第百七十話 あぁ、素晴らしき哉、特訓の日々








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』最終層・邪龍王域




 他のボス部屋がそうであるように、最終層もまた再現体戦を行う事が出来る。


 といっても天啓が落ちるわけでも、精霊石が落ちるわけでもない。実利的な利益はほぼゼロだ。

 しかしそれでも名だたるクランが、こぞって最終階層守護者との再現戦リトライに挑む理由は、やはり得るものが大きいからなのだろう。



 ゲーム的に言うなら経験値目当てという言葉が一番しっくりくるのだろうが、多分そういう事じゃない。


 超常の怪物と戦う事で得られる経験そのものが、俺達を強くするのだ。



 そういった観点から捉えるならば、奴等はまさに今の花音さんにうってつけだった。



 【邪龍】アジ・ダハーカ、そして【邪龍王】ザッハーク。

 俺達にとっての最大の悪夢であり、最強の具現でもある紫黒の龍は




「ウェイ。ジャスト三分っ!」




 あっさりと、チャラ男に屠られたのである。



 心臓と脳を同時にワープ拳法で貫かれ、何も出来ないまま光の粒子となって退場していく邪龍の王ザッハーク



 風情もクソもあったもんじゃない。


 光り輝くスミレ色の地面も、今日は心なしかその光量が淡い。



「いやー、黒騎士の伯父貴おじきが苦戦したって聞いてたからマジパネェの想像してたんっすけど、案外大した事なかったすね、彼。龍麟ウロコ頼みのパンピーって感じっすわ」



 別に煽っていたわけでも、けなそうとしたわけでもなく、ただ虚は素直な感想を述べただけだったのだろう。

 しかし、彼のこの発言に約一名、ピキリと青筋を立てた人物がいた。

 ドラゴン娘さんである。



「魂のない人形を相性差でゴリ押ししただけの癖に良く言うわ。てか、<龍宇内ほんば>はこんなもんじゃないから。アンタのくだらない小細工を上から踏みつぶすような化物が山のようにいるんだから」

「うーわ、ナラカっちうるさっ。てかマウント取るならせめて“アタシの方が強い”って言ってくれません? “アンタよりも親戚のおじさんの方が強いのよ”とか言われても下がるだけっつーか」

「はぁ!? アンタよりアタシの方が強いのは言うまでもない当然の――――!」



 やいのやいのと喧嘩し合うドラゴン娘と神獣の暗殺者。


 仲がよろしいようで、大変結構な事だがしかし



「(……悔やまれるなぁ)」




 彼が見せた一連の圧勝劇を反芻はんすうしながら、叶うはずのない後悔もしもに想いを馳せる。



 ナラカの言う通り、虚とザッハークの相性は恐ろしい程にいい。



 素の状態でビルを叩き割る膂力と、防御無視の完全耐性貫通能力、更には半径五百メートル以内の無条件ワープに、歴代十指に入る技巧の高さ。


 これら全てを合一化させた虚の魔拳は、邪龍王唯一の弱点でもある『一撃必殺』を簡単に為し遂げてしまうのである(ザッハークの復活スキル、【終焉山解ダマーヴァント定められし破滅の刻アヴェスター】は、一定以上の体力減少がなければ発動しないのだ)。



 だからもしも俺が、『常闇』の決戦時に彼を仲間にする事が出来てたと思うと……いや、無理か。このチャラ男暗殺者がウチに入ってくれたのは、旦那の紹介は元より、俺達の攻略ルートに『覇獣域』が入っていたのが大きかったのだそうだ(ソースは黒騎士の旦那である)。



 なのであの時点で、まだ俺達のパーティーが何も成果を上げていなかった『常闇』編の段階で、虚を仲間に加えるのはほぼほぼ不可能だったという事になる。



 『常闇』の特攻キャラを手に入れる為には、『常闇』をクリアしなければならないなんてまさにゲームあるあるだが、しかしそれは裏を返せば



 だからまぁ、俺達の冒険も決して無駄じゃなかったのだ――――と、自分の中で一定の折り合いをつけた俺は即座にリーダーモードに切り替え、ウチの子達に集まるように言ったのだ。



「みんな、お疲れ。これでBチームは、晴れて全員『常闇』への完全アクセス権を手に入れました」



 パチパチパチ、と手を叩く音が三人分。

 俺と、虚と、花音さん。

 ナラカは、ふんっと鼻をならしていて、チビちゃんは携帯ゲームに夢中である。

 つまりは、いつも通りだ。



「というわけで、ここからが本番です。これから【邪龍】アジ・ダハーカの周回をやろうと思います」

「はい、教官」

「なにかね、花音君」



 ぴょこん、と手を挙げ元気よく質問を飛ばす桜髪の少女。

 公開教え子プレイとは、中々やるようになったじゃないの。



「何故、アジ・ダハーカ限定なのでしょうか。ザッハークは含まれないのですか?」

「良い質問だね、花音君。しかし答えは明白だ。ザッハークは、強すぎる」



 言われて花音さんは、「あー」と得心を得た顔を浮かべながら、頬を朱色に染め上げそしてそのままうつむいた。



「す、すいません。私ったらなんて身の程知らずな事を」

「いや、花音さんは悪くない。全然悪くないよっ」


 悪くないがしかし、流石にザッハークはまだ早過ぎる。


 当時の遥(ちなみに今の遥さんは、爪楊枝つまようじとかで邪龍王を倒す。デコピンは攻撃として強すぎるので自分で禁止しているらしい)と比べても大きく劣る性能の彼女を、再現体とはいえあの孤独の王様にぶつけるのは挑戦ではなく無謀の類だ。


 それに万が一、再現体があの【黒いザッハーク】に変身でもしたら、修行どころじゃなくなるからな。


 

 安全第一。命大事に。



 命賭けなきゃ得られない強さなんて、ウチには必要ありませんって話ですよ、えぇ。



「(……少なくとも、賭けるタイミングは今じゃない)」



 何事も、タイミングが肝要なのだ。

 だからもしも彼女が、望んで危険な選択肢たくを選んだ時、少しでもその運命が良い方向に転べば良いなと願いながら




「それじゃあ、メインプランを発表するぜ。メイン火力、花音さん。最終目標は《英傑同期ステータスリンク》抜きでのアジ・ダハーカ単騎討伐。だけどこれはあくまで挑戦的課題チャレンジクエストだ。最初はサポートあり、《英傑同期》ありの状態から始めて徐々に経験値を積んでいこう」

「はいっ!」





 俺はメインヒロインを、虎穴ならぬ邪龍の巣穴へと突き落とすのであった。




◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』外部:シミュレーションバトルルーム・VIPエリア




 『天城』での進退をかけた親善試合という丁度良いお題目が出来たことで、パーティーのみんなが今まで以上に花音さんの修行を手伝ってくれるようになった。



 特にチビちゃんが「この一週間は、金は取らないぜベイビー」と言ってタダで模擬戦相手を務めてくれるようになったのは、色々な意味でとてもありがたい(普段は一回につき万札が三枚くらい飛ぶ)。



 ナラカの奴は基本的に『天城』の方で活躍して貰っていたから、『常闇こっち』の方にはあまり顔を出さなかったが、それでも来てくれた時には、そりゃあもう徹底的にやってくれたよ。



『アンタ、基本的に全部が中途半端なのよ。しかも行動パターンが教科書セオリー通りだから次の動きがすぐ分かる。

 良い? 二流そこそこ止まりでいたくないなら、まずはその辺りから改善していきなさい。それと今アタシが投げかけた課題点に対する解答を、次あった時までに考えておく事。あっ、分かってるとは思うけど気合いとか根性とかそういう曖昧なやつは0点だから。ちゃんと具体的な進化論理ロジックを用意しときなさいよ』

『うぐっ……が、がんばりますっ』


 

 何だかんだ言って、ナラカは面倒見が良い。

 相変わらず言葉はキツいが、そこにかつてのような嘲笑や罵倒の色はなく、ただ純粋に厳しいといった感じだ。


 多分、アイツなりに本気で取り組んでくれてるんだろうな。


 そしてそれが分かっているからこそ、花音さんも下手に噛みついたりはしなかった。


 


『良いっすか、花音ちゃん。どんなパネェ敏捷性アジ持ってる奴でも気の起こりさえ読めれば対応レスバ余裕なんっすわ。だから冒険者パンピーが認識している以上に《気配探知》は重要な術なんですよ。とりま、こいつ鍛えといて損はないっす。いや、マジで。

 ……まぁ、たまーに遥パイセンのような“何も視せない”空即是色モンスターもいるにはいますが、あぁいうのは例外中の例外なんで気にしないでください。ていうか、気にするだけ無駄です。こっちの《完全気配遮断ワールドステルス》を“勘”の一言で看破するようなひとに、何やったって通じません』

『成る程っ! つまり《気配探知》を鍛えつつ、はー様を敵に回さないように立ち回れば良いということですね!』

『正解っ! さっすが花音ちゃん! 飲み込み力がマジぱねぇ!』

 


 虚は終始こんな調子で、ご機嫌なアドバイスを送ってくれた。



 

 口調こそいつものおチャラケモードだったものの、奴の語るテクニックはどれも有用なものばかりで、気がづけば俺も花音さんの隣で聞き入っちまった位だよ。



『どんな武器だって使い方次第で幾らでも化けます。技術、速度、位置に場所に時間にタイミング。これらを組み合わせた“致命的なクリティカル・状況シチュ”をいかに量産えぐくできるかが、一歩抜きんでた使い手パリピになるコツだと俺は思うんっすよねぇ』



 案外こいつは、教師役に向いているのかもしれない。

 そんな事を思いながら、俺は俺なりのやり方で花音さんの面倒を見た。




「勝ち負けは準備の段階で八割方決まる。だから俺は万全の状態で相手に挑むし、それでも勝てない相手とははなからやんない。で、ギリギリ勝てそうな相手に対しては」




 仮想世界の麦畑に、小気味良いフィンガースナップ音が鳴り響く。


 風になびく穂。

 夕焼けに照らされた大地。

 薫る風。ノスタルジックな香り。


 そしてその中心で、赤黒い鎖に拘束されたポニーテールの女騎士。

 おまけに彼女の真正面には邪龍の骨格を纏ったチンピラがいると来たもんだ。


 何というか……兎に角絵面がカオスだった。

 その手の薄い本の導入としては背景が綺麗過ぎるし、だからといってこの光景を、爽やか青春ドラマと標榜ひょうぼうするには『四肢を拘束された女騎士』というルックが酷すぎる。



 仮想空間のソレとはいえ、妙な罪悪感が押し寄せてきたため、急いで<獄門縛鎖デスモテリオン>を解除しつつ、口では紳士的な指導。




「こんな感じで、相手を騙す事が大事なんだ。何もないと思わせておきながら罠を仕込んでおくとか、あえて嘘のパターンを作って攻撃を誘うとかね」

「うぅ……っ、駆け引きってどうも苦手です」

「やってみれば案外簡単だよ。とりあえず簡単な引っかけ方から学んでいこうか」

「が、頑張りますっ」


 

 一生懸命、うそつくぞーと決意を固める花音さんは、本当に不器用で、そして可愛らしかった。



 頑張れ、花音さん。

 邪龍と俺達、そして









「どうもこんにちわ。清水家居候兼クラン“烏合の王冠”特別戦闘アドバイザーを勤めさせて頂いております清水アルビオンです。本日より“親善試合”までの間、貴女を二十四時間体制でしごく……じゃなかったお手伝いさせて頂く運びとなりました。それでは空樹さん、早速ではありますが、フルマラソンをやりましょうか。最初なので一本一時間ペースで大丈夫ですよ」

「ひえっ……」



 偉大なる邪神様がついてるぜっ!







―――――――――――――――――――――――――




・再現体ザッハーク


 凶一郎は知る由もありませんが、邪龍おじさんが覚醒した理由は七十九話でも記されていた通り「自分より強い奴にやられるなら兎も角、なんで奥の手まで使った自分がこんなクソ雑魚ゴリラにやられにゃあかんねん」という自分とゴリラ双方への強い怒りに端を発するものなので、間違いなく強者側の虚がぶっ殺す分には発動しません。


 というか、ナラカ様でもユピテルでもなんだったら花音相手でもザッハークは黒くならずに大人しく死にます(そうでなければ、ゲーム時代にとっくに黒くなっていた筈なので)。


 この事からも分かる通り、邪龍おじさんがあの時キレた理由は単純なスペック差の問題ではなく、言うなれば「おじさんの考えた弱者の在り方」というやつに凶一郎がブッ刺さっていたからという理由に加えて【特記事項X】からなんですね。



 まぁその代償として邪龍おじさんは現在、その力の全てを一番相容れないタイプの男に使われているので、ダンジョンの神は本当に性格が悪いです。

 


※ついでに言うと再現体には魂や心がないので、万が一ゴリラが再現体邪龍おじさんを煽っても覚醒はしません。











 

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