第二百三十一話 あるけユピテル そのロクッ!








「さて、これで私の話は終了よ。何か質問があるなら受け付けるわ」



 探偵の言葉に、ナラカが青筋を立てながら反応する。



「質問も何も」



 そう。まるで一段落ついたような口ぶりで“異能探偵機構SHERLOCK”の長は話しているが、



「アタシはまだ納得すらしてないわよ」

「何故?」

「アンタの事が大嫌いだし、アンタの事を信用してないから」

「随分と嫌われたものね」



 大仰に肩を竦ませ、今にも「やれやれだわ」と言いだしそうな様子の蕃神坂。



「これは貴女にとってもチャンスなのよ、火荊ナラカ。ねぇ、想像してごらんなさいな、蒼乃遥を出し抜き、華々しい活躍をみせる自分の姿を。愛しの彼もきっと振り向くわよ」

「なに、アイツのこと馬鹿にしてんの? スペックが高いとか、活躍したからなんて理由で落とせるならね、今頃アタシとアイツはとっくにベッドの中で【とてもお下品な言葉】よ。――――探偵の癖にそんなことも分からないわけ?」



 好きな人をダシにするというやり方は、


 例えば遥神ゴッドには、この手のやり方が割と通用する。良くも悪くも彼女は真っすぐなので、ゴリラに好かれるよ、という殺し文句を並べられたらホイホイ釣られてしまうのだ。



 しかし、火荊ナラカは違う。

 『天城』の冒険で、彼女の恋路の一部始終を見てきたユピテルが抱いた火荊ナラカの恋愛道は、良く言えば非常に思慮深く、悪く捉えると捻くれていて、雑にまとめるなら「めんどくせぇ女」なのである。



 その面倒くささは、彼女の片恋相手であるゴリラと共通する部分が多々あった。

 愛する“何か”に対する心棒と、それを愛する己への強烈な罪悪感とでも言えばいいのか。


 ゴリラが何故、ダンジョン『天城』を巡るあれやこれやに対して、どうして申し訳なさそうな顔をしていたのか――――その答えについては、全てが終わった今となってもなおユピテルは分からない。

 さっぱりぴーちゃんというやつである。


 だが少女の目から見た彼の表情は、最近のおっぱいとソックリだったのだ。

 それだけは分かった。奴等は似たもの同士だという事を理解した。


 そしてこのタイプは、



「薄っぺらい外側だけみてアイツの事理解した気になってんじゃないわよ。アイツは、アンタ如きに測れる男じゃないんだから」



 自分の大切にしているものを侮られると、とてつもなく怒る。


 誰にでも大切なものの一つや二つはあって、それを馬鹿にされたら嫌な気分になるのもまた自然な事だ。


 けれど彼等の場合、その危険水域ペナルティエリアが異様に広く、また、熱量も高い。



 だから一見すると、探偵の言動はナラカの地雷を踏み抜いたのだ。仮に探偵にその意図がなかったとしても、火龍の少女は、自分の愛する男が不必要に侮られたと感じた。

 だから頭に血が昇り、意固地になってしまっている。



 蕃神坂愛否が、真実ナラカ達に力を授けたいと願っているのなら、今の状況は非常にマズい。



「(どうすんじゃ、メスガキ二号。ワタシは助け舟なんて出せんぞ)」



 謝罪か? 弁解か?

 いずれにせよ、殊勝な態度に出る事はマストじゃな、とユピテルが固唾を飲んで見守る最中、



「ふむ」


 探偵は、



いわね」



 あどけない表情を浮かべながら、ただ微笑んだ。



「愛いわ。実に愛いわ。大切なのね、清水凶一郎の事が。理性も理屈も正しさすらもいらない。彼さえいれば、あるいは報われなくても愛している。その在り方は酷くいびつで、いじらしいほどに少女的。まるでほろ苦いチョコレートでコーティングした木苺のよう」



 褒めているのか、それとも煽っているのか、ユピテルにはイマイチ判別がつかない。



「ならば貴女の自由意志を尊重して、火荊ナラカは保留と致しましょう。意地を貫くか、それとも意見を変えるか。好きな方を選ぶといいわ。真神カミにして探偵カミである私が許可してあげる。さぁさ、存分に迷いなさいな。だけど――――」



 そして次の瞬間に起こった変化を、ユピテルは特等席で眺め、



試練ゲームに参加する気がないのなら、識別権限アカウントは弱めさせてもらうわね」




 言葉を失った。

 ナラカが消えた。ユピテル達の良く知る火龍の少女の姿が煙のように消えてしまったのだ。



「探偵さん。アンタ一体――――」

「落ち着きなさい、暗殺者さん。消したわけじゃないわ。大事なお客様ですもの、無碍に扱ったりなんてしないわよ」



 詰め寄る虚を涼しい顔でいなしながら、水晶の瞳の令嬢は虚の隣、ユピテルから見て正面の席に向かって指を差す。



「少しだけ可愛らしい姿にデコレーションしてあげただけよ。命に別状はないし、無事にここを出られたら元に戻してあげるから安心なさい、ね、可愛い可愛い羽つきトカゲさん」



 ――――手の平サイズの赤いドラゴンが座っていた。



 赤い鱗に、四本の手脚、黒い角が頭の天辺に左右一本ずつあって、ちいちゃな翼が背中の周りでパタパタとはためいている。




「これ、おっぱい?」

「えぇ、火荊ナラカよ」



 まるで『ファフニール』を手の平サイズに縮めたかのようなその子供ドラゴンは、「キーキー」と鳴きながら、ふてぶてしい目つきで探偵を睨みつけていた。


 探偵は語る。



「私としても心苦しくはあるのよ? こちらの都合が多分にあるとはいえ、折角の機会、それも真神の異能スキルの一旦を獲得できるなんて稀有な幸運に出会えたというのに、彼女は嫌だと言ったのだから。その在り方は個人的にはとても好ましくあるけれど、だからといって、“嫌で嫌でたまらないけど、仕方がないから貰ってやる”なんて態度で来られてもこちらとしては困惑するばかりだわ」



 全く反応できなかった。

 探偵は動かず、予備動作や霊力が動く流れも見受けられなかった。



 気がついた時には火荊ナラカは、手乗りドラゴンになっていたのだ。

 認識する事すら出来ず、故に回避も防御も抵抗しようとする意思すらままならず。

 圧倒的に、一方的に。為すがままに。

 無力な姿に変えられてしまったのだ。



 それに何より――――



「待って、バンシンザカ」



 少女の声は震えていた。恐ろしい言葉を聞いた気がする。とても、とてつもなく聞き捨てならない台詞を、メスガキ二号は口にしたのだ。



「試練って何? 無料タダでくれるんじゃないの?」

「そういう決まりになっているからね。対価を払うか、試練を乗り越えるか――――この二択だったら後者しかないでしょう?」



 ひとりでに、タブレット端末が点灯を始めた。

 メニュー欄が表示され、その中にある『店員呼び出し』の項目が、ぴろりんという軽快な音色と共に光輝く。



「ルールは至ってシンプルよ。この世界の終わりゴールを見つけて三人一緒に帰るだけ。探索と戦闘サーチ&デストロイ。貴女達が慣れ親しんだダンジョン探索とやる事、ほぼ一緒。……まぁ強いて違う部分を挙げるとすれば」



 ぴんころぴんころと、調子の外れた音楽が厨房から聞こえてきた。



 ユピテルは知っていた。これは配膳ロボットが稼働している時の音楽だ。

 配膳ロボット。ユピテルの知る限りその形は、数段のレーンとそれを覆う白の外骨格フレーム、そして天辺には表情豊かな猫ちゃんの液晶画面が備えつけられていた。



 だがここではなぜか猫ちゃんが、ワンちゃんの姿に変わっていて、そして、



「ゴ注文のオリョウ?りを持って来ましたワン」




 そして、キッチンから現れたソレは、名伏し難き形をしていた。


 長い針のような舌を這わせ、口からは青みがかった液体を垂れ流し、隆々とした後ろ脚で屹立した犬のような形の巨体の化物が、次々と続々と厨房の中から溢れ出していく。




「――――彼等は執拗に貴女達を追いかけまわすという事かしら?」



 本能が警鐘を鳴らす。

 やべぇ、と。

 理性も警告を奏でる。

 マジヤベェと。

 そして嗅覚は危険信号を伝えてきた。

 マジくせぇと。



 目算二メートル五十センチを越えた体躯の腐った犬型の化物達が、壊れた機械のように「ゴ注文のオリョウ?りを持って来ましたワン」と繰り返す。



 周囲の客は誰も気づいていない。どう見ても飲食店に相応しくないグロテスクな姿の化物が、店内を闊歩しているというのに、彼女達は暢気に「蛙化現象」がどうのこうのとワケの分からない事を喋っている。



 やっぱりこれも自分にしか視えてないんか、と少女がちょっぴり不安を感じ始めた矢先、



「師匠、ひとまず逃げましょうっ!」



 虚が、そう言ったのだ。



「弟子、みえとるん?」

「えぇ。いきなり視えるようになりました。なんっすか、ここ、外とかマジヤバたんな事になってるじゃないっすか」


 少女を脇に抱え、ついでに手乗りサイズの子供ドラゴンをユピテルの肩に優しく乗っけると、虚は間髪入れずに己が精霊の力を呼び起こした。



 『虚空』、その力は強力無比なる空間転移。

 どんな障害も、ひしめく怪物達も、これさえあれば全部スルーで解決できる最強能力である。



「(勝ったゼ、うきゃきゃ)」



 術式が起動し、二人と一匹の姿が怪物レストランから移ろうとしたその刹那、ユピテルは暢気に手を振る探偵の姿を捉えた。



「お休みなさい、良い旅を」



 視界が変わる。

 ぐるぐると変わる。

 空間転移ワープの術式は無事に機能を果たし、そうして






「――――へ?」



 気がつくと、ユピテルは独りぼっちでお外に立っていた。


 彼女を抱えてくれた弟子の姿は影も形もない。怪物レストランも消えている。「キーキー」と肩に乗った手乗りドラゴンだけが、少女の孤独を癒してくれた。



 急いで気配探知を試みる。

 しかし、虚の気配はどこにもない。少なくとも少女の索敵範囲である半径数十キロ圏内に彼はいない。



 いなくなったのか? 消されてしまったのか?



「(多分、違う)」

 


 バンシンザカは、三人一緒に帰るようにと言っていた。

 だからどこかにはいるはずだ。だけど、遠くにいる。少女にも感知できない程遠くへ。








 辺りは真っ暗。

 お空は、赤いお星様がピカピカ。

 そして周りは触手の巨人がずんどこずんどこ。


「……アレ、ワタシ達ちょっとピンチじゃね?」


 頼りのおっぱいは、ちっこいトカゲになっちゃてるし、弟子は少女の感知能力が及ばない範囲まで飛ばされている。


 つまり今のところまともに戦えるのは自分だけ。

 しかも――――



「そんな、バカな」



 四十、三十、二十メートル――――。



 腐った生魚のような臭いの巨人達が、ゆっくりのっそり近づいてくる。



「ワタシは」



 こんな状況下で孤軍奮闘、そして出口を見つけなければならないという事はこれ即ち



「あ、歩かなきゃならんのかっ!」



 そういう事だった。

 おんぶしてくれる人はいない。

 三輪車もない。


 四方八方は、十メートルを越える巨人達がズンドコズンドコ。



 肩に乗っかった羽つきトカゲがさっきから「キーキー」とひっきりなしに騒いでいる。多分、さっさとこの場を離れろ的なニュアンスの事を言っているのだろう。



「…………」



 嫌じゃい、と思った。

 自慢じゃないが、50メートル走13秒台なのだ。

 プールに行く時はもちろん浮き輪つきである。

 とてもじゃないが、こんなゴールの場所も分からないコズミックホラーワールドを走り回るなんて無理である。



「くぅっ」


 少女は口をすぼめて酸っぱそうな顔をした。

 歩くか、諦めるか。


 耳に流れる音は、肩に乗っかている羽つきドラゴンの「キーキー」声と、巨人達の足が奏でる地響き。赤い星々が爆ぜる音もちらりほらりと聞こえてきて、どこもかしこも危険地帯といった様子である。



「ワタシは」



 選択の時はすぐそこまで迫っていた。



「ワタシは」




―――――――――――――――――――――――



・次回、あるけユピテル(多分)最終話、お楽しみにっ!


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