第二百四十二話 The third confession その10




◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第四中間点



 翌日、ヒイロさんとの再びの打ち合わせを終えた俺達は黄さんのいる第四中間点へと向かった。


 第四中間点は元々黄さん率いる中道派の根城であり、彼の思想を是としたバランサーの人々が細々と活動している(無論これは劇団笑う鎮魂歌による壮大な茶番劇上での役割だったわけなのだが)というのも今は昔。


 街の景色を見渡すと至る所でプルプルさん達がワーワーキャーキャー言いながら家屋を建て、道を舗装し、なんというかすっかり「開発中」といった様相である。


 『亡霊戦士』が去り、最終階層守護者オリュンポスが討たれた『天城』の街は今、過渡期にある。

 攻略組の陰謀渦巻く街から、労働者組がより快適に働ける明るい街へ。

 ヒイロさん達“笑う鎮魂歌”だけじゃない。この街全体が新しい未来へ向けて大きな一歩を踏み出していた。


 

「おー! なんか第一中間点とは違う感じの賑やかさだ―!」


 ヒイロさんから頂いた試作品の逆さ城オリュンポスまんじゅうをほおばりながら、工具の音で賑わう街を観察する恒星系。


 昨日とは打って変わってのカジュアル系の秋コーデ。センタープレス入りのワイドデニムが滅茶苦茶様になっててカッコいい。


 オシャレと言えばナラカの奴も相当だが、あいつと遥とでは好む美しさのベクトルがまるで違う。


 良いところのお嬢様であるあのドラゴン娘がハイブランドを正義とする一方、ウチの遥さんは値段やブランド価値より自分に合うかどうかを重視する。


 だからナラカはいつだって華やかだし、遥さんは常に自然体だ。

 俺? 俺はジャージとトレーナーシャツだよ。後シルバーのアクセサリーとかも好きだぜ! まぁ最近は遥に服選んでもらってるから、ダセェってことはないだろガハハ!



「良く言えばちゃんと中学生だよね、凶さんって」

「感性がナウいって意味か?」

「……うん、そゆことにしといてあげる」



 何故か遠い目をした恒星系にポンっと優しく肩を叩かれてしまった。その視線が生温かく感じたのは、果たして俺の気のせいという事で良いのだろうか。



 閑話休題。

 さて、仕事の合間の自由な時間デートタイムを使ってまで俺達がこの四番目の街を訪れたのには小さな理由がある。


 そう、小さな理由だ。大した理由じゃない。

 俺達は、この場所でしか買う事の出来ない特別なお土産を買いに来たのだ。



「どうも、清水さん」



 詩人は相変わらず路上で自作のポエムを売っていた。


 “笑う鎮魂歌”の副クランマスターであると同時に、クランの実質的な参謀長ブレーンであらせられる御方とは思えない見事な擬態である。



「誤解しないで頂きたい。僕の本業は言葉売りこっちですから。冒険者家業はあくまで創作活動を上手くやっていく為の資金作りの一環です」

「つまり“笑う鎮魂歌”での黄さんは、仮面ペルソナに過ぎないと?」

「あそこはあそこで悪くはないんですけどね。でも本当の僕は言葉を売る芸術家アーティストなんです」



 そう語る自称アーティストの言葉さくひんに視線を移す。



蛙化かえるかと、ほざき散らかす君の顔。まるでガマガエルみたいで笑えるね』



『絶対なんて絶対ないと人は言うけれど、君と君の推しが結ばれる可能性だけは絶対ないよ』



『多様性、獣人族は含まれません。これが本当のノケモノフレンズ』



 相変わらず、ひっでー内容だった。一体何を食ったらここまで捻くれた発想が出て来るのだろうか。割りと真面目にこの人の頭の中が気になるところである。



「お陰さまで色々と貴重な経験をさせて頂きましたからね」

「その経験を生かして出来上がったのが、この新作達だと?」

「はい。良く出来ているでしょう?」

「……ははっ」


 また随分と反応に困る事を言いなさる。

 論破系ってわけでもないんだよなぁ。他人を言いくるめて悦に浸る為に書いているというよりは、口で言えない言葉を文字に書く事で消費してる感じ? 便所の落書きというか、匿名掲示板の痛いノリをリアルに持ち込んじゃった系というか……。


「呟きサイトとかに投稿したら、一部の人達にカルト的な人気が出そうな作風ですね!」

「あぁ、それだ」



 一見褒めてる風だけど、ものすごく的確に捉えている。流石は遥さん。物事を単純に捉えるのが非常に上手い。



「流石は清水さんの奥様。噂はかねがね聞いておりましたが、まさか芸術アートへの理解も深いとは。いやはや、このファン山鸡シェンチーお見それいたしました」

「っ! はいっ! 妻ですっ! 清水遥ですっ!」



 ぶんぶんと、首を縦に振りながら、露天ポエマーと固い握手を交わす恒星系。


 違うでしょ、あなた蒼乃遥でしょ……という正論パンチも今回ばかりはかます事はできない。


 この旅は、延期になった“婚前婚”の埋め合わせとして企画したものなのだ。だから一生の思い出になるあの重大ビッグイベントに負けないくらい彼女を満足させてやらないと男がすたるってもんだろ。



「そうっすね」


 だから俺は顔を沸騰させながら、隣の彼女を引き寄せて――――



「出来る年になったら籍を入れるつもりなんで、まぁその……その通りっす」

「にゃーっ♪」



 その時、抱きつく彼女の髪をセットが崩れないはんいであやしながら、俺は思ったのだ。


 あぁ、やってんなと。やってる事が完全に恋愛ピンク脳のソレじゃないか。見てみろよ黄さんの顔を。まるで氷細工みたいに冷えっ冷えだ。分かる、分かるぜ同士ブラザー。人前でいちゃつくカップルなんて歩く公害と何ら変わらんもんな。信じられないかもしれないが、俺もアンタと同じ疎ましく思う側の人間だったんだ。なのにいつからだ? いつから俺はこうなっちまったんだ? 俺は何も変わっていない筈なのに、俺を見る周りの目だけが変わっちまったんだとそんな風に心の中でクソみたいな言い訳を並べながら本題へと入る。




「今日は言葉売りの黄さんに会いに来ました」

「成る程。要するに一回り以上も年が離れているにもかかわらず妻子どころか特定のパートナーもいないこの僕を馬鹿にしに来たとそういう事ですね。流石は清水さん、良い趣味をお持ちだ」

「全然違いますっ、どうしたらそんなねじ曲がった発想が出てくるんっすか!?」

「目の前でそんな発情期ラブラブされたら、僕のような日陰者タイプはみんな貴方達のような色情狂魔パリピに殺意を抱くんです。勉強になりましたね、清水さん」



 埒が明かなかった。完全にひねくれモードな言葉売り。悪い事をしたなと反省心が芽生える半面、黄さんと遥を天秤にかけたらそりゃあ愛しの彼女を優先したい自分がいるのも確かなわけで、くそ、めんどくさっ。俺はアンタを傷つけるつもりなんて毛頭サラサラないっていうのによぉ!



「あの、黄先生……ってお呼びしても良いですか?」

「えっ、アッハイ」



 ――――救世主は俺の懐からやってきた。

 こじれた男同士の言い合いに華のように可憐な彼女が加わる事によって、話が一気に纏まり始める。



「実はですねー、今ウチのユピちゃんがちょっと元気ないんですよー。だからあの子が嬉しい気持ちになれる物をプレゼントしたいなと思いまして」

「……それが僕の“言葉達ポエムス”だと」

「はいっ! ユピちゃん、黄先生の大ファンなんですよ! 自分のお部屋に黄先生の作品を飾ってるくらい、大事にしてるんですっ!」



 遥の言った事は全て本当だ。


 まずユピテルが不調である事。


 別に熱が出たわけでも怪我をしたわけでもなく、アルに診てもらっても「まぁ特別害になるような因子ものは見つかりませんね」との事なので、健康状態自体は良好そのものなのだが、何て言えばいいんだろう、虚達と遊びに行って帰ってきた辺りから、妙にボーっとしてるんだよな、アイツ。


 「配膳ロボットが触手キメラ」とか「メスガキ探偵」なんて意味深ワードをブツブツつぶやいたかと思えば、しまいには「弟子が老神ジジイ尻穴シリアス」とかワケの分からない事言い出して。

 

 これはちょっとやべぇなと思ったから、虚の方に問い合わせてみたら彼は彼で


「心当たり的なものは全然ないんっすけど、俺も何故かお爺さんの尻穴シリアスに自分の頭を挿入インする悪夢ユメを頻繁に見ていて……」


 なんて夢見がちな供述を繰り返すばかり。


 そんな元気なのか元気じゃないのか良く分からないユピテルを間近で見てしまった俺達は、少しでもチビちゃんを喜ばせる事が出来ればなと思い、相談の末この小さなプレゼント作戦を思いついたのだ(同じく元気のない虚には秘蔵のお宝コレクションを渡しておいた。スゲー喜んでた)。



 とはいってもただ彼女が喜ぶものをあげればいいというものでもない。そりゃあコンビニで買える魔法のカードデジタルギフトカードを渡せば奴は猿みたいに喜ぶだろうさ。


 だけどそれは色々な意味でユピテルの教育によろしくない影響を与える気がして――――ほら、これに味をしめて「病気のフリすれば、魔法のカードを買ってもらえるゼ、ウキャキャ」てな具合に悪知恵を働かせられても困るじゃん?


 だからそれ以外でユピテルが喜びそうなものってなった時に白羽の矢が立ったのが黄さんの下ネタポエムだったわけよ。



 一部の感性センスが小学校の低学年男子みたいな我等がチビちゃんにとって、黄さんの書くあのしょうもない下ネタポエムは非常に刺さったものであるらしく、呼び方も一人だけ“詩人先生”である。


 彼と初めてあった時に俺が無理やり買わされたあの『もっこりカーニバル』は、ユピテル曰く「近代アートの最高けっさく!」らしく一時期は、自分の部屋のドアにデカデカと『もっこりカーニバル』と飾り付けたところを運悪く姉さんに見つかり淡々と怒られていた。



 本当に今更であるが、清水ユピテルは幼稚な下ネタが大好きなのである。




「そういうわけで、何かあの子の気に入りそうな“言葉”がありましたら、是非とも買わせて頂きたいなと思っているんですが……どうですかね、黄さん?」

「ふむ。そういう事なら喜んで協力させて頂きましょう。このこのファン山鸡シェンチー、自分のファンの為ならば言葉を惜しみません」



 そう言ってすっかり気を良くした詩人先生は、自称「言葉売り人生の有頂天クライマックス」らしい大傑作の書かれた色紙を俺達に披露してくれた。


 その衝撃的な内容がこちらである。




『パチンコの

  ハの字を取ったら

  ○チンコだよ

         ふぁん』




「……………………」

「……………………」



 筆舌に尽くしがたいとはまさにこの事だ。


 およそ芸術的素養のない俺からしてみれば、この“言葉”はただの「小学生の男子が言いそうな事あるある」にしか見えないのだが、実際はなにか高尚なメタファーやらアイロニーやらが含まれているのだろうか。隣の遥さんを見やる。彼女は微笑んでいた。微笑んだまま固まっていた。



「どうです、生命賛歌とレトリックに富んだ名文でしょう」

「……はい。きっとユピテルは気にいると思います」



 感想を求められても困るので、俺はすぐにこのクソみたいなポエムを買う事にした。

 アートのような正解のない媒体に対して評価を下すのは難しい。ただ、俺には合わなくてもチビちゃんは大喜びするだろうなという確信じみた予測だけを信じて俺は詩人先生に一万円札を渡したのである。



「でも、幾らなんでも高すぎやしませんか?」



 俺の最もな問いかけに黄さんは、今日一番の笑顔で応える。



「良いじゃないですか。河原者パフォーマーへの投資だと思って下さい。いずれ私が世界的に有名な言葉売りになった暁には、その品も千倍以上の値段で取引される事でしょうから」


 何たる自信。


 だが言葉売りとしては兎も角、“笑う鎮魂歌”のサブオーナーとしての黄さんは滅茶苦茶優秀な人なので「そういう部分を買った」という事にしておこう。なんか不用意にイチャついて、嫌な思いをさせてしまったみたいだし、……ほんと、早くヒイロさんと良い感じになってくれるとありがたいのだけれど。



「あぁ、そういえば清水さん」



 そうして一通りやる事も終えて、ポエム片手に黄さんの露店を立ち去ろうとした帰り際、



「第二中間点の“墓地”の方へはいかれましたか?」



 彼はただのファン山鸡シェンチーとして、こう告げたのだ。



「もしよろしければ顔を出してあげて下さい。おじさん達、きっと喜ぶでしょうから」




―――――――――――――――――――――――




・チュートリアルが始まる前に 第三巻 8月17日(木曜日)発売です!

 それに伴いましてX(ツイッター)やあとがき、近況ノート等で色々と情報をお伝えさせて頂きますが、まずは先日公開された三巻の表紙をX(ツイッター)の方に上げさせて頂きましたので、是非そちらをご覧いただけますと幸いです!


 二刀流凶一郎と覚醒チビちゃん、そして謎の銀髪メイドさんが目印です!


 











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