第百五十九話 成長の踊り場
◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
三十層のボスラッシュを乗り越え、無事第六中間点へのアクセス権を獲得した俺達は、お祝いにパーっと打ち上げ────なんて、パリピじみた真似等は当然せず、そのまま愛する我が家(
……いや、だってねぇ。中間点取った時、まだ午前中だったのよ?
それに三日前の模擬戦大会の終わりに
だからもう本当に、誰一人文句を言わず家に帰って、昼飯時は普通にみんなでパスタ作って
何て言うのかな、みんな良くも悪くもこの五人での生活に慣れたんだろうな。
チビちゃんなんてもうすっかり
そしてで、ドラゴン娘に至っては────
「“次”の
もうね、思わず「お疲れ様です! ナラカ様っ!」って敬礼しそうになっちまいましたよ。
だって今のナラカ様、俺なんかとは比較にならない程有能なんだもん。
しかも、その事を鼻にかけるどころか
「別に。こんなのは向き不向きの問題でしょ。それにアタシがやってるのはあくまで
最終的な
これである。語尾にこそ若干のツンデレ
昔からギャルゲーには「幾らなんでも共通ルートと専用ルートでキャラ違いすぎじゃねお前!?」ってな感じの攻略対象が一人か二人必ず混じっていたものだが、ドラゴン娘の様相は完全にその
……もしかして、ナラカのやつ誰か気になる相手でも見つけたのかしら────なんてな! こと人間観察力に定評のある俺の瞳は、残念ながら欺けないぜ?
ナラカが変わったのは恋をしたからじゃない。あの模擬戦大会を通して、みんなと打ち解けたからなのだ。
自分で言ってて滅茶苦茶恥ずかしいけどよ、きっとこれが
拳を交える事でしか分かり合えない友情っていうの? 普段は
『見事な推察です、マスター。実は私も彼女の変化には友情や絆といった要素が深く関わっていると
火荊さんがマスターに優しいのも、朝に起こしに来てくれたのも、飛行中には必ず自分の後ろに座らせるのも、夜に二人で作戦会議を行う理由も、全部“絆パワー”の一言で説明がつきます。あぁ、素晴らしき
故にマスター、変な勘違いを起こして彼女の
どうやらアルの奴も俺と全く同じ意見らしい。
邪神に友情の尊さを教え込むだなんて、ホントすげぇ
◆
とまぁ、こんな感じで各々の午後を過ごすことになった俺達ではあるが、その中に二人程、自分の予定を決められない人間がいた。
一人は無論、俺だ。本日分の攻略も終えて、次の攻略に向けた準備も着々と進んでいる。
だからなんというか、今の俺にはほんの少しだけ選択肢があるのだ。
部屋でゆっくり休んでもよし。虚達に混じって遊ぶもよし。悪巧みの為に時間を費やしてもいいし、適当に邪神とくっちゃべってたっていいのだ。
今の俺は自由なんだ――――と大袈裟に浮かれるつもりはないけれど、それでも間違いなく幾許かの
それもこれもナラカ様々だ。アイツが働いてくれるようになったお陰で……いや、元を正せばアイツの逆恨みが原因で俺の
迷いは迷いでも、「あーん、選択肢が多くて困っちゃーう」って類のポジティブ
「…………」
問題は、もう一人の方である。
昼食が終わり、各人解散となってからかれこれ四度目だ。
リビングに降りてきた花音さんが、ちらりとソファに横たわる俺を見つめ、そしてまた自分の部屋に戻ろうとした。
「大丈夫、花音さん?」
流石に心配になり、声をかける。
小動物のようにビクリと肩を震わせる桜髪の少女。
花音さんは部屋着じゃなくて鎧姿だった。白を基調とした結構ゴツめの西洋風鎧。まるでこれから冒険に出かけるぜと言わんばかりの、そんなルックである。
「あーっと……、もしかして
「あっ、いえ。そうなんですけど……そうじゃなくてですね」
「?」
合わせた手指をもにょもにょと動かしながら、煮え切らない言葉で話す花音さん。
伏し目がちで、まるで何かを躊躇っているような様態である。
彼女は、恐らく俺に頼みごとをしようとしている。それは四度に渡って行われた部屋とリビングとの往復行動から見るに明らかであり、ついでに言えば彼女の
「(鎧姿。対象は俺。真面目な花音さんが頼みづらい事……あー、もしかして)」
半信半疑ながらも結論らしきものが頭に浮かびあがって来たので、それを彼女にぶつけてみる事にした。
「もしかして花音さん、俺を探索に誘おうとしている」
桜髪のポニーテールが小さく縦に揺れた。
「その、ですね」
「うん」
「私だけ皆さんと比べて大分遅れてるじゃないですか」
「そうだね」
ここで「えー、そんなことないよぉ。花音さんは十分立派だよぉ」と優しい言葉を並べるのは簡単だった。
だけど多分、彼女は
「強くなりたいです。皆さんのお荷物になりたくはありません」
「君の事をお荷物だなんて思う輩はウチのクランに一人もいないと思うけど」
「いいえ。少なくとも、一人だけ私の事をお荷物だと思っている人間がいます」
「誰?」
一瞬、愛する彼女のふくれつらが目に浮かんだが、多分違うだろう。花音さんのいう一人というのは恐らく
「私です」
捻りのない、真っすぐな答えだった。
「私自身が、自分の至らなさを痛感しているんです」
花音さんの肩が小さく震えている。
自虐ではなく、勿論
本当に強い子だと思う。
そしてその
「オーケー。花音さんの気持ちは良く分かったよ。要するに君は個人訓練のパートナーを探していて、その候補として俺に声をかけてくれたんだね」
「あの、もちろん凶一郎さんの負担にならない範囲で構いませんので――――」
「いいよ」
持てる限りの爽やかスマイルを添えながら、彼女の望みを肯定する。
「丁度暇してたところだしさ、喜んで協力させてもらうよ花音さん」
彼女の相貌が、名前の通り華やいだ。
◆
とはいえ、闇雲に狩りやトレーニングをしたところで成果は上げられない。
今の彼女は「成長の踊り場」状態にある。
人の成長というのは往々にして階段的だ。たまにウチの彼女のような「ワクワクすればするほど指数関数的に成長していく」等という
一歩一歩上へと進み、やがてある時「踊り場」で躓き、停滞して、それでも何クソと頑張った先に次の
だから彼女が躓いているのは別に恥ずかしい事でも何でもなくて、むしろ真っ当に成長しているという事なのだ。
前向きに捉えるのならば、次の段階へ進む為の準備をしているとも言える。
「とりあえず、特訓の指標を定めよう」
リビングの木製テーブルに座り、二人で白紙を見つめながらブリーフィングを進めていく。
「花音さんの強くなりたいって気持ちは、ものすごく共感できる。だけどいかんせん
「あっ、あのっ!」
隣に座る彼女の口から多めの吐息と大きな声が飛び出した。
「凶一郎さん、今『
「? 言ったけど」
「それは、つまり」
そうして約二秒程の溜め時間を経た後、花音さんは拍子抜けするほど当たり前な事を問うてきたのである。
「つまり凶一郎さんは今日だけじゃなくて、明日以降も私の訓練にお付き合いしてくれると、そういう事でしょうかっ」
「えっ、あぁ。うん。そのつもりだけど」
だって一日訓練しただけで何かが変わるわけないじゃんか。
しかもそれが「成長の踊り場」にいる人間であるのならば、尚更だ。
「『天城』攻略も終盤だし、もうあんまり日数は取れないかもしれないけどさ、俺に手伝える事はなんだってするつもりだよ」
紙にペンを走らせながら、嘘偽りのない気持ちを伝える。
そしたらさ、予想だにしない熱量の美辞麗句が返ってきたのよ。
あれには流石の俺も面喰らったね。
「(原稿用紙三十枚程の賛美の言葉)、――――素晴らしいです、マスター。この調子でガンガンと、フラ……いえ、友誼を深めていってください」
――――なんでお前が大喜びなんだよ、邪神。
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