのだ。
顔は可愛らしく、趣味もフェルト刺繍とお菓子作りでゲーム時代のCVは新進気鋭の若手女性声優のものだったが、しかしそれでも彼は男なのだ。
身体も
「僕、シミュレーションバトルが大好きなんですよっ! 『E-1』も、『ヴァルハラ・ゲーム』も出ている映像記録媒体は全部持ってますし、四季蓮華と
「! それって四季様が唯一引き分けたって言うあの伝説の試合ですかっ!?」
瞬間、遥の表情がぱぁっと煌めいた。何だかんだ言ってもやっぱり四季さんの事は大好きらしい。……可愛い。
「昔一度だけ開かれたっていう五大クラン共同イベントの目玉企画だったやつですよね!|」
「はいっ! 下馬評では四季蓮華の圧倒的優位とされていたものの、蓋を開けてみれば荒神王鍵が攻めに攻めて……っ!」
「
「二人の激突の余波で
「わかるー! あそこめっちゃ良いですよね!」
きゃいきゃいと華のある顔立ちの二人がはしゃぐ姿は、目の保養になる。
……あぁ、ミドリさんと遥が話してる内容? 勿論、マジだぜ。桜花最強と
無印の中では霊術最強と物理最強としての地位を不動のものとしていた二人の対決ってだけで心が躍るのに、その決着がドローっていうのがね、もう本当に
ただこの話には少しだけ裏があって、当時の四季さんが保有していた真神は二柱だったのだ。
その三番目の真神
「あの二人の戦い見てると、人間には限界なんてないんだって思えてすっごくワクワクしますよねっ!」
「はいっ! でもお二方の戦いも同じくらい熱かったですっ!」
「そんなっ! あたしなんてまだまだですよっ! 流石にまだ
「蒼乃さんならいつかきっと斬れますよっ! 来年の『ヴァルハラ・ゲーム』今から心待ちにしていますっ!」
……それをこの二人の前で語るのは、野暮が過ぎるってもんだろう。
折角遥が、俺以外の誰かと楽しそうにしているのだ。良くも悪くもすっかり俺にべったりになってしまった彼女が、清水家や“烏合の王冠”以外の人間とはしゃいでいる光景はそれだけで貴重であり、尊いものなのだ。
なのでここはしばらくそっとしておこう。歩を進め、夕焼けの光に照らされた彼の寝室に花を添える。
桃地さんの墓は、非常に個性的な形をしていた。
黒耀色の墓石の中心に、7×9の白マスが配置されているのだ。
マスの中には至る所にアルファベットの文字が並べられている。空白の箇所も合わせて考えれば、これは一つのクロスワードパズルなのだろう。
「桃地さんが旅立つ前に言ったんだ。どうせなら来てくれた人と遊べる墓にしてくれってな」
それでクロスワードパズルとは。あの人らしいというか何と言うか。
「随分と無茶な事を」
「一回目よりはずっとマシさ。あの逆さ城の攻略と比べればこれくらい」
「フッ、違いない」
アズールさんと納戸さんが同時に噴き出した。それに釣られて俺も思わず笑ってしまう。
「桃地さん、あっちで元気にやってますかね?」
「うむ。他の方々からは頻繁に“連絡”を頂くのだが」
「桃地さんとは、あれっきりだ」
連絡とは、アップグレードされた<
天啓<
従来の<普遍的死想幻影舞踏曲>の際に発生していた【スキル
こいつは“笑う鎮魂歌”に籍を置いていた死者達との
呼び寄せるのは対象の意識のみで能力については<
そしてこの能力の対象には無論の事ながら桃地さんも含まれているのだが、
「俺達も何度か呼びかけたんだが、出てくれないんだよ桃地さん」
「……相当
「その可能性もなくはないのだろうが、……なぁ、アズール」
「あぁ、あの人の性格を考えると」
あれだけ格好つけて退場しておきながらそんな簡単に再登場したら、ダサすぎるだろっ! 言っとくけどおじさんの死ってそんな軽いもんじゃないんだからねっ――――と、二人が真似てくれた桃地さんの台詞は驚くほど似ていた。
……うん。確かに言いそうだわ。精神の在り方が少し俺と似ているあの人なら、そういう理由で拒否しても全然おかしくないし。
「格好つけたがりなんだよ、あの人は」
アズールさんが苦笑する。
「そして自分のルールにとことんこだわる人だ」
納戸さんも肩を竦めながら、やれやれと口角を上げる。
彼等の表情に、悲愴の影はなかった。まるでもう二度と会えないとしても悔いはないと言わんばかりの清々しさだ。
いや、実際そうなのだろう。
この先桃地さんと会えても会えなくても、そんな事は最早問題でもなんでもなくて、“笑う鎮魂歌”というクランはきちんとと正しく桃地百太郎の死を受け入れる事ができたのだ。
「全部凶一郎達のおかげだ」
俺よりも七十センチ以上背丈の高い
「――――お前達が来なければ、俺達はきっと遠くない未来に破滅していた。俺達を救ってくれて、ミドリを助けてくれて、桃地さんと会わせてくれて、本当に、本当に感謝している」
「…………」
中間点の秋空に吹いたそよ風が、
その言葉に、アズールさんからの感謝に、今までの俺だったらきっと向き合えなかった。
俺に言われる資格なんてないと、全部自分の為にやった事だからと自分のルールに縛られて、「誰かの為に」と言えなくって。
……いや、白状しよう。「誰かの為に」は未だに無理だ。そういう行動原理で動く事はどこか偽善的で、欺瞞に満ちていて、酷く醜いものだと思えて仕方がない。
俺は「自分の為に」という言い訳を作らなきゃまともに動く事も出来ない臆病者だ。
「
でもさ、そんな俺でも少しだけ。
「えぇ。ガッツリ感謝して下さい。そしてキリキリ働いて下さいね。忙しくなるのは、これからなんですから」
誰かの感謝を真っすぐ受け入れられるようになったのだ。
花音さんのおかげだ。ナラカのおかげだ。虚のおかげでもあって、ユピテルのおかげでもあり、桃地さんヒイロさん黄さんアズールさん納戸さんミドリさん、そして“笑う鎮魂歌”の皆さん全員のおかげでもある。
『天城』の旅で関わったみんなのおかげで俺は少しだけ強くなる事が出来たのだ。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
「もう明日で終わりだねー」
帰路につき、夕食を済ませ、一緒にシャワーを浴びて、夜の大運動会を開いた後のベッドの上で。
「すっごくあっという間だった」
惜しむように、愛おしむように遥がそんな事を言ってくれた。
一糸まとわぬ姿をシーツで隠しながら穏やかに微笑む恒星系。
丸型のテーブルランプによって照らされた彼女の頬はほんのりとピンク色に染まっていて、瞳はじっとりと潤んでいる。
「楽しかったか?」
「そりゃもちろん。楽しかったし、凶さんといっぱいイチャイチャ出来て嬉しかった」
彼女の視線が上を向く。代わりにとても柔らかいものが俺の身体に密着して、
「でもねでもね、それよりも何よりも懐かしかったんだぁ」
「? 懐かしいって何がどういう風に?」
「凶さんとあたしが二人だけで旅してる風に」
言われて納得する。
『常闇』、『天城』、『嫉妬』と色んな
二回目からは既にチビちゃんが参戦してたわけだし。
「クランのみんなで冒険するのも、賑やかで楽しいんだけどさ、やっぱりあたし君と二人で過ごす時間が一番特別なんだなって今回の旅で良く分かった!」
「嬉しい事言ってくれるじゃないの」
ぽんぽんと、彼女の背中を撫でながら「だけど」と一応の釘を刺す。
「だからって探索メンバーを俺と二人っきりの固定でとかそういう無茶苦茶なのはなしだぞ」
「分かってるって。お偉いクランマスター様が命じるなら、たとえ今回みたいに離れ離れになっても文句言いませんって」
まぁよっぽどの事がない限りは、俺のチームで固定だけどな! 戦力的な問題は兎も角、こいつがいないと俺のメンタルが保たねぇもの。
やっぱり俺には彼女が必要で、そして願わくば彼女もまた俺を必要としてくれるなら嬉しいな、とそんな事を考えながら他愛のない会話を続けようとした矢先、
「ねぇ、凶さん」
「ん?」
急に音が止まったのだ。沈黙。それも心地の良いタイプの奴ではなく、少しだけ気まずさを孕んだタイプの奴。
遥は、
「あの、さ」
遥は少しだけ困った顔をして
「…………」
「…………」
「…………」
「どうした? 何か言いたい事があるなら」
「ごめん。やっぱなんでもないや、お休みなさいっ」
「お、おいっ」
かと思えばすぐにまたいつもの笑顔になって、そのままころりとシーツの中に包まってしまった。
「凶さん」
「ん?」
「大好きだよ」
「俺もさ」
◆
……分岐点はここだった。
もしもここで、俺が彼女と一緒にそのまま眠っていれば、この旅は山もオチもない平穏で輝かしい想い出として終わる事が出来たのだ。
だが、俺は気づいてしまった。
バシャバシャと水と誰かが戯れるその音に。
「(なんだろう?)」
まだ開発の進んでいない第五中間点、それも転移門から離れた場所に建てられた俺達の借り家の近くで、何かが騒いでいる。
外からだ。それもかなり近い。
俺は安らかな顔で寝息を立てている彼女を起こさないようにそっと、ベッドを発ちそのまま忍び足で玄関まで足を運び、ドアを開けた。
そして――――
「きゃっきゃっきゃ、やっぱり水の中が一番楽ちいなっ!」
信じられないものをみた。
庭に備えつけられた小さな丸池。
遥ができれば欲しいと言っていたから、“笑う鎮魂歌”経由でヤルダの皆さんに頼んで作ってもらったその池の中心で、幼女が泳いでいたのだ。
幼女。それも並大抵の幼女ではない。
背丈はギリギリ百センチに届くかどうか。
褐色の肌に、水色に煌めくポニーテール。
そして角やら尻尾らしきものが見え隠れするものの、大枠で捉えてしまえば全裸だ。
全裸の幼女が人様のお家の前で、ジタバタと泳いでいる。
「えっと、君は一体?」
「んっ? おおっ、ワチしっとるぞ、お前さんのことしっとるぞ! 清水凶一郎じゃろ! ご主人様を通してみとったから、ようしっとる!」
「オーケー。もう一度尋ねるぜお嬢ちゃん? 君はどこの誰で、何故こんなところで泳いでるんだい?」
きゃっきゃっきゃと褐色の幼女は、笑う。
神秘的な紫色の瞳。首元には大蛇を象ったような紋様が描かれていて、歯は人間のものとは思えない程に鋭い。
少女は言った。
己が何者であるか。
誰のものであるかを。
きゃっきゃっきゃと笑いながら、
「ワチか? ワチはレヴィアタンじゃ! ちょっと前までは魔王やっとったが、今は故あってご主人様の良きパートナーじゃ! お前さんはご主人様の大事な人みたいだから、特別にワチの事をレヴィアちゃんと呼んでよいぞ!」
そんな事を、言ったのだった。
―――――――――――――――――――――
・8月前半の更新予定
8月10日木曜日(通常更新)
8月13日日曜日(通常更新)
8月17日木曜日(午前0時更新&第3巻発売日&TTC完結予定)
となっております! 皆様よろしくお願い致します!
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