第百八十五話 亡霊の顛末
◆ダンジョン都市桜花 可鳴矢倍病院 特別個室
ミドリさんの話に俺のゲーム知識を捕捉して話すと、だ。
『亡霊戦士』――――つまり
区切りってのは、終わりの区切りさ。ゴールラインと言い替えても良い。
こういう条件の下、こういう事が起これば『天城』を明け渡そうと彼等はちゃんと考えていたんだよ。
そりゃあそうだよな。
三十五層級のダンジョン全体を巻き込んだお芝居なんて、そう長々とやり続けられるようなもんじゃない。
労力、資金、時間、人員。
“亡霊戦士事件”は、伊達や酔狂ではなくヒイロさん達の犠牲の上に成り立っていた
“ただ、守りたかった”
ゲーム時代にボスキャラとして出てきた“
功名欲しさに無謀な挑戦を犯そうとする在野の冒険者達を
元クランマスターの仇討ちに燃える仲間達を
「あの化物から守りたかったんです」
ミドリさんの独白をヒイロさん達は三者三様の面持ちで聞いていた。
黄さんは、観念したような笑みを浮かべながら天を仰ぎ
アズールさんは目頭を抑えながら俯き
ヒイロさんは、何かを噛みしめるように俺達を見つめていて
「誰も死んで欲しくはなかった。だからそれがどれだけ馬鹿げた事だと分かっていても頑張れた。でもね、清水さん。ボク達はどうしようもなく人間なんです。どれだけ精巧に演じても、本物の亡霊にはなり得ない」
「要するに色々と疲れちまったと」
「はい。疲れちまいました」
ミドリさんは、その色素の薄い瞳を細めて自嘲気味に笑った。
有限のリソース。
芝居とそれを維持する為の資金稼ぎに奔走する日々。
進みたくても進めない。
戻りたくても戻れない。
そんな終わりなき停滞の日々を過ごす彼等にとっての希望は、いつか“
「ボク達はね、ずっとあなた達を待っていたんですよ」
だけど、迷える彼等の手を最初に取ったのは俺達でも、
「ある日、“
“我々と協力して『亡霊戦士』を倒しませんか”
五大クランの一角“
「ようやく待ち望んでいた時が来たのだと思いました。五大クランの方々ならば、安心して『天城』を任せられる。そしてボク達はようやく亡霊から人間に戻れるんだって」
そう無邪気に信じていたと、か細い声で呟くミドリさん。
「だけど、そうはならなかった。そうですよね?」
「……はい」
ちらり、と花音さんの方を見やる。
偶然か、必然か。彼女の方も俺を見ていた。
交錯する視線。桜髪の少女の首が小さく縦に動く。
その表情は、流石に平静と呼べるほど安定はしていなかったものの、それでも驚く程に気丈だった。
強くあろうと装っているわけでも、原作軸のように狂犬化しているわけでもなく、現実を受け入れる覚悟を固めた勇者の顔だ。
――――何も問題はない。今の花音さんはちゃんと強い。
だから俺は、安心して話を進める事が出来る。
「“
「それは“円卓”と一緒に?」
「いいえ。仲間内で、です」
ミドリさん曰く、“烈日の円卓”側には『亡霊戦士』の正体を告げなかったらしい。
まぁ、五大クランの一角相手に「実はボク達、未登録の天啓使って、危ないお芝居やってたんですぅ」なんて言えるわけないもんな。
彼等の選択は――法的な問題は兎も角として――正しかったんだと思う。
もしもその協力者が“神々の黄昏”や“燃える冰剣”であったのならば、きっとヒイロさん達の「解放されたい」という願いはとうの昔に叶っていた筈なのだから。
けれど
「そうはならなかった」
「はい。……ボク達は、恐らくですけど組む相手を間違えたんだと思います」
「
「今もあの人の遺体は見つかっていない。多分
「そしてその後、ミドリさんが『亡霊戦士』に撃たれた」
今度は、本人が頷いた。
「……そうです。『亡霊戦士』は、“烈日の円卓”と“笑う鎮魂歌”のメンバーを一人ずつ襲った――――ありがとう、みんな。ボクのワガママを聞いてくれて」
彼から感謝の言葉を投げかけられた“笑う鎮魂歌”の三人は、アズールさんを筆頭に
そこから劇団“笑う鎮魂歌”による心温まる謝り合いがのべ十分程続く運びとなったのだが、ごめんな。その辺りの湿っぽい話は語り出すとキリがないので、俺ちゃんの独断専行でバッサリカットさせて頂くよ。
ま、要するにだ。
「“円卓”の重鎮『巌窟王』
俺のざっくばらんなまとめに、鎮魂歌の面々が、揃わないテンポで首肯する。
そう。
結局のところ、ミドリさんの犠牲すらも自作自演だったのだ。
命を失う覚悟で自分の頭をズドンだなんて、まったくもってイカレてることあっぱらぱーの如しなわけだが、しかしその一方でミドリさんの犠牲が結果的に“笑う鎮魂歌”を救ったというのだから、世の中というものは本当におかしなものである。
何でそんな事になるのかって?
まぁ、少し考えれば分かる事さ。
“烈日の円卓”のメンバーが『亡霊戦士』によって殺されて、その現場を他の円卓メンバーが見ていたとする(というか、実際に見ていた)。
ここで“笑う鎮魂歌”よりもはるかに格上の“烈日の円卓”のメンバー
だから、ミドリさんは自ら“笑う鎮魂歌”側の犠牲者となったのだ。
ちゃんと、『亡霊戦士』が“笑う鎮魂歌”をも襲う怪異だと証明する為に。
これが、彼が自殺まがいのワンマンロシアンルーレットを試みた第一の理由。
そして二つ目にして、ミドリさんの本当に守ろうとしていたものが
「『壺中天』、《
解号の言葉と共に宙空より現れた。
亜神級中位神器型『壺中天』――――ミドリさんの契約精霊として彼につき従うその“不可視の壺”の能力は、簡単に言うと「攻撃にも使えるものすごいアイテムボックス」である。
別次元の空間へ繋がる壺型の扉を作り、そこにあらゆる道具をしまっておく事が出来る『壺中天』の力を使い、ミドリさんはずっとある物を隠し続けていた。
「重光さんからの頂き物です。もしも自分の身に何かあったその時は、何としてでもコレを守り抜いて欲しいと彼は言っていました」
それは一見するとただのガラス玉だった。
あえて特筆する点があるとするならば、それはちょっとサイズが大きめなこと(大体テニスボールくらいだ)と、中に十字を
『アル』
『現時点で敵が院内を襲撃する
他ならぬ時の女神様からの神託だ。
一年半という時間のズレと、スタジアムでの“お話”が、良い様に作用した結果だろう。
「コレは一体?」
等と口の上ではすっ呆けているが、無論俺はこいつが何なのか知っている。
半透明の球体の正体は、鍵だ。
十字の盾が象徴するものは“
こいつとこいつの適格者が揃った時、初めて真の最終層への道が開かれるという言わば、『聖杯城』専用の攻略必須アイテムである。
そしてこいつの先代適格者である重光さんと“烈日の円卓”が揉め始めた所から、一連の事件は始まったのだ。
ダンジョンの完全攻略を為し、
重光さんがいなければ『聖杯城』の最終層への道は開かれず、しかし重光さんはいつの頃からか円卓の思想に翻意を持つようになっていた。
使えない鍵に意味はない。
ましてやそれが願望器の眠る扉へのマスターキーであれば尚更だ。
だから彼等は、自分達が掲げる社会的正義を実現する為に重光さんを切る事にしたのだ。
そしてその殺害現場として選ばれたのがここ『天城』。
殺人の罪を被せるスケープゴート役として抜擢されたのが、『亡霊戦士』もとい“笑う鎮魂歌”だったってわけさ。
『亡霊戦士』の正体は、とっくの昔にバレていたんだよ。
“烈日の円卓”の連中と、重光アキラその人に。
そして確執を抱えた両者は、けれども共に“笑う鎮魂歌”を利用したんだ。
一方は、『鍵』の適格者を殺して『鍵』を奪う為の舞台装置として
もう一方は、自身の死すらも利用して、『鍵』の“完全な紛失”を実現する為に
「多分、重光さんは自分が殺されるんだって分かっていたんだと思います。だからコレをボクに託して」
重光アキラは死んだのだ。
なんともクレバーな男だ。恐らくは、その後ミドリさんがどういった行動に出るのかまで織り込んだ上で、重光さんは彼に『鍵』を託したのである。
俺はミドリさんに、正直な感想を述べた。
「連中が糞なのは勿論ですが、重光さんも大概ですね。どんな
「人の事は言えませんよ。ボクらだって自分達の
ともあれ、三十四層の事件は起こってしまった。
“笑う鎮魂歌”の演じる茶番劇を隠れ蓑として、影で“烈日の円卓”と重光アキラによる熾烈な『鍵』の攻防が行われ、結果彼は『亡霊戦士』を装った円卓の騎士の手によってこの世を去ったのである。
その後重光さんが亡くなった事で『鍵』の適格者は別の誰かに移り、肝心要の鍵本体は植物状態となったミドリさんの『
「清水さん」
そして、その鍵は巡り巡って今、俺の手元までやってきた。
「コレを貰って頂けませんか」
口では「どうして俺に?」なぞと
ミドリさんが完全無欠の防御札として機能していたのは、彼が植物状態だったからなのだ。
生きたまま自分の意志でアイテムボックスを開けなかった先程までの彼であれば、たとえ円卓の連中であっても『鍵』を奪う事は叶わなかっただろう。
しかし、ミドリさんは目覚めてしまった。
そして意識のある今の彼から、無理やりアイテムボックスを開かせる方法ならば――――残念ながらその辺に幾らでも転がっている。
例えば何本か骨を摘出するだとか、あるいは“笑う鎮魂歌”の誰かを人質に取るだとか。
連中は既に『鍵』がミドリさんに渡っている事を知っている。
『亡霊戦士』の正体についても、わざわざ重光さん殺害計画の舞台装置として利用する程度には当たりをつけている。
だから今のこの状況は、ミドリさん達にとってあまりにも危険だ。
現に社会的肩書きが“冒険者学校”の生徒でしかなかった
“円卓”を速攻で脅してミドリさんとコンタクトする時間を作り、最強の
「分かりました。預かりましょう。……ただし、守り方は俺なりのやり方でになりますが、よろしいですか?」
「は、はい。どんなやり方でも構いません。これをあの人達に渡さないで頂ければ」
――――言質はとった。
俺は受け取った半透明の球体を、「えいや」と宙高く放り投げる。
部屋を舞うスケルトンカラーのテニスボール。放物線を描きながら落ちていく『鍵』の行く先には桜髪の少女が立っていて
「凶一郎さん……?」
そして
「約束の
そして唐突に現れた次元の裂け目から、美しい女性の手が伸び出て球体をキャッチし、かくして
消えゆく裂け目。
気さくにバイバイと、手を振る四季さん。
去り際に彼女が落としていった一枚の紙切れには三億という途方もない額面と、「今度たっぷりお礼させてね♪」と書かれた手書き文字とキスマーク……いや、俺は何にも求めてないからねっ。交渉は『鍵』を渡す所までで、後は四季さんが勝手にやった事だから、誤解しちゃやーよっ!
「あーっと……」
室内を見渡す。
誰もが唖然としていた。
笑っていたのはナラカ位のものだ。
「とりあえず」
三億の小切手を机の上に置き、かつてない程爽やかな笑顔を顔面に張りつけてから、全開の媚び声で言い放つ。
「これで“円卓”とのかくしつはぜんぶ“神々の黄昏”さんがもってってくれたよ。みんな、やったね☆」
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・やったぜ!
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