第二百三十話 あるけユピテル そのゴッ!
◆
「なに? つまりアンタは」
火龍の少女がドスを利かせたような声で言った。
「あれだけ偉そうなこと言ってた癖に自分は目当ての獲物に逃げられたってわけだ。それで憂さ晴らしに
怒り。嘲り。そして挑発。
それは、とてもメスガキ臭い煽りだった。
今にも「ザ―コザ―コ」とか言いだしそうな勢いじゃな、とユピテルは心の中で感心を覚えた程である。
色々あってすっかり大人になってしまったが、それでも彼女がこれまでの人生で培ってきたメスガキ
「あぁ、ごめんなさい。貴女にはアレが煽りに聞こえたのね」
そしてこっちのメスガキは、相変わらず何を言ってるのかさっぱりピーちゃんである。
「でもそれは、大きな勘違いよ火荊ナラカ。だって良く考えてごらんなさいな。仮に私が貴女の言うように“憂さ晴らし”をしていたとして、それでこちら側に何の
蕃神坂愛否。
その超然とした佇まいと、理解の追いつかない異能からはるか格上の存在である事は間違いないのだが、しかしそれはそれとして、ユピテルの無垢な瞳には彼女の姿が理屈肌のメスガキに視えたのである。
「ただ単純に、必要だからそうしたの。――――“
「コミュニケーション? 知識をひけらかして、得意気に長台詞を吐く事が本気で対話だと思ってんなら、とんだ勘違いよ探偵さん。アンタはただ性格が悪くて知ったかぶってるだけの嫌な女よ。身の程を弁えればぁ?」
「知識をひけらかして一々台詞が長いのは、私が“探偵”だからよ。違う“私”の時は、こうじゃないわ。今の私は
メスガキとは、生き様なのだ。
背丈とか、強さとか、ましてや実年齢などで測れるものではなく、いわば魂で感じるモノ!
その点でいえば、目の前でやいのやいのと意味があるんだかないんだか良く分からない不毛な言い争いをしている二人は、どっちも等しくメスガキだった。
「(お子様ランチくいてェ)」
そしてメスでも何でもないただの
「私の事をメスガキ扱いするのは全くもって構わないけれど、今注文を入れるのはお止めなさいな、清水ユピテル。とても面倒な事になるわよ」
咎めるというよりは、警告だった。
「あぁ、誤解しないでちょうだい。別にテーブルマナーとかモラルを説いているわけじゃないの。そうではなくて、これはタイミングの問題なの」
「たいみんぐ?」
「そう。今この場で私達以外の誰かに呼びかけることで発動する『イベント』のようなもの。貴女の大好きなゲームで例えるならば、話しかけると強制的にバトルが始まるようなそんな“シチュエーション”がこの場を支配しているの」
「? ワタシ達がちょっかいかけると、店員さん達が襲いかかってくるってこと?」
「概ねそんなところよ。だから悪いけど、もう少しだけ待っていてちょうだいな」
代わりに、とメスガキ二号が自前の三段トレイからホワイトチョコレートでコーティングされたドーナッツを小皿に取り分けてくれた。
もしかしたら割と良い奴なのかもしれないと、もらったドーナッツをもぐもぐしながら、ユピテルは弟子の方へと視線を向ける。
「…………」
虚はさっきからダンマリだった。
心ここにあらずといった様子で、口に手を抑えながらとても難しそうな表情をしている。
「話を進めるわ」
探偵は言った。
「火荊ナラカの言葉を借りるところの“無様な失敗をした私”が、何故貴女達と仲良くお喋りをしているのか? 答えは簡単よ。失敗したから話しているの。……いえ、むしろ、今この状況こそがメインプランと言っても良い位。だって、アレの
そして現に私は失敗したと、何ら気後れすることなく水晶の瞳の令嬢は認め、
「だから違う形で“運命の転輪”を回す事にしたの」
「ワタシ達とソフィちゃんを戦わせようとしてるの?」
友達同士で、争い合うのは嫌じゃ、とユピテルは思った。
「そうではないわ、そうではないのよ、清水ユピテル。というかそもそも、私がここで「そうしろ」と言ったら、貴女達は素直に従ってくれるの?」
「はぁ? ざけんじゃないわよ。アンタみたいなひけらかし屋の言いなりなんて死んでもゴメンだわ」
「ふつうに
「寸分狂わず予想通りの解答をありがとう。まぁ、つまりそういう事よ。別に無理に争わせたいわけじゃないの」
「でも、バンシンザカは無理やりそういうことさせそう」
ユピテルの素朴な疑問に対し、探偵は何故か今日一番の笑顔で答えた。
「えぇ。やろうと思えば出来るわよ。洗脳やら催眠やらのその類は確かに『
「うっわ。最低」
「メスガキは、かけられる側じゃろがい」
ユピテルの奔放な発言に、ばんしんざかは薄い笑みを浮かべるばかりで突っ込んではくれなかった。こういう時は、ゴリラがやいのやいの言ってくれたり、弟子が更に乗っかってくれるのがお決まりなのだが、ここにゴリラはいないし、虚はだんまりだ。
ユピテルは、ちょっとだけ寂しくなった。
「だけどやらないわ。特に貴女達のような子を相手取って
「どゆこと?」
「運命を手繰る者は、それ故に
さっぱり分からなかった。
「もっと分かりやすい説明プリーズ」
「エッチな同人誌とかに良く出て来る催眠【とてもお下品な言葉】おじさんとかいるでしょ?」
「
「あぁいう事を
とても分かりやすかった!
すっごく理解出来た!
「だから私は、正々堂々真正面から貴女達を支援する。それが一番、合理的だから」
「なんかくれるの?」
お金くれたらいいなと、思いながら少女が尋ねると、探偵は「もっと良いものよ」と笑って答えた。
「具体的には“救世主”に対する耐性を貴女達に与えるわ。
知らない言葉がいっぱい出てきてさっぱりぴーちゃんだったが、要するになんか力をくれるらしい。
「それがあると何ができるの、バンシンザカ?」
「アレを正しく認識できるようになる。間違っているなと思えば、間違っていると思えるし、自分の意志で敵にも味方にもなれる。
「今はちがうの?」
「残念ながらね」
ユピテルは考えた。
もしかしたら嘘かもしれない。
上手い事だまくらかして、ワタシ達を良いように利用しているのかもしれない。
窓の外を見る。
闇に覆われた世界。降り注ぐ赤い流星群。
ピンク色の触手に覆われた巨人達が、ズンドコズンドコ躍っている。
「一個だけ質問いい?」
「どうぞ」
「
「
自分だけがこの景色を視えている。
そして精霊は契約に対して、誠実でなければならない。
であれば……
「タダなら貰ってやってもいい」
「ちょっとおチビさん!?」
考えた上での結論だった。
「別にソフィちゃんと敵対したいわけじゃない。でも、バンシンザカの言うようにソフィちゃんを
別にソフィだからというわけではなかった。
多分、ゴリラにそういう力があったとしても、自分はこの選択肢を選んでいたと思う。
色々と不自由なこの世界で、友達くらいは自分の意志で選びたいものだし、何より
「ソフィちゃんが可哀想。みんながソフィちゃんを肯定する世界なんて、そんなの誰もソフィちゃんを見てないのと一緒よ」
六月の終わり、あの約束の花園で少女は家族の手を取りながら誓ったのだ。
困っている子がいたら一緒に困ろうと。
笑ってくれたら一緒に笑おうと。
人知れず泣いてる誰かと友達になって大きな輪っかを作るのだと。
そう誓ったのだ。
だから強制的に友達にさせられるというのは、絶対に違う。
少女にとっての自由とは、歩きたくなければ三輪車に乗り、たとえどれだけ世間的に賞賛されようともゴリラと思う相手を気の向くままにゴリラと呼ぶ事にあった。
「言っとくけど、お金は払えんゾ。後ついでに最強のガチャ運とか付与してくれると嬉しい」
おっぱいは呆れたような溜息をつき、弟子は少しだけ寂しそうに微笑み、探偵は小さく手を叩いて喜んだ。
「いつか清水凶一郎でも、蒼乃遥ですらも太刀打ちできなくなる局面が必ず来るわ」
それは予言であり、神託だった。
「“救世主”と『■■■■■』は、早過ぎる邂逅を果たし、世界は正しき英雄の登場を待たずして彼女に“救われる”」
“全知性体殺人事件”――――先の会話の流れの中で、探偵が言った言葉を頭の中で反芻しながらユピテルは考える。
「貴女達が止めなさい。曇りのない瞳で、正しく彼女を見定めて」
……いつの間にか、シリアス時空に迷い込んでしまった!
――――――――――――――――――――――
・取り戻せ
①
②
③
④
これで今日から君も立派なユピテル語マスターだ!
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