第百六十九話 通せんぼ
◆ダンジョン都市桜花・第八十八番ダンジョン『全生母』・応接室
“桜花最強”、四季蓮華。
原作では、さる事情から大幅に弱体化した状態で出てきたにも関わらず平気の平左で最強キャラとして君臨していた歩く災害。
そんな何故ここに?
まさか『世界樹』攻略を豪語する俺達が煩わしく思って、主自らカチコミかけに来たとかそんなオチ?
……だとしたらヤベェよ。半端なくヤベェよ。シラードさん諸共二秒でやられる自信があるわ、クソッタレ。
「やぁ、姫。相変わらずチャーミングな入り方をするね。それとも“部屋への入室はドアから”という常識を忘れてしまったのかな。ハハッ、実にファニーだ」
俺がいそいそと土下座の準備をしかけたところで、シラードさんが歓迎しているのかディスっているのか良く分からない台詞を四季さんに向けて吐いた。
声音は明るい。
「ごめんなさいね、ジェームズ。でもね、聞いて。最初は私もあちらのドアから入ろうとしたのよ。だけどね、何度もノックしたのに返事がないの。しかも鍵もしっかりしまっていたわ。だからね、
「それは失敬。ついキョウイチロウとのお喋りが弾んでしまってね、君のか弱いノック音が耳に入らなかったんだ」
「周囲一帯に防音術式を張り巡らせていたくせに良くいいますね。そんなに私を“無断で余所様のクランに出入りする盗み聞きお姉さん”に仕立て上げたかったんですか」
「誤解だよレンゲ。この私が、レディを邪険に扱うはずがないじゃないか。きっと
「流石は“
「ハッハッハッ、忠告痛みいるよ、レディ。仰る通りだ、確かに子供の扱いには細心の注意を払わなければならない。どこかのクランの
「うふふ、相変わらず面白い人ですね、ジェームズ」
「君こそ、変らず
そして交差する二つの笑い声。ハッハッハッ、うふふふふ、ハッハッハッ、うふふふふ。
「…………」
なんだろう、ただ美男美女が楽しそうに笑っているだけなのに、寒気と吐き気が止まらないや。
「すいません、シラードさん。なんかお取り込み中みたいなんで、話はまた今度……」
「「君は座っていなさい、キョウイチロウ」君」
「ひゃい」
おうちかえりたい。
◆
「どうしてもレンゲが君に会いたいといって聞かなくてね、それで私が仲介役を買って出たのだ」
コーヒーカップに口をつけながら、シラードさんがあっさりと、そして信じられない事を口にした。
「仲介役って……“燃える冰剣”のマスターが“神々の黄昏”のマスターを手伝ったって事ですか!?」
「おかしいかね?」
「おかしいっていうか、驚きですよっ!」
思わず語気が強まってしまう。
それだけ衝撃的なのだ。有事でもないのに、五大クランの長が二人仲良くティータイムなんて、ゲーム時代ですら見た事がない。
「あっ、アレですか? もしかして実は隠れステディな仲とかそういう――――あっ、すいません。軽い冗談です。これっぽちもそんな事は思っておりません」
二人の笑顔の圧に押されて前言を撤回した俺は、ならばどういう事なのかと考えを張り巡らせた。
「(“燃える冰剣”と“神々の黄昏”……どちらも“
導き出された結論を、隣に座る“蓮華開花”に向けて言い放つ。
「あぁ、“
その瞬間、四季さんは少しだけ目を見開き、対面に座るシラードさんに向けてとても満足したような微笑を浮かべると、おもむろに俺の傍へと近寄り
「どうして、そう思われたのですか?」
撫でられた。頭を。
「えっと、すいません。浮気になるんでボディタッチはご勘弁して頂ければ」
「凶一郎君のお話が面白ければ解放してあげます。あっ、全然力ずくとかでも構いませんよ。私、強いですから」
ダメ元で未来視を試してみる。案の定、四季さんの未来は読めなかった。ったくこれだから嫌なんだよ、《全能》の化け物は。
「防音術式ですよ」
入り口のドアを指す。黒色で統一された金属製のドアだ。成る程、言われてみれば確かに術がかかっている。
「四季さんはさっき、この辺一帯に防音術式を張り巡らせていたって言いましたよね」
「えぇ」
「しかも鍵までかけられていたと」
「はい」
「足りないっすわ」
俺は自分の頭を人差し指でコツコツ叩く振りをして、四季さんのなでなでから逃れようと押し返そうとしたが、普通に(そして優しく)抑えられた。
くそっ、ちょっと気持ちいいのが腹が立つ。お母さんと言うかおばあちゃんに撫でられているかのようなそんな安心感。
「ここは、シラードさん達の本拠地です。当然、シラードさんの仲間が大勢いる」
だからそう、《次元移動》なんて使う前に本来ならもうワンクッション取れた筈なのだ。
「スタッフに頼んで《思考通信》でシラードさん呼べば良かったんすよ。
「…………」
不意に、俺を撫でる手が止まった。四季さんの顔に視線を向ける。その
「だけど四季さんは、【スタッフへの連絡】や【
つまりこの部屋には防音術式の外に《思考通信》を含めた諸々の通信系を阻害する“何か”が予め張り巡らされていたって事です。
鍵までかけたのは、恐らく彼のお茶目だったんでしょうが、それ以外は両者合意の
腹黒狸を見やる。奴は誇らしげな顔で、四季さん相手にドヤッていた。今日も今日とて彼はまるでぶれない。
「後は自分の持つネタとのすり合わせです。
今日俺がここに来た目的、そしてこの親善試合のメンバーにまつわる奇妙な“繋がり”」
彼等の正体は伏せつつ、積極的に
交渉事ってのは、ヨーイドンのターン制じゃない。
たとえアイスブレイク中だろうが、攻めるチャンスがあるなら果敢にねじ込んでいくのが俺ちゃんスタイル。
「半年前に起こった『黄衣』での“仲間殺し”事件、そして同時期に起こった『天城』での“亡霊戦士”事件。この二つの事件の当事者達が、今になって何故か偶然たまたま導かれるように集まって、仲良く親善試合なぞをやろうとしている────そりゃあ、お二方の立場からしたら気になりますよね、この“烈日の円卓”に関するスキャンダラスな香りは」
五大クランは、少なくとも見かけ上は拮抗している。
個人の武力では“桜花最強”がブッチギリの筈なのに、“神々の黄昏”がいつまでも一強状態にならないのは、それだけ多様性ってやつを尊重した結果なのだ。
冒険者の街である桜花において、クランは会社であり、共同体であり、居場所であり、そして
故にその頂点である五大クランは秩序維持の為にもある程度それぞれを許容せざるを得ないのだが。
「もしも、その五大クランの一角がとんでもない悪事を働いている疑いがあれば、皆さんは“正義”の為に“悪”を糾弾しないといけませんよね。で、仮に段取りよく“悪”を排斥したとしましょう、そうなれば彼等が持っていた権益はまる────ふみゅっ!」
ようやく温まってきた俺のおしゃべりエンジンは、しかし
四季さんの整った人差し指が、俺の唇を優しくふさぐ。
「ふふっ、想像以上だわ。
「ふぁの、ふぃひふぁん?(あの、四季さん?)」
四季さんはそのまま、うっとりと俺の事を見つめたまま
「貴方が欲しいわ、凶一郎君。でも、そうね。今日のところはその
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
「それで結局、『世界樹』のシミュレーターでやることになったってワケ?」
呆れと驚きの混じった表情で、ドラゴン娘が事の詳細を尋ねてきた。時刻は午後七時半。食卓には和風系の料理が並べられ、いつもの席に座るBチームメンバー。
その表情は、概ね隣のドラゴン娘と同じ形に歪んでいた。
特に花音さんは、パクパクと口をマンボウのように動かしながら、冷や汗をダラダラとかき、そして
「しかも当日はスポンサーと観覧がついて、更にその上“神々の黄昏”と“燃える冰剣”のマスターが実況解説席にいらっしゃるって……凶一郎さん、あなた一体この話をどれだけ大きくするつもりなんですか!?」
「ははっ、そうね……。俺にも良く分かんにゃい」
花音さんからご最も過ぎる指摘を受けた俺は、口を湿らす為にジャガイモの味噌汁に手をつけながら、チビちゃんの方へと視線を送った。
お子様は我関せずといったいつもの無表情で、小皿によそったしゃこ天をもきゅもきゅと暢気に食している。
ユピテルは基本的に中立だ。自分に実害が及ばない限りは擁護も批判も口にしない。
そして彼女がアンチ側に回った時は、大抵俺が何かを見落としている時なので、ある意味バロメーターでもあるのだ。
「やっぱじゃこ天は、おろししょうがに限るゼ」
よし、大丈夫そうだな。……なんか最近輪をかけてチンピラ臭くなってる気がするが、うん。大丈夫だろう。そういう事にしておく。
今は兎に角“笑う鎮魂歌”との決着が第一なのだ。チビちゃんの教育方針については――――今度、アルとしっかり話そう。
「決戦の日取りは予定通り、一週間後に決定したから……ナラカ、そっちの方は大丈夫そうか?」
「えぇ。問題ないわよ。『“笑う鎮魂歌”の全戦力を以て、挑ませて頂く』だってさ」
「そいつは結構。じゃあそっちは引き続き進めてもらうとして、俺達はイベントに向けて訓練だ。とりあえず目標は花音さんが『タロス』を一人で――――」
「それなんっすけどね」
割って入ってきたのは虚である。
その金眼に混じった感情は、そこはかとなく困惑気味。
なにか問題でもあったのだろうか。
「問題っていうか、封鎖されてます。コロシアム、
「マジか」
変な笑いがこみ上げてきた。
フロアの占領。
通常層と違い、ボス部屋は一戦闘につき一パーティーまでと決まっている。
そしてそれを悪用すれば、他のパーティーにボス部屋を使わせない事も可能なわけで……ふふっ、成る程。良い全力じゃないか。
正直、上辺だけのお付き合いをしていた頃よりもよっぽど好感が持てるぜ、亡霊さん方。
「まぁ元々、ここは奴等のホームだからな。それ位の妨害策は講じてくるか」
「どうします? 一応、二十層より下は空けてくれてるみたいっすけど」
「いや、『トロイメア』程度じゃ、もう花音さんの相手は務まらん。それこそ『タロス』より上くらいの――――あっ」
思いつく。悪魔的な
奴なら、アレの再現体ならば、この『天城』のどのボスよりもハイグレードな経験になる。
「ねぇ、花音さん。
「えっ、そんな場所が『天城』にあるんですか!? あるなら是非とも行ってみたいです」
俺の提案を聞き、はしゃぐ桜髪の少女。
しかし、その顔は時が進むにつれて徐々に青ざめていき、そして翌日――――。
◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』最終層・邪龍王域
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・五大クランの各種系統
・“神々の黄昏”:最強。全ての攻略クランの到達点。上昇志向の高い冒険者は基本的にこの系列のクランに入りたがる。トレーディングカードゲームで例えるなら緑白。
・“燃える冰剣”:共生。異国民達の相互扶助組織。攻略面以外にも、労働、遺物探索などにも力を入れている。組織形態が幅広く、マスターの性格もあってか、割かし人間や亜人も多い。トレーディングカードゲームで例えるなら赤青。
・“全道”:進化。獣人族たちのコミュニティ。凍京のコミュニティからはほぼ独立しており、ダンジョン『覇獣域』を中心とした獣達の王国を作り上げている。排他的な傾向にあるが、それでも他地域に比べれば“マシ”であり、四季蓮華曰く「意外と話しやすい」との事。物理属性最強キャラはここにいる。トレーディングカードゲームで例えるなら緑黒。
・“烈日の円卓”:正義。全冒険者達の救済を謳い、自分達の領域内で様々な職業斡旋を行っている。規範に厳しく、また独自の
・?????:唯我。クランマスターは女性。五大クランの中でも一際異彩を放っており、ある意味敵に回すと“神々の黄昏”よりも厄介。人間と一部の亜人(エルフや龍人等)、そして異端以外の入団を頑なに認めない。トレーディングカードゲームで例えるなら青黒。
おまけ・烏合の王冠:不明。着痩せするゴリラを園長とした、わくわく動物園。結成から二カ月の間に五大クランの内の二つに喧嘩を売り、つい最近三つ目にもチョッカイをかけようとしている。トレーディングカードゲームで例えるなら白黒。
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