第百六十六話 亡霊の正体(中編)







◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア:【一日前】




 当初、花音さんは俺の話を信じてちゃくれなかった。


 そりゃあそうさ。最終階層守護者が破れた後に“突然変異体”と融合しただなんて誰に聞いても「あり得ない」と答えるだろう。


 ……いや、一人だけいたな。信じたというか、看破した奴が。



 隣の席に座す副官様を見やる。


 ナラカは、澄ました顔で笑っていた。

 テレビの中の「かわいいペットのハプニング集」を馬鹿馬鹿しくも愉しそうに観ているかのうような、そんな面である。



 彼女が誰よりも早く『亡霊戦士事件』の真相に至った理由は至極簡単で、即ちコロシアムの戦いを俺の間近で見ていたからに他ならない。



 たったそれだけの事で? 仰る通りだ。である。

 


 “十五倍速”や《遅延術式》という俺の見せ札をアズールさん達が目撃していたという事実を根拠に、そこから“誰がWho”、“どうやってHow”、“何故Why”まで全部解いてみせたその智慧には感服する他ない。



 流石は三作目きってのトリックスターだ。発想力と柔軟性がイカれてやがる。



「別にあり得ない話じゃないでしょ」



 戸惑う桜髪の少女に向かって、ナラカは事もなげに言ってのけた。



「決闘中に第三者が乱入して補食たべるなんて、アタシ達の世界じゃ良くある話よ。特にリソースを抱えた強者が弱みをみせたりなんかした日には、そりゃあもう……」

「で、でもここは“龍の世界”ではなく、ダンジョンの中で」

「へぇ。じゃあ聞くけどアンタ達の偽神カミサマは、【ボス戦中に乱入者が現れてはいけません】って一度でも言ったわけ?」

「それは」



 そんなルールはない。只これまで一度もなかったものだから、みんな勝手に無いものだと思い込んでいたのだ。暗黙の了解という奴である。



「まぁ、とはいってもあくまで推測だからね。実際の三十五層で何があったのかは、それを見た当事者達に聞いてみないと分からない」



 フォローする体を装いながら、あくまで“亡霊戦士事件”の解決は、ダンジョン攻略を円滑に進める為にやっているのだというスタンスを強調する。



「そしてもしも、彼等が俺達の知らない“本当のボス”の情報を持っているのだとすれば」

「何としてでも聞き出す必要がある……と?」

「そゆこと」



 花音さんの問いかけに俺は自慢のイケメンスマイルで答えた。



 勿論、建前ウソである。







◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十四層:【現在】



 思い返してみれば、“笑う鎮魂歌こいつら”との対話は、何もかもが嘘で塗り固められていた。



 別に被害者面しているわけではない。 

 だって嘘をついていたのはお互い様だ。



 口では『亡霊戦士』を倒そうとほざき倒しながら、裏では俺達の失脚を虎視眈々と狙っていたクソ野郎共と、何も知らない冒険者面して“笑う鎮魂歌”の担ぐ御輿の上に乗った振りをキメながら、その実奴等の失言失態を集めるためだけに動いてきた俺。



 どっちもどっちのクズである────と言いたいところだが、まぁ、やっぱりより「ヤられていた」のは俺の方なんだろうなぁ。



 だってさ、聞いてくれよ。あいつら衝動的に俺の事襲おうとするんだよ?


 幸い俺には未来視があったから、奴等が“爆発する”前にその未来をあの手この手で潰す事ができたけどさ。挑発のやり方間違えただけで血相変えて襲ってくるんだぜ?



 罵詈雑言なんて朝飯前、人格否定、泣き落し、亡霊戦士が現れて銃で死ね死ね死ね死ね



 それらはあくまで、未来視による選択の分岐シミュレーションで、実際の彼等は俺に汚い言葉の一つだって吐いちゃいない。



 だけど、なぁ。分かるかい?



 表では俺の事を英雄だ、同士だ、仲間だなんだと褒め称えている連中が、裏では煮えたぎる黒乾留液タールのような殺意と敵意と憎悪と苛立ちを抱えていたのだ。



 そしてそれを知りながら、俺は彼等と仲良くし続けなければならなかった。



 全てはこの時、この瞬間、三十四層の決戦イベントを発生させたその上で、お前達が犯人なのだという状況証拠を奴等の心臓に突きつけてやる為に。




 俺は言った。



 やれこの時のヒイロさんの発言には明かな矛盾があっただの、かれ黄さんがアレを秘密にしていた筈なのにアズールさんはこんな行動を取っていただのと、べらべらべら吐いて、吐いて、吐いて、吐いて――――。




 それはまさに嘔吐だった。



 これまでの一件で壊れに壊れた俺の胃袋から怒りの焔を吐きだす大事なみそぎ



 【彼等が敵対関係を装いながら実は裏で協力していたのだ】という暴露の言葉をボイスレコーダー片手に振り回すのは堪らない程快感だった。




 気持ち良すぎて反吐が出る程泣くかと思ったよ気持ちが悪かった





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア:【一日前】





「ちなみに、万が一奴等がゴネた時の為にちゃんと物的証拠も抑えてある。虚、例の資料ブツ



 俺の呼びかけに応じたチャラ男が、テーブルの上に紙束を並べた。



「えっと、これは」

「奴等の“拠点”で見つけた諸々の資料っす。いやー、苦労しましたよコレ手に入れんの。三日三晩張り込みツッパリ決めながらパス盗んでPC侵入ハクって情報データ複製コピって……」



 よよよ、と泣き崩れる金眼の暗殺者。俺とユピテルは、そんな彼の肩に手を置いて「お疲れ」と心底から労い敬った。



 彼に亡霊戦士の真相を報せたのは三日前。連合作戦の日取りが決まり、“笑う鎮魂歌やつら”に後がなくなったあのタイミングで、俺は最後の仕上げに取りかかったのだ。



 場所は第二中間点、メタセコイヤの並木道。人払いの結界が張られ、踏みいると亡霊戦士が出没するとファンさんに教えられたその場所の奥に、奴等の拠点はあった。



 街外れに佇む煉瓦屋根の家。

 普段は人払いプラス亡霊戦士の二重防御ダブルガード、更には同じ地区に居を構える“レッドガーディアン”の連中がしゃしゃり出てくるせいでその姿を拝む事すら叶わない代物なのだが、そこは我等が虚虎ウロトラマンである。


 歴代最高位級トップクラスの暗殺者は、自慢の空間転移と究極の隠蔽技術ステルススキルを駆使して亡霊達の住処ハラへと入り、期待通りの仕事を果たしてくれた。




「やっこさん達、相当焦ってたんでしょうね。各陣営の長達が一同に集まって俺達をどうするか喧々諤々ワイワイ甲論乙駁ガヤガヤ右往左往ピーピー叫んでマジ傑作でしたよ。多分、この携帯録音機ボイレだけでも命運タマ取れるんじゃないかな」



 本当だった。


 録音機の中には、仲が悪いという設定の筈の『天城』三勢力の面々が、三十四層で俺達をどうやって倒すかというお題で揉めていたのである。


 しかも<普遍的死想幻影舞踏曲メメント・モリ>という決定的な一言キラーワードつきで。



 これにはさしもの花音さんも認めるしかなかったようで、彼女は顔を青ざめながら「本当にヒイロさん達が亡霊戦士ハンニン」なんですねと、呟き




「でも、なんで“笑う鎮魂歌レクイエム”の人達はこんな酷い事を」

「……それはね」



 あくまで推測というスタンスを守りながら、俺は彼等の真実ほんね代弁かたる。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十四層:【現在】





復讐リベンジだ」




 彼等は語らない。

 草の海に立ち尽くしながら、黙って俺の糾弾を聞いている。




「アンタ達は『天城』のボスが憎かった。舞い降りた理不尽が許せなかった。多くの血を流し、ようやく完全踏破コンプリートを成し遂げた直後の融合事故ドッキング。そりゃあ、辛いわなァ、苦しいわなァ、ぶっ殺したくもなるわなァ」




 あったかもしれない未来で、クジラ男は「お前に何が分かるっ!」と俺の胸倉を掴んだ。



 未来視によって観測した可能性世界の中で赤髪ショートが「アイツは私達の獲物だっ!」と目を血走らせ俺に刃をつきつけた。



 激昂する黄さんを見た。怒りのあまり自分の唇を噛みちぎる納戸さんがいた。



 言質を引き出す為に紡いだ数多の選択肢じごく


 ゲームのテキストだけでは分からない彼等の生の感情こえが俺の記憶領域の中には今もある。




 彼等を支配する感情は“拒絶”だ。



 最終階層守護者が許せない。

 ダンジョンの運営かみが許せない。

 自分達の怨敵を掠め取ろうとするハイエナ共が許せない。


 そして何よりも、復讐を謳いながら未だボスに再戦いどめずにいる自分達の弱さが許せない。



 彼等は分かっているのだ。自分達の力では、奴に勝てないという事を。


 だけど同時に認められなかったのだ。自分達を差し置いて他の誰かが奴に挑むその姿を。



 故に選んだ結末は、永遠の現状維持。



 亡霊戦士は、正しく最後の門番フタだったのだ。






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア:【一日前】





「多分、根底にあったのは“守りたい”って正義きもちだったんだよ」

「守りたい、ですか?」



 花音さんの応答に頷きをもって返す。



「うん。守りたかったんだ。冒険者おれたちの命を、最終階層守護者の脅威から」




 兎角とかく、この世界の人間は死に急ぐ。



 己の名誉の為だとか、誰よりも強くなりたいとか、そんなもっともらしい理屈を振りかざしながら我先にと命を賭けて戦おうとする死に急ぎ野郎共。



 その中でも、冒険者という人種は最低とびっきりだ。



 日夜人智を越えた怪物達と戦い続け、『生贄制度サクリファイス』のあるボス戦に喜んで挑もうとする。



 想像してみてくれ。【ボス戦を始めたパーティメンバーの総数から、一を引いた回数までしか脱出系のアイテムを使わせない】というルール下の元行われるクソゲーに、アンタは参加したいと思うかい?



 彼等の答えは無論イエスなのだ。



 仲間の為なら死ねるし、仲間の死を許容して前へと進む。



 非難するつもりはないし、する権利もない。



 ここは異世界だ。異なる法則、異なる国家、異なる価値観が根付く別の場所。


 だからどこかの冒険者バカが、気高く尊い犠牲になろうともそれは彼等のしきたりだ、生き方だ、在り方だ。



 死にたがりは死ねばいいし、俺は俺で生きたいから生存ルートにしがみつく。


 平行線。誰が正しいとか間違っているとかじゃない。俺達は俺達の正義に準じて生きていく。それだけの、事なのだ。




 問題は、今の『天城』が冒険者死にたがりを誘発する格好の餌場バズスポットとなってしまった事にある。




 前代未聞の“外れ”と“突然変異体イリーガル”の複合混成体ハイブリッド


 落ちる天啓レガリアの性能も、たまわる栄誉の大きさも計り知れないものだろう。


 多くのパーティがボスとの戦いを望み、そして恐ろしい数の『誰か』が死ぬ事になる。



 彼等はそれを止めたかったのだ。


 最終階層守護者の正体を公表すれば多くの血が流れる――――だから黙っていた。


 何も知らない冒険者が万が一にでもボス戦に挑めば間違いなく蹂躙される――――だから三十四層最終中間点への扉を封鎖した。



 それは欺瞞だ。偽善だ。傲慢な思い上がりで、守護者気取りの愚行に過ぎず、社会のルールに従うならば疑う余地なく悪なのだろう。



 だけど、それでも彼等は守りたかったのだ。


 まだ見ぬ誰かが生贄にならなくて済むように、ボスに殺されて欲しくないからと必死に髑髏ヴィランの面を被って。



 そんな馬鹿達が、俺は堪らなく憎いから好きだから、だから――――。




「待って下さい。それは少しおかしいです」




 そうして花音さんが問うた言葉は



「『亡霊戦士』がここのボスから私達を守る為の防衛機構システムだというのなら、どうして」



 非の打ちどころもない程に正しくて




「どうして人が死ななければならなかったのですか?」



 同時に決定的に間違えていたのだ。

 


 彼女は知らなかったんだよ。かつての連合作戦で死んだとされるその人物が、どこの“円卓クラン”に属していたのかなんて。








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・未来視


 演算する領域が少なく(つまり非戦闘状態)、更にいつもの数倍の体力消費をコストとして軽い未来演算シミュレーションを行う事が出来る。時間は約一分程度かつあくまでシミュレーションなので外れる事もあるが(大体精度は八割程度)、交渉事にはある程度有効。


 



 

 







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