第百六十七話 亡霊の正体(後編)










 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十四層:【現在】




 恐ろしい見た目と凶悪な能力に反して、亡霊戦士が致命的な“悪”を働いたのは一度だけである。



 それ以外のケースに関しては、約七割が威嚇こけおどしで、残り三割が軽い負傷。



 その三割にしたってヒイロさん率いる“レッドガーディアン”が、「治安維持政策の一環」という名目で負傷者の治療や金銭的援助……要するにアフターケアってやつを行っていたそうだ。



 だから“行為”の是非は兎も角として、『亡霊戦士』の襲撃によって“再起不能”まで追い込まれてしまった被害者というのは、驚くほどに少ないのである。



 しかもさ、『亡霊戦士』に一番手酷くやられていたのは、アズールさん率いる“革新派BLUE”なのよ。


 彼等は在野の冒険者達よりも手酷く苛烈に骸骨マスクの襲撃にあっていたのだが────知っての通り“笑う鎮魂歌”は裏で全て繋がっているので、これらは全て自作自演である。



 “BLUE”が痛い目にあって、“レッドガーディアン”がアフターケアを施し、そして“中道派”が足りない業務を引き受ける。


 このサイクルを基本として、不規則に役割を変えながら『亡霊戦士』という都市伝説を演じていたのが、かつての彼等であり、まぁ、今も大凡おおよそはそうなのだろう



 だが



「『亡霊戦士』は少なくとも二人ヤッている。一人は殺害、もう一人は植物状態。どちらも、一回目の連合討伐作戦で起こった出来事だ」



 連合討伐作戦。


 『天城』に巣食う『亡霊戦士』を排除するべく集められた五大クランのメンバー達と、元“笑う鎮魂歌”のタッグチームがの怪物に挑み、そして無惨にも敗れ去った忌むべき黒歴史。



 この事件でさるクランは、セカンドパーティの副官を務める逸材を失い、“笑う鎮魂歌”側は、最古参メンバーが一人やられた。



 一方は物言わぬ骸オブジェクトとしてダンジョンの“二十四時間周期の改変デイリーリセット”機能によって消され、もう一人は頭を銃で撃ち抜かれて今も意識不明。



 これ等は全て『亡霊戦士』の仕業の一言で片付けられているが、【奴の正体が“笑う鎮魂歌”の総意である】という前提から考えてみると




「おかしいよな」



 あまり尖らず、草原の風に溶けるようなフラットさで、俺は当事者達に語りかけた。



「何故アンタ達は仲間を撃たなきゃならなかった? どうやって五大クランの強者をヤったんだ? しかも一方は放置、一方は病院でお寝んねだ。おいおい幾らなんでも滅裂過ぎるだろうが。殺すなら殺すで、ちゃんと三十四層ココに置いてけよ」



 指し示した先に映っていたのは草の海。


 かつて、ここと良く似た場所で沢山の血が流れた。



 そして幸か不幸かそれを機に、亡霊戦士事件は“怪談ファンタジー”から“実害ミステリー”へと格上がりを果たしたのである。



「殺しの場として、ダンジョンの通常階程便利な場はないぜ? 何せ二十四時間周期で強制お掃除だ。今のアンタ達みたいに階層を独占できる立場なら、ヤりたい放題捨て放題。わざわざ黙らせたい相手を運んで治療するなんて手間マネする必要がないんだよ」

「……何が言いたい?」

「アンタ達は、仲間を撃っちゃいない。だから助けたんだ、なっ、そうだろう?」



 クジラ男は再び黙った。その視線の先には赤髪ショート。


 本当の力関係が、よく分かる。



「だとすりゃあ、アンタ達は五大クランのメンバーだけ殺したのか?

 あぁ、確かに! 確かに筋は立つだろうさ。“五大クランのメンバーをぶっ殺した怪人”なんて肩書きがつけば、間違いなく『亡霊戦士』は最悪いっぱしだ。そんな奴が番人張ってる場所に、普通の冒険者はまず寄りつかないもんなァ」



 そして実際、今の『天城』はその通りになっている。



 五大クランの一角すら退けた怪物と必ず戦わなければならない場所────つまり、この三十四層に好んで突撃しようとする馬鹿はたんと減ったという。



 どこかの可能性……いや、実際に黄さんから聞いたんだっけ。奴等とのやり取りは色んな意味で多過ぎてたまにバグる時がある。



「(あぁ……)」



 遥に会いたい。


 ふと、そんな事を思いながら空を見上げると厳かに羽ばたく『ファフニール』の姿が目に留まった。



 炎龍の背中には、今俺と虚を除いたBチームの面々が乗っている。




 花音さんは、まだ動かなかった。




 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア:【一日前】




 連合作戦の折りに殺されたのは五大クランのメンバーである。しかし、その実態は杳として知れない。




「この事を前提にして、こいつを読んでみてくれ」



 俺が花音さんに手渡したのは、さる五大クランの公式サイトから拝借した訃報記事だ。



 半年前のある日、ダンジョン『天城』での探索中に“不慮の事故に会って”帰らぬ身になったという旨の文章が書いてある。



「え、……え、うそです。嘘ですこんなの」



 資料に目を通した花音さんの美貌が、みるみる内に青ざめていく。



 無理もない。そこに記されていたロゴマークは、彼女の古巣、つまり“烈日の円卓ラウンドオブナイツ”のものだったのだから。




重光しげみつアキラ、『巌窟王』のエクストラロールを持つ、“円卓”の重鎮……だった人だ」

「しってますそれはしってます、だけどなんで」

「何で君が知らなかったのか、そしてどうしてそれが話題ニュースになっていなかったのか、とりあえずこの辺りの事から答えていこうか?」



 幽鬼のように白んだ頸を動かしながら、少女はこくりと頷いた。



「その二つに対する解答は」



 一瞬、未来視を使おうかという悪しき感情が芽生えた。……いや、ダメだ。一度でもそれをやると、仲間とのコミュニケーションすら作業になってしまう。たとえ失敗したとしても、これは俺の言葉で伝えなくちゃ意味がない。

 

 だから



「一つだ。花音さん。君だ。君なんだよ」

「わた……し?」

「正しくは」



 吸い込んだ空気が、重い。



「君が起こしたとされている“失態じけん”が、彼の訃報をかき消したんだ」



 悲鳴が上がった。

 ユピテルじゃない。虚じゃない。ナラカじゃない。誰もが空気を読んで黙っている。


 当事者である花音さん以外は。



「冒険者の訃報は、それほど珍しいことじゃない。たとえ五大クランと言えども年に何度かは

「あっ」

「だけど花音さんの巻き込まれた事件はかなり特殊イレギュラーで、なおかつ刺激的センセーショナルだった」

「あ、あっ」



 仲間殺し。“生贄制度”を円滑に進める為に予めパーティ内で定めた「生け贄役」を、当時“烈日の円卓”に所属していた空樹花音が我が身可愛さに降り、あらぬ犠牲を出したとされる事件。



「そしてこの二つの事件は、同じタイムラインで起きている」



 絶叫が鳴り響いた。



「君が知らないのも無理はない。だって、それどころじゃなかっただろう? あらぬ罪を被せられ、それをクランの為にと飲み込み、世間からのバッシングを一心に引き受けた」



 ネットを開けば罵詈雑言。

 まとめサイトなどのバイラルメディアは、連日のように無責任な記事を投げ続けた。


 誰もかもが空樹花音の失墜に夢中だった。

 さして珍しくもない冒険者の訃報を軽く流してしまう程に。



 ましてや彼女は、その渦中にいた人物である。


 想像してみて欲しい。

 アンタがあらぬ罪で学校や職場を追い出され、そのコミュニティに携わるほぼ全員から「お前のせいだ」と恨まれている。


 そんな状況でさ、古巣の情報を積極的に仕入れたいと思うかい? もう二度と関わりたくないと思うだろ?



 花音さんは、少し前まで外に出る事すらままらない程苦しんでいたのだ。


 その優しさから仲間の罪を背負い、その真面目さから自分を罰し続けた少女が“烈日の円卓”の公式サイトを確認する可能性など皆無に等しかったのである。




「犠牲になった彼は、“烈日の円卓”の中でも有数の“守り手タンク”だったらしいね」

「……はい。重光しげみつさんはとても優秀な“守り手”でした。私なんかよりもずっと硬くて強くて、三十層規模レベルの最終階層守護者の攻撃を一人で受け止めた実績だってあります」

「そんなすごい人がさ」



 吸い込んだ空気は、心なしか冷たかった。



「そんなすごい人が、『亡霊戦士』如きにヤられると思うかい?」

「それは……」

「“笑う鎮魂歌”は優秀なクランではあるが、間違っても五大クラン級じゃない。“烈日の円卓”の名守り手タンクの防護を突破するなんて不可能だ」

「なにが、何が言いたいんですか凶一郎さん?」

「五大クランの守り手を殺す為には、少なくとも同等以上の凶器アタッカー必要いるって事さ。本来ならば突然変異体イリーガルという線も勘定に入れなければならないが、生憎とここの突然変異体は最終階層守護者ラスボスだ。よって重光アキラの殺しは『天城』由来のものじゃない。そして“笑う鎮魂歌”の可能性も極めて薄い」

「つまり犯人は――――」




 もったいぶった訳じゃない。


 俺が言ったからという安易な“逃げ道”を彼女に与えたくなかったのだ。



「ただ一つだけ確かな事は、“笑う鎮魂歌やつら”は何かを知っているってことだけだ」



 論点の微妙なすり替え。意図的な方向ベクトルの誘導。やっていることは、ほぼほぼ悪質な宗教指導者や陰謀論者の話術ソレである。



「もしも彼等が“黒幕”の支配下に置かれていた場合、警察や組合にチクったところで何の意味も為さずに終わるだろう。【差し入れの食べ物に睡眠薬を混ぜて彼を眠らせてから殺しました】とか、【予め用意していた行動阻害用の罠を使ってバラバラにしました】とかそれっぽい理屈を並べられたら反論できないからね。何せ死体がもうないんだ。その気になれば、幾らでもカバーストーリーをでっち上げられる。

 そしてあくまで可能性の話だが――――真の犯人が周到にも『亡霊戦士』の格好を模して犯行に及んでいたのだとしたら、話は更にややこしい事になる。……そう、誤認だ。【誰のアバターなのかは分からないが、『亡霊戦士』の姿をしたモノが重光しげみつさんを殺した】瞬間を目撃したと仮定した場合、彼等が陥るであろう行動バイアスのパターンは二つしかない。互いに疑心暗鬼を募らせるか、あるいは逆にありもしない仲間の罪を被り合うかだ。

 あぁ、そういえば。丁度半年前の連合作戦で? もしもさ、もしもだよ? 誰のアバターなのか分からない『亡霊戦士』が重光しげみつさんを殺し、その直後に最古参メンバーの一人が頭を銃で撃ち抜かれていたらどう思う? 俺だったら“彼”がやったんだと誤解するよ。そして頭の中で勝手に辻褄合わせを行い始める。【彼が『天城』の平和を守る為に重光さんを殺し、その責任を取る為に自殺を試みたんだ】ってね」







 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十四層:【現在】






「それで?」




 “レッドガーディアン”の主が、いいや現“笑う鎮魂歌”のマスターが言った。




「あたし達が『亡霊戦士ファントム』だったらどうだってわけ?」



 声音は相変わらずのメゾソプラノ。

 だが、口調と温度がまるで違う。


 冷たくて、蓮っ葉で、何よりも作り物めいていない。



 ようやく本当の彼女に会えた気がした。



「組合につき出す? それとも正義の味方よろしく断罪ムーブ?」

「どっちもしないよ。俺達は冒険者だ。秩序の為じゃなくて、自分達の利益の為に動く」

「狙いは金……いや、あたし達の持ってる情報か」

「少し違う」



 青空をもう一度仰ぐ。

 桜髪の少女は、とうとう最後まで動かなかった。



「(ありがとう、花音さん)」



 彼女の“意志”を確認し終えた俺は、改めてヒイロさんの方へと向き直り自分の要望を伝えた。



「資産も欲しいし、情報も欲しいがそれだけじゃない。アンタ達の持ってる地位も、権利も、労力も、天啓も、人材も全て欲しい。俺が求めるのは、クラン“笑う鎮魂歌”そのものだ」

「……っ! てめぇ、馬鹿にしてんじゃ」

「無論」



 怒れる二十八歳に爽やかスマイルを贈りつける。



「タダでとは言わないさ。代わりに俺はアンタ達にチャンスを与える。上手くいけば、絶体絶命ここから奇跡の大逆転をかませるかもしれないそんなビッグチャンスだ」



 人差し指を、空へ。

 刹那、草原に風が吹いた。ほんのりと冷たくて、差した手指が微妙に曲がる位のそんな寒さ。

 そして俺は、計画の最終段階を告げる言葉を奴等に向かって説いた。




試合ゲームをしようぜ“笑う鎮魂歌ファントム”。アンタ達は全員、俺達は五人。もしもこの条件でアンタ達が勝てたら、全ての証拠の破棄をした上で、二度とこのダンジョンに近寄らない事を約束しようじゃないか」



 微妙に格好がつかないのは、ご愛嬌である。





 ―――――――――――――――――――――――




Q:情報なんてゲーム知識持ってりゃヤりたい放題でしょ。試合とかまどろっこしい事やらずにさっさと悪い奴等ぶっ●してボス戦行こうぜ!

A:動物図鑑をご覧なさい。きっとどこの図鑑にも、ゴリラの主食はプロテインと鍋料理で、性格はギャルゲー好きの嘘つきと書いてあるはずですよ。






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