第百六十八話 動きだす




 ◆



 “邪龍王”ザッハーク。かつて俺達が相対した『常闇』の最終階層守護者。


 その最終局面において奴が発動した【最後の変身】は、ゲーム時代には存在しなかったスキルである。


 黒雷を弾き、法則吸収をも凌駕する災害を引き起こし、手負いとはいえ遥を退けた未曾有の大怪異。



 結果的には幾つもの幸運と皆の協力のお陰で奴を仕留めることこそ出来たものの、あれは一歩でも何かが違えば仲間の誰かが犠牲になっていたと断言できる次元レベルの大技であり、それを俺は、事前に読み切る事が出来なかった。



 当然だ。


 ────ユピテル、黒騎士、遥、そしてアル。これだけのメンバーを揃えた上でなお薄氷の勝利だった前回の最終階層守護者戦は、かくして俺に小さな挫折と大きな教訓を与える結果と相成ったのだ。



 即ちどれだけの戦力があろうとも、運営カミサマの気まぐれで結果は覆る。


 即ちゲーム知識は絶対ではない。



 俺はリーダーであり、そして今はクラン“烏合の王冠”の運営者マスターでもある。



 「強キャラいるから、余裕っしょ! 細かい事は気にせず無双します!」なんて無責任バカな真似、取れる筈がないんだよ。


 俺の油断で人が死ぬんだぞ?

 たった一つの判断ミスが、仲間の“生贄”に繋がるんだぞ?

 


 ましてや、天城のボスはザッハークよりも十階層上の“外れ”で、なおかつ“突然変異体”の複合混成体ハイブリッドである。



 どこに油断できる要素があるというのか。


 残念ながらリセットボタンはない。

 一度死んだ命は二度と戻らない。



 だからこそ、俺は必死にならなければならなかった。



 やれることは、全てやる。

 ボス戦を有利に運ぶイベントがあるならば、必ずこなす。


 例え遠回りになろうとも、結果的に生存率の向上に繋がるのならそれで良いのだ。


 そういう意味で捉えるのならば、『亡霊戦士』を巡る一連のイベントはエビで鯛を釣る様なものだった。


無論、ここでいう鯛ってのは“笑う鎮魂歌”のことじゃないぞ。


 いや、別に奴等も決して弱いってわけじゃないんだけどね。

 冒険者全体の質でみれば、間違いなく上位に位置する実力者達だし腐っても一度はここのボスを倒したんだ。弱いはずがない。



 亡霊戦士の体たらくをみて侮るなかれ。アレは彼等が穏便に事を済ませようと手心を加えていたお芝居フィクションの賜物であり、ボスキャラとしての“笑う鎮魂歌”は、もっとずっと比較にならない位に手強いんだ。



 だけど、それでもだ。それでもなんだよ。今の彼等は残念ながら“杞憂非天ボス部屋”に立つ器としては役者レベルが不足している。



 単体としてのスペックは、虚やナラカに遠く及ばず、恐らくはザッハーク状態の俺でも余裕だろう。



 だから俺がここまでの艱難かんなんを重ねたその目的りゆうは、“笑う鎮魂歌”の戦力そのものではない。



 彼等は、



 目的のものはその先にある。



 それは空樹花音の目覚めに繋がる決定的なトリガーであり


 それは戦局を大きく変え得る可能性を秘めた力であり


 そしてそれは、俺の個人的な景色ねがいを叶えるための、小さな





 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十四層:【現在】




「ここで切った張ったの殺し合いなんてやっても、ダセェだけだろ。そんなんやるくらいなら汗も血も流れない仮想現実の中でバトった方がよくねって、平和主義の俺ちゃんは言いたいわけさ」

「ヒイロ、騙されるな! こいつはどうも信用ならねぇ」



 俺の紳士的な交渉術に割って入ってくるクジラ男。


 「あらー、両想い。奇遇だな独活うどの大木。俺もアンタのことなんて微塵も信用してないぜクソ野郎」と、戯れのフレンチおしゃべりをかましてやろうかと一瞬考えたが、止めた。




「黙れ、アズール。決めるのはアタシだ」



 おっかない赤髪女が、クジラ男を一睨みで黙らせたからだ。


 沈黙する“BLUE”の主、あーあ尻に敷かれてやんの、うぷぷぷぷ。




「いいよ」



 ヒイロさんは言った。あっさりと。



「こうなっちまった以上、悔しいけどアタシ達に選択肢なんてないからね。そっちから機会を改めてくれるってんなら寧ろ望むところだよ」



 まぁ、そうだろうな。

 クランの仲間が人質に取られていて、まともに動けるのはヒイロさんと、アズ―ルさんだけ。

 加えて自分達が死ねば『天城』の秩序そのものが崩壊してしまい、結果として多くの冒険者の流入を招く結果となってしまう。



 そんな絶望的な状況下の中で「そちら側が勝てば証拠を破棄した上でダンジョンから撤退しますよ」なんて条件エサつきの試合の申し出があったら、そりゃあ二つ返事で引き受けるだろうさ。



「見事な手並みだ。……後学の為に聞いておきたいんだが、アンタ一体いつからこの絵を描いていたんだい?」

「そりゃあ、勿論」

 


 口角を釣り上げながら、俺は本当の言葉を彼女にぶつけた。



「ずっと前からだよ」





 ◆




 ファフニールが地面に着陸したのは、“笑う鎮魂歌”の面々が撤退し終えた後だった。



「お疲れ」



 草の海に降り立つ女性メンバー。



 悪戯っぽく笑うドラゴン娘と、一心不乱に携帯ゲーム機を弄るチビちゃん。そして




「ありがとう、花音さん。俺達の事、信じてくれて」

「いえ、その」



 伏し目がちに応える桜髪の少女。翡翠色の瞳が俺の目ではなく、足元を見ている事からも分かる通り、彼女は酷く混乱していた。


 あるいは、後悔しているのかもしれない。


 自分の選択した道が、果たして本当に正しかったのか――――きっと今、彼女の頭の中では深い葛藤が行われている筈だ。



 本当に、誰かさんと良く似ている。

 すぐに攻撃の矛先が自分自身に向いてしまう所も含めて色々と。




「俺達は、君に“笑う鎮魂歌”の行く末を委ねた。もしも君が『亡霊戦士』に攻撃を仕掛けたのならば、問答無用で彼等を組合へ引き渡す。だけど君が最後まで誰も撃たなければ」

「はい」



 分の悪い賭けではなかった。

 けれど決して確実とも呼べなかった。



 何せ原作の空樹花音は、かつての仲間の仇と目される“笑う鎮魂歌”のメンバーに対して、問答無用と紅玉砲火プロメテウスをぶっ放すような女なのである。



 燃え盛る草花、主人公アーサー達の静止を振り切り、“亡霊”の出元を討たんとする桜髪の少女。当然“笑う鎮魂歌”側はこれに応戦し、仕方なく主人公達も戦闘に介入する――――というのが亡霊戦士イベント(トゥルールート)のあらましなのだが、まぁ、兎角彼女は凄いのよ。



 自分の事件と同時期に起こった不可解な殺人事件。


 事件の内情を知っているかもしれない重要参考人。


 古巣の仲間をどうしても疑う事ができない彼女は、目先の怪しい容疑者達を犯人と決めつけ、そして……ってね。



 そういう未来ぜんかがあるからさ、どうしても不安はあったんだ。



 かといって何一つ明かさずにイベントを進めたら確実に不信を買うだろうし、彼女の意向を無視して“試合ゲーム”を取りつけたら、それはそれでこじれる可能性がある。



 だから俺はこれまで培ってきた信頼と、推理ショーを隠れ蓑とした『説得』の二本柱で道を舗装し、その上で彼女に選ばせたのだ。



 迸る激情に駆られるまま正義を為すか。

 あるいは一見正しそうに見えなくても、仲間の言葉を信じてあるかどうかも分からない真実を探す道を突き進むのか。




 果たして彼女は、後者の道を選んでくれた。



 未来の彼女では為し得なかった“見逃す道”を花音さんは受け入れてくれたのだ。



「正直……まだ半信半疑です。やっぱり重光さんに手をかけたのはあの人達なんじゃないかって思っている自分がいます」



 だけど、と彼女は必死に声を震わせて




「だけど私は、“烏合の王冠”の花音なんです。皆さんが手を差し伸べてくれたからここにいるんです。だから私は、わた、しは……」



 その先を無理に聞き出す必要はなかった。


 十分に想いは伝わったからだ。



「ありがとう、花音さん。そして約束するよ」



 俺は誓う。

 彼女の勇気と預けてくれたその信頼に報いる為に、何をするべきなのか。

 


「真相は必ず暴く。そして君を苦しめた奴等には、必ず“償い”をさせるから」



 決まってる。

 責任を、取る事だ。






 ◆ダンジョン都市桜花・第八十八番ダンジョン『全生母』・応接室





 こうなる事を前提として、裏で諸々の準備は進めてきた。



 ダンジョンに入る前から彩夏あやか叔母さんと“試合ゲーム”の企画を立ち上げて、既にルールブックも作っている。



 これを元に“笑う鎮魂歌”と細かい部分をすり合わせて――――というのは、全部ナラカに任せてある。


 対“笑う鎮魂歌”の面々に関してはどうもあいつの方が強そうだし、何よりウチの副官は最高にクレバーだ。


 適材適所というやつさ。ナラカが豪腕を振るい、虚が裏で動き、そして俺は人に頼る。




 そういうわけで偽りの連合作戦の翌日、俺はさる人物に会う為に、ダンジョン『全生母』の応接室に来ていた。



 『全生母』、桜花五大ダンジョンの一角にしてクラン“燃える冰剣Rosso&Blu”の本拠地。



 ここまで言えば分かるだろう。

 そう、俺が今日会いに来た人物というのは――――




「やぁっ! キョウイチロウ! こうして直接会うのは随分と久しぶりではないかね? 会いたかったぞ、友よ!」



 ハッハッハッ! と洒落た欧風ソファに腰掛けながら、得意の大笑いビッグラフをきめる灰髪の偉丈夫。



 ジェームズ・シラード。五大クランが一つ“燃える冰剣Rosso&Blu”のマスターにして、俺達の事を何かと気にかけてくれる偉大な先輩腹黒イケメンタヌキである。



「ご無沙汰しております、シラードさん。そして今回は俺達の急な申し出を引き受けてくださり、本当にありがとうございました」

「君達と私の仲だ。一日シミュレータールームを貸すくらいの事、ワケないさ」



 偽者等とは比べ物にならないくらい洗練された爽やかイケメンスマイルを浮かべる“燃える冰剣Rosso&Blu”の主。



 くそっ、やっぱりカッコ良い。雄々しくも洗練された各パーツと、それを完璧な位置バランスが織りなす顔面の最高ファンタスティック芸術アート! あぁ、ダメだ。最近ははーたんのお陰で幾許かマシになってきた俺の醜い嫉妬心が、煮えたぎる熱湯のように沸々と……っ!




「しかし君、また面白い事をしているようだね。“最終階層への調整を兼ねた親善試合”なんて古式めいた通過儀礼イニシエーションを、まさか君達がやるとは思わなかったよ」

「ははっ……えぇ、まぁ」



 適当に笑いながら、相槌を打つ。



 最終階層への調整を兼ねた親善試合――――亡霊達との最終決戦は、表向きにはそういう催しイベントになっている。


 裏の実情を明かすわけにはいかないし、あんまりバチギスするのも対外的に良くないからな。


 表向きは仲良くキャッキャウフフとやりながら、仮想現実世界で終局大戦ハルマゲドンかますのが賢い社会人ってワケよ。




「加えて『天城』ではなく、更には君達のホームですらなく、『全生母』のシミュレーターで戦いたいという発想が画期的だ。流石はキョウイチロウ、私には微塵も分からないし陰謀の匂いなんてまるで香らないのだが、兎に角その深謀遠慮ぶりには感服するよ。

 ところでキョウイチロウ、風の噂に聞くところによると、『天城』には『亡霊戦士ファントム』なる傍迷惑な怪異が出るらしいじゃないか。実は私、こうみえても無類の怪談好きスノープスでね、件の事件にも前々から目をつけていたところなのだよ」

「ははっ、ハハハハハッ」



 俺はお腹を抑えながら内心で毒づいた。



 くそ、タヌキめ。やはり勘付きやがったな。だが、俺は絶対に吐かんぞ。胃液も真実も腹の中だ。




「これこれ。いたいけな新人をいじめるものではありませんよ」




 そんな俺達の間に、思わぬ援護射撃が飛んできた。


 綺麗で、淑やかな女性の声だ。


 いいぞ女の人。誰だか知らんがもっと言ってやれ。



「……は?」



 そこでハタと気づく。


 ドアは開いていない。

 そしてここは“燃える冰剣Rosso&Blu”の中枢で、俺達は二人っきりの



 振り返る。声の方へと首を向けて、そして




「それはそれとして、すごく面白そうな話をしていますね。私、とっても興味があります」




 俺は、その人を知っていた。

 会った事はない。会った事はないがしかし、見紛う筈もない。



 ベージュ系のオフショルダートレンチコートに杏子あんず色の長い髪。瞳の色は特徴的なアメジスト系でその輝きは理知的でありながらも子供っぽく、そして何より大人びていた。




「初めまして、清水凶一郎君。私、四季蓮華と申します」



 桜花最強が、立っていた。






 ―――――――――――――――――――――――



 ・全盛期最強花音伝説(原作版)


 ・野生のシスコンヤンキーに問答無用でレーザーをぶっ放す。

 ・基本的に会話は否定から入る。

 ・三十四層の決戦で躊躇なく草原に紅玉砲火プロメテウスをぶっ放し、フィールドを火の海に変える。

 ・黒騎士との初戦時、白熱したつばぜり合いをしている主人公アーサーごと紅玉砲火プロメテウスをぶっ放す(一応、事前にアイギスの盾はかけておいた)。

 ・円卓関連になると、制御不能の暴走機関車と化し、止めようとする仲間に対して平気で銃口を向ける。

 ・蒼乃彼方かなたんルートにて。姉の魂が《剣獄羅刹》として囚われていると知り、苦悶するかなたんに対し「幾ら悩んだってあなたのお姉さんはもう帰って来ないんです。いい加減現実をみなさい」と伝説の正論パンチをかます。

 ・こんな有り様なのに、後半(デレパート)でポイントを稼ぎ、最終的には人気投票五位(※九十九話参照)に漕ぎ着ける。

 ・まがりなりにもメインヒロインなのに、アンチに投票数ポイントの水増しを疑われる。

 ・信者も信者で「そこは八位くらいじゃないと」と不人気キャラらしくあれと嘆く。

 ・でも、花音編のクライマックスでは大半のプレイヤーが泣いた。


















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