第二百二十三話 天城の神々と天翔ける最新の神話達16


※本エピソードは、いつもの更新分の約7倍弱という前代未聞の分量となっております。なるべくお時間のある時にお読み頂けますと幸いです。



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◆◆◆在る城と彼女について



 “偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス。


 ダンジョンの神が定めし階層ごとの適正能力の基準レギュレーションを逸脱した“外れ”が、死の間際に“突然変異体イリーガル”としての属性を得た事で新生した前代未聞の混成接続突然変異体カオス・イリーガル



 しかしながら、ここで一つ疑問が残る。


 そも、彼は何故“突然変異体イリーガル”となったのか。


 突然変異体とは、神の遊戯盤に招かれざる駒――――言うなれば世界のバグである。


 例えば、それは弱者たちの怨念の集積体である“月蝕の死神”

 あるいは、極まった速さの末に時の逆走を始めた“光速のクジラ”



 読めず、従わず、害を為す。

 変幻自在かつ神出鬼没な秩序の破壊者達の在り様は、まさに千差万別であり、その完全なる把握は、世界の管理者たるダンジョンの神ですら容易ではない。


 しかし、そんな彼等にもたった一つだけ共通項と呼べるものがあった。


 引き金トリガー

 彼等が突然変異体かれらになる切っ掛けとなった“ある出来事”。


 それは瞬間的に起こった事故や衝撃かもしれないし、

 または逆に、件の死神のように積もり積もった「なにか」が暴発した結果かもしれない。

 彼等が理由は千差万別だ。

 だが多くの場合において、突然変異体の変化には、感情のもつれが携わる。

 神の言葉を借りるのであれば、そこには物語があった。



 原初の天城が、十二の偽神を統べる存在へと変じた理由。


 それは彼が、逆さ城が、愛する女神アテナを二度に渡って失った悲劇ことに起因する。



 アテナ――――オリュンポスを統べる真なる支配者の一柱であり、城がその長き生涯において最も愛した永遠の処女神。



 最初の彼女は、本物の女神アテナは、『赤い嵐』によって殺された。

 原初の神統記テオゴニアは、あの憎き怨敵によって滅ぼされ、その宇宙の死滅と共に彼女も亡骸なきがらとなったのである。



 そして管理者たちの手により、死した神統記テオゴニアは“やり直し”となり、唯一の生存者である『城』だけが、後に“杞憂非天”のを授かる事になる「空の果て」で永遠の女神を想い続けた。


 回想と改造。悠久の時の流れの中で、彼は女神を偲び、そして守る事のできなかった彼女に模した代用品を作り、破壊し、その思考錯誤くりかえしの末に女神のクローンを手に入れたのである。



 長い、長い年月を経て完成されたアテナのクローンは、常にオリュンポスの命令オーダーに従う傑作だった。


 はようやく合う事の出来た二柱目のアテナに寵愛を注ぎ、また彼女クローンの側も、城の想いに応えるかのように寄りそい続けたのである。


 ――――およそ人の一生分の時間、一組の偽神かみと城は、心を通じ合わせていた。


 この時間が永遠に巡るのならば、と。


 そのように城がようやくの安寧を手に入れた矢先、敵が現れた。


 敵は、“笑う鎮魂歌”と言った。

 冒険者とは名ばかりの侵略者インベイダーが、彼の聖域に土足で足を踏み入れたのである。


 城は、憤懣ふんまんやる方ない気持ちで、抗戦に及んだ。

 己の逢瀬を邪魔するものを決して許さず、侵略者達を苛烈な力で追いやった。



 その過程で幾人もの冒険者達が命を落としたが、オリュンポスにはまるで関係がなかった。



 ──オリュンポスに戦争をしかけたのも、大事なものを奪おうと試みたのも、全て奴等の仕業である。自業自得だ。忌々しい。


 だというのに、彼等は人が死ぬ度に怒り、苦しみ、そして泣く。


 まるで自分達がさも被害者であるかのように立ち回る、厚顔無恥なる化け物達。


 傷つくのが嫌ならば、失うのが怖いのならば近寄らなければいいだろう?

 一体、私がいつお前達の住み家を蹂躙した?

 社会秩序を乱すような疫病や概念ミームを一度でもバラ撒いたか?


 何もしていない。

 城はただ、空の果てに在っただけだ。


 過去アテナを想い、現在アテナを造り、未来アテナを夢見た。


 それだけだ。

 それだけのことなのだ。

 お前達の世界とは何も関係がない。

 これから先も持つつもりがない。


 冒険ロマンが欲しければ、他を当たれば良いだろう?

 仲間とやらを尊ぶのならば、何故命を要する試練に挑む?



 邪龍王ザッハークのような、戦争犯罪者ではなく、

 嫉妬の女帝レヴィアタンのような、魔王でもない。


 

 時代の敗者という特殊な事例とダンジョンの神との数奇な悪縁から、三十五層級の階層守護者としては異例の自由を許されたオリュンポスにとって、冒険者かれらは酷く滑稽で醜い“モノ”であった。



 手前勝手な理由で己を殺めにきた者達が、反撃にあい、殺されたからと


 城は、有象無象の生贄など求めた事は一度としてない。


 ただ、この世界のルールが勝手に彼等の命を求めて、それを承知で彼等は城との殺し合いを求めている。


 ならばせめて、悲劇を気取るなよ。

 お前達がやっている事は、体の良い自殺じゃないか。

 勝手にやって来て、勝手に死んで、勝手に因縁を作る事を、さも美しい事のように語るな、気持ちが悪い。



 何度も、何十度も、手を変え品を変えやって来て、あまつさえあの害虫共は――――



“これで終わりだ、オリュンポス!”



 彼女を、城が造り上げた二番目の彼女アテナを殺めたのだ。



ゆるさない”



 そして、それが彼にとっての引き金トリガーとなった。

 


“絶対に、赦さない”



 一度ならず、二度までも、彼は目の前で最愛を失った。


 その悲哀が、そして身勝手な理由で城の大切なものを略奪する人と神悪魔達への際限なき憎悪が彼を未曾有の領域に至らせたのだ。



 “偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス。


 “外れ”にして“突然変異体”の極めて稀なる“混成接続突然変異体カオス・イリーガル”。


 彼を彼たらしめたのは、神の傲慢であり、人の業であり、二度に渡る愛の喪失である。



 そして今、城は目の前であまりにも過酷な“三度目”を迎えかけていた。



 一番目の彼女に良く似た女神じょせいの手によって。






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第零番神域『天城神羅』・中枢コア【第三陣崩壊より数分前】




 杞憂非天の空域を飛ぶ二柱の女神達。


 その一方は、仮想統合神格ミネルヴァ。


 偽史統合神殿となった逆さ城が造りし、偽神の最高傑作。


 神々のあらゆる術技を習合し、“混成接続突然変異体”の能力あいの全てが積載された究極の二次創作ファンメイド


 全身を覆う紅の鎧に収められた女神カノジョの遺骸を原動とし、紅の六翼を用いて蒼穹を飛ぶその勇姿は、オリュンポスの理想そのものであった。



 片や一方、人間の少女に寄り添いし鎧の女神の名は、アテナ。


 空間と創造の神による数多の“編纂”の末に完成へと至った神統記テオゴニアの真なる英雄の守護者。


 位階は、亜神級最上位。


 桜色の六翼をはためかせ、かつて聞いたその美声と共に紡がれし歌は、主のみならず自軍全てを英雄の領域へと誘う。


 紛れもない本物だ。

 残酷なまでに真実ホンモノだ。


 その本物が、真実のアテナが、贋作にして理想のミネルヴァと相対する。



 蒼き天外の果てにて、ついに向きあう両者。



“――――やめろ”



 仮想統合神格は十二神域の力を六翼に束ね、英雄の守護者は、極光の翼を纏いし桜髪の少女を守るように純白の光盾と金色の神槍を同時に構える。



“――――やめてくれ”



 天上を焦がす荘厳な神威を震わせて、ついに激突する両神。

 

 理想と真実。

 集約と共有。

 寵愛と博愛。

 孤高と双生。



 始まりを同一としながらも、二柱の女神の在り方はまるで真逆で、扱う力も対比的であった。


 十二偽神の力を束ねたミネルヴァと、その力を仲間達と分け合うアテナ。


 彼女達の在り方そのものに優劣はない。


 どちらの正義ただしさも、時勢により流転し、判別を下す者の価値観で如何様にも変わるからだ。


 だが一方で、力の優劣は絶対的で、



“やめてくれ、アテナ!”



 そして絶望的だった。



“私のミネルヴァを、アテナを――――”



 ミネルヴァは、限りなく亜神級最上位スプレマシ―に近い神格であった。


 空前の特殊性を持つ“混成接続突然変異体”がその全てを注いで造り上げた“鎧装騎神”に穴はなく、単機としての性能は、間違いなく亜神級上位の頂点にあると断じる事が出来る。



 確実に、上の領域に手をかけていた。

 あるいは、順調に、いずれは“次”のステージへと至っていた事だろう。



 だが、現実は無情だった。


 彼女は、亜神級最上位スプレマシ―ではなかった。


 “偽史統合神殿”が創造せし理想の具現は、空想であるが故に歴史がなく、その重みが真実アテナとの明暗を分けたのである。



“壊さないでくれっ――――!”



 落着は一瞬、ミネルヴァの渾身の集束崩界インフィニット術式ゼニスは、アテナと契約者パラス瑕疵キズ一つ負わせる事すら叶わないまま、黄金の神槍にその胸を貫かれて――――







『『どうした、友よ。お得意の“再解釈ヌマ”を使わないのかね』』



 声が通る。



『『仮想統合神格ミネルヴァは、君の偽神アテナを守る為の鎧だろう? このまま変異を遂げなければ、鎧諸共、君の理想カノジョが死に絶えるよ?』』



 男と女の声が不愉快に混ざり合い、城の自我を逆撫でる。




『『あぁ、そうか。君は見たくないんだね。偽物が本物の前に敗れる姿が。真実アテナの御前で『偽証』の神罰ジャッジを受ける二次創作がんさくの醜態が――――あぁ、あぁ。勿論だとも。君が彼女を出した瞬間に、私は罰を与えるよ。そういうルールだ仕方がない。痛かろう、苦しかろう。だが君は選ばなければならない。見殺しか、神罰か、さぁ、オリュンポス。君は自分の最愛ニンギョウをどのように――――』』



 契約だ、と城は声なき震動こえを上げた。



 この人でなしの空疎くうそな三文批評に付き合っている暇などない。


 冷静に、冷酷に、冷徹に。


 何が必要で、どこを切り捨てなければならないのか。永遠にも感じられる刹那の間際で城が下した“たった一つの大切なもの”は、



『『成る程。理想よりも真実を選ぶか。実に人間的な解答をありがとう。継ぎ接ぎだらけの贋作を作り続けてきた君が最後に求めるものが本物とは――――いや、違うな。最初と最後がようやく繋がったんだね。いいだろう、いいだろう友よ。君が望む力を貸そうじゃないか。偽物を束ねしオリュンポスが、真実のアテナを捕まえる、あぁ、実に人間的で怪物的なシチュエーションだ。存分にやりたまえ』』




 本物のアテナを手に入れる事、それだけだった。




◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・中環セントラルエリア:『覆す者』清水凶一郎



 逆さ城を覆っていた干渉無効化結界が剥がれ落ち、長かった天城決戦もようやく最終盤戦ファイナルフェイズへと移行する。


 ユピテル、虚、“笑う鎮魂歌”の皆さんに、彼等の天啓でありクランそのものとも言える『亡霊戦士』達が上限一杯。更に、マルス戦、ミネルヴァ戦を生き残った機神タロスの軍隊が計二十四機。



 そして――――



「よう、アンタが大将リーダーって事で良いのかい?」



 俺の前に、年季の入ったテンガロンハットを目深に被った骸骨の怪人、冥界からの帰還を果たした“笑う鎮魂歌”の先代マスター“桃地百太郎ももちももたろう”が歩み出る。



「はい。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、桃地さん。俺は」

「あー、挨拶よりも先に幾つか聞きたいことがあるんだが、大丈夫かいお兄ちゃん?」

「あまり時間は取れませんが」


 それで良いと、骸骨男は笑った。



「兄ちゃん、アンタ一体?」

「反省点や改善点は多々ありますが、ここまでは概ね狙い通り……いや」



 空を眺める。快晴の蒼から星海の瑠璃色へ。


 十二の神話を越えた俺達の眼前に広がる景色は、“夜”。


 世界一、星の逸話が多いとされるオリュンポス神話の最後を飾るのにこれ程適したステージもないだろう。


 ウーラノスと被るのを嫌ってか、天のキャンバスに色とりどりの惑星やら銀河やらが描かれている所に芸術みを感じる。



 空を越えて、宇宙ソラへ。


 たとえ視覚だけに作用するテクスチャ―の演出だったとしても、こういうのは嫌いじゃない。



「願い通りですね」



 だから俺のコレも言うなれば同じ。見栄えを優先したカッコつけってやつだ。


 狙い通よりも、願い通り。こっちの方が計算しているって感じがしなくて良いだろう? 何よりも夢がある。ロマンがある。愛がある。



 ここに桃地さんがいるという奇跡も、花音さんが辿り着いた輝きも、俺にとっては等しく思い描いた夢なのだ。


 だからこそ、言葉のチョイスにも拘らせてもらう。これは狙い通りなんかじゃなく、願い通り。誰にも文句は言わせやしない。



「成る程、いい浪漫もんもってんじゃねぇか、お兄ちゃん」

「恐縮です」

「んじゃあ、恐縮ついでにもう一つだけ教えてくれ」



 そうして桃地さんが問いかけた二つ目の質問は、非常に面倒くさいものだった。



「なぁ、大将。俺達の戦いに正義はあると思うか?」

「…………というと?」


 蘇った亡霊が、スマンスマンと大迎に頭を叩く。



「俺だってこんな土壇場で士気下げるような真似を好んでしたいわけじゃないんだけどよォ、アイツの、オリュンポスの裏側を泳いできた時に色々知っちまったというか、流れてきたというか」



 つまり、彼は現世ここへ来る道中で敵であるオリュンポスの“悲しい過去”というやつに触れてしまったらしい。


 それで自分達が戦う理由が分からなくなったと。そんな平和ボケしたお花畑思考な台詞を“笑う鎮魂歌”の元オーナーがぺちゃくちゃ喋っている。


 ――――あくまで表向きは。


「(オリュンポスの結界解除は、まだ完全に済んじゃいない。ダンジョンの神は、悪辣だが公平。なら……)」


 最後の通告アナウンスが流れるまでの間、まだ幾許かの時間がある事を確認した俺は、出来るだけ手短に済ませる事を心に留めて、



「要するにアンタは、人様に迷惑をかけずに引きこもっていた可哀想な怪物を俺達が叩く事に正義はあるのかって、そういう風に思っているわけだな?」

「……まぁ、そんなところだ」


 骸骨マスクがうすら笑いを浮かべる。

 全く大した役者だ。そんな事これっぽちも思っていない癖に。



「そんなもん。答えは一つしかないぜ、桃地さん」



 俺は言う。

 そして堂々と受ける。

 こいつは、日和ひよったおじさんの弱音なんかじゃ断じてない。

 彼は今、言葉を用いて俺という男を見ているのだ。

 お前に彼等こいつらを率いていく資格があるのかと、そういう力だけでは推し量れないものを見定める為の試験テストを先代様は俺にぶつけて来ているのである。



「例え始まりは被害者まっしろだったんだとしてもなぁ、オリュンポスはとっくに俺達が倒さなきゃならない“呪い”になっちまったんだよ」



 仮に冒険者が愚かか否かという質問ならば、答えは当然イエスだろう。



 “笑う鎮魂歌”が先に手を出したのだから恨むのはお門違いという意見にもある程度の正当性はあると思う。



 だけど……



「オリュンポスはアンタを含め、沢山の冒険者を殺した。アンタ達の死は、生き残った人間に“オリュンポス打倒”という縛りを与えた。やがてその縛りは呪いとなって、彼等に望まぬ茶番劇を強いらせ、そして――――」



 ――――そして、“烈日の円卓”に『亡霊戦士事件』という名の演目を乗っ取られたヒイロさん達は、真実、最終階層を守る為ならば殺しすら厭わない悪霊と成り果てる。


 あぁ、まさにこれは。



「逆さ城が何もしてない被害者だァ? 寝言は冥土でやってくれよ桃地さん。アイツはアンタ達を殺して、そして間接的にこのダンジョンに呪いを振り撒いた立派な“対処すべき災害”だよ。例え恨むのがお門違いだったとしても、アンタ達は、そして勿論俺達も、こいつを倒さなきゃ、前になんて進めない」



 人の業、そのものだ。

 眠れる怪物を起こし、その悪事に相応しい呪いを負った人間達。

 その呪いを解く方法は、そして己の尊厳を取り戻す方法は唯一つ。



先代てめぇらのツケは、現代おれたちで終わらせよう。力を貸してくれ――――」

「――――桃地だ」


 差し出された骨身の右腕を俺は力強く握り返した。



「桃地百太郎だ。よろしくな、大将」

「ありがとうございます、清水凶一郎です」



 どうやら、無事に認めてくれる気になったらしい。

 俺達の握手にワッと湧き立つ“笑う鎮魂歌”勢。ヒイロさんが、桃地さんに抱きつき、その様子を男連中が生温かい目で見る姿は、一ダンマギオタクとして込み上げて来るものがあって、本当に張りきった甲斐があったと、心の底から誇る事が出来た。



「試すような真似をして悪かったな、大将」

「いえ、大事なことですから」



 外様の俺が、今の“笑う鎮魂歌”を纏めているとしったら、そりゃあ試したくもなるだろうからさ。

 俺的ダンマギ無印男キャラ人気ランキングトップ5にランクインしているその男気に免じて、ここは快く許してやろうではないか。



「でもな、大将。さっきの質問に少しだけ同情が混じってたのは本当なんだぜ?」


 桃地さんをかたどる頭骨全体が、気まずそうな表情を作る。



「アイツは、オリュンポスってやつは可哀想なやつなんだ。ずっと独りぼっちで、愛した女を忘れないまま、あんな姿になっちまった可哀想なやつなんだよ」



 やるべき相手に慈悲なんて向けてもどうしようもない。

 そんな事は、俺も桃地さんも痛いほど理解している。

 そして一度火蓋が切られれば、たとえ何があろうと手を抜かずにやり切る――――そういう同族めいた精神性を感じられるこの人が、だからこそ告げた偽善やさしさに俺はこう返すしかなかった。



「俺達の理屈で救えるのは、愛すべき仲間と、精々見ず知らずの他人を少しくらいです。“敵になった者達”を、俺達はどうやったって救えない」



 いつかボスになる者達と手を取り合う事は出来ても、今目の前に立ち塞がる者達の救世主にはなれないのだ。



「――――俺達にはね」



 星瞬く夜空から極光の六翼を纏った花音さんが降りて来る。


 傍らにはファフニールに跨ったナラカの姿も見えて、これでようやくセントラルエリアに全戦力が集結したというわけだ。




「(……みんなが笑っていられるハッピーエンド、か)」



 彼女の在り方を絵空事だと笑う者は、最早誰一人としていない。



 歴代のボスキャラと、桃地さんを含めた“笑う鎮魂歌”のメンバーに加え、詠唱顕現を体得し、真実のアテナを呼び覚ました花音さん。



 誰も知らない天城の物語ストーリーがここにある。


 皆で紡いだ最新の神話ストーリーがここにある。



 だから、さぁ、後は――――







【天城への完全外部遮断措置を解除致しました。これより対“偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス戦の最終陣ファイナルフェイズを開始致します】








「ヒャッハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!」



 胸の内から湧き上がる歓喜の雄叫びと共に、俺は最後の〈骸龍器ザッハーク〉を唱える。


 肉体を覆い尽くす骸の龍の外骨格。ザッハーク。この『天城』において、何度も俺を助けてくれたもう一人の相棒。


 紫黒の霊力が宿りし、その躯体に力を込めて向かう先は、花弁型の足場の中央に輝く十三番目の転移門ポータルゲート


 文字盤つきの大理石の台座の上に現れた虹色の光柱をくぐり抜けて、いざやカチコミじゃいと鼻息荒げに駆けこもうとした瞬間――――




「凶の字っ!」




 ――――足場が、崩れ落ちた。


 ガラガラと、グチャグチャに。


 まるで見えない何かに押し潰されているかのように、俺達の足元を支えていたセントラルエリア全域が、星の海へと落ちていく。


 俺は妙な心地よさを覚えながら、崩落する転移門と共に下へ下へと落ちていき、



「仕方ないわね、特別にこのナラカ様の手々ててとキスさせてあげるっ!」



 伸びた火龍の少女の右腕を手に取った。

 伝わる体温は焔のように熱く、流石ドラゴンと妙な感心を覚える俺の身体を難なく引き上げる火龍の少女。

 ファフニールの背に引き上げられた俺は、いつ炎龍ファフニールが素早く飛翔しても良いようにとナラカの腰に手を回そうとして



「そこじゃ力入らないでしょ! こっちにしなさいっ!」

「ちょっ、えっええええっ!?」

 

 

 ナラカの両腕が、俺の両手を自身の胸部装甲へと引き上げたのだ。


 右腕と左腕に宿るこの世のものとは思えない柔らかな感触。


 人はこれを見果てぬ夢Hカップと呼ぶ――――じゃなくて、



「何してんだお前っ!? そこはアレだぞっ! 男が絶対に触っちゃいけない聖域サンクチュアリだぞっ!」

「だから良いんじゃない。ここなら男子アンタ、死んだって放さないでしょっ! 至高のエアバックってやつよ!」

「ごめん、言ってる意味がさっぱり分からないから、早く放して下さいナラカさんっ!」

「そんなことより――――!」



 ナラカの美声がおっぱいよりもあっちを見ろと轟き叫ぶ。


「やってくれたわ、やっこさん」



 空に散った味方を迅速かつ丁寧に回収して回る機神タロス達。

 唯一自前の翼を持つ花音さんとアテナだけが、輝く極光をはためかせ、




「Aaa■■■―――――――!」



 


 その奥に、佇む逆さ城が声を上げていた。


 駆動音でも、飛翔音でもなく、それは明確な“声”だった。



「――――Aaa■■■■■■■Naa――――!」



 声というからには、声帯がある。声帯があるという事は喉がある。


 それは、


「――――AaaaaaTheeeeNaaaaa――――!」



 それは彼女の名を、アテナの名を叫んでいた。


 二キロメートルを越えたその身体の天辺に現れた『顔』を使って、オリュンポス・ディオスが叫び、吠えている。


 城は、目まぐるしい勢いで変異を進めていた。


 トサカのついた古式兜をつけた頭部、白色の霊光に煌めくキロメートル級の巨大鎧、右手には黄金の剣を、左手には銀色の大盾を。



 さながら、アテナを男性化したかのような外見の巨神が彼の周りに浮かぶ十二神域を次々と接収していく。



 ゲームに出てきたオリュンポス・ディオスにこのような仕様はない。


 本来の逆さ城戦は、セントラルエリアに現れた十三番目の転移門を抜けて、第零神域内のオリュンポス・コアと戦うというそういう筋書きだった。



 オリュンポスの巨神化。

 十二神域を取り込んでのパワーアップ。


 極光色に輝く十二羽根は天を覆い尽くす程に大きく、その力の総量が優にミネルヴァを越えたものである事が、わざわざ比べるまでもなく分かってしまう。



 言うなれば、それは十三番目の天城神域オリュンポス


 神々を愛し、神々を造り続けた天城が、ついに己を神へと至らしめた歴史的な瞬間。



「こいつは……」

「えぇ、そうね」



 ほぼ同時だったと思う。

 俺とナラカの肩がゆっくりと下がり、首は九十度下へと項垂れて……



「――――AaaaaaTheeeeNaaaaa――――!」

「ふふっ、ふふふふふふっ」

「くっ、くくくくくくっ」



 叫ぶ巨神の咆哮に、音量の大半をかき消されながらも、俺達は互いが笑っているのだと認識する事が出来た。



「――――候補は幾つかあった」

「十二偽神の再復活。仮想統合神格ミネルヴァないしは理想アテナの再強化。新たなる概念ルールの形成、単純ながらも絶大な覚醒強化とかね」



 『常闇』の邪龍王戦において、俺達の前に立ち塞がった黒いザッハーク。


 そのゲーム時代には影も形もなかった邪龍王の第四形態にあわや全滅一歩手前まで追い詰められてしまった苦い経験から俺は一つの見地を得た。



「十二偽神の復活は、一度やっている。象徴たる理想アテナは出した瞬間に神罰ハマって終焉ジエンドだ」

概念ルールの形成は、アンタの本領メインじゃないわよね。純粋な戦士ってわけでもないから、ただ強くなるだけじゃ芸がない」



 この世界の最終階層守護者は、何らかの条件を満たした時にゲーム外の挙動を起こす。

 未知の進化。

 未知の術式。

 未知の形態。

 

 ――――俺の知識は、“全知”ではなかった。


 ゲームマスターであるダンジョンの神のさじ加減一つで、簡単に覆る可能性のある脆弱さを秘めていたのである。



「“外れ”と“突然変異体”の二重属性、“混成接続突然変異体”であるお前の等級を仮に亜神級最上位スプレマシ―としよう。となれば、そこには必ず法則がある、摂理がある、真神級うえへ至る為の“世界の種”があるはずだから」



 ――――ならばこそ、その覚醒みちすらも読み解こう。


 ザッハークの覚醒を基軸に、ゲーム内では「仕様となっていた」似たような事例をサンプリング。


 第二形態、体力HPの減少を参照とした術式の変化、後は特殊会話を挟んでの強制攻撃なんてのも王道テンプレだ。

 覚醒やら、変身やら、こういうタイプの初見殺し系パワーアップは確かに厄介だが、始めから来るものだと思って構えていれば何て事はない。


 


 そして多くの場合において、彼等の変身は(正統強化アップ属性反転リバースかの違いこそあるものの、そこには必ず「元となった個体の基準」というものが存在する。、



「オリュンポス・ディオス。司る理は、“神の偽造”、可能性と記憶を混ぜ合わせて偽りの神々を産み出す贋作の逆さ城。紛い物だらけとはいえ、曲がりなりにも“神を産み出す法則”の持ち主だなんて、流石は“混成接続突然変異体”ね。このナラカ様が直々に褒めてあげてもいいわぁ」



 ――――オリュンポスの在り方ベクトルは、特に分かりやすかった。



 奴の根幹には、アテナへの執着がある。

 そして彼は生粋のクリエイターであり、その性別はオス。

 神を愛し、神に焦がれ、神を造りし贋作家。


 じゃあ、そんなやつの覚醒はどうなると思う?



「お前は愛するアテナと同じ神様ものになりたかったんだろう?」

「しかも飛びっきり強くて、大きな主神に!、――――この神話テオゴニアを統べる者に!」



 八、九、十。


 周囲に浮かぶ十二の神域を一つ、また一つと飲み込んでいく度に力を増していく鎧の巨神。


 その神々しき極光の霊力を迸らせる奴の姿は、見れば見る程アテナを意識したものであり、言っちまえば願望がダダ漏れだったのだ。



「十二神を統べる者、そして永遠の処女神アテナめとモノ――――あぁ、オリュンポス、お前さんって奴は本当に」



 ゲラゲラと、自分の腹の代わりにドラゴン娘のHカップを抱えながら笑う。



 幾度となく議論を交わした。


 オリュンポスの繰り出す全ての能力と特性を念頭に置き、俺達が用意した全ての戦略が通用し、見事奴を追い詰めたと仮定した、奴が何をしてくるのかを、オリュンポス・ディオスがどのような覚醒を遂げるのかを。



「頭撫でてやりたくなっちまうほど――――」



 奴の覚醒は俺達は



「――――見え見えよぉッ!」




 十二神域との合体だ読み切ったのだ




花音アイギスッ!」


 号令と共に、骸龍器おれの身体が宙空へと放り投げられた。


 十二神域の踏破達成報酬としてゲームマスターより賜った特殊強化加護、《十二神話を越えし者ティターンズ》の影響か、はたまたナラカ自身の膂力が上がったからなのか――――きっと答えは両方なんだろうな。


 この旅で目覚ましい進歩を遂げたのは、何も花音さんだけじゃない。


 ナラカも、俺も、みんな見違えるような成長や展望を得たのだ。



「凶一郎さんっ!」



 堕ちゆく俺の手を、極光の六翼を身に纏ったクライマックスフォーム姿の花音さんが捕まえる。


 奥の手を切らない限り空を飛べない俺にとって、この足場のない空域フィールドは、およそ鬼門に近い。


 そんな事は重々承知の上で、ナラカが放り投げた理由は、ただひとつ。



「行くわよ、ファフニール」



 星が瞬く“杞憂非天”の夜空に、一際輝く紅蓮の劫火。


 龍が燃える。少女が燃える。


 高熱の炎を纏う肢体、深紅に染まった頭髪、背中から伸び出た両翼は、まるで太陽の如く燦々と輝いていて、それは、



「さぁ、――――腹パン分からせの時間よ」



 それこそが、この旅において火荊ナラカが至ったifの輝き。


 境界融合クロスシステム。人と精霊が互いの存在を認め合う“共生”の究極系。


 ナラカの旅の集大成とも言えるこの形態スタイルがここで切られた事には意味がある。


 「最終決戦だから、出し惜しみなしだ」とはっちゃけたワケじゃないぜ? むしろこいつは練りに練られた俺達の最後を飾る打ち上げ花火。



「十一、十二。どうやら全部美味しく頂いたようね、童貞天城ぼうや。これでめでたくアンタは十二神域を統べる者になったってわけだ」



 十二神域を取り込んでの合体。

 自らが造った偽りの神話こども達を自らの存在強化アップデートの為に喰らうというその行為は、事あるごとに「親が我が子を喰らう」オリュンポス神話体系のテンプレに則した非常に「らしい」展開だ。



 だが、忘れてねぇか逆さ城?


 クロノス然り、ゼウス然り、子を喰った親は大抵ロクな目に合わねぇんだぞ?


 そもそもお前の大好きなアテナちゃんだって、ママをくった糞親父ゼウスの頭カチ割っての激烈パッカン生誕オギャーだったじゃねぇか。




「自分の創作物こどもを食べる悪い造物主パパには、キツイお仕置きが必要よねぇ」

 


 笑い声と共に、ナラカの霊力が加速度的に高まっていく。

 そして五百メートル先からでも分かる程に煌々と、オリュンポス・ディオスの内部で十二の金光が瞬いた。



 万物平定、聖婚賛歌、永久女神、火天日肆、怨讐愛歌、戦争工房、花天月地、晦冥王土、混沌空亡、物換星移、災厄震源、黄金時代。

 


 “偽史統合神殿”が造り上げた十二の神域を、ただ一人、火荊ナラカだけが全て巡った。


 実際に戦闘に参加した者から顔出し程度の浅いものまで、そのスタンスは実に多面的だが、それもそのはず彼女には、裏の役割があったのだ。



「予想通り、“爆弾”入りの神域エサを食べてくれてありがとう。アンタがどれだけ硬い装甲に覆われてるかしらないけどね」



 起動する。躍動する。駆動する。熱動する。



 一つ一つが核熱級の威力を誇る金色の球形型霊力爆波弾頭アストラルボンバーが、境界融合を果たした獄炎の主の命に従い、繋がり合う。


 連鎖する霊力。

 融合する熱量。

 どこまでも高く、熱く、敗者なき地平線の先に到達した彼女の新たな境地がここにある。




「【獄炎覇龍術式オーヴァーロード】────」



 十二の星と、火龍の獄炎が織りなすその無二たる合成術式の名は、




「───【熒惑星マーズ之崩御ディザスター】ッ!」




 

【獄炎覇龍術式・熒惑星之崩御】



 火の星の滅亡を謳いし、この技の特性は十二の星を触媒として、極小範囲の超新星爆発を引き起こす。


 言うまでもなく崩壊術式ゼニスだ。世界を壊すという“結果”だけに特化した“区切られた破滅現象”である。



 広がらず、巻き込まず、ただ限られた領域内でのみ発生する架空の超新星爆発スーパーノヴァ


 だがしかし、現在進行形でオリュンポスの内部宇宙を焼き尽くす巨大な爆発現象の威力は、嘘偽りなく「星の終焉」に匹敵する。



 ましてやそのエネルギーは、拡散することなくオリュンポスの身体だけを焼き尽くすのだ。


 いかな亜神級最上位スプレマシ―とはいえ、内側でこんなもん引き起こされて無事で済む筈がない。



 目算四キロを越える、天城の巨神が燃える、燃える、燃え上がる。




「――――Aaaaaaaeeeeaaaaaa――――!」



爆ぜる肢体、崩れる胴体。羽が裂かれ、頭部が割れ、オリュンポスの身体が見るも無残に壊れていく。



 どうやら再生能力持ちらしく、壊れた箇所からせっせこと復元を始めているみたいだが、お生憎様。


 この極大の隙を見逃す俺達じゃない。


 こんな美味しいフルボッコチャンスを誰が不意にするのかって話さね。



「行けるか、ユピテルッ!」



 言いながら、後方に視線を向けるとチビちゃんがタロスの両腕でぐでん、と横たわっていた。



 その紅目からは、やる気というやる気が削がれており、完全に電池が切れてやがる。


 

 アテナと【英雄の守護者パラス・アイギス】と、タンジョンの神からの祝福として授かった《十二神話を越えし者ティターンズ》の二重回復で、身体も霊力も元気いっぱいの筈なのだが



「この、機神ロボ。あんまし座り心地くない」



 まさかの心意気テンションの問題だった。



「ユピテル、お前……」



 巨神化したオリュンポスのコア探知役かつ、最強の後衛さんにこんな所で不貞寝ゴロンチョされると困る為、俺は彼女を金で釣り上げるべく、急いで“商談”の準備を始めようと頭を回転させたのだが、



「なんすか、師匠。こんなコチコチ君じゃテン下げってそういうことっすか?」



 その前に意外な人物が口を開いたのだ。



 星座に囲まれた美しい夜空を、一機のタロスが飛ぶ。


 虚を肩に乗せた青銅の機神がゆっくりと、チビちゃんの機体の前へと辿り着き



「そいつは、マジでエンドってますね。ガチしょんぼり沈殿丸もいたしかたなしってやつっす」

超絶ハイパー拒絶案件チンチン



 その会話は、チャラ男とお子様の幼稚な下ネタが混じり過ぎていて、ほとん意味をなし得ていなかったのだが、しかし俺は次の瞬間、思わず息を飲む事になる。



「なら、アレっすよ。俺が師匠の足役アッシーになりまっす!」



 いつもの陽気な声でタロスから降りた虚の身体が、宙空で白金色の輝きを放つ。



 夜空を照らすその光耀は、ナラカのように苛烈でも、花音さんのように荘厳でもなく、それはまるで月のように静かで、冷たく、陰りを秘めながらも神秘的で、




『さぁ、師匠。乗って下さい。自慢じゃありませんが、自分、それなりにモフ系ですよ』



 ケラウノスすらも上回る白い虎が、虚の声で喋った。


 混じり気のない純白に、稲妻のように走る縞模様。


 爪牙は金色、溢れ出る霊力は、花音さんのアテナと比肩してもなお劣らず。



 獣化と呼ばれる特性がある。


 獣族を獣族かれらたらしめる能力であり、読んで字の如くその力を使えば、彼等は一時的に自らの魂の祖ルーツへ戻る事が出来るのだ。



 虚は暗殺者である前に獣人だ。

 そして彼の宿す獣の名は白虎。


 かつて獣の王と例えられ、神の領域へと達した神獣の一柱。



 その力は、ビルを容易に吹き飛ばしハデスやカオスといった並みいる偽神達と素手の一本で渡り合った人間形態の、およそ数百倍といわれ、彼が出てきた二作目の公式マテリアルガイドには、「物語開始時点で、彼がなりふり構わずこの形態で襲いかかっていたら、多分主人公陣営もラスボス陣営も共倒れで終わっていた」という驚天動地の評価がなされていた程だ。



 ――――そう。元々の予定では、彼こそが《不和の林檎》下で仮想統合神格ミネルヴァを討つ為のサブプランだったのだ。



 というよりも、パーティー編成時点ではナラカがここまで化けるとは思いもしなかったので、オリュンポス・ディオス戦の大まかな部分において彼が役割を担う目算だったのである。


 しかしそれは二つの理由から白紙となった。


 一つは無論、ナラカの存在だ。境界融合、作戦立案、俺の右腕を進んで買ってくれた上でのあれやこれや。


 ナラカの進化は、俺の思い描いていた当初のプランを嬉しい意味で変えざるを得ない程目覚ましいものであり、事実、現行のオリュンポス戦ではナラカの重要度が格段に上がっている。



 だけど、それだけじゃないのさ。むしろ、虚の神獣化を頼れなかった本当の理由はこちら側にあるといっても過言ではない。



 それは獣人族特有の事情であり、彼個人の信条でもあり、可能ならば立ち入りたくなかったという俺側の自重心でもあって。



 要するにさ、虚をその気にさせる為には黒騎士の旦那やナラカ以上にタフな“攻略”が必要だったわけよ。



 下手したら物理的に噛みつかれる代償さえあった。


 とてもデリケートで、どうしても彼の心に踏み入らなければならない――――まさに「虎穴に入らずんば」的なリスクを覚悟しなければならない代物だったのさ。



 そして結局、俺は白虎の戦力化そのルートを選ばなかった。

 ナラカでの代用が十分叶うという事と、それに何より大事な仲間の事情にズケズケと立ち入りたくなかったからである。


 虚の人物像は確かに、当初思い描いていたものよりもずっと陽気で、気さくな、何だったら殆どアホといっても差し支えのないものであったが、しかしその実彼は、間違いなく“神獣”なのだ。



 事実、未来視を使って彼に「交渉」を持ちかけた時の反応は、驚くほど冷たく、どのルートを辿っても今後の俺達の関係性に重篤な支障をきたすものばかりだった。



 だから俺は諦めた。

 パーティーの足並みを乱したくないというリーダーとしての考えは元より、歪ながらもこいつの兄貴分として、何よりも一人の友として、虚の事情を守りたかったのである。



 なので、彼の神獣化は当面ないものだとばかり、




「おぉー! すっげー! デッケー! 弟子、モフモフじゃーっ!」

『でっしょー! 』



 ――――思っていたんだけどなぁ。


 ものすごく予想外な、だけど何故だろう、俺にとってはとても幸福な光景がそこにはあったのだ。


 空に浮かぶ巨大な虎に跨り、無表情ながらもきゃいきゃいと喜ぶ銀髪の少女。


 白虎の背から流出した白金色の霊力が綱となり、獣の王の身体をぽいんぽいんと飛ぶチビちゃんが落ちないようにと優しく包んでいる。



「本当に、大した奴だよ。お前さんは」



 そう。ユピテルはやってのけたのだ。


 日がな一日ガチャを回して、口を開けば奇声か幼稚園児レベルの下ネタを吐き散らし、常に己の欲求がおもむくままの無軌道性でその俗物性を極み続けた我等が愛すべきチビちゃんは、その実、誰も成し遂げられなかった――――俺ですら諦めた――――虚の神獣化を見事にやってのけたのである。




「すごいじゃネーノ、弟子! どーして今まで隠しとったん?」

『へへー、色々ありましてね。良い男には隠し事の一つや二つあるんっすよ』



 その色々を解きほぐすのが一体どれだけ大変で、すごいことなのかユピテルは全く分かってない。


 あの瞬間、銀髪の少女がやった事はいつも通りのクソガキムーブであり、それ以上でもそれ以下でもない。



 だからこれは、この奇跡は、二人が積み上げてきた時間の結晶なのである。


 ユピテルは虚の事を弟子と呼び、虚は彼女の事を師匠と慕う。

 二人のこの謎としか言えない師弟関係が一体いつ発生し、どのような形で斯様かような発展を遂げたのか?


 正直、俺も良く分かっていないし、あまり深く詮索しようとも思わない。


 だけど、たった一つだけ断言できる事があるとするならば、虚はチビちゃんの外見に惚れこんだわけでも、ましてやロリコンビーストに陥った訳でもなく(奴の趣味は、胸の大きなお姉さんである)、



「良いのー、弟子! おかげでやる気でてきちゃ!」

『さっすが師匠! やる気スイッチの切り替え速度がマジパネェ!』



 ユピテルの屈託のない、あまりにも無邪気な優しさが、この“三番目の奇跡”を産み出したのだ。


 ユピテルは差別をしない。

 ポリコレ意識が高いとか、リテラシー感覚に優れているとかそういう事じゃなくて、そもそも分け隔てるという発想がないのだ。



 だから場面も人も選ばず「おんぶ」をねだるし、隙あらば肯定うんちとか言うし、いつだって自分の欲求に正直で、故にこそ嘘がない。


 そんな彼女の在り方がどこかのタイミングで、虚の何かを救ったのだ。師匠と呼ばれるに値さるような事があったのだ。

 神獣の暗殺者が自らの意志で白虎となり、背中を貸し与えるような何かが……きっとあったのだ。



「(出会った時は、外見通りの小動物みたいだったやつがよくぞここまで――――あぁ、本当に、誇らしいぜユピテル。この奇跡は、お前だから起こせたんだ)」



 本人に言うと滅茶苦茶調子に乗るので、心の中だけに留めておくが。

 後、それはそれとして帰ったらお説教地獄確定だが。


 ……しかし、それでも。



「(助け舟くらいは、出してやるからさ)」



 そんな事を心の中で一人勝手に誓いながら、いつもの調子で白虎の神獣に語りかける。


「よし。それじゃあ、虚。ユピテルの事は頼んだぜ」

『謹んで任されました。それよか兄貴、一つお尋ねしたい事があるんっすけどいいですか?』



 何さ、といつも通りのテンションで言葉を返す。

 一方が虎になっても、もう一方がその姿を見たとしても、俺達は何も変わらない。

 ユピテルのような百パーセントの自然さで、というわけには流石にいかないけれど、互いがそうありたいとさえ願い、フラットな目線を疲れる事なく維持できるのならば、「いつも通り」はいつまでだって続くのだ。


 虚は言う。


『ここからの展開って、あのデケェのを皆で叩いて、内部の道開いてからのー、オリュンポスのコアを花音ちゃんが叩くって感じで良いんっすよね』

「まぁな」



 繋いだ手の先にたたずむ桜髪の少女を見やる。

 極光の翼に包まれたメインヒロインの視線は、巨神となったオリュンポスに注がれていた。

 淀みなく、曇りなく、真っすぐな瞳で燃え盛る“偽史統合神殿”の成れの果てを見つめる花音さん。


 彼女の背後に陣取るアテナの聖歌は、相も変わらず俺達の心を湧き立たせ、英雄の力を授けてくれている。


 だが、



『なら、余計な戦闘は省くべきっす。このままあのデカイ城と真正面からドンパチやってたら多分持たないでしょ、その女神様』



 歌声は、確実に小さくなっていた。

 亜神級最上位スプレマシ―の顕現は、世界の法則を書き換える程の力を秘めているが、その分だけ消費も激しい。



 ミネルヴァ、ヘラ、そしてオリュンポス。


 いくら花音さんの素質がメインヒロインと名乗るに相応しい程のスペックだとはいえ、ぶっつけ本番での三連戦は流石に激しい。


 消費リソースが時間制別ゲージっていうのも、自身が霊力回復持ちのアテナにとっては向かい風だ。


 現界を維持するだけでも時間を消費するし、技を使えばその大きさに応じてやはり時間を消費する。



 そして、俺達の切り札であるアテナが消えれば戦況が大きく変わるのはもちろんの事、何よりも彼女が求めた『みんなで笑っちゃうくらいのハッピーエンドを迎える』が叶えられなくなる。


 ただ、オリュンポス・ディオスを倒すだけではダメなのだ。


 アテナと花音さんを、オリュンポスの神核コアに届けなければ完全無欠の大団円は決して迎えられないのだから、



『オレが届けますよ』



 白い虎の神獣が笑った。



『今の白虎オレなら、一々触らなくても、兄貴達を飛ばせます。より遠くに移せます。だから後は、師匠がコアの位置さえ教えてくれたら』

「それくらいなら任せろしっ!」



 そういう事らしい。

 白虎へ至った事で、自身の精霊の力を“法則化”へと昇華させた今の彼は、この領域に存在するありとあらゆるものの位置を自由自在に転移させる事が可能なのである。


 そこに化物じみたチビちゃんの感知能力が合わされば、成る程、確かに大幅なショートカットが叶うだろう。



 だけど……


「オリュンポスの内部は、危険だぜ? 奴が苦し紛れの自爆なんて馬鹿をかました日には……」



 自爆要素なんてゲーム時代にはなかった。

 しかし、それを言うならそもそもオリュンポス・ディオスがこんな四キロ大の巨神兵器になるなんてルートもなかったわけで、要するに今のアイツが絶対に自爆なんてしないって保証はないわけよ。


 まして虚が今からやろうとしている事は、外から壁をぶち破っての侵攻ではなく、彼の精霊『虚空』のワープ能力を用いての潜入だ。



 行きはとんでもなく楽チンだが、帰りは出口なしの荒行となる。




「オリュンポス・ディオスのコアを直接ここに転移させるってのは?」

『今早速試してみたところっすけど、流石に無理っすねー。アレ動かすってのは、このバカデケェ城そのものでお手玉できるかってのと同義なんで、ちょっとここまではキツイっす』



 そうなると、潜入メンバーを選ぶ必要があった。


 それも帰還に法則化された『虚空』を頼るのであれば、“時間の節約”の為にも行く人数は少ない方が良い。



 花音さんは大前提として、万が一の時には自力で生還可能なメンバー……。




「俺が花音さんに付き添う。後は、お前に残された時間から戦闘と帰りの分のストックを計算した上で何機かタロスを送ってくれ」

「それがベストっすね」



 どうやら虚も同意見だったらしい。


 白虎の内側から流れる白金色の霊力が俺と花音さんの全身を包んでいき



「兄貴、ご武運を」

「こっちの戦闘は、俺達に任せな、大将」



 その言葉を皮切りに、桃地さん達を乗せた青銅の機神タロス達が燃え盛る天城の巨神に向かって次々と超音速の突撃をかましていった。



 ケルベロスの咆哮が、

 アンドレアレウスの絶叫が、

 ヘカトンケイルの槍撃が、

 セイテンタイセイの分身体が、

 ユートピアにより降誕した先代達の霊魂が、


 それぞれがアテナの唄に呼応し、かつて願ったオリュンポスとの本当の最終決戦に喜び勇む。



 翔ける。翔ける。現在の英雄と過去の英雄が、星降る夜天よぞらを翔けていく。

 ――――生と死の垣根を越えて。



「行きましょう、凶一郎さん」


 

 そうして一つのクランを真に正しく救ってみせた桜髪のヒーローは、最後に救うべき天城を見据えて、




「これで本当に決着です」




 俺達の視界から、星々が消えた。







◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第零番神域『天城神羅』・中枢コア




 ぎちぎち、と歯車が回る。


 青白い霊力が血液のように空間を駆け巡り、ごうごう、と吹き荒ぶ熱風が確かな“熱”を感じさせた。



 巨大な議事堂のように思えた。


 中央に円形の巨大なスペースがあり、それを取り囲むようにして無数の歯車が回り続けている。


 “彼”は、中心にいた。


 鋼色の歯車に囲まれた白色の円形中枢部セントラルコア。その真中に屹立した著大ちょだい極まりない“柱”に張りつけられたヒト型の精霊。


 全身が白く、顔は男とも女とも形容できる中性的な顔立ち。髪の代わりに伸びた頭部の触碗は恐らくケーブルの役割を果たしているのだろう。


 彼の“髪”を通して行きかう霊力と情報が、オリュンポス・ディオスという神話体系システムの全てを支えている――――そう考えるとここは正しく“コア”だった。



 コアであり、心臓コアでもある。

 ただし、コアは神を模した、それこそまるで人のような形を持っており、俺のゲスい勘ぐり頭はその姿を拝んだだけで、色々と察してしまった。




“――――アテナ”



 柱に縛られたオリュンポスのコアが口を開く。



“ずっと、ずっと会いたかった。貴女を想わない日はなかった”



 あらゆる体毛を排除した白色のヒトガタの両目から涙が零れ落ちた。

 待ちに待った感動の再会だ。

 実にグッとくるシーンだと思う。


 ――――その涙が血を彷彿とさせる紅い濁流でなかったらの話だったが。



“アテナ、私のアテナ、私達のアテナ、オリュンポスのパラス・アテナ”



 アテナは答えない。彼女はただ、英雄達を讃える唄を歌うばかりだ。



「(……いや、これは)」




“ここにいれば、安全です。あの憎き赤い嵐もこの領域までは攻めてきません。ここで一緒に暮らしましょう。昔のように穏やかに、どこまでも楽しい時間を永遠に”



 花音さんの傍に仕える英雄の守護者の身体が淡い光を放った。


 相変わらずアテナは何も喋らない。けれど、




“何故です? 何故私を拒むのです? 人間? あぁ、ここにいる侵略者達の事ですか、無論一人残らず排除致します。――――失礼、そこの雌型生体ユニットだけは、特別に『管理』致しましょう。安心して下さい。命だけは奪いません。永遠に生かさず殺さず、貴女を世に留める為の楔として、この個体を役立ててみせます”



 語り合っている。

 俺の視点からは、オリュンポスがどうしようもない独り言をほざき散らかしているようにしか見えないが、彼等は確かに語り合っていた。




“私はあなたの知っているアテナではない? 何を仰る貴女はアテナだ。他ならぬこの私が、原初のオリュンポスが認めているのです。貴女はアテナだ。パラス・アテナだ。たとえ異なる歴史を歩もうとも、その永久不変なる乙女の輝きは唯一無二。そして私はオリュンポスだ。貴女が眠り、貴女が目覚め、貴女帰るべき唯一つのオリュンポス、それが私であり、あなたなのだ”



 繋いだ手を放し、エッケザックスのトリガーを調整する。



「君には聞こえるのか、彼女の声が」


 花音さんは申し訳なさそうに首を横に振った。


 

「今は聞こえません。聞かれたくないんだと思います。だから……」

「うん、俺も無理に聞き出そうって気はないから安心して。――――それよりも」


 花音さんの両手に紅の大筒と翡翠色の槍が宿る。


 送られてきた五機のタロス達も既に銃口を構え臨戦態勢。



「(この“話し合い”は、間違いなく失敗する)」



 それが俺達の共通見解だった。こいつは無理だ。少し言葉を聞いただけでも無理だと悟った。



“――――何故、そうも人間に固執するのです? 貴女に僅かな瑕疵が存在するとするならばまさにそこだ。神を模したモノでありながら、体躯も、力も、知性すら遠く及ばない出来損い共を何故そうも庇い立てするのです? あのような愚かな生き物など我々の世界には不要なのです。なまじ知性を備えているだけ、獣達よりも悪辣です。世界の癌を、愚かで邪悪なガラクタ達を、何故貴女はそうまでして愛そうとするのです? 人間など、我々の家畜か玩具でしかないでしょう?”




 中枢部が揺れる。


 ナラカの超新星爆発を受けて尚、その在り方を保ったオリュンポスのコアが、揺れて、震えて、怒りを上げて――――




“だから、滅んだ……だと?”




 瞬間、俺達の背後から蛇の杖を持った青白い男と、草木のヴェールに覆われた穏やかな表情の女性が襲いかかって来た。



 ヘルメス。

 デメテル。


 いずれも、本家ダンマギに出てきた顔ぶれだから何とか分かる。


 お得意の偽神創造だ。

 ただし、今までの十二偽神アンソロジー達と比べたら、その完成度は大きく劣る。



 再現された部分は、神の上半部だけ。

 その下半身は白い、まるでヘビのようなうねりと滑りを見せており、そして何よりも彼等はオリュンポスのコアと繋がっていた。



「要するに、レギュラー落ちした二軍デッキを自分の触手に変えて武器化したってわけだ。ハッ、素材使いが上手なこって!」



 皮肉を口走りながら、男神の触手を両断する。


 この地獄の十二連戦をくぐり抜け、なおかつ戦いの女神の庇護下にある俺ちゃんが今更この程度のパチモンに苦戦するかっての。正直、デコピンでも十分だぜ、ペッ。



「くっ、分かってはいましたが!」


 悲しそうに目を伏せながら、豊穣の女神を刺し貫く花音さん。

 本当に逞しくなったものだ。触手とはいえ、オリュンポスの造り出した偽神を瞬殺である。

 今となっては、五層のミノタウロス相手に二人で汗をかきながら戦っていた頃が懐かしい。


 よくぞここまで育ってくれたもんだよ、花音隊員。



“貴女は知らないのだ! この唾棄すべき愚か共達が私に何をしたのかを!”



 だが、相手方もこの程度では終わらない。


 竈の女神ヘスティア鍛冶の神ヘファイストス酩酊の神ディオソニス冥冬妃ペルセポネ――――




“奴等は被害者面をしたのだ! 手前勝手な理由で私を殺めにきた癖に、いざ反撃にあい、同胞を殺された途端に厚かましくも復讐者を気取ったのだ!”



 眠りの神ヒュプノス死の神タナトス諍いの女神エリス夜の女神ニュクス――――



“最初に戦争をしかけたのは、奴らだ。大事なものを奪ったのも奴らだ。全て全て全て奴等が招いた種なのだ! 私は何もしていない! ただ平穏を望んだ! 静かに貴女を想えていれば、それで良かった! それなのに――――!”




 奈落の神エレボス愛の美神アフロディーテ人殺しの女神アンドロクタシア復讐の女神ネメシス――――



“自業自得だ、忌々しいっ!”



 次々と、続々と、天城の叫びに応じて顕れる触碗の偽神達。


 俺は奴等に向かって「話し合いましょうヒャッハー」と説きながら頭をカチ割りつつ、頭の中では別の事に想いを馳せていた。



「(確かに、そこだけ切り取ればお前は立派な被害者だ。良識ある大人なら漏れなくみんなお前の味方をしてくれるだろうぜ)」



 斬りながら、叩きながら、貫きながら考える。


 お前は人間おれ達を加害者と呼び、神々じぶんたちを被害者と呼ぶ。


 神は優れていて、人は愚か。……あぁ、勿論俺もその意見については概ね同意だ。頷いてやるとも。



「(けどよぉ)」



 じゃあなんでお前達は滅んだんだ?


 失敗作として扱われたんだ?


 やり直さなければならなかったんだ?



「(お前さっき、俺達を家畜と蔑んだな、玩具オモチャと嘲笑ったよな)」



 だからきっと、そういう事だったんだと思う。



 このオリュンポスが知る神統記テオゴニアにおいて、人は神々の家畜で、玩具だった。


 そしてその在り方が、この人の世界を統べる「管理者」達のトサカに触れたのだ。



「(大昔の、顔も知らない誰かが受けた仕打ちを今更持ち出して、ハイ論破なんて言う気は毛頭サラサラねぇよ)」



 でもさ、お前も、お前達も昔やらかしてたんじゃねーか。それが元で滅んだんじゃねーか。



「(被害者面すんなだって? 良くもまァ、いけしゃあしゃあと)」



 同情したくなる部分もある。

 俺達が愚かな事も認める。


 だが、それはそれとして――――




「いつまでも純粋無垢な顔で、いられると思うなよこの偽善者野郎! 大体、てめぇの言ってる事が全部正論だったとしても、桃地さん達が殺された事には何の変わりもねぇんだからなっ!」



 そのせいで呪いが生まれた。

 そのせいでどこかの未来でもっと多くの人が死んだ。



 周囲を囲む四柱の神々の首を大剣で切り飛ばす。



「そもそも、なんだあの第三陣クソゲーは! お前オモックソ楽しんでたじゃねぇか! お気に入りのお人形さん使って弱ってる俺達相手に無双するのはさぞや心躍っただろうなぁ! 賭けてもいいが、お前絶対、滅茶苦茶にドヤ顔してただろうっ! 愉悦に浸っていたんだろう!? ――――おい、オリュンポス!」



 例え俺達が死ぬほどクソでも、神様と比べたらカスとしか言いようのない程劣った存在だったとしても





「とっくの昔から、てめぇも同じ穴のムジナだ、クソ野郎」




 そいつを理由に、ここで剣を止めて良い事にはならないのだから。




“黙れ”



 二つの変化は、同時に起こった。



“黙れ黙れ”


 一つは花音さんの方に。

 彼女の背中から極光の翼が消え、俺の身体を包んでいた無敵の霊力がしおしおと萎びていったのだ。



「花音さんっ!」



 とうとうその時が来たのだと思い、彼女の傍へと駆け寄りながらオリュンポスの方に視線を注ぐと、そこにはアテナが――――



「なん、で……」



 アテナがいたのである。


「まさか、自分で切ったのか?」


 息を荒げながらも、しっかりと頷く花音さん。



「なんで……そんな事? スキルの発動時間はまだ残ってたんだよね?」

「これ以上続けると、アテナが彼と話せなくなってしまうので……」



 だからスキルだけを切ったのだと彼女は言った。


 後ろ側でタロスが爆散する。


 “英雄化”が切られた青銅の機神は、あまりにも脆かった。


 単一戦力としてのアテナを残したかったのか、あるいは何か別の理由があるのか?



「伝えなきゃいけない言葉があるんです。彼女は堅物なので、上手くいってない様ですが、それでもちゃんと伝えないと――――」

「それは俺達の勝利に繋がる事?」


 桜髪の少女は、真っすぐ俺の瞳を見据えて頷いた。



「はい。みんなの勝利に必要なことです」

「分かった」


 だったら良い。というかここまで来たら最早彼女達を信じる他にないのだから。



「それよりも問題は、あっちの方だ」



 そう。どの道こっちの変化は、いずれ起こる事だったのでまだ良かったのだ。

 間違っていると思ったら最悪また張り直せばいいわけだし、そういう意味では今一度切ったのは、むしろ英断だったのかもしれない。




 だって――――




“黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! もういい、貴女までもが、私を拒絶するというのなら、最早生きている意味など皆無である”




 どくん、どくんと。



 オリュンポスの全身が脈動を始める。



“お望み通り生き絶えよう、死なば諸共、全てを無へ”



 オリュンポスを繋ぐ、無数の管。そこから城の各部へ流れる膨大な量の霊力が、



“アテナ、私と一緒に死んでください”



 ――――逆流を始めたのだ。



 注がれる。注がれる。赤い血潮のような霊光が、逆さ城を動かしてきた全エネルギーの奔流が、コアの身体を太らせ、膨らませ、強くさせ、



「花音さん、俺が未来視でタイミング計るから、合図に合わせて【英雄の守護者パラス・アイギス】をかけ直してくれ」

「分かりました。……でも」

「うん。それでって事だろう?」



 顔を青ざめながら桜髪の少女は何度も首を縦に振った。



 前代未聞の“混成接続突然変異体カオス・イリーガル”が更にゲーム外の覚醒をした上で、破れかぶれのトンデモ自爆をやろうとしていやがるのだ。



 そしてそれは、当初俺が軽口混じりに予想していた解答の一つだったのだが……



「(想定した規模と、まるで違う)」



 どれだけ自分の見積もりが甘かったのかと、俺の中の霊覚が悲鳴を上げながら語りかけて来る。



 城が爆発して終わり? 虚の転移を頼れば大丈夫?



「(消し飛ぶぞ、“杞憂非天”そのものが)」



 範囲指定を外れた崩壊術式ゼニスとでも言えば良いのか。

 これから起こる悲劇は、まさにそういう類のものだ。

 真の意味で世界を終わりへと誘う、絶滅必死の最終ファイナル自爆黙示録エクスプロージョン

 そしてその破壊現象が、どれだけ続くか見当もつかない。


 もしも、【英雄の守護者パラス・アイギス】や【四次元防御】の効果発動時間を超過してオリュンポスの“破壊”が続けば、俺達は間違いなく――――




「逃げろ花音さん。合図さえあれば、虚が君を引き上げてくれる。そしたら直ぐにみんなにこの事を伝えて帰還の腕環を使うんだ」

「! 待ってください! それじゃあ、凶一郎さんは!」

「俺はここに残るよ。どれだけ保つか分からないけど、ギリギリまで【四次元防御】を使って耐えてみる」



 それが、僅かながらでもみんなが生き残る可能性のある最善の可能性なのだ。



 今やオリュンポスは、その体躯を膨れに膨れ上がらせ、下手な攻撃をしようものならそのまま爆発しそうな勢いである。



 だから。本当に悔しいが。ここは攻略を諦めて俺が、



「嫌ですっ! 凶一郎さん、嫌ですっ!」

「ここまで想定できなかった俺の判断ミスだ。大丈夫、死なないから。絶対また、帰って来るからさ」




 俺が、生贄に――――








『やれやれ、ようやく私の出番ですか。最近、生意気にもマスターが優秀になり過ぎて出番がめっきり減ってしまったアルちゃんですよ』






 ――――声が、聞こえた。



「アル、お前」

『ご託は良いので、さっさと《時間加速》と《思考加速》を最大倍率でおかけなさい。後、骸龍器は切っておきなさい』



 言われた通りに人間形態に切り替え、それから《時間加速》と《思考加速》をフルスロットルで起動する。



『今の状況、簡単にまとめますと、オリュンポス・ディオス推しの女神に振られた腹いせに全部まとめてぶっ壊そうと試みて、それがマスター達が当初想定していた「自爆攻撃」よりもよっぽど危険な領域にあったと、そういう認識でよろしいんですね』

『あぁ』

『そして現状、少しでも攻撃を加えれば直ぐに爆発しそうな程危うい状況にあり、マスターは勝ち目の薄い【四次元防御】耐久レースを挑もうとした――――ここまでの概説で何か私の認識に間違った点などございますか?』

『ないよ。そうするしか……ないだろう』



 何故ってもう使える手札は全て使ったのだから。

 全てを出し切った。

 その上で俺達は、引き分けに近い負けに持ち込む事しか出来なかったのだ。



 それが、このオリュンポス・ディオス戦の最終結論で、



『ならば新しい術式カードを手に入れれば良いでしょう?』



 あっさりと、彼女はそんな事を言い始めて。



『あり得ないだろ』

『何故?』

『俺達のスキルボードは重すぎるし、何よりもたとえどんな攻撃スキルを覚えた所で城の自爆は止められない』


 攻撃も、防御も、回避も全部無駄なのだ。



 それだけの能力モノをオリュンポスは秘めていた。

 それ程の情念モノをオリュンポスは持っていた。

 


 仮にどんな新スキルを覚えた所で死ぬ覚悟を決めたこいつには、何の意味もないのだと。




『ならばでしょう?』



 耳を疑った。

 それこそ絶対にあり得ない事だ。



『戻すスキルなんて、それこそ無理だろ?』

『何故?』

『だってお前、言ってたじゃないか。戻すスキルを会得する為には、ザッハーク級の相手を七体たおさなきゃならないって』



 遠い昔の話だ。

 俺が姉さんの呪いをアルのスキルを使って“なかった頃まで戻そう”として、そしてお前には到底無理だと指摘されたんだ。

 それで結局、万能快癒薬エリクサーを取りにいこうって話になってさ――――あぁ、そうだ。思い返してみれば、あそこから全てが始まったんだ。



『ザッハーク、クロノス、ポセイドン、アポロ―、ディアナ、カオス。これで6つです』

『あ』


 頭の中で、何かがカチリとハマり始める。


 そうだ。オリュンポス・ディオスは亜神級最上位にして、亜神級上位レベルの偽神達を統べる規格外の化物。



 だから、それこそ――――



『加えて私は九月に起こった組織との諍いで“時間遡行”の欠片を、そして先程偽物のクロノスから“存在退行レベルドレイン”の理を喰らいました。スキル獲得の準備は最早万全といっても良い程に整っております』




 入って来る経験値もまた、莫大なのである。



『で、でも』



 それでもまだ、信じられなかった俺は、アルの示した光の僅かな陰りを指摘した。



『六体だと、まだ足りないだろう? ユピテルが倒したアジ・ダハーカを勘定に入れるわけにもいかないし、どうチョロマカしたってザッハーク七体分のリソースは』

『ハッ』



 白の女神は笑った。

 いつものように鼻で笑いながら。

 けれど、いつもとは全く違う温かさを感じる声で。



『それこそ何を今更です。七つ目のリソースなどとっくに貯め終えて、それどころか八つ目すら満たしているというのに。本当に鈍感極まりないマスターですね、貴方は』

『何を言って』




『――――英雄ですよ』



 それは、



『貴方は空樹さんをこの領域に至らしめる為に、タワーウォーズという大掛かりなイベントを起こして、彼女の名声を高めた』



 その言葉の一つ一つが、



『名声、ないし社会的地位は、そのまま“信仰”へと繋がり、我々に戦闘経験以上に豊潤なリソースを与えます』



 深く、深く、



『ならば、えぇ。空樹さん以上の人々から認められてきた貴方に、その名声ちからが入らないはずがないでしょう』



 俺の心を震わせてきて。



『遥を救いました』


 意識した事なんてまるでなかった。


『ユピテルを助けました』


 だっていつだって走る事に必死で、


『バトル・ロワイヤル大会で優勝を果たし、黒騎士から認められました』


 後ろを振り向く暇なんて出来なくて。


『ザッハークを倒しました。姉君を死の因果から解き放ちました』


 俺は、俺は


『ジェームズ・シラードと友好を結び、四季蓮華に気に入られ、若くしながら立派なクランを立ち上げました』



 ずっと、自分が大した事のないやつだとばかり思ってきた。


『敗者なき地平線の果てに火荊さんの信を勝ち取り、誤った道に進みかけた“笑う鎮魂歌”の尊厳を取り戻させ、タワーウォーズで多くの観客達を楽しませました』



 だけどさ、ズルイじゃねぇか。



『そして貴方は、空樹さんに虹の翼を授けたんですよ? ねぇ、マスター』



 こんな風に、ぐうの音も出ない程確かな証拠を並べられたら、



『いい加減、ゴチャゴチャと自分を下げる理由を並べるのは、およしなさい。貴方がその有り様では、貴方に助けられ、そして信じてついてきた沢山の人々が報われません』

『あぁ……そうだな』



 自分を誇ってやらなきゃ嘘じゃないか。



 天を仰ぐ。


 全てを破壊しようと膨れ上がるオリュンポスの神核に、後一歩のところで歯がゆい思いを噛みしめている俺達。



 ここに来てのちゃぶ台返し、本当に見事よオリュンポス。

 だけど、もう過去形だ。正しくはこれから過去形に変えてやる。



『いくぞ、アル』

『はい、英雄マスター



 時間加速を維持したまま、静かに、膨れ上がったオリュンポスのコアへと近づき、その白い躯体に触れる。


「花音さんっ、手をっ!」



 やるべき事は不思議と分かっていた。


 アルが脳内で懇切丁寧にガイドを買って出てくれたってのも勿論大きいが、それ以上に俺の思考がかつてない程に冴えわたっていたからである。


 英雄の最小単位が、自分を信じられる事であるという言を借りるのであれば、俺はようやくそのスタートラインに立つ事が出来たのだ。



 信じる。信じる。俺は俺自身を信じられる。


 たとえ一発限りのぶっつけ本番でも、俺ならばやれると心の底から断言できる。



 金色と白色。俺の右手と左手に宿りし理は、いずれもアルが喰らった欠片ピース



 攻撃でも、防御でも、回避でもない。


 白の左手で花音さんの腕を握り、金色の右手でオリュンポスの神核コアに触れる。



“――――なっ!?”



 オリュンポスが驚くのも無理はない。

 

 何せあれだけ臨界点化激太りしていた身体が見る見るうちに元のスリムボディへと戻っていき、それどころか覚醒前の状態へと戻っていくのだから。



「嘘っ!」



 そして隣に立つ彼女もまた驚いていた。



 切った筈のアテナのスキルが独りでに力を取り戻し、耳に通る女神の唄が徐々に大きく、そして詠唱顕現時と同等の時間が




 それこそが、【再誕する新世界秩序ハロー・リ・ワールド



 触れた対象の状態だけを過去に戻し、己の力へと還元する能力。


 黄金の右腕は、存在退行を司り、敵の強化を存在強度レベルごと剥奪。


 そして白色の左腕は、味方の時を万全の状態まで遡行させる。


 傷も治るし、霊力も戻る。



「アテナッ!」



 亜神級最上位スプレマシ―の顕現維持に必要とされる時間さえも。



「行くぞ〈骸龍器ザッハーク〉」



 敵も味方も虚をつかれているその隙に変身を済ませ、更にもう一段階先へと上がる。



「【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター】」



 骸の龍人から、邪龍王へ。


 だが、纏う霊力はこれまでの紫黒色ではなく、我が契約精霊アルのパーソナルカラーである、



「【復権する龍の王は、アジ・ダハーカ――――】」




 黄金の、



「【――――黄金の白翼を纏いてアルビオン】」



 白。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!」




 そして、オリュンポスの存在強度レベルをリソースとして放ったアジ・ダハーカの召喚も、これまでのものとは一線を画していた。



 三つ首の龍の鱗は白と黄金に覆われていて、そこに禍々しさや醜悪さはまるで感じられない。


 黄金と白の光を身に宿したその龍は、誰よりも速くオリュンポスの触碗を喰らい尽し、オリュンポスから天城への繋がりのことごとくを聖なる焔で燃やしつくした。



“何故、お前達は――――”



「さぁ、花音さん。後は君の仕事だぜ」



 涙ぐんだ快諾と共に、極光の翼をはためかせた少女が黄金の槍を手に取り、相棒の女神と共に並びながら、




「今のこいつになら、そして今の君達になら」



“私は――――”




「大切な言葉が届くはずだから」



 白き光が、輝く黄金が、第零神域を満たしていく。



 俺は少しだけみんなよりも速く、天に向けてガッツポーズを決めながら――――





◆◆◆



【“偽史統合神殿”オリュンポス・ディオスの沈黙を確認致しました。これにより桜花第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』の完全攻略が成し遂げられました。おめでとうございます】




――――――――――――――――――――――



・次回、リザルト!

 天城編は後三話で完結です!

(※追記)更新を木曜日→金曜日に予定変更させて頂きます!

お楽しみにっ!












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