第二百二十一話 決着の足音





◆◆◆



 聖歌ムーサが響く。

 女神アテナ聖歌ムーサが鳴り響く。


 風を伝い、神域を駆け、蒼の天外に奏じられるは勝利の調べ。


 偽りのオリュンポスに顕現を果たした真なるオリュンポス十二神が一柱、『パラス・アテナ』。

 彼女の歌声が与える変化は、







◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第三神域『永久女神』:『暗殺者』・虚




「流石にこれは」



 第三神域『永久女神』

 偽史統合神殿が誇る最高傑作“鎧装騎神”ミネルヴァが統治するその神域には、造物主であるオリュンポスが設計した“究極の九柱パワーナイン”が配備されていた。



 “至高神”

 “天陽龍”

 “怪物女王”

 “殲月龍”

 “冥王”

 “創星王”

 “海洋皇帝”

 “神王”



 ディーユニットと呼ばれる彼等の実態は、十二偽神の再現体クローンである。



 再解釈ヌマの剥奪や、第三神域外への干渉の制限など、幾つかの点において彼等は偽りの神々オリジナルを下回る。


 だがそれは、カタログスペック上の話――――座学的な観点からの物差しでしかない。


 彼等と相対した経験のある者ならば、誰もが一様に断じるだろう。


 ――――ディーユニットは、偽神オリジナルを優に上回る難敵だ。


 ――――その高まった継戦能力に関しては、特に。



 “不和の林檎カリスティ

 第二神域を統べる神王妃ヘラがもたらす“十分の一の呪い”

 

 あらゆるダメージを十分の一以下に下げる“不和の林檎カリスティ”の法則下において、彼等の継戦能力は、烏の王と稀代の暗殺者の力をもってしてもなお削り切れない程に怪物的であり、その上で彼等は統率されていたのだ。

 

 ――――主である仮想統合神格ミネルヴァの名の下に。


 元よりその性能は十二偽神に準じていた。


 そんな彼等があらゆる攻撃を十分の一以下に下げる『無敵の盾』を手に入れ、あまつさえ一糸乱れぬ連携で襲いかかるのだ。


 弱い筈がない。たとえ運良く手傷を負わせる事が叶ったとしても、奴等はすぐに再生を始める始末。


 地獄とは、まさに。


 大理石の神像が立ち並ぶ白亜の宮殿に集いし、偽神の再現体クローン兵器群ディオスの蹂躙は、暗殺者に逃げる暇すら与えぬ程に一方的で、圧倒的で




「やばたにえんが過ぎるっしょ」



 絶望的



 神が滅ぶ。

 次々に討たれていく。


 

 そして自分も、烏の王あにきも手を下していない。


 下すまでもなく



「■■■■■■■■■■■■――――!」


 

 タロス達が、偽神の再現体クローン



 青銅の機神タロス、蘇りし亡霊の【桃源郷ユートピア】により戦争工房マルスからの寝返りを果たした二十五層の番人。


 仮想統合神格の放った崩界の理により大半の同胞を失った機械兵団の残党が、まさか十二偽神を赤子の手を捻るように葬る日が来ようとは、それも――――



とか反則過ぎっしょ」



 けたたましい咆哮と共に青銅の機神達が繰り出す滅神の術式は、身も蓋もなく自爆であった。



 爆ぜる。爆ぜる。二十にも満たないタロス達が、一斉に、そして立て続けに自爆を行っては、また爆ぜる。



 あり得ない事だ。

 二十五層の番人が、最終階層守護者である十二偽神ディオスの再現体を破壊する事も、自身の霊核ごと臨界暴発オーバードライブさせる文字通りの【自爆】を繰り返すという不条理も



 何より



「すっげー、情動バイブスあがってんじゃないっすか。タロスさん達」




 吠える。

 吠える。

 機神タロスが吠える。



 獣のようにき、人のように駆けながら、ゼウスを、アポロ―を、神々を――――



「■■■■■■■■■■■■――――!」




 次々と屠り散らしていく。



 まるで、



 それは死してなお、刻まれた“笑う鎮魂歌”のカルマ


 『天城』の攻略に全てを捧げ散っていった者達が、機神タロス躯体ボディを介して歓喜の瞬間を刻むのだ。



 自爆。自爆。自爆。



 彼等は己の身を燃やす事に微塵の躊躇もない。

 何せ生前、仲間の為にとダンジョンの「生贄」となり、活路を開いた者達なのだ。


 身を犠牲にすることなど



 憎きオリュンポス。

 その完全攻略を後に託し、命を散らした。


 ――――けれども、あぁ。本当は、自分達の手で勝ち取りたかった。



 勝利を。

 栄光を。

 晴れ渡るような、喜びを。


 ――――それが今、ここになる。


 蘇った先代、先々代、その先の先の先の先まで。


 ここに過去ぼうれい現在いまにおいつき、暁の未来しょうりを得ようとしている。



 任意発動型アクティブ術式スキル英雄の守護者パラス・アイギス



 その効力は、無敵概念付与、継続霊力回復、神速肉体復元の三重奏からなる究極の防衛術式。



 敵神エネミーの攻撃など通じない。

 霊力リソースは尋常ならざる速度で満ちていく。

 そしてたとえ己の意志で我が身を傷つけようとも、その身体は、たちどころに癒えていき




「やったんっすね、花音ちゃん」




 こんなマジぱない奇跡を起こした同僚の少女に心からの祝福を言祝ことほぎながら、暗殺者はその魔拳を地母神の再現体に向かって振るった。




◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第六神域『戦争工房』:『龍騎士』・火荊ナラカ




 当然ながら、聖歌の影響を最も速く受けたのは、戦争工房に集いし者達だった。


 尽きた霊力。傷んだ身体。

 人と神の格の差に完膚なきまでの大敗を喫した者達が、少女の開花と共に次々と立ち上がる。


 その再戦は――――あまりにも一方的な結果となった。


 ただの棒振りが、を【永遠の処女神カピストリア】の防壁をいとも容易く打ち破る。

 

 “不和の林檎カリスティ”が通じない。

 雑兵の一撃が、亜神級最上位に手をかけたミネルヴァの肉体に看過できない損壊を与えていく。



 元より数的優位『だけ』は、冒険者側にあったのだ。


 それをミネルヴァは、圧倒的な個の実力によりねじ伏せる事で「勝利」を得ていたわけで、それら全てが彼女と同等の性能を得れば当然のように戦況は逆転する。



 そう、今やこの戦場に集いし全ての冒険者、機神タロス亡霊戦士ファントムまでもがオリュンポスの最高傑作である仮想統合神格ミネルヴァに伍する力を得ていたのだ。



 任意発動型アクティブ術式スキル勝利神の凱歌ニケ・グローリア



 女神の聖歌に込められた二つ目の譜面スコアがもたらすその力は、自軍全域に“英雄化”を促した。



 弱体化の解除及び無効化、亜神級最上位スプレマシ―の領域に味方を引き上げる『神域限界突破』、そして



「(……驚いた。“運”まで味方につけてる)」



 攻撃の尽くが、最的のタイミングでハマる。

 ミネルヴァの大規模攻撃が、無敵化を得た肉体に直撃し、足場への影響がほぼ皆無。


 戦闘におけるあらゆる事象が、アテナの歌声によって理想的な結果へと昇華されていた。



 あえて言おう。



 今やミネルヴァは、この戦争工房においての存在へと成り果てた。


 彼女の力が衰えたわけではない。

 鎧装騎神は、相も変わらずオリュンポス・ディオスの最高傑作であり、その力は、亜神級最上位スプレマシ―の領域に手をかけている。



 だが、足りない。圧倒的に足りない。


 何故ならば、ここに立つ者達は、手をかけているのではなく入っている。


 亜神級最上位スプレマシ―の領域へ。


 ミネルヴァの上の世界へ。



「(“全軍英雄化”……ひとりではなく、みんなでヒーローになる全体強化ゾーンバフの到達点)」

 


 何て、“らしい”理だろうか。


 それは「誰かの為に」を口にする事ができない自分達アタシとダーリンでは到底不可能なつよさであり、だからこそ仲間を足蹴にする“強いだけの愚者ミネルヴァ”の特攻となる。



「――――!」



 窮地に立たされたミネルヴァが六翼をはためかせ、空への逃亡を図る。


 それはミネルヴァにとって、そして設計者であるオリュンポスにとって何よりも屈辱的な撤退であった。



 一分の隙もない完璧な布陣だった。

 神に劣る矮小な人間を蹂躙するワンサイドゲームが繰り広げられる筈だった。


 それが今や――――



「私が追いかけますっ!」



 飛び去ったミネルヴァを追いかけるべく、桜髪の少女が背に生えた極光の六翼を羽ばたかせ、飛んだ。



 《極光天鎧パラス・アテナ》――――《英傑霊装バトルドレス》の最終形にして神髄。その力は、これまで培ってきた全ての英傑霊装のスキルを亜神級最上位スプレマシ―の領域に引き上げ行使する事が出来る。




 高く。

 高く。

 七色の輝きを纏いながら、答えへと至った少女が空の彼方へ飛翔する。



「もう、仔犬パピーとは呼べないわね」



 そんな彼女の勇姿を、青空の下から見上げながら




「行きなさい、花音アイギス。今のアンタならきっとどこまでだって行けるわ」

 



 火龍の少女は、静かに笑った。





◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第零番神域『天城神羅』・中枢コア




 ――――その瞬間、僅かばかりの一時。偽史統合神殿の全システムが一様に機能を停めた。

 幻想ではない。幻聴ではない。何よりも見紛う筈がない。

 アテナ。

 パラス・アテナ。

 城が生き恥を晒しながらもここに在り続けた最大の理由であり、二度と会えないはずだった最愛の女神。


 まみえた喜び。

 懐かしき歌声。

 だが、思い出に浸るよりも早く、城の内側を占める合理性が、己自身に問いかけた。



 ――――何故、彼女が生きている?


 彼女は死んだ筈だ。一番目のアテナも、二番目のアテナも死に至り、二番目クローンを素体に作り上げた外装統合神格ミネルヴァは、今も忠実に逆さ城の命令を“守っている”。


 ――――であれば、彼女は何なのだ?


 

 贋作ではなく、けれども己の知らないアテナ。


 ――――どうして、私に刃を向ける。


 

 不可解だ。あり得ない。彼女が、アテナがオリュンポスを襲うはずなどない。


 アテナが最高傑作ミネルヴァを討つはずなどない。


 あってはならない、不条理。



「「不条理でも何でもないさ」」



 神域を揺らすその声に、今度は耳を傾けた。



 ダンジョンの神。


 数多の次元を産み出し、オリュンポスの世界を創世し、そして幾度となく破壊を繰り返した恩讐の彼方。




「「アレは紛れもなく彼女アテナだ。幾星霜の改稿アップデートを経て決定稿へと至った我等が真なる『神統記テオゴニア』のね」」



 機械仕掛けの零番神域に、震動が走る。


 決定稿。幾度ものオリュンポス神話を滅ぼした末に至った完成形。


 最新のアテナ。成功したアテナ。原初の彼女ではない、けれども異論を挟む余地すらないほどに彼女は女神アテナで――――




「「恐らくは、君の最高傑作の内に控えていた“原初の女神アテナ偽骸レプリカ”を触媒として、深奥へと至ったのだろう。いやはや何たる偶然か。到底狙って出来るようなものじゃない。――――仮に狙ってやったとしたならば、一体どれだけの労力を要したのだろうね。……あぁ、何たる美味か。この奇跡は極上だよ。ねぇ、君もそう思うだろうオリュンポス?」」




 オリュンポスは、激怒した。

 一体どの口が、ほざくのか。



「「おいおい。こんなところで我々に油を売っている場合ではないぞ、友よ。君はもうすぐ負けるのだ。ミネルヴァは敗れ、ヘラなど秒すら持たず、そして神格へいき製造に特化した君の力では、今の彼等に逆立ちしたって勝てやしない――――あぁ、すまない。君はとっくの昔に逆さだったね」」



 嗤う。嗤う。物語に憑かれた悪魔が嗤う。


 オリュンポスのコアは、逆さ城の最終意思決定機関にして唯一の自我は、湧き上がる憎悪の感情を抑えながら超神に問うた。



 ――――何が言いたい、と。



「「取引をしようじゃないか、オリュンポス。君がアテナを、真の最愛を取り戻したいというのなら、力を貸してあげるよ」」



 それはまさに悪魔の取引だ。



「「ただし今回は先程のように無料タダとは行かない。幾ら旧き友とは言え、ソレはソレだ。これ以上身に余る力を得たいというのなら、相応の代償を払ってもらわなければならない」」



 一度でも乗れば、引き返す事の出来なくなる悪魔の契約。



「「隷属……は君にとって何の苦でもないだろうから、今回は違う形にさせて貰うよ。……そうだね」」



 その悪魔の手を、オリュンポスの創造者にして、彼の世界を破壊した双神の提言を




「「君が敗れた暁には、君にとっての恐怖の象徴である『赤い嵐』を造ろう」


 天城は



「“外れ”と“突然変異体”の混成である君の技術を結集して再現する“天城オリュンポス神話最大の敵”が、君を破った者達の武器になるだなんて、あぁ、我ながらとても良い案を思いつくものだ」」



 オリュンポスは――――





◆◆◆



 降誕したアテナ。

 敗れ去る偽神達。

 冒険者達はかつてない快進撃に打ち震え、天城は最後の選択を迫られた。


 最も旧き神話オリュンポスと最新の神話アテナ



 幾多の因果と数多の想いを重ね合った天城決戦の終幕が、間もなく訪れようとしている。



 終わりは近い。

 人も神も、神を越えた存在すらも、結末の足音に耳を傾けていた。



 そして




 ◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』最終層・杞憂非天きゆうひてん:『覆す者』清水凶一郎







 ――――そして烏の王は。





 ―――――――――――――――――――――――


 チュートリアルが始まる前に第2巻、絶賛発売中です。オリジナルキャラ&展開モリモリですので、是非お手元に取っていただけますと嬉しいです!


 後、コミカライズも決定致しました!こちらも夏頃から掲載予定ですので、お楽しみにっ!(詳細はTwitterの方にて!)




 ・後、二話です!






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