第二百二十話






◆◆◆ しょうらいのゆめ



 しょうらいのゆめ


 いちねんさんくみ そらきかのん



 わたしのしょうらいのゆめは、おとうさんみたいなヒーローになることです。


 ヒーローとは、とってもかっこいいひとのことです。


 こまっているひとをたすけたり、わるいドラゴンをたおしたり、みんなからそんけいされることをするのがヒーローです。


 だけどヒーローはしごとじゃないので、まずはおとうさんとおんなじぼうけんしゃになろうとおもいます。


 ぼうけんしゃになって、なかまをあつめて、それでみんなでせかいをすくったりしたいです。


 このことをおとうさんにはなしたら、おとうさんは「とてもいいゆめだな」とほめてくれました。


 「じんせいをかけてやるかちのあるいだいなゆめだ」ってあたまをなでてくれました。


 わたしはそれがとってもうれしかったので、ますますヒーローになりたくなりました。


 わたしはヒーローになりたいです。


 みんなをまもれるヒーローになりたいです。


 おとうさんのようなヒーローになって、おっきなたてをつかって、せかいじゅうのかなしいことから、みんなをたすけたいです。




 それがわたしの、ゆめです。






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第六神域『戦争工房』:『英傑戦姫』:空樹花音




「〈活殺震盾オハン〉、《桃簾桜盾ディオメデス》!」




 剥き出しになった蒼の天外の下、オリュンポスの最高傑作であるミネルヴァの放った〈審判フレア〉の閃光が、間近にまで迫っていた。


 ミネルヴァの全長はおよそ二十メートル大。


 私達の優に十倍を越える体躯を持つ彼女が攻撃を放てば、それは必然的に上からになる。


 角度のついた紅の輝きが、丁度私の頭上を覆うようにして降り注いだ。


 眼前に迫るその熱線の温度は尋常ではなく、ソレが近づいてくるだけで全身が熱く、痛く、そして



「<運命の寿命アルケースティス>」


 たまらず私は身代わりの天啓を唱えた。


 <運命の寿命アルケースティス>

 発動後体内に砂時計型の概念物質を形成してあらゆるダメージを無効化する私の生命線。


「(これを、ここで切るっ!)」


 代償による反動は考慮に入れない。もう、そういう次元の話じゃないのだ。


 今この場で動けるのは私と桃地さんだけで


 そして桃地さんは、自分を犠牲にしようとしている


 仲間の為に。


 



「おい嬢ちゃんっ!」


 後ろから、桃地さんの声が聞こえてきた。



「何やってんだ! 俺ぁ死人だぞ、嬢ちゃんがそんな風に命賭ける必要なんてないんだって」


 彼は明かにうろたえていた。

 怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、ただ怪訝不思議そうに、それでいて心底私の身を案じながら



「いいか、嬢ちゃん。立て直す時間が必要なんだ。それもこの正面突破好きの女神クソッタレの気が変わらない内に済ませなきゃ、みんな死んじまう」


 彼の言い分は、多分正しいんだと思う。



「だから代われ、今すぐに! お前さんみたいな若い子が、ここで仇花散らして良い筈がねぇ! それは老いた死人の役割だ」


 

 自己犠牲。

 みんなの為に自分の命を使って、華々しい血路を作る。

 それはきっと、一番現実的なヒーローの在り方だ。


 究極の利他であり、人間の輝きそのものだ。


 そしてこの人は、それが出来る人なのだ。

 生前も、死後も変わらずに。桃地百太郎という人はずっとずっと“笑う鎮魂歌”にとっての英雄ヒーローだった。


 彼の生き方を尊敬する。

 彼の散り方を誇りに思う。



「(だけど……っ!)」

 


 ミネルヴァの放った審判フレアの紅光が、私の築いた城壁シールドに飛来した。


 斜め上方向から繰り出された極大の熱線。

 破滅の光が、他の人達を焼き尽くす事は無く、ただ一点盾を構えた私の事だけを愚直に、執拗に、熱心に、正々と。



「嬢ちゃんっ!」

「――――で、ください」



 幻視する。



 私が立てなかった筋書きを。

 彼の犠牲に甘えた結末を。



 煌びやかな宮殿。どこまでも伸びる螺旋階段。巨大な炉心を思わせる球状の機械。爆ぜる壁面。顕れる甲冑の騎士。緋翼を纏った巨神が槍の穂先を彼女達へと向け、穿つ。宮殿に咲く深紅の閃光。幾つもの破壊が殺戮が、瞬く間の内に行われた。抗うも、無力。奇跡が無惨にも朽ちて、壊れていく。散らばる無数の残骸。広がる絶望。止まらぬ神の進撃。


 まるで蜘蛛の巣を散らすような容易さで、甲冑の巨神ミネルヴァは私達を追い詰めて、冷酷に、非常に女神は紅の光を放つ。


 放たれる神の審判フレア


 みんなやられて動けなくなって


 誰もがミネルヴァの威容を前に諦めかけたその時



“後のことは、頼んだぜ――――あぁ、だけど、後でみんなに謝っといてくれ。最後まで格好つかなくて悪かったってさ”



 たった一人で、神の裁きに立ち向かう人がいて




 その瞬間を、奇跡が終わる瞬間を見ている事しか出来なかった私は、深く、強く自分自身の弱さを呪って






“ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!”




「ふざけないでくださいっ!」



 そんな終わり方は、まっぴらごめんだ。



「良いわけないでしょうっ! 許せるわけないでしょうっ! 誰が認めるかそんなもんっ!」



 言葉が、勝手に溢れだす。



「折角また仲間みんなに会えたんでしょう? 大事な人達と話せるようになったんでしょう?」



 私は彼の事を良く知らない。

 ヒイロさん達にしたってちょっと前までは、最終階層を巡って争い合った仲だ。

 ここで“笑う鎮魂歌”を見捨ててでも、“烏合の王冠わたしたち”が助かるべきだと誰かが囁く。


 “死人ならばなおさらだ”とも。



「だったらせめて、笑って逝けっ!」



 吐いた言葉は乱雑で、そして眼前の熱光よりも熱かった。

 ミネルヴァの霊力が鋭さを増していく。

 二重の自己強化による無限の成長は、どこまでも彼女を高みへと引き上げていき――――だけどっ

 

「(ミネルヴァは、逃げない。私との一騎打ちから逃げられない)」


 根拠を問われても答えようがない。だけど何故だかどうしようもなく、私の根っこの部分が叫ぶのだ。

 ――――この女神勘違い女は、とても身勝手な“正々堂々”を望んでいる。

 設計者の思惑か、元々そういう気質だったのかは知らないが、独善的で、融通の利かない真面目さん。

 まるでどこかの誰かを見ているかのように。


 私は叫ぶ。

 桃地さんに向かって叫ぶ。

 私だけの想いじゃない。

 彼女達の想いを乗せて


「あなたをっ」



 あなたをここで失った

「あなたを犠牲にしてっ」

 力が足りずに犠牲にしてしまった

「血の涙を流す位に苦しんできたヒイロさん達がっ」

 残された人達の気持ちを

 


「これじゃあ、全然報われないっ!」



 ヒイロさんも、アズールさんも、黄さんも、納戸さんも、ミドリさんも、“笑う鎮魂歌”のメンバー全員が、一体どんな思いでここまで来たか。



「弱くて、惨めな自分を恥じながらっ、間違っていると分かっている事に手を染めてっ」



 感情の雫が、溢れ出て来て止まらない。



「沢山悲しい目に合って、自分達の全てを犠牲にして、それでも愚直にあなたとの約束を守って来たんですよっ」




 自分達はこの化物に勝てないと知りながら、他の誰かに頼る事もできずただジッと仄暗い穴の中で、耐えて耐えて耐え続けて



「それでやっと、やっと、やっとやっとやっとまた桃地さんに会えたのにっ」



 終わらない茶番劇やくそくを演じ続けた彼女達は、もしかしたらこれからあり得るのかもしれない私達の末路みらいだ。


 凶一郎さんを失って、どうしようもなくなってしまった私達のifもしもだ。



「あなたはまた彼等の“罪悪感おもし”になるつもりなんですかっ」



 同じような状況に陥った私達はきっと、ヒイロさん達のような……ううん、もしかしたらもっと間違っている事をしてしまうかもしれない。


 彼の遺言を守る為に

 あるいは、彼を殺めた何かに報いを受けさせるために



「自分だけ綺麗にって、それでみんなが救われるなんて思い上がらないでくださいっ! そんなものは傲慢ですっ! 幻想ですっ! 誰も幸せになんてなりませんっ!」



 ましてや二度目だなんて、二回も大事な人を犠牲にしなきゃならないなんて、そんなの



「どれだけ、ほんっと、どれだけ“助けられた側あの人達”を置き去りにすれば気が済むんだ、このばかやろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 吐いた息が重い。

 とんでもない事を言ってしまったという申し訳なさと、言ってやったぞという高揚感が同時に染みて、身体が焼けるように熱かった。



 蒼い空を侵す燃焼音。

 ミネルヴァの放つ審判の熱量は、徐々にけれど確実に存在感を増していた。

 <運命の寿命アルケースティス>の砂時計はまもなく尽きようとしている。

 そうなれば私を守る城壁シールドは、二枚も三枚も衰えたものになるだろう。



「私はっ」



 だけど、それがどうした。



「私は、あんまり頭が良くないんですっ」



 敵が無敵の女神で、私が取るに足らないただの小娘だったとして



「だから難しい理屈とか、大人の正しさとか、そんなの正直全然分からないけど」



 それが、負けて良い理由にはならないだろう。



「私はっ」



 そうだ。私が求めた理想ゆめ



「私はっ!」



 子供の頃に描いた正義は




「私は、ハッピーエンドが良いんですっ!」



 みんなを守れるヒーローだったはずでしょう?



「たとえ絵空事だとしても、偽物だって笑われても、その本質が頭の良い人につつかれたらすぐに答えられなくなるようなフワフワしたものだったとしてもっ」


 とうとう<運命の寿命アルケースティス>が役目を終え、その反動として私の身体にやまいが巡る。



「それでも私は、夢物語みたいなハッピーエンドが好きなんですっ!」



 即座に私は《真珠勇翼イカロス》を展開し、懐内に忍ばせたありったけの万能快癒薬エリクサー希釈注射剤アンプルを適宜使うようにと、白翼の子機ビット達に命じた。


 


“君が正義やりたいことを見つけたら、その時は遠慮せずに使ってくれ。それがこいつの一番正しい使い方だと俺は思う”


 

 用意周到というか、手の平の上というか

 相変わらず、悪態の一つでもついてやりたくなる位に彼の読みは的確だった。


 私が無茶をする事も、それがどういった類のものであるかという事も、凶一郎さんは全部分かっていて



「だからっ、身勝手で欺瞞なのかもしれないけどっ」

 


 だから貴重な万能快癒薬の大半を、私に投資ベッドしてくれたのだ。



「私はっ、私の想い描くハッピーエンドの為にっ」



 命令オーダーが通り、《真珠勇翼イカロス》の子機達が動き出した。

 素早く懐から希釈注射剤アンプルを取り出す機械仕掛けの妖精達。一機、また一機、更に一機と子機達が注射剤を受け取り、少しだけ懐が軽くなったなというところで、プスリと上腕部に小さな痛みが走った。



「あなたにっ、生きていて欲しいんですっ」



 桃地さんの犠牲の末に、私達が生き残ったなんて大人な結末ビターエンドはお呼びじゃない。


 お子様な私が求めるものは、幼稚で、馬鹿馬鹿しく、あまりにも夢見がちな



「だからっ、成仏するならっ、こんな戦場じゃなくて――――」



 笑ってしまう位のハッピーエンドが欲しいから



「ちゃんとみんなに看取られながら、ケチの一つもつけられない位に幸福なシチュエーションで、逝きやがれぇええええええええええええええええええええええええっ!」


 虚空を揺らす咆哮が、お腹の奥から響き渡る。


 言った。言ってやったぞと心の中が変な高揚感でいっぱいになった私の耳に


「……はっ」



 少し遅れて、大人の笑い声が漏れた。

 背中の方から、くつくつ、くつくつと。

 

 万能快癒薬が回ってきた影響か、さっきよりもはるかにクリアな音で、笑い声と、そして彼の言葉が。



「まさか、こんな若い子に大事なことを教えて貰う日が来るなんてなァ」

「……ごめんなさい。ちょっとだけ言いすぎました」

「いや、いい。嬢ちゃんの方が間違いなく正しい」



 亡霊達が空を飛ぶ。目指す先は、女神の審判の火フレア

 焼かれても、焼かれてもその度に術式を展開し、少しでも私の負担を和らげようと支えてくれる桃地さん。



「あいつらの事を考えていたつもりが、いつの間にか呪いになってただなんて……ったく、これじゃあまるっきり呪縛霊おばけじゃねぇか。傍迷惑もいいところじゃねぇか」

「えぇ。世界一愛されてる呪縛霊おばけですねっ」


 

 だから悲劇が生まれた。

 愛しているが故にその身を捧げ

 愛されているが故に彼等を縛りつけた。


 そして悲劇はもう生まれない。

 私が犠牲なんか出させない。

 誰も、彼も、私もみんな

 みんなが笑えるようなハッピーエンドを掴み取るのだから。



「でも嬢ちゃん」

「花音です」

「花音ちゃん、現実問題どうするんだい? このままじゃ俺達のリソースが先に尽きて、ビターエンドどころかバッドエンドまっしぐらだぜ?」

「…………」



 蒼天を焦がす女神の熱線は日増しに勢いを増していた。

 無敵のミネルヴァ、無尽のミネルヴァ、無謀なる花音。

 あれだけみんなで抗っても傷一つつけられなかった強敵。

 “不和の林檎”下にあったとはいえ、ユピテルちゃんの崩界術式やナラカさんの精霊融合クロスシステムすら通じなかった相手に(更に言えば私の《黒晶闇鎌きりふだ》も)、今の私の出涸らしみたいな攻撃が通用するとは到底思えない。



「おいまさか、あれだけの啖呵を切っておきながら、何も考えずに勢い任せだったなんて笑えるオチじゃないだろうなっ!?」

「そ、そんなことないですよっ! 少なくとも凶一郎さんは、私達の烏の王リーダーは、この状況を読んでいた筈なんですっ」


 

 でなければ万能快癒薬エリクサーを全部私に預けるだなんて思いきった真似をする筈がない。


 当然、【始原の終末エンドオブゼロ】を使った討伐という線も考えていたんだろうけれど、それはあくまでも保険で、本命は――――




“色々と都合りゆうがあって抽象的なアドバイスしか出来ないけどね、アンタはアンタの成りたいものを目指しなさい”



 先程のナラカさんの言葉を思い出す。

 動けない私を庇ってくれて、そして私が動けるように奮い立たせてくれたナラカさん。



 彼女はこのレイドチームの副リーダーで、一番凶一郎さんからの信頼が厚かった人だ。

 知っていた筈だ。本当の攻略法プランを。聞かされていた筈だ。彼の口から。



「う、くっううっ――――!」



 更に強まる鎧装騎神の霊圧。

 高まる熱は、ついに私の身体に広がり始め、残された猶予が後僅かである事を否が応でも分からせてくる。


 私は二本目の万能快癒薬を指した。



「ナラカさんは何か事情があって私に本当の事を伝えられなかったんだと思います」



 思考を整理する意味も含めて私は桃地さんに私見を述べた。


 ナラカさんからの反応は無い。体力が尽きたかのか、はたまたタヌキ寝入りなのか。

 その真偽の程は分からないけれど、彼女は沈黙を貫いたままだ。


「(ありがとうございます、ナラカさん。私、頑張ってみます)」



 視界は前方のミネルヴァを捉えたまま、私は必死に頭を回転させて真実への扉へ至る道を紐解いていく。



「前提として、私はあんまり頭がよくありません。自慢じゃないですが、学校では毎期委員長を務めてノートも一生懸命とってたのに、テストの成績は五十二点でした」

「それは本当に自慢じゃないし、なんというかすげー反応に困る点数スコアだな」

「良いんです。事実なので。私は五十二点の花音なんです」



 とにかく察しが悪くて不器用な真面目馬鹿。

 それが私、空樹花音という人間であり、そしてそんな私の性質を凶一郎さんはちゃんと分かってくれていた。



「仮に何か私に直接伝えられないような事情があったとして――――っく」



 吹き荒れる熱風が身を焦がす。

 

 ぴしり、ぴしりと〈活殺震盾オハン〉と《桃簾桜盾ディオメデス》の端々に亀裂が走り始め、刻一刻と終わりの足音が大きくなっていた。



「攻略の鍵である私が自力で気づかなければならない“何か”があった場合、桃地さんならどうしますか?」

「俺が花音ちゃんとこの大将と同じ立場だったら、ヒントを出すな。その場ではなんて事はない会話で、だけど後になって思い返してみたら、あからさまな位分かりやすい特大スペシャルなヒントを――――っておい大丈夫か花音ちゃん!?」


 心配ないですと空元気を張りながら三本目のアンプルを使う。



 色々なリソースが尽きようとしていた。



「私もそう思います。凶一郎さんは私に教えてくれていたはずなんです。さりげなく、だけど必要になった時にはすぐに分かるような伏線ヒントを何度も何度も丁寧に張ってくれていた筈なんです」



 一回じゃ覚えていないかもしれないから

 二回三回でも不安だろうから


 その伏線は、何度も、そして絶対に私が忘れないように念入りに叩き込まれているはずで



「(何だ? 私は何を見落としている?)」



 考える。考える。どこまでも深く考える。

 ここに至るまでの道程を、みんなと旅した冒険の日々を、凶一郎さんと交わした沢山の言葉を丁寧に、迅速に思い出しながら



「きゃっ!」



 罅は破片に。

 破片は風に舞い。

 〈活殺震盾オハン〉の欠片が私の頬をかすめ、涙のような赤い液体がぽたり、ぽたりと地面を濡らす。



「(急いで補強しないと)」


 その場しのぎは百も承知で私は《アイギスの盾》を〈活殺震盾オハン〉にかけようと――――



「あ」



 それはまるで啓示のように、私の頭に降って来た。



「違う」



 凝り固まった思考が氷解していく。



「そうじゃない」



 鍵はずっと私の中に合ったのだ。



「使うべきは」



 彼は、口にしていたじゃないか。



「繋がるべきは」



“良いかい、花音さん。これが最終確認だ。もしも君の前に、どうしても勝てないような敵が現れたその時は――――”



 彼女に感じた胸騒ぎの正体も

 ミネルヴァがマルスを倒した蛮行にどうしようもない程の苛立ちを感じたのも

 彼女が私との真っ向勝負に付き合うだろうという半ば確信めいた予測も



「唱えるべきは――――っ!」




 《アイギスの盾》を、私が初めて身に付けた固有スキルを私自身に起動する。



「私に一回」



 続け様に二度目の《アイギスの盾》を発動。

 この答えが外れたら、全てが終わるという破滅的な緊張をぐっと抑え、私は前方の女神に、オリュンポスの最高傑作に、鎧装騎神ミネルヴァのその



味方あなたに一回」



 そしてもう一度、今度はその外側、外装統合神格ミネルヴァに向けて――――!



「敵に一回っ!」




 瞬間、私の中の何かが輝き出した。

 《英傑同期ステータスリンク》――――本来は『アイギス』の固有防護術式である筈の《アイギスの盾》を私、味方、敵の順番でかけていくと何故か私の膂力や霊的出力が、味方の膂力や霊的出力攻撃ステータスと同一になるという謎コンボ。



 その本質は、きっと強化つるぎではなかったのだ。

 “剣”ではなく、“鍵”。

 敵の中に囚われた味方と繋がる為の、対話の鍵。



「あぁ」



 胸部から桜色の輝きの光を放つミネルヴァの姿を見て、私は全てを理解する。



 来るべき時が来たのだ。

 話すべき瞬間ときが来たのだ。




「そこに、いたんだね」




 私と彼女の身体が《英傑同期ステータスリンク》を通して繋がっていく。


 私達の意識は、奥へ、奥へと、潜行していき、そして





◆◆◆?????





 どこまでも続く鋼色の世界。

 空を見上げれば、無数の英雄譚が星座のように煌めいていて、地面には名だたる武器と鎧の群れ。宙にはぷかぷかと年代物の盾が沢山浮いている。



 彼女は、いつものように“果て”にいた。

 純白の鎧に身を包み、決して素顔を晒さない彼女。



「アイギス」



 だけど、いつもと一つだけ違う事がある。


 私はアイギスの真正面に立っている。

 ずっと追いかけていた背中ではなく、触れればすぐにでも触れそうな距離で



「来ましたよ」



 同じ目線、同じ背丈の彼女に向かって話しかけている。



 何度もぶん殴ってやろうかと思った。

 肝心な時に力を貸してくれない彼女に壮大な愚痴と文句を吐いてやるつもりだった。



「どうして」



 だけど漏れ出た言葉は、彼女に言いたかった気持ちはやっぱりたった一つで



「どうして話してくれなかったんですか」



 寂しかった。

 ずっとずっと寂しかった。

 お父さんが残してくれた形見の彼女

 私にとって二番目の親のようにしたしかった彼女

 辛い時も、苦しい時も彼女と一緒だから乗り越えられた。

 家族だった。友達だった。かけがえのないパートナーだった。


「あなたの声が聞きたかったです。あの時一緒にいて欲しかったです。なのに無視なんて」



 だけどその声は、あの『黄衣』の一件以来、私が“仲間殺し”の汚名を負った瞬間からプツリと途絶えてしまい




「無視なんてひどいじゃないですかぁっ」



 分かっている。私はあの時彼女に見限られるような事をした。

 憧れていたヒーローとは程遠い“仲間殺し”になってしまった。


 でも、それでも



「私ずっと頑張ってきたんですよっ。あなたとまた話せるようにって。仲直りできるような立派な花音になれるようにって。それなのに……っ」

『――――いいえ』



 首を横に振りながら、私の涙が地面に落ちるよりも早く



『間違っています。勘違いをしております。私は』



 久しぶりの、ずっと聞きたかった彼女のアルトボイスが



『私はずっとあなたに語りかけていましたよ、花音』



 アイギスの声が聞こえた。



『あなたが辛い時は母のように励まし、あなたが新しい居場所を見つけた時は友のように喜んでありました』

「嘘っ! 嘘ですっ! あれから、一度だってっ、あなたは私に語りかけてくれなかった。何度もここに来て、どれだけ謝ってもあなたは私の方を向いてくれなくて」

『それはあなたが聞こうともしなかったからでしょう』



 やんわりと、しかし一切恥じ入る事もなく、彼女は言った。



『古来より、神の言葉は万人には届きませんでした』


 時のゆるやかな空間で、英雄の星煌めく鋼の世界で、アイギスの言葉だけが音を形成してゆく。



『祝福を受けた巫女、選ばれし王、見染められし寵姫達に、剣を携えた英雄――――神統記わたしたちの世界において言語の壁は絶対です。資格なき者にはどれだけこちらが語りかけようとも、届かず、そして逆もまた然り』



 待って、と彼女の奏でる言の葉を遮りたくなる自分自身をぐっと抑えて、私はアイギスの美声に耳を傾けた。



『私は英雄達の守護者です。正しき行いと、偉業を成し遂げるに足る信念の持ち主を導く神格システムです』


 そしてそのルールは絶対なのだと彼女は言った。



『どれだけ私があなたを愛していようとも、それを理由に■■■としての在り方を曲げる事はできません。恣意的な逸脱を一度認めれば、その特例しみはたちまちの内に増長し、やがて英雄とは名ばかりの“力だけの愚者”が生まれるでしょう』



 力だけの愚者。

 真っ先に思い浮かんだのは、あの女神の姿だった。


 ミネルヴァ。アイギスと良く似た、けれど何の正義もない力だけの怪物。



『あなたは、あの一件で英雄としての己を失った。私とあなたの間には越えることのできない壁が作られてしまった』

「私が、“仲間殺し”になったから」



 目の前が空白になる。

 それはあまりにも意外な否定だったから。


『あなたが英雄でなくなった理由は“仲間殺し”の烙印を押されたからではありません』


 わけが分からない。だって現に私はあの事件を境に力の大半を失って、彼女の声も聞こえなくなって



『花音、そうではないのです』



 そしてアイギスがようやく語ったあの時の真実は



『あの時、あなたは』



 あまりにも



『あなた自身の事を信じてあげれば良かったのです』



 あっさりとしていて



「なん、ですか……それ」

『英雄としての最小条件は、自己正当化。つまり芯の部分での己を信じ続ける事にあります』



 私はあの時、何も出来ず、ただ『黄衣』のボスに狂わされて互いを殺し合う怜次れいじさんと、月見つきみさんを見ている事しかできなくて



『あなたは、彼等の名誉とクランの栄光を守る為に自分自身を犠牲にした』


 私が悪者になれば、死んだ彼等の誇りが守れると思ったから。

 大好きだったクランが、悪者にならなくて済むと思ったから。


 だから私は“仲間殺し”になって



『何一つ、恥じ入る事は無かったのです。あなたは優しくて、仲間思いで、誰よりもたかい志をもった』



 嗚咽が止まらなかった。

 こんな事している場合じゃないのに。

 速くみんなを助けにいかなくちゃダメなのに



『立派な英雄だったのですから』



 ただ、私は私自身を信じてあげればよかったのだ。

 どれだけ周りからバッシングを受けても、同業者の人達から鼻つまみ者にされたとしても

 私が、私の事を大事にしてあげられる強ささえあれば



「厳し過ぎるんですよ、あなたは……っ」



 少なくとも、彼女だけは失わずに済んだのに。



「あんな、あんな事あったら、普通の中学生は病みますって。ネット炎上の怖さとか全然分かってないでしょう、あなたっ」



 本当に、簡単に言ってくれたものだ。

 今の現代社会において、自分自身を信じ続けられる人なんて稀も稀だ。

 特に私のような燃やされ方をした人間が、ノーダメージで「全然へっちゃら」なんて効いていないアピールなんかした日には、それこそ火炙りの刑に処されてしまう。



 だから普通の私は、普通に折れて英雄でなくなり



『それでも、あなたはここへ辿り着きました。何度も挫けて、弱音を吐きながら、それでも多くの友や恩人の手を借りて』



 扉が現れる。

 アイギスの背後から差し込む白色の光。

 縦に長く、オリーブを象った門に覆われた、巨大な扉。

 扉の天辺には、両目を閉じたフクロウの彫刻レリーフが刻まれている。



『未だかつて誰も成し得なかった、本体が眠る場所パルテノンまで来たのです』

「大分ズルイ手段を使って、ですけどね」



 驚きはなかった。

 きっとそうだと思ったから。


 

 私が《英傑同期》を通して繋がった“彼女”……正しくは“彼女”に限りなく似せて作られた女神の模造躯体クローンは、外装統合神格の中に眠っていた。


 神の盾鎧アイギスならば、主の外にいなければならない筈なのに、私の愛すべき隣人と“良く似た誰かを模した者”は、ミネルヴァという鎧の中に潜んでいたのである。



 だからその時に察したのだ。


 精霊としての『アイギス』は、文字通り神様の鎧で、きっとそのなかにはと。




『言った筈ですよ、花音』



 アイギスの……ある女神の影法師の下唇が柔らかな弧を描く。



『私は英雄達の守護者です。正しき行いと、偉業を成し遂げるに足る信念の持ち主を導く神格システムです』



 さっきと一言一句同じ文言。



『だから適格でない者に、力は貸せません。“力だけの愚者”に深奥こころを明け渡しません』

「例えば、“こうすれば良いんだ”って最初からタカを括って、事に及んだり?」

『あるいは、王子様の助けを待つだけのお姫様に成り果てたり』


 ――――そう。多分これこそが、凶一郎さんが黙っていた理由なのだろう。


 もしも私が、最初からこうなる事を知っていて、ミネルヴァが来た瞬間に“作業”を行っていたら、きっと私と彼女はこうして向きあう事ができなかった。


 覚悟が必要だったのだ。

 意志が足りなかったのだ。


 いくら魔法の鍵を持っていても、資格がなければ意味はない。



「……ここに来れたのは、私一人の力じゃありません」



 自力で道を切り開いていく凶一郎さんや、遥さんのようなタイプの英雄には、私は多分逆立ちしたってなれない。

 

 沢山の人に助けられた。

 何度も折れたし、バカみたいな空回りをいっぱいした。

 キツい訓練は本当に嫌だった。

 アジ・ダハーカは怖かった。

 ザッハークには今だって勝てる気がしない。

 “笑う鎮魂歌”との戦争は色々な事を考えさせられた。

 凶一郎さんが語ってくれた“烈日の円卓古巣”の陰謀について考えを巡らせると今でも頭が痛くなる。

 今も私はぺーぺーで

 先を行く人達の背中は本当に大きくて

 いつだって自分の小ささに身がすくみそうになるけれど



『しかと見させていただきましたよ、小さくて、拗ねたがりで、不器用な、寂しがり屋さんの』



 それでも一つだけ誇るべき事があるとするならば。


 私は、ちゃんと取り戻したのだ。


 子供の頃に描いた理想を、私が成りたかった私の事を。



『だけど、誰よりも一生懸命頑張り続けてきたあなただからこそ紡げた』

 

 胸を張って、背筋を伸ばして、扉の先へと足を進める。


 周り道は必要ない。

 難しい事など何もない。


 私はただ



『空樹花音の英雄譚を』



 私の正義を信じて進む。









 扉の先は、海だった。

 塩っ辛さはなくて、空気も吸える、だけど



「(これは……)」



 とても息苦しい場所。


 紺碧の深海に立ち込める無数の泡。

 遠くの方で輝く白色の光に辿りつこうと、手脚をバタつかせる度に



“良いっすよ、俺がそのメデューサって化物を退治してやりますわ”



 ――――記憶が流れ込んできた。


“人間を信じましょうよ。彼等なら、きっと「火」を正しい事に使ってくれる”



 ――――泡が、一つ一つの泡が、英雄の



“さしずめ十三番目の難行ってわけか。いいぜ、引き受けてやる”



 ――――彼等の物語そのもので。



「(……英雄、彼女が見染めた歴代の継承者達)」



 その膨大なる記憶の泡が、私を空樹花音という齢十四歳程度の小娘に次々と、続々と注がれていき



「(苦しい。おトイレ行きたい。私は、はー様みたいな腹ペコ大食い魔神じゃないんですっ)」



 流星群のように入っては消え、入っては消え、私の中をぐちゃぐちゃにかき乱しながら通り過ぎていく英雄達の思い出メモリー



“どういうつもりだ、■■■■、私を殺したところで――――は、――――んぞ”



 その中には、父の「死の真相」も記録されていた。



「(お父さん)」



 あまりにも残酷で、絶対に許してはならないの正体



「(お父さんっ)」



 忘れたくはなかった。

 忘れてはならなかった。



「(お父さんっ……!)」


 だけど、絶え間なく流れて来る記憶の洪水の前に、私の中のメモリーは次々と書き換えられていき



「……………………」



 気がつけば、私は情報の海をたゆたうだけのちっぽけな藻屑になっていた。



「(……行かなきゃ)」



 半ば義務的に、自分の名前も分からない癖に突き進む。


 やるべきことは分かっていた。


 みんなが待っているよ、と私の中の何かが推進力になった。


 泡の海を浮上する。


 徐々に、徐々に近づいていく白い光。



““なぁ、■■■、今の君に言っても仕方のない事なのだが、そしてこの『天山オリュンポス』の事でもないのだが””



 二首の男女が、鎧の女神に微笑みかけていた。



““どうか、ある城の事を覚えておいてはくれないか””



 ――――これは、英雄達の記憶じゃない。



““彼は君の事を誰よりも愛していた””



 ――――それは彼女の、白い光の記憶



““今も君の事を思っている””



 意味は分からず、彼女の奥底に眠っていた



““だからもしも、君がもう一つのオリュンポスに出くわす機会があったなら””



 その時は、と彼/彼女が何かを喋ろうとするよりも早く、白い光が、私にとって馴染みのある綺麗なアルトヴォイスで




『花音』



 私の名前を呼んだ。



「そう。……そうだった。私は、空樹、花音だった」

『花音』


 白い光は、球の形をしていた。

 小さくも見えるし、大きくも見える。

 私の見方一つでそのサイズは、如何様にも様変わりし



『あなたは何の為に戦いますか』

「一つには絞れません」


 正直な気持ちを、そのまま口にした。

 みんなの為、自分の為、平和の為、社会の為、心を満たす為に戦う事もあるし、お小遣いが足りなくて精霊石を取りに行った事だってある。



「私が戦うのは、色んな事の為です」


 だから私は敵だった人達とだって仲良くなれる。

 タワーウォーズであれだけ派手にやりあったヒイロさんとは、今では二人でトランプをする位の仲だ。


 昨日の敵は今日の友、なんて気取った言い方をするつもりはないけれど、私は「昨日の敵だった人達」の為に戦える。


 そんなふわふわな自分が、今は無性に誇らしい。


『あなたにとって、英雄とはなんですか?』

『困っている人を助けたり、悪いドラゴンを倒したり、皆から尊敬されるような事をする人の事です』



 酷く幼稚で、穴だらけの答え。

 だけどこれでいい。これでいいのだ。

 私にとっての英雄ヒーローとは、子供の頃に描いた夢そのものなのだから。



「絶対的に正しくはありません。躓いたり、転んだり、みっともなく泣く事だってあるでしょう」


 それでも、最後まで諦めずに自分の根っこの部分を信じる事が出来ていれば、たとえどれだけ小さくても、誰にも見向きもされなくったって



「私はもう自分の中の英雄ヒーローを忘れたりしません」



 その約束は絶対であると、英雄の守護者である彼女に改めて誓う。



『では、花音。最後に問います』

「はい」

『あなたにとって“正義”とはなんですか?』



 私は、笑う。

 ずっとずっと悩み続けて来て、延々と答えの出なかった――――ううん、この先どれだけ考え続けても“正しい正義”なんてものは見つからないのだろう。



「簡単です」



 だけど私は言い放つ。

 得意気な顔で説いてやる。



「いいですか、耳かっぽじって、良く聞いて下さい」



 矛盾なんて恐れない。

 痛いところをつかれたら思う存分「あうあう」と鳴いてやる。

 だけど



「正義って言うのは」



 私が今、どうしても為さなきゃならない正しさは



「正義って言うのは、みんなで笑っちゃうくらいのハッピーエンドを迎える事なんですよ」

『あぁ』



 白い光球から、心底愉快そうな笑い声が響いた。



けんは、あなたの父は正しかった』


 懐かしい名前を聞いた。お父さん。冒険中に負った傷が原因でこの世を去った私の大好きなヒーロー。



『いずれ真実と向きあわなければならない日が来るでしょう。大いなる闇があなたに牙を剥く時があるでしょう』


 何を言っているのか分からなかった。知っている事があるなら、さっさと言ってと思ったが、恐らくはまたお堅いルールで自分自身を縛っちゃっているのだろう。



 そういう女神おんななのだ、彼女は。



『ですが』

 ――――だけど



『これからは私がずっと傍にいます。頼まれたって離しません』

「ぷ、プライベートの時間はちょっと欲しいです」

『そんなものは、最初からありません。私は英雄の守護者であり記録庫。契約者の情報は、おはようのミルクから、夜にこっそり――――』

「わー、わーっ!」




 私達はもう、ひとりじゃない。

 ずっと一緒だ。いつだって声が聞こえる。



『行きましょう、花音。あなたと私が救いたい人達のところへ』

「ねぇ、その前に」



 私は彼女ひかりと一体になりながら、とても大事な事を尋ねる。



「あなたの本当の名前を教えてください」

『えぇ、もちろん』



 ぼこぼこと、泡が激しさを増していく。

 白く、白く混ざり合う泡沫と光明の中で私は、ついに




『我が真名は―――――』




 そして、私は――――





◆◆◆




「逆巻け、運命の転輪よ。我が精霊はんしんが司りしは、英雄のことわり────」



 そして空樹花音は、ついに至る。

 長き旅路の果てに、かけがえのない仲間達に支えられて手に入れた願いの結実を彼女は高らかに謳い上げるのだ。



「父祖より継ぎしその正義は、が為に。答えを求めし旅人は、空の果てへと答えを求めた」



 少女が言葉を発する度に増す神気。

 の顕現に必要とされる解号コードの詠唱。


 開かれし桜色の扉から風がふわりと舞い、



「先を行くは、万夫不当の英雄達。足を引きとめるは過去の罪悪かげ――――雨は長く、嵐は去らず、無明の空にすくむ日々が進むべき道を暗く閉ざした」



 まるで蝋燭の火を消すかのように易々と、ミネルヴァの審判フレアをかき消した。



「されど万物は流転する。雨は止み、夜は明け、冬の後には桜の花が芽吹くように」



 歌が鳴る。音が響く。

 女神の聖歌ムーサは第六神域を通り、第三神域を抜け、第二神域、そして天城全土へと。


正義こたえもまた、流転する」



 変化は如実だった。

 戦争工房の地に伏した英雄達の傷が瞬く間の内に癒え、枯渇した筈の霊力リソースが尋常ならざる速度で復元していく。



「だから私は、虹を描こう」



 未曾有の事態を認識したミネルヴァの動きは速かった。

 六枚羽から大神達の奥義を混成し、誰一人逃すまいと神域エリア全域に再度の崩界を招き入れ──



「不格好でも、そしりを受けても、たとえ後世うしろから笑われたって」



 ──瞠目した。

 まるで効いていない。

 傷一つ負っていない。

 亡霊も、雑兵も、舞い戻りし機神ガラクタさえ

 その姿はただ、あるがままに、



「空に描いたその七色の輝きこそが、かつて夢見た正義こたえなのだから」



 まるで「無敵」の概念でも得たかのように不変なる者達。



「英雄よ、英雄よ、偉大なる英雄達よ」



 そして、ミネルヴァに、――――否、本体であるオリュンポスそのものに、かつてない衝撃が襲いかかる。



「どうか、願います。かしこみかしこみ願います」



 飛来した敵の一撃。

 ネクロマンサーの放った苦し紛れの単発術式スペル

 状況を説明すれば、只人ただびとサイズの亡霊が、ミネルヴァの肩に触れて、霧散した。

 たったそれだけだ。それだけの事で──



「私が戦列に並ぶ事を、どうかお許しください。共に戦う栄誉を誇らせて下さい」



 ──最高傑作の、肩が壊れた。まるで崩界の理に触れたかのように呆気なく爆ぜて、溶けたのである。



 “不和の林檎カリスティ”が打ち消された――――



 明かに逸脱している。

 ただの雑兵の一撃が、鎧装騎神の装甲を貫くという、



「ここにいる全ての英雄達に祝福を、あまねく旅路に礼讃を」



 有り得べからざる不条理。



「さぁ――――」



 ここに至ってオリュンポスは理解した。

 理解したが故に、停止した。



 桜髪の少女を守るように顕れた鎧装の女神。

 その体躯と姿形は彼の最高傑作であるミネルヴァを彷彿とさせながらも、真実は真逆。


 白色の鎧。刻まれしオリーブの紋様。

 背に生えし六翼は桜色に輝き、かつて聞き惚れた聖歌ムーサの音色は、今もなお、




「最新の神話を始めよう」



 涙が零れる程に美しくて




「――――詠唱マギア顕現リリースッ!」




 ――――かくして、偽りの天城オリュンポスに真なる主が顕現を果たす。

 烏の王が築き上げし最大の方策は、今ここに大願の花を咲かせたのだ。



 神の鎧アイギスを脱ぎ捨て、剥き出しとなった神格が謳い上げるは全ての英雄達を称えし勝利の歌グローリア


 その神の等級は、亜神級最上位スプレマシー神霊型スピリット


 司りし概念は、“全軍英雄化”


 紡がれし詠唱マギアに応じて顕れた、最終にして最後の切り札。

 英雄ヒーローとなった少女が唱えし、その名は

 其の名は

 其の真名は――――







―――――――――――――――――――――――


 




 第二百二十話 「パラス・アテナ」





―――――――――――――――――――――――





 運命の転輪に、ifもしもの亀裂が走りだす。





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・お知らせ



 「チュートリアルが始まる前に」第二巻、本日4月17日午前零時より(つまりたった今より!)発売致しました。

 『本編に負けず劣らずの熱いオリジナル展開』と、『書籍版オリジナルキャラクター』がなんとカカオ・ランタン先生のイラスト付きで出てきますので、是非是非ご購入の程、よろしくお願い致します!

 今すぐに買える電子版は、ブックウォーカー様の方で購入頂くと特典SSもつきますので是非お楽しみにっ!

 また、詳しい情報につきましては、近況ノートやツイッターの方で書かせて頂いておりますのでそちらもお見逃しなく!

 ツイッターの方には、拙作の声つきPVや各種プレゼントキャンペーン、そして担当イラストレーター様であるカカオ・ランタン先生のキャラデザ付きキャラクター紹介などもやっておりますので、是非是非遊びに来て下さいませ!


 

 次回更新は、4月20日の木曜日ですっ!

 書籍版ともどもおたのしみにっ!









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