第二百四十一話 The third confession その9





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・コロッセオ・仮想空間・ステージ・闘技場




 シミュレーションバトルの最たる利点は、言うまでもなく何も気にしなくて良いという手軽さにある。


 どれだけ派手な術式をぶちかましてもいいし、派手に武器を壊しても何ら問題はない。


 誰も死なない。何も傷つかない。だから誰もが全力で戦う事ができる素晴らしいシステム。

 


「なぁ、遥」

「んー?」


 見上げれば恒星系。ピッチピチの太ももを贅沢に枕代わりに使わせてくれて、おまけになでなでの思いつきだ。



「その……さ」

「んー」



 歓声が聞こえる。コロッセオに集まった鎮魂歌の皆さんのアバターから響く賞賛と感謝の声は、恥ずかしさよりも心地よさが上回る位に熱心で温かかった。


 青い空。喜ぶ観衆。手入れの行き届いた仮想世界の闘技場に戦いの痕跡は既になく、ただ下半身を失った男と、その男を膝枕で支える可愛いパートナーの姿だけが中心にあった。



「……お前、なんであの状況から勝てんの?」



 いや、流石におかしいだろって話ですよ。

 相手の攻撃を全て吸収して反射する天敵術式が万全の状態で作動していて、十三次元の神威やら巨大なドラゴンやらが襲いかかり、俺は遥自身の攻撃力に加えてアホみたいに高まった敏捷性を更に《時間加速》で高めたのだ。


 普通、詰みだろ! いや、詰まないまでも大分ダメージ喰らうとか新しい能力使うとか、色々、本当に色々合ったでしょうに!




「おかしくない? ていうか、ズルくない? 刀一発ぶるんと振って全部斬滅ブッキルエンドとか、流石の俺ちゃんも想定外よ」



 操作の覚束ない身体を懸命に動かしながら周囲を眺める。

 既に下半身はどこにもなかった。どうやらオブジェクト扱いをされてシステム側に「お掃除」されちまったらしい。



「まぁなんだろ。愛の力って奴だね。凶さんがあれだけすごくてカッコいい事してくれたんだから、あたしだって頑張らなきゃって思ったわけですよ」

「そうだな、頑張るのは良い事だな」



 その結果が、自分の限界を更に越えて結界ごと俺を叩き切るってんだから大したもんですよ。いや、本当。あそこまでやってワンパンなら、五週ぐらい周って清々しい気分だわ。



「やっぱつえーよ、お前」

「そっちこそ」


 遥がはにかむ。



「ちょっとだけ感想戦ピロートークやってい?」

「俺下半身ないんだけど」

「そこはシミュレーションなんだし、退場デスペナ設定止めればいいじゃん」



 それもそうかと思い、仮想空間の空に向かって「延長」を申請する。



「オーケー。俺の下半身が生えてこない事を除けばもう大丈夫だよ」

「ありがと。じゃあ、そのままで」


 遥の右手が優しく俺の手を撫でた。


「すごかった。本当にすごかったよ、凶さん。いや、もうヤバかった。こんなにヤバいと思ったのは久しぶりだ」

「遥さん、語彙がぶっ飛んでます」


 ちゅっと彼女の唇が俺の頬に触れる。


「エッチなやつは、みんなの見てないところでね」


 この時ほど下半身がどこかにぶっ飛んでて良かったなと思った事はなかった。


 いくらバーチャル空間とはいえ、組織のトップが観客の目の前で「元気」になるわけにはいかないもんな。

 ほんと、自分の童貞性ウブさが嫌になるぜ。未だに遥さんの胸がぽよんと揺れただけでウホウホ言いだすからな下半身アイツ



「まずさまずさ」

「なにさなにさ」


 瞳をきらりと輝かせた遥がいの一番に触れたのは、新戦術の要である天啓<外来天敵>について。

 どうやら彼女、アレが相当お気に召したらしい。


「あの粒子さんヤバいね。何でもアリじゃんっ」



 術式付与エンチャント物質形成ウェポナイズ浮遊力場ウィング情報解析アナライズ法則創造ジェネレイド――――さっきの戦闘で使った用途プランだけを切り取って見てもこの多面性。

 なぁ信じられるか? これだけの欲張りセットが、本家と比べると下方修正ナーフ版になるんだぜ。荷電した粒子を亜光速領域で加速させて原子崩壊ビーム撃ったり、粒子をもう一人の自分に見立てて分裂したりと兎に角やりたい放題だった原作版と比べると、<外来天敵>版はこれでもかなりマイルドな方なのだ。


 何よりも、



「あの粒子さん、アレでまだ本気じゃなかったんでしょ?」


 遥の指摘は正しい。まぁより厳密に言うならば、「本気を出していなかった」というよりも「本領を発揮できなかった」ってな具合の感じだったのだが。


「主にどっかの誰かさんのバカつよ耐性のせいでな」

「レヴィアちゃんいなかったら多分詰んでたよー。あの子達がひっつく度に“うわ、ヤバッ!”ってゾワゾワ来たもん」



 それは派手な術式の撃ち合いの裏で行われていたもう一つの戦いである。


 テュポーンVSレヴィアタン


 神話の枠を越えた怪物達の攻防は、この結果が示す通り女帝側の勝利で終わった。

 まぁ結果に関して異存はない。片や稀代の贋作創神主カウンターフィターによって作られた“最期の偽神ラストシリーズ”、片や二柱の超神アルテマによって造られた“真なる究極生物アルテマウエポン


 亜神級最上位スプレマシーという規格内での戦いならば、そりゃあ十中八九レヴィアタンが勝つだろうなと俺は思っていたし、恐らく赤粒子もそう結論付けていた筈だ(じゃなきゃ【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】が「吸収」と「反射」の法則として発現しないだろうし。……いや、ほんと赤粒子の弱点解析力ヤバいわ。歴史上唯一人の身で嫉妬之女帝レヴィアタンを討ち取った遥の攻撃力を利用するって、これ以上確実なレヴィアタンの攻略方法なんてないでしょうよ)。



「【壱式アレ】、多分あたし以外だとハーロットさんとおじ様くらいしか防げないよ」

「いや、花音さんならギリ耐えられると思うよ」

「……そうなの?」

「天啓とか諸々込みでって話になるけど、こと防御力に関しちゃ、多分嫉妬之女帝レヴィアタンと競るぜ、あの子」

「……ふぅん、……ふぅんっ!」


 あっと言い終えてから気づくも後の祭り。


 遥さんのほっぺはすっかり膨れていた。風船のようにパンパンである。


「いや別にだからどうだって話じゃないぞ。あくまでこれは公平かつ公正に性能面をジャッジした上での話で俺が愛しているのは今までもこれからも唯一人はーたん……むぐっ!」



 エッチなキスをされてしまった。それも基本的にベッドの上推奨なとてもエッチなやつだ。


 そうだ、と思いだす。ここ最近ずっと二人っきりでイチャイチャラブラブだったから忘れていたが、遥は何故か花音さんに当たりが強いというか、やたら対抗意識を燃やしてるんだった。


「(まずい……。折角ここまで上手くいっていたのに、俺のポカのせいでハルゴンがジェラシックワールドに……!)」



 しかし、しかしである。


「……もうっ。浮気性な旦那様だことっ! これからは他の女の子のこと褒める度にいっぱいキスしちゃいますからねっ!」



 驚くべき事にそうはならなかったのだ。


 遥は怒っていない。いや、むくれてはいるのだが、それはどこか茶目っ気のある可愛らしい怒り方で、黒いオーラを発したりだとか、周りを委縮させるような圧のある笑みを浮かべるといった例のアレとは程遠い、そう、(人前でエッチなキスをする事が常識的なのかという問題にさえ目を瞑れば)とても常識的な対応だったのだ。



「その、すごく変な質問なんだけどさ」

「なにさなにさ」

「花音さんを模擬戦でサイコロステーキにしたりとか、桜花湾に沈めたりとかしない……?」

「――――凶さん何言ってんの?」



 そして続く恒星系の言葉に、


「花音ちゃんはウチのメンバーでしょ? そりゃあ凶さんがあたし以外の子を褒めてるところなんて面白くないけどさ、だからって何の罪もない花音ちゃんを責めるのはお門違いってもんだよ」



 ――――耳を疑ってしまった。



「だから花音ちゃんに限らず他の子の事褒めても許してあげますよ、えぇ許しますとも。その分いっぱい特権キスすればいいだけだから」

「遥、お前」

「まぁ、あたしもねあのダンジョンで色々経験して少し大人になったんですよ。……だからもう、大丈夫だよ。凶さんがちょっとくらい女の子と仲良くしてるくらいで暴れ出したりしないから」



 どれ程の言葉を唄えば、この気持ちを正しく伝える事が出来るだろうか。

 一時期はあれ程までに荒んでいた遥が、こんなにもしっかりと落ち着いていて……あぁ。



「ありがとう。なんていうか、そう言ってくれるだけですっげー嬉しい。俺もお前を出来る限り不安にさせないように頑張るからさ」

「君は頑張り過ぎてるくらい頑張ってるからそのままで良いんだよ。……むしろ」

「?」

「ううん。ごめんごめん。話逸れちゃったね。さっきの話の続きしよっか」

「? あぁ」

「でさでさ、あのスキル――――」



 弾む会話を楽しみながら、俺達は感想戦を進めていく。


 強者との模擬戦において何よりも重要なのがこのフィードバックの時間だ。

 何故自分は負けたのか? あの時相手はどんな事を考えていたのか?

 「遥が強くて、俺が弱いから」の一言で片付けといたらそりゃあ楽よ? 

 けど俺みたいな怠け者は、ンな事やってるといつまで経っても現状維持そのままだからな。


 負けた理由を言語化して、勝者の何が優れていたのかも言語化する。


 兎にも角にも言語化だ。溢れ出る悔しさを燃料にくべて、俺はまだまだ強くなる。



「逆に今日負けて良かったよ。変にラッキーパンチで勝ってたら、自分の実力勘違いしてたところだった」

「とか何とか言って―、本当は超絶悔しいくせにー」

「あぁ、そうだよ。超絶悔しいよ。だから次はぜってー負けねェし、ていうか勝つし」

「いーや、次もあたしが勝つね」

「言ってろ」

「えぇ言わせて頂きますとも。次もあたしが勝つし、君の事愛してる」

「……俺だってその、愛してるし」



 くしゃくしゃ、と頭を撫でられた。


「そういうところがさ、好きなんですよ、あたしは」

「どういうところよ?」

「あたしの強さを受け入れてくれて、その上でちゃんと悔しがって頑張ってくれるところ」

「んなもん当たり前だろ」



 見上げた先で笑う俺だけの恒星に向かって吠えてやる。

 負け犬らしくワンワンと。


「誰の彼氏やってると思ってるんだ。蒼乃遥の彼氏だぜ? お前の強さに脳汁ドーパミン垂れ流しながら、俺もやるぜくらいの気概見せなきゃ務まらねぇだろこの妖怪インフレお化け」

「もう、言い方っ!」

「脳筋パワーで異能全般ブッ殺しウーマンでもいいぜ!」

「そんな悪い事言ういけないお口は、こうだっ!」



 そんな風にして楽しい時間は矢のような勢いで過ぎていく。



 誰かに見られてるのなんて最早お構いなしだった。





―――――――――――――――――――――――



・遥さんの眷族神としての権能

 ──司る時間は刹那。

 ──司る因果は不可逆。


 刹那の権能は、一瞬の時間のコピー&ペースト。任意発動型で、一つの斬撃を千発同時多重発動したり、それらを一つに纏めて一撃の威力を千倍に高めたりできる程度の能力。時間の複製倍率はその時の遥さんのテンション次第。


 不可逆の権能は、ダメージの再生無効。基本的に遥さんに斬られた物体は治らない。ただし不死性の百貨店のようなハーロット陛下や、人智を越えたやり方でこれを克服した不滅のレヴィアタンなど肉体と時間遡行、そして今なら概念系以外のリカバリー方法ならば治癒復活は可能。早い話、聖女がその気になったら治せる。


 また、時の女神の眷族神なので時間及び因果関連の攻撃は本家本元である邪神以外は全て無効――――どころか、神罰が発生する。


 流石に存在そのものを奪われたりという事はないが、撃たれたスキルは相手の時間&因果耐性を無視して百パーセント反射される。これは真神級であっても例外ではない。



Q:ゴリラは何フェチですか?

A:腋フェチです!

















 









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