第百八十六話 謀略の終わり、攻略の始まり







◆ダンジョン都市桜花 可鳴矢倍病院 特別個室



 大前提として忘れてはならない事がある。それは、我が“烏合の王冠”がボスキャラ率九割の激ヤバクランであるという事だ。



 ボスキャラ、世界の敵、あるいは悪役。言い方なんて何でも良いが、要するに俺達は大なり小なりそういう“業”ってやつを背負っているんだよ。

 まぁ、何を今更って感じではある。あるのだが、しかし、ここで注意しなければならないのはその“業”は決して平等ではないということなんだ。



 例えばウチの遥さんは、この時間軸では一切悪役としての所業を行っていない。

 ぴゅあっぴゅあで、俺の事だけを一途に見てくれている最高に可愛い彼女さんである。

 


 対して例えば虚やハーロット陛下なんぞはバリバリに殺りまくっているわけだし、会津に至ってはこの世界を根底から揺るがそうとしている『組織』の一員だ。



 だから、……何というか本当に口が悪くて申し訳ないのだが、そんな地獄みてぇな奴等を自覚して率いている今の俺ちゃんが「人を殺しちゃいけません、ぷんぷん」なんて言う資格これっぽっちもないわけよ。


 そりゃあ、殺しは悪い事さ。“烈日の円卓”のやった事は到底看過できる事じゃない。


 だけど、じゃあ虚はどうなんのって話になるわけよ。


 あいつあんなナリだけど、五桁近い数の人間殺ってるんだぜ?

 陛下に至っては余裕のミリオン越えだ。はっきり言って悪の桁が違いすぎる。


 別に“烈日の円卓”を擁護しているわけじゃないぜ?奴等の犯した罪は間違いなく裁かれるべきだと思うし、俺もそうなるようにこうして色々と動き回ってきたわけなのだけれど、ま、要するに“かといって”というわけよ。



 この俺に、虚やハーロット陛下や会津達を曲がりなりにも率いているこの俺に、奴等のところに直接出向いてお説教かまして正義マンパンチを華麗にお見舞いする資格があると思うかい?ないよな、これっぽっちもないんだよ。


 一体、どの口がほざくんだって話さ。【殺しを手段に使う奴を野放しにしてるのは社会正義上よろしくない】という極めて常識的かつ真っ当な正論でなじるならば、まず俺はウチのヤベェ奴らをお巡りさんのところに持ってかなくちゃなんないわけですよ、えぇ。



 だから俺が奴等をめた理由は、“円卓”が花音さんと――――まぁ、ついでに“笑う鎮魂歌”の人間も入れておこうか――――を曇らせたからであり、それ以上でもそれ以下でもない。



 また、奴等の管轄する『聖杯城』の完全踏破報酬である願望器グラールは、確かに魅力的な代物だし、手に入れれば間違いなくその後の冒険が楽になるのだが、残念ながら“聖杯”を巡る円卓との物語は、グランドルート──つまり、一作目の元凶を巡る物語の“根本”に関与するものじゃないんだよ。



 ただでさえ半年以内に桜花五大ダンジョンの内二つを踏破しなければならない俺達にとって、『聖杯城』関連にまで首を突っ込む余裕なんて欠片もない。


 ……絶対花音さん、曇るし。後、『天城』なんて非じゃないほどめんどくさい駆け引きを山程やんなきゃなんないし。



 だから俺は、連中に深入りする気など端から毛頭サラサラなかったのだ。



 しかし、俺が心の内でどれだけ平和を謳おうと、連中にとっては知った事ではない。


 “笑う鎮魂歌”と空樹花音という二つの因縁がウチに集ってしまった時点で“烏合の王冠”は、“烈日の円卓”の最優先討伐対象となってしまう。



 あいつらだって、腐っても五大クランだ。

 それもさる“這い寄る混沌”お嬢様が率いるあの激ヤバクランと同属性の何でもアリ系。


 だから俺が、“笑う鎮魂歌”を手に入れる為に、まず考えなければならなかった事は、花音さんと『鍵』の問題を別々に切り離す事だった。



 ……いや、正確には両者は繋がっている。

 重光アキラの“次”の適格者は他ならぬ花音さんであり、『聖杯城』の完全攻略を為す為には『鍵』と花音さんの二つを揃える必要があるのだから。



 だが、連中が彼女を追放した理由は、


 考えてもみて欲しい。

 もし仮に花音さんが『鍵』の適格者である事を“円卓”が知っていたとしたら、わざわざ追い出すような真似するか?

 絶対しないだろう? むしろ知っていたら、どんな手を使ってでも彼女を飼い慣らしていた筈だ。


 だから連中の、いや黒幕マーリンが花音さんを陥れた目的は『鍵』の為じゃない。



 私怨というか、因縁というか、逆恨みというか、嫉妬というか、そういった底知れない一人の悪意こそが【空樹花音のあらゆる不幸】の根底にはあり、『亡霊戦士』事件のカモフラージュとして利用されたという事実すら、実のところは建前に過ぎないのである。



 “烈日の円卓”や『聖杯城』に本腰を入れるという事は、つまるところ、この悪意と花音さんを結びつけなければならないという事だ。


 それは即ち花音ルートを攻略するも同義であり、同時に彼女を深く傷つけるという事になる。


 当然、俺にそのつもりはない。


 ダンマギのメインヒロインを手篭めにする気なんざ一ミリもないし、何より俺は【真実を白日の下に晒す事こそが正義】なんて風潮が嫌で嫌で仕方がなかったんだ。



 真実をひた隠しにしようとまでは思わないが、言わなくてもいい事をベラベラと喋り、「これが真実だよ、辛いけど過去と向き合ってね」なんて知的蹂躙者じみた行為には虫唾が走るし、反吐が出る。



 どこかで、このレールから外れる必要があったのだ。



 そしてその転換点は、この何もかもが偽物だった全員犯人列車の終着駅こそが相応しい。



 目には目を、歯には歯を、五大クランには同じく五大クランを。



 当初の予定では、『鍵』を手に入れる役回りはシラードさんだった。


 俺が唯一懇意にしていた五大クランのマスターであり、とんでもない腹黒ダヌキであるあの御仁ならば、『鍵』を有効に使ってくれると思い、表向きは親善試合の立会人を務める見返りとしてブツを渡すつもりでいたのだが、そこで何の因果かあの“桜花最強”が絡んできたせいでさぁ、大変。

 熟慮の末、より確実かつ安全な陣営を選んだ結果が『世界樹』での開催に繋がったというワケよ。



 まぁどの道、誰が『鍵』を握ろうが適格者である花音さんがいなけりゃ『聖杯城』の最終階層へは辿りつけないし、逆に『鍵』が“桜花最強”の手にある以上、俺達が『聖杯城』を踏破する事もまた不可能。



 かくして願望器グラールは、誰の手にも渡らず、何でも叶う魔法のランプは、一生人間世界に来なくなりましたとさ、チャンチャン。



「つまり俺は、“神々の黄昏”の要請で『亡霊戦士』事件を追っていたんだ」



 ――――等と正直に話すわけにもいかないので、俺は予め用意していたカバーストーリーを皆に語った。



 筋書きはこうだ。

 俺は、夏のバトルロワイヤルや黒澤達の一件から“神々の黄昏”と懇意になり、桜花の治安を守る自警団員ヴィジランテとして“烈日の円卓”を追っていた。


 その後なんやかんやあって、重光さんや『亡霊戦士』の存在へと辿り着き、なんやかんやあって『鍵』がミドリさんの中にあるのではないかと当たりをつけ、彼及び母体である“笑う鎮魂歌”を守る為に一連の茶番劇なんやかんやを演じたのだと、そんな事を一通り喋り終えた頃には、病室の空気はもうすっかりシリアス色よ。



「この三億は、その報酬だよ。全く、俺はいらないって言ったんだがね」



 嘘である。

 俺としては、タダで厄介払いできればそれで良かったのだが、何故かあの最強女が落としていきやがったのだ。


 推測だが、恐らく四季さんは『鍵』と適格者が揃わない事を持ち前の勘やら経験値やらで『読んだ』のだろう。

 そして俺と同じく願望器グラールなんて世に出ない方が良いと考えて、だからこそこの三億円の小切手メッセージを寄こしたのだ。


 「余計な気を起こすな、余計な事も喋るな。少しでも変な真似をしたら、【三億円をだまし取られた】って理由アヤつけてカチ込みかけるぞコラ♡」という彼女からのメッセージがありありと目に浮かぶ。



 決して人の事を言えた義理じゃないが、やり口がまるでヤ○ザそのものだ。


 

 本当にこの界隈は、どこもかしこも真っ黒クロちゃんである。



 さておき、これを聞いた病室の皆さんの反応はまちまちだった。



 大体の事情を知っているナラカは特に驚かず、裏社会そのものである虚は平然としていて、チビちゃんはものすごい形相で「おしり触らせてやるから、それちょうだい!」と言ってきた。……こいつは後で大天使おねえちゃん部屋送りである。『嫉妬』組が帰ってきたらしばらくソフィさんの元に預けてやろうかしら。聖属性に囲まれて綺麗になっちまえばいいんだ、このわがままガールめ。



「本当にありがとうございます、清水さん」



 “笑う鎮魂歌”の皆さんはミドリさんを含め若干の戸惑いこそあったものの、概ね素直に俺の話を受け入れてくれた。


 何よりも安堵の色が濃かったかな。

 ミドリさんなんかは特に喜んでいたよ。



「ボクの命だけでなく、ボク達のクランまで助けてくれて、清水さんにはなんてお礼を言っていいか」

「気にしないでください。桜花の治安と、後は自分の為にやった事なんで」



 嘘じゃない。俺はいつも通り自分の為だけに動いている。

 『亡霊戦士』事件を解いたのも、シラードさん達を巻き込んで親善試合を開いたのも、“笑う鎮魂歌”を手に入れたのも、ミドリさんを治療したのも、“黄昏”を“円卓”にぶつけたのも、全部全部に過ぎない。


 攻略だ。全ては『天城』完全攻略を成し遂げる為の準備、布石、フラグ調整。


 しかしそれも、もう直終わる。


 既にたねはバラ撒いた。

 彼女達もきっと俺の申し出を快く引き受けてくれる筈だ。


 口を開き、“烏合の王冠”の傘下となった“笑う鎮魂歌”の面々に声をかけるその直前――――



「…………」



 視界に、花音さんの顔が映った。


 複雑な表情かおだった。

 間違いなくショックは受けている。

 けれど、青ざめているわけじゃない。

 驚きながらも、自分の中で咀嚼して何かを受け入れようとしている、そんな感じ。

 少なくとも取り乱す気配はない。



「(……強いな、君は)」



 当然、クランマスターとして後でメンタルケアはするつもりだけれど、この様子ならば大丈夫そうだ。もしかしたらヒイロさんとの一戦を経て、彼女の中で何かプラスの変化があったのかもしれない。

 そうだったら良いな、と思いながら改めてヒイロさん達に向き直る。




 ようやく、目的を果たす時が来たのだ。




「さて、ここからが本題だ。俺達はいよいよ『天城』の本丸に乗り込む。当然、ウチの傘下であるアンタ達には色々と協力を頼みたいんだが、構わないよな?」

「勿論だよ、王様っ」

「情報だろうが物資だろうが好きなだけ持っていきなよ」 

「アンタ達は、ミドリを、そして俺達を救ってくれた。何だってする、あぁ、でも」



 そこからアズールさんが「俺達は罪を犯した」だのなんだのと物凄く申し訳なさそうに喋り始め、のべ数十分にも及ぶ壮大なウジウジカーニバルが開かれたわけなのだが、誠に勝手ながら割愛させて頂く。



 この時間軸の彼等は、本物の殺人を行っていない。


 やった事と言えば精々天啓レガリアの無登録所持と悪戯レベルの茶番劇、ほんのり傷害(ただし治療とアフターケアは万全)、グレーな脅し…………まぁ、善人と言うには程遠いが、それでもガチ暗殺者の虚虎ウロトラマンや『組織』のエージェントである会津と比べれば億倍マシである。



 それにさ、彼等の茶番劇は確かに自己欺瞞と傍迷惑に溢れたものではあったのかもしれないけれど、その結果救われた命が大勢ある事も加味しておくべきだと俺は思うわけよ。



 まぁ、あくまで個人の感想だ。

 善き事を行えば、過去に行った悪事を相殺できるだなんてクソルールが世にまかり通ったら、到底人間の社会は成り立たない。



 だから詰まるところ、俺が彼等を許すのは、その方が都合がいいからなんだ。あぁ、それだけさ。それだけなんだよ。



「勿論、皆さんには色々と協力してもらいます」



 俺は言う。

 数多の艱難辛苦を耐えきった我が胃腸を優しくさすりながら、本当に欲しかったものを取りに行く。



「ボスの情報、物資、そして」



 ここまで長かった。

 本当に長かった。

 良く眠れた日なんて一度もない。

 いつだって頭とお腹が痛くって、何度万能快癒薬ヤクで楽になろうと思った事か。



「アンタ達にも来てもらいたい」



 だけど、それももう終わりだ。

 全ての布石は整えた。

 邪魔する者はもういない。

 亡霊は去った。円卓の影も消えた。

 だから、後はそう



「皆さん、良かったら一緒に天城オリュンポスを倒しに行きませんか? 仇討ちしましょうよ、総力戦レイドバトルで」



 みんなの力で神々ボスをぶっ叩く――――それだけだ。






――――――――――――――――――――───




・次回より『天城』編は、ファイナルチャプターに入ります!

 お楽しみっ!









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