第二百二十二話 烏の王の独白
◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
精霊大戦ダンジョンマギアというタイトル名には、全て意味がある。
精霊は
大戦は
ダンジョンは
――――そしてマギアには、
この二つの側面からも分かる通り、詠唱顕現は往々にして各ルートシナリオのクライマックスで出て来るのが
過去を乗り越え、今を生き、そして未来へ進む為の
“逆巻け、運命の転輪よ。我が
だから当然の帰結として、詠唱顕現には「その時の術者の心情」が多分に反映
“父祖より継ぎしその正義は、
――――聞いた事のない詠唱だった。
“先を行くは、万夫不当の英雄達。足を引きとめるは過去の
無論、大元が同じ人物なのだから近似したフレーズも多々見受けられるのだが、しかし……
“されど万物は流転する。雨は止み、夜は明け、冬の後には桜の花が芽吹くように”
決定的に、違ったのだ。
“
俺が聞いた事のある彼女の
“だから私は、虹を描こう”
精霊大戦ダンジョンマギアの空樹花音が至った彼女の答えと。
“不格好でも、
決定的に、どうしようもない程に。
“空に描いたその七色の輝きこそが、かつて夢見た
……違ってしまったのだ。
“英雄よ、英雄よ、偉大なる英雄達よ”
例えば、正史の彼女が紡ぐ詩には、多くの部分において“愛”が語られていた。
“どうか、願います。かしこみかしこみ願います”
自分を救ってくれた男への感謝。
愛し、愛される事の喜び。
紡いできた想い出。
転換点となった場面への言及。
“私が戦列に並ぶ事を、どうかお許しください。共に戦う栄誉を誇らせて下さい”
本来の彼女が辿り着くはずだった
“ここにいる全ての英雄達に祝福を、
そして何よりも。
“さぁ――――”
そこには
“最新の神話を始めよう”
◆
空樹花音ルートにおける天城編の役割は、専らヒロインの挫折にある。
メインヒロインでありながら過去の経験から他人を信じられなくなった花音さんが、オリュンポス戦で「失態」を犯し、どん底といっても過言じゃない程の状況に陥る――――『亡霊戦士』イベントのルート分岐によって、やらかす内容自体は変わるものの、根本的なシナリオ進行は同じ。
人を信じられない彼女が暴走して、絶望の淵に立たされる。
“笑う鎮魂歌”は、解散。
ミドリさんは、“円卓”の陰謀に巻き込まれて死亡。
後は花音さんが主人公以外から見放なされて、独りぼっちになりかける。
ルート毎の共通要素はこれくらいかな。
後は、『亡霊戦士』が誰なのかという選択と証拠アイテムの数によって分岐が始まり、その選択いかんによってアズールさんが死んだり、黄さんが自首したり、ヒイロさんが半分廃人になったりと――――まぁ、天城編のルート分岐は、どれもこれもよくもこれだけぽんぽん胸糞展開作れるなって位、プレイヤーの心を抉るエピソードばかりが乱立しているわけなのだが、中でも最も物議を醸したのが、トゥルールートの存在だ。
トゥルールート『堕ちた黒翼』
メディアミックスなんかで、花音ルートが扱われる時は基本的にこのルート一択とされている程有名なシナリオであり、半ば彼女の“正史”として扱われている顛末だ。
その道程は、ある一点を除いて俺達のソレと変わらない。
『亡霊戦士』の真実を看破して紆余曲折の末に、“笑う鎮魂歌”のメンバーと天城決戦に挑む事になった
そこで彼等は、前代未聞の“混成接続突然変異体”という個性を持ったオリュンポス・ディオスと戦い、その果てにかつて仲間を庇い、死に至った筈の先代クランマスター桃地百太郎の亡霊と出会う。
インチキオンパレードと悪名名高き“第三陣”におけるある種のお助けユニットとして推参した桃地さんは、瞬く間の内に『戦争工房』を掌握し、その後、かつての教え子達と感動の再会を果たした。
わけも分からないまま、けれど最も敬愛していた恩人と再び会う事が叶ったヒイロさん達は、涙を流しながら喜び、そして桃地さんもまた、薄氷の奇跡を密やかに噛みしめながら、仲間達に言葉をかけようとした矢先――――
“――――鎧装騎神・ミネルヴァが現れました”
そう、あの忌々しいオリュンポスの最高傑作が現れて、尽くを蹂躙しやがったのだ。
制作者の意図が透けて見える「
倒れ伏す仲間達。
蒼穹に立つ紅き仮想統合神格。
そんな絶体絶命の窮地に風穴を空けるべく、蘇った亡霊戦士が立ち上がり
“後のことは、頼んだぜ――――あぁ、だけど、後でみんなに謝っといてくれ。最後まで格好つかなくて悪かったってさ”
またしてもその命を犠牲にして、“笑う鎮魂歌”を、そして花音さん達を助けたのだ。
そしてその状況が、彼女に過去のトラウマを呼び戻させた。
生贄。仲間を信じられない自分。圧倒的な強さを持つ敵の前に何もできず、それなのにまた誰かに助けられてしまった。
“ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!”
そうして、限界まで追い詰められた彼女の精神は、自らへの深い自己嫌悪をトリガーとして間違った方向の覚醒を果たす。
全身を覆う暗き闇。
堕天使を彷彿とさせる黒き翼。
偽神の中に眠る
そうして味方も敵も無差別に襲いながら、仮想統合神格を滅ぼし、更にはオリュンポス・ディオス本体も討ち取って――――というのが、トゥルールートの大まかな筋書きだ。
古巣に裏切られ、誰からも手を差し伸べられなかった彼女の熟成された闇が爆発したこのエピソードは、一部の
……いや、誤解がないように捕捉しておくと、花音ルート全体の評判は
流石、ゲームパートの度し難いクソ難易度を震えるような神シナリオで中和させ、結果的に何か知んないけど最高だぜってプレイヤー達を満足させる事に定評のあるダンマギ運営様だ。
その辺は全くもって抜かりがない。俺自身、実は花音ルート後半の伏線まみれだった事が明かされた時には「してやられた!」と鳥肌立てながら叫んだ程さ。
花音ルートも、天城編も本当に良くできている。
画面越しに何度目の前が見えなくなったのか分からない位、熱くて泣けるストーリーだった。
その気持ちに嘘はない。
いや、本当は今でもそうあるべきだと思っている。
だけど、それでも俺は、罪深くも思ってしまったのだ。
――――あれで、あの結末で本当に良かったのかって。
◆
誇張でも何でもなく、俺の人生はダンマギに救われた。
そのシナリオが、キャラクターが、ゲームへの没入感が俺の乾ききった心に活力を与えてくれて、新たな展開が訪れる度に夜通しSNSで仲間達と語り合った。
生きがいも、友達も、俺はダンマギに貰ったんだ。
最早、第二の親といっても良い。
『精霊大戦ダンジョンマギア』というゲームは、それだけ俺にとって大切な、唯一無二の一作なんだ。
――――そのかけがえのない宝物を、自分自身の下らない欲望の為に穢す人間が俺は大嫌いだった。
好きでもないのに商品を不当に買い占めてフリマサイトで高額の値段で売りさばく輩が許せない。
PV稼ぎの為に、知る人間が見れば嘘だとすぐ分かるような罵詈雑言まみれの炎上レビューを動画サイトにアップする馬鹿を見た時は、青筋を立てながら運営元に通報した。
中でも、痛いオリ主を活躍させて作品の世界観をブチ壊すゴミカス野郎が特に許せなかった。
そのゴミカス野郎というのは他ならぬ俺の事だ。
俺は、俺自身の事を世界で一番嫌悪している。
息を吸うだけで、ダンマギの世界をブチ壊すゴミを一体全体どう愛せというのだ。
まさにボスキャラだらけの、悪役達を統べるクランの長に相応しい罪人である。
真にダンマギを愛するのならば、俺は転生した直後に首を吊って死ぬべきだったのだ。
そうすれば、物語への被害は最小限で済んだ。
チュートリアルに出てくる「ヒャッハー!」と叫ぶクソ雑魚ナメクジが消えるくらいだったら、物語への被害も特には無い。
例え命を失っても、ダンマギという物語を愛する俺の一番大事な
“この世界の理不尽なお約束なんて全部まとめてブッ潰してやる”
――――そんな事、できるはずがなかったのだ。
身体を借りた凶一郎への義理、死の運命に囚われた姉さんの救済。
そうさ。
どれだけダンマギという物語が美しくても。
それこそ命を捧げても良いくらい愛おしかったとしても。
それを理由に目の前で苦しんでいる彼等を見殺しにするなんて選択肢が取れる奴はオタク以前に人間じゃない。
だから俺は、動いた。
ガムシャラに動いた。
アルを解放し、遥を助け、ユピテルと出会い、黒騎士の旦那と協定を結んだ。
……たまに俺の中の
――――あぁ、生きていて良かったって。
――――俺達の戦いは間違ってなかったんだって。
心の底からそう思う事が出来たんだ。
◆
物語を愛する自分と、この世界で生きる自分。
その相反する両面が騙し騙しではありながらも上手く共存できていたのは、多分これまで関わってきた対象がボスキャラやサブキャラばかりだったっていうのが大きかったんだと思う。
世界の敵であるボスキャラ。
非業の死を遂げるサブキャラ。
彼等と出会いクソッタレな運命に抗えば、当然ながら、世界は変わる。
動けば動く程、抗えば抗う度に、俺の愛した原作とこの世界のズレは大きくなっていき、徐々に、けれど確実にダンマギじゃない何かへと書き変わっていく。
だけど俺は卑怯だから、ボスキャラ達と関わっている間は「まだ大丈夫だ」と自分を騙す事が出来たんだ。
……あぁ、分かっている。どこにお出ししても恥ずかしい程の欺瞞ってやつさ。
蒼乃遥を助けた時点で、蒼乃彼方のルートは大きく変貌するし
そもそもからして、時の超神であるアルを起こした時点で色々と今更なのだ。
生きる為に、そして大事な人を守る為に俺は初っ端の初っ端からこの世界の歴史を書き換えた。
とっくの昔に、引き返せない領域まで進んでいたのだ。
しかし、それでも、本当に本当にどうしようもない自己満足でしかないけれど、それでも「主人公やヒロイン達の“物語”に直接関わらない」という俺の中の最終ラインを守る事は、自分でも思っていた以上に俺の心を救っていたのだ。
――――実際のところは、遥とああいう関係になった時点で、かなたんと関わらない事は不可能になるわけだし、考えれば考える程ソレがあやふやで浅はかな“自分ルール”である事も重々承知している。
だけど、そう思いこむ事で俺の心は、確かにバランスを保てていたんだ。
それが全てだ。
理屈ではなく、俺の感情、つまりは俺の心の事情が、その設定を必要としていたんだよ。
……潮目が変わり始めたのは、秋先の頃からだ。
他ならぬダンマギのメインヒロインが、自ら進んで俺達のところに来たのである。
驚いた。そしてすぐにその“まずさ”を悟った。
彼女を受け入れてしまったら、いよいよ自分に言い訳ができなくなる。無意味だと分かっていながらも、俺の中で大事に守っていたしょうもない正義が壊れてしまう。
何度も断りかけた。
ボスキャラ達の巣窟にメインヒロインが来るべきじゃないと。
君にはいずれ素晴らしい仲間が出来るからと。
そんな風にそれっぽい理屈で理論武装を固めながら、どうにか彼女と俺の関わりを必死になってなかったことにしようとして、
“――――っ、いい、んですか? こんな私なんかが、皆さんと一緒に冒険しても?”
その時に、罪深くも思ってしまったのだ。
いやしくも、願ってしまったのだ。
もしかしたら、変えられるんじゃないかって。
あの悲しい結末を。
誰も幸せにならなかった天城編の物語を。
空樹花音ルートを絶望の淵に立たせる為の引き立て役ではなく、花音さんを、そしてダンジョン『天城』に関わる全員を幸せにできる
“なんかじゃないよ。君だから良いんだ”
どうしようもなく思ってしまったのだ。
◆
ダンマギは、兎に角戦闘部分のバランスがシビアな事で有名だ。
その歯ごたえというにはあまりにも硬すぎる理不尽ぶりのせいで、時に揶揄として、またある時はガチめのトーンで「クソゲー」と語られる事の多い本作ではあるが、しかしながら真の意味でクソゲーと定義づけられる事は驚くほど少ない。
何故か? 答えは簡単だ。
ダンマギというゲームは、あの手この手でプレイヤーを阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とす一方で、決して「それ以外の要素」で我々を不快な気持にさせなかったのである。
驚くほど快適なユーザーインタフェイス、奇跡としかいいようのないローディング画面の少なさ。
そして何よりも兎に角、ダンマギにはバグがなかった。
微に入り細を穿つ程丁寧に作られていて、一体どれだけデバッグしたのか想像もつかないレベルの「完成度の高さ」だったのである。
だから、もしも不可解な挙動を見つけた場合には、まず何か「意味があったんじゃないか」と考えるのがダンマギ界隈における『お約束』だったのさ。
その中でも特に有名な考察が、何を隠そう空樹花音の《英傑同期》である。
《英傑同期》
自分に一回、味方に一回、敵に一回という定められた順番で《アイギスの盾》を使うと、空樹花音の攻撃ステータスが、バフをかけた味方と同値になる
それは本来、防御力を高める効能を持つ《アイギスの盾》からは全くかけ離れた仕様であり、攻略サイトによってはコレを裏技として紹介するところもある位だ。
しかしその一方で、この《英傑同期》を【本来シナリオで使われる予定に合った特殊コマンドが、諸々の事情によりシナリオが変更になった事で没となり、その結果を悔やんだ開発側の人間がせめてもの証として、コマンド仕様だけを残した】という説を信奉する者達も多い。
この「特殊コマンドの名残説」を推す者の理由としては、前述の【ダンマギはバグが驚くほど少ない上、万が一バグが見つかった場合は、風の速さで修正パッチを出す】という意見の他にもう一つあって、それが【対ミネルヴァ戦における空樹花音の非プレイアブル化現象】と呼ばれるものだ。
簡単に説明するとだな、花音さんはトゥルールート、つまり桃地百太郎の復活という条件を満たすと、何故か必ずミネルヴァ戦に参戦し、そして
一見すると、この彼女の挙動はシナリオ上での暴走をゲーム的に表現する為の「演出」のようにも見える。
だが、後になって見返す程、この演出は――――というか、ミネルヴァ戦自体が不可解なのだ。
だってミネルヴァの他神話における別名は、アテナなんだぞ?
ゼウスとユピテルの関係と一緒なんだ。彼女は、自身の契約精霊の並行世界の可能性と対峙しておきながら、ただ、
後になって、「どうしてあの時、あんなすごい力が出たのか今なら分かった気がする」的な捕捉が入ったりもしたのだが、このミネルヴァ戦を只の「伏線」として考えるのは、あまりにも素材が
放置された謎の《英傑同期》コンボ
あまりにもあっさりと片付けられたミネルヴァ戦
強制出撃されるメインヒロイン。
だけどこの時だけ、《英傑同期》を使う事ができない。
――――これらの要素を重ね合った結果、俺達が辿り着いた結論は「天城編の結末は本来別のものだったのではないか」という説だった。
空樹花音は、ミネルヴァとの対峙中に《英傑同期》の特殊コンボで自らの内に眠るアテナを解放し、絶望的な劣勢を跳ねのけ、みんなのヒーローになる――――そんな風な筋書きが元のプランでは立てられていて、それがシナリオの都合で白紙になった。
それは花音さんが、詠唱顕現をマスターする程の精神状態になっていないだとか。
“烈日の円卓”という彼女自身の宿命を解決する前に最終形態になるのはいかがなものかとか。
他にも色々な理由があった上での決断だったのかもしれない。
しかし、その結果としてダンマギの天城編は、悲劇的な結末となってしまったのだ。
たらればの話でしかないし、どれだけ最もらしく聞こえた所で説は説だ。
だけど当時の俺は、その説に深い感銘を受け、同時に強く悔いたのだ。
“もしも叶うのならば、誰も不幸にならずに済む結末が見たかった”と。
その時は、一ファンの妄想でしかなかった。
思うだけなら、願うだけなら自由だった。
だけどダンマギの世界が現実になって、他ならぬ彼女が俺の前に現れた時、ふと思ってしまったのだ。
――――もしかしたら、今の俺達なら描けるのかもしれないと。
俺と君とみんなで頑張れば、誰もが笑い合えるハッピーエンドが目指せるんじゃないかって。
それがこの物語の全ての始まりだったんだ。
◆
何故、蒼乃遥を連れなかったのか?
その理由は、あいつとシナジーのある
もしも今回の探索に遥がいた場合を仮定しよう。
基本的に中ボスは瞬殺で、危なげなく最終階層に渡れる。
邪魔してくる亡霊戦士も無視すれば良い。あんな七面倒くさい真似をしなくても、この天城に関わる全員の総力よりもあいつの方がよっぽど強いのだ。
わざわざ時間をかけて、そして“烈日の円卓”関連の闇を掘り出す必要もない。
みんなで楽しくワイワイ騒ぎながら冒険をして、適当に逆さ城をブッ倒せばそれでおしまいだ。
もちろん、花音さんは成長しないし、きっとナラカとの関係も今のように上手くはいってなかっただろうけれど、楽に、そして安全に旅する事だけはできたはずだ。
“笑う鎮魂歌”や、桃地百太郎の事はなかったことにすればいい。
誰かの涙をぬぐう事よりも、仲間達の安全を守る事の方がよっぽど大事なのだから、だから……
“とりあえず二人共さ、俺のプランも聞いておくれよ。自慢じゃないが、結構イケてるプランだぜ、コレ”
だから俺は、黒騎士の選抜を一方的に飲むふりをして、自ら編成を縛ったのだ。
あいつの強さに頼れない状況を。
“笑う鎮魂歌”が、桃地百太郎が、空樹花音の進化が必要となるパーティーを。
俺は「誰かの為に」なんて言えないから、「俺の為にそうしなければならない」という環境を作らなければならなかった。
……あぁ、そうさ。俺はいつものように俺の為だけに動いてきた。
誰もが笑い合えるような結末を、俺が見たかったのだ。
◆
その為には一も二にも花音さんを鍛え上げる必要があった。
《英傑同期》を教えるタイミングは早すぎても遅すぎてもいけない。
心身ともに彼女の成長を見守り、出来る限り自信を取り戻させてあげて、満を持してのタイミングをと思っていたのだが
“ごめんなさい、凶一郎さん”
結果的に俺達は一度挫折した。
彼女の成長が思ったよりも芳しくなく、タロス戦での敗北から、立て続けるようにナラカとの対立。
そして“笑う鎮魂歌”のイベントを進めていく内に俺の心が折れ、一時期は本当に計画そのものが白紙になりかけた。
あの時の俺は、どうしてあんなに落ち込んでいたのか。
心身の疲れ?
花音さんの育成がうまくいってなかったから?
ナラカと対立して、誰にも相談できず、心の仮面が剥がせなくなって、ついでに未来視のシミュレーションで“笑う鎮魂歌”の連中からの悪罵を浴びたから?
どれもきっと正解だ。
だけど、今になって――――本当に今となってだ――――振り返ってみれば一番答えたのはそのどれでもなくて
多分俺は、自分の正義を裏切って、ヒロインのシナリオに進んで介入しようとしている俺自身に深く絶望し、そして怒っていたのだ。
まさに正義の暴走ってやつさ。
諸々のストレスが原因で、これまで何とか保ってきた精神のバランスが崩壊し、結果、これまでどうにかなだめてやってきた「物語を愛する
「恥を知れこの二次創作野郎」と、「罪深くもダンマギのメインヒロインに手を出した
己の信条としてきた正しさそのものに撃ち抜かれ、それでもと抗い続けた結果があのザマだったんだと思う。
原作のダンマギを至上とする
天城のみんなが幸せになる結末を願う
相反する二つの正義が俺の中で、俺自身を傷つけあう。
強くない俺にとっては、狂いかけるのに十分な争いだったのだ。
◆
そんな頼りない俺でも一つだけ、誇れるものがあるとするならば、それは人に恵まれていたという事だ。
アルが繋いでくれた。
遥が救ってくれた。
ナラカが力になってくれた。
虚が動いてくれた。
ユピテルは――――まぁ、正直コメントに困る部分があるけれど、あいつがどうしようもないクソガキでいてくれるおかげでたまに猛烈に癒される時があるのだ。役に立つとかそういう事じゃなくて、あいつは居てくれるだけでそれでいい。そういう不思議な奴なのだ。
本当に、俺なんかにはもったいない程、素晴らしい仲間達である。
気づけなかっただけで、俺も君も最初からずっと一人じゃなかったのだ。
何もかもを一人で解決しようとするんじゃなくて、ちゃんと誰かに頼る――――この、たった一つの事が出来るようになっただけで、袋小路に陥りかけた俺達の世界は、驚くほど簡単に開けたのだ。
『亡霊戦士』の正体看破、それに続く“笑う鎮魂歌”との対立と、決着をつける為のタワーウォーズ。
あのイベントを開催した目的は、“笑う鎮魂歌”を手に入れる事や、“烈日の円卓”への牽制など、それこそ枚挙にいとまがない程多量にあるが、あえてたった一つに絞るのであれば、花音さんの名声を高める事そのものにあった。
精霊は、契約者の名声が高まる事でより多くの経験値を得る事が出来る。
あの場で、五大クランの二長が見守り、大勢の観客がタワーウォーズを観に来てくれた中でMVPを取る程の活躍を見せれば、きっと彼女の成長に繋がるだろう。
そんな事を考えていた俺の予想を、花音さんは大いに裏切り、期待以上の成果を見せてくれたんだ。
まさか《
◆
果てのない旅だった。
愛する人が傍にいない辛さを知った。
責任の重さに押し潰される夜があった。
心が折れる音を聞いた。
自分の限界を知った。
不安にならない日なんて一度としてなかった。
誰も死なせてはならないというプレッシャーに苛まされて
ならばどうして、安全策を選ばなかったのだと後悔して
俺の中の正義が何度も何度もぶつかり合って、助けてくれと誰にも聞かれないように計らないながら何度も叫んだ。
それは多分、君も同じで
俺の知らないところでいっぱい傷ついていたんだろう。
弱い自分を呪って
成果の出ない自分を憎んで
置いてけぼりにされる悔しさに歯噛みして
空回りする自分を恨んで
……知ってるんだ、花音さん。君が、夜一人ベッドの中で沢山泣いていた事を。
ていうか多分、みんな知っていた。
それだけ、君の泣き声は大きかったんだよ。
だから不器用な君は必死になって隠していたつもりだったのかもしれないけど、みんな分かってたんだ。
君が苦しんでいる事を。
それでも諦めずに頑張っていた事を。
果てのない困難があった。
逃げ出したくなる程の辛苦があった。
俺達の間に立ち塞がる闇の帳は、どこまでも暗く深く底なしで、何度も逃げ出したいと思ったほどだ。
それでも俺達は、馬鹿みたいに空の果てを目指した。
蒼く、雲ひとつない快晴の空に咲く笑っちまう位のハッピーエンドを目指したのだ。
それが。
それが今、とうとう。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・
「……あぁ」
高く聳え立つ二キロメートル大の逆さ城。
その周囲を囲む十二の神殿の内、時計回りで数えて一時の方向に浮かぶ第二神域を目指して飛び立つ二つの影。
一人は火龍に跨り、己の領分を全うする俺の右腕。
そしてもう一人は
『凶一郎さん』
声が聞こえた。
俺の隣で大の字で寝そべっているチビちゃんを経由しての《思考通信》。
『私、やっと皆さんのお役にたてるようになりました』
弾む声は、彼女が纏った七色の翼のように晴れやかで
『やっとやっと凶一郎さんに恩返しが出来るようになりましたっ』
この下層から見上げてもハッキリと見つけられる位に輝いていて
『ありがとうございます』
報われた、と思った。
『私を仲間に入れてくれて』
ここに至るまでの全ての困難が、あらゆる涙が全て、全て
『いっぱいいっぱい助けてくれて』
最高の形で報われたと思った。
『諦めかけた私の手を何度も取ってくれて』
俺は両目に手を置いた。
『本当にありがとうございました』
そうしなければ、とてもじゃないが流れて来る感情の雫を抑えられなかったからだ。
「違う、違うんだ。花音さん」
俺は言う。間違っても彼女に聞こえないように、ついでにチビちゃんにも聞こえない位の小さな声で内から湧き出る想いを告白する。
「助けられたのも、救われたのも俺の方なんだ」
物語を愛していた。それを守る事だけが正義だと思っていた。
「俺は変に考えすぎる事があるからさ……っ、それでつい大切なものを見逃しちまう事があって」
ありがとう、ありがとうと。何度も
「だけど、だけどもう逃げないから」
“
“不格好でも、
「今でも辛いし、痛いし、目を背けたくなる程嫌な気持ちになる時も沢山あるけどさ」
この世界で生きよう。物語の中の君ではなく、七色の翼をはためかせる君を見よう。
「俺はもう、世界を変える事を恐れないからさ」
だってこの光景が間違っているはずなど無い。
花音さんは絶望せず、“笑う鎮魂歌”のメンバーもみんな生きていて、桃地さんもそこにいる。
それは俺がいつか夢見た景色そのものであり、そして同時に俺が生きている
結実した。
この天城を巡る、みんなの努力が全て結実した。
「ありがとう、花音さん。ありがとう、みんな」
【冒険者が、新たに三つの
彼女達の突入から僅かも待たず、アナウンスが流れ始めた。
【また第三陣の踏破を以て、条件α――――「全ての神殿の踏破」を「達成」とみなし、
鳴動する逆さ城。
奴の周囲を守っていた透明の防護結界が剥がれ落ち、いよいよその時が来たのだと、俺達全員に神託を告げる。
『聞いたか、てめぇらっ! 長かった逆さ城との戦いもいよいよ大詰めだってよ!』
もう思い悩む事は何もない。
心は久しぶりにクリアになって、今ならなんだって出来そうなくらいに軽やかだ。
『十二偽神は、全て倒した。奴が敷いたインチキじみた布陣も、ご自慢の最高傑作も、全部全部超えてやった!』
太陽が沈み、夜がやってくる。
最終段階に至った事で、“杞憂非天”を取り巻く環境そのものが目まぐるしい勢いで変貌を遂げていく。
『長かったよなぁ、辛かったよなぁ、本当に本当にみんな良く耐えてくれた!』
もう何も思い残す事はない。
俺個人は、どうしようもないくらいに救われた。
やりたかった事も、見たかった景色も全部見れた。
『だけどそれもこれも全て、後少しで終わる!』
だからここからは、“烏合の王冠”の主として、烏の王として働こう。
『気合を入れろ、心血を注げ、ここが正念場だ、絶対に気を抜くな』
俺は叫ぶ。万感の想いを込めて、愛すべき馬鹿野郎たちに叫び上げる。
『さぁっ!』
見上げた先は満点の星空。
君臨するは“外れ”にして“突然変異体”の“偽史統合神殿”
『
万雷の
星が、オリュンポスを照らす。
―――――――――――――――――――――――
・次回、オリュンポス・ディオス戦完全決着!
一回お休みを挟ませて頂いて、4月30日(日)に更新させて頂きますっ!
お楽しみにっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます