第二百二十九話 あるけユピテル! そのヨンッ!
◆大手ファミリーレストランチェーン店・『ゴスト』桜花四号店
かつてダンジョン『嫉妬』攻略の折りに蒼乃遥は、四季蓮華と出会った。
五大クランの一角“
彼女との出会いは
そんな“桜花最強”と現“
昼下がりの飲食店。仲間と語り合っていたら急に声をかけられて。
「
そして役割はそのままに、配役だけを変えた同じシチュエーションの舞台が幕を開ける。
無論、偶然ではない。それは、
「なに、アンタ?」
「えーっと、新手のナンパっすか、お嬢さん」
ナラカは眉を潜め、虚は阿呆な事を言いながらも警戒心を強めている。
正しい反応だ。彼女を見知らぬ来訪者として捉えるならば、彼等二人の反応は至極自然なものである。
「…………」
銀髪の少女だけが、違う反応を示した。
「(しってる)」
そう。ユピテルは知っている。
彼女が清水の姓を受ける前、古巣である“燃える冰剣”にいた頃。
どうでもいい事で、少女を脅かす
あのジェームズ・シラードをして苦手だと言わしめた本物の
桜花の顔役にして、異能者達を統べる親玉。そして、警察組織を実質的に統べる者。その名は――――。
「初めまして、こんにちわ、そしてごきげんよう。クラン“
スカートをたくし上げ、恭しく礼をする来訪者。
桜花五大クランが一角“
高貴さと退廃性を両立させた黒のドレスに身を包み、髪は丹念に纏め上げられたツーサイドアップ。
そして彼女は、青色だった。瞳が、髪が、手に持った日傘や、五体に散りばめられた無数のアクセサリーに至るまで、その全てに寒色系統の色身が施されている。
ユピテルは似たような趣味の女を知っている。
遥だ。
アレもまた、“あお”に強い拘りを持っていた。
だが、蒼乃遥が空や海を連想させるような明るい蒼色を好むのに対し、蕃神坂愛否の統べる青色は、水晶や氷河を彷彿とさせるような、
「大丈夫。安心して。
――――透明な、青。
「なにアンタ、いきなり出て来て厨二病とか、痛すぎて見てられないんだけど」
「理解の範疇に及ばないものを、安いマジックワードで
気がつくと、水晶の令嬢はユピテルの隣に座っていた。
テーブルにはつい先程まで影も形もなかったティーセットと、カラフルなマカロンの山。
誰も見ていない。ユピテルはおろか、ナラカも、虚でさえも認識する事さえ出来なかったのだ。
「(――――先程まで少し離れた場所で日傘片手にに佇んでいた水晶女が)」
「(――――俺達に全く気づかせずに、西の茶器と菓子を広げて寛いでいる?)」
火龍の少女と、白虎の暗殺者。
先の天城決戦においても目覚ましい活躍を遂げた二人を相手取り、理解する事さえさせずに手玉に取った。
その異常性を誇りもせず、それどころか言及すらしないままに、水晶の令嬢は滔々と口を動かし語っていく。
「折角
「っ!? なっ――――」
「……あぁ、成る程。そのモブらしい挙動で確信したわ。アナタ、
探偵が
ハンバーグ、ステーキ、ポテトにグラタン。
四方八方から漂うその香り達は、いずれもユピテルの好物ばかりであり、こんな状況にも関わらず何だかお腹が空いてきてしまった。
時間帯を考えれば十分に盛況な店内を埋める顧客達が、
甲高い声でおしゃべりに花を咲かせる四人の女学生。人生の晩秋を心から謳歌しているのだと表情を見るだけで分かる程に幸せそうな老人のカップル。
右奥の座席に座っている二人組のお姉さん達が清々しい程のドヤ顔で語っている。
「男って名乗れるのはさー、やっぱ年収一千万越えてからだよねぇ」
「分かるぅ。後、どれだけ忙しくても家事はやって当たり前っていうかぁ、働くのがお前らの使命だろって感じ」
ユピテルは思った。
なんて、なんて健気な女子達なんじゃと。今の世の中、その辺のゴリラですら年収九桁は越えているというのに、その十分の一で良きだなんて。
あぁいうのが、清楚系っていうんじゃな、とまた一つ学びを得ながら通り過ぎていく犬型の配膳ロボットを見やる。
「今から行ってくるワン」
どうした事だろうか。いつの間にかロボットの種類が変わっている。
ファミリーレストラン『ゴスト』で運用されている配膳ロボットといえば、猫ちゃん型ロボットであり、実際さっきまでは、うるさい位に「ご注文の料理を持ってきたニャン」と忙しなく稼働していた筈。
「清水凶一郎を傷つけた自分は、罰せられなければならない。彼と結ばれたいと強く
「……待ちなさいよ」
「その在り方は、酷く歪で滑稽だわ。そしてとてつもなく傍迷惑。現に今日、貴女はそこの清水ユピテルに酷く恥ずかしい思いをさせ――――」
「待ちなさいってばっ!」
いつからだ? いつから
誰も気にしていない。配膳ロボットがさっきまでとは別のモノに変わった事を誰も気に留めてすらいない。
「(『時間』じゃねぇ。ゴリラとは全然、“感じ”が違う)」
そうしてユピテルが改めて、蕃神坂の方へと視線を向けると、
「アンタ、何なの? いや、そもそも一体どうやってアタシの事を調べたのよっ!」
「調べた? 調べるまでもないわ、この程度。お生憎なのだけれど、貴女程度のモブの事なら大体分かるの。四季蓮華の『全能』に対する『全知』といえば理解出来るかしら? うん、良かった、理解出来たようね。頭の良い人間って好きよ、私」
そこには、見知らぬ景色が広がっていた。
店の外は真っ暗闇で、遠くでは紅の流星が雨のように降り注いでいる。
その
何が、一体どうなっている?
まるで悪い夢でも見ているように、世界は“おかしさ”に侵されていて、その事を誰も、ナラカ達ですら気づいていないのだ。
目が合う。
水晶を擬人化したような美しい怪人と、蕃神坂愛否と視線が混じり合い、
「
探偵は嗤った。
「もくてきは、なに? ワタシ達をどうする気?」
「さっき言ったでしょう、清水ユピテル。取って食べる気はないわ。
“
「餌ではあったわ。この日この時間この場所に本来であればもう一人“特異点”も同席していた。そういう運命になるように私が
蕃神坂の言う事を、ユピテルは半分も理解できなかったが、ただ“特異点”という言葉を聞いた時、何故だかゴリラの顔が思い浮かんでしまった。
「いいえ、間違っているわ清水ユピテル。清水凶一郎は確かに特殊な駒ではあるけれど、断じて特異点には成り得ない。知ってるとか、知らないとかそういう次元の話じゃないのよ」
「もったいぶらいないで教えて下さいよ、探偵さん。いい加減、意味深な言葉で煙に巻くの、やめてもらえません?」
探偵の視線が、答えを求めた暗殺者へと向けられる。
「貴方をそんな風に変えた
「俺を、変えた?」
「えぇ、そう。沈黙を是とし、孤独な在り方を受け入れていた貴方をに切っ掛けを与え、そうなるようにと導いた
ユピテルの、そして恐らくはナラカと虚の頭の中にもきっと同じ人物の顔が思い浮かんだ筈で。
その子は、
「ソーフィア・ヴィーケンリード。いずれ“全知性体殺人事件”を起こすであろう救世主」
“小耳には挟んでおりましたが、本当に
「清水凶一郎は御せると思っているようだけどね、アレは
「よくわかんないけど、バンシンインは、ソフィちゃん狙ってるの?」
「正しく言うなら、狙っていた――――もう過去形ね」
「今から行ってくるワン」とブルドックを象った見知らぬ配膳ロボットが、ホールを歩きまわる。
「彼女は今、ここにいない。偶々運良くレコーディングが長引いて、貴女達と一緒にこの場所へ訪れる事を回避した。それが全てよ。もう私がアレをどうにかできる運命は二度と訪れない」
何故こうなる、とユピテルは思った。
ただ、純粋にガチャを回したかっただけなのに、どうして世界とか運命とかそんなワケワカメな話に巻き込まれなければならんのだ。
「(ついてなさ過ぎダロ、ワタシ)」
自分のツキのなさを、これ程呪いたくなる日が来ようとは。
―――――――――――――――――――――――
Q:アイナ様の説明が良く分かりません。どういう事ですか?
A:ソフィ>ダンマギ世界のコズミックホラー>転生者
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