第百五十八話 第三十層










 ◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア:『覆す者マストカウンター』:清水凶一郎





 朝食を終えた後は、久しぶりのブリーフィングである。

 題目は当然三十層の攻略法についてなのだが――――やはりここでもキャラ変ナラカ様が大活躍だった。



「三十層は普通に攻略しましょ。わざわざ仔犬パピーに活躍の機会を設けるやり方は、もう通用しないと思うの。……あぁ、勘違いしないでよ。別に花音アンタのことを責めてるわけじゃないから。ただ育成と攻略は分けて考えるべきじゃない? アンタ達はどう思う?」



 もうね、どこから突っ込めば良いのか分からない程に優秀なのよ。



 信じられるか? こいつ初日に高笑いしながら俺達を置いてったあの精神メンタルメスガキと同一人物なんだぜ?



 本人曰く「あたしなりの反省よ」との事なんだが、それにしたって限度があるだろ。



「それと凶の字。今後はアタシがアンタの作戦補佐サポートにつくから。一人で考え込むのは無しね。アンタ達もリーダー一人に負担を押しつけるのはもう止めなさい、いいわね」




 なんだよ、メスガキがランクアップすると優秀な副官になるだなんて、そんな情報どこの攻略サイトにも載ってなかったぞ?





 ◆



 そうして始まった新生Bチームの探索は、恐ろしい程快適だった。



 何が快適って、ナラカのやつが『ファフニール』の搭乗を許可してくれたことよ。



 これまでよっぽどの事がない限り乗せてくれなかった赤龍の背中に「みんなで乗れ」って言ってくれたさ、しかも専用の搭乗布シートまで用意してくれたんだよ、アイツ。



「別に。ただこっちの方が効率が良いと思っただけよ」



 なんかこの期に及んでよく分からないツンデレを発揮していたが、そんなもん誰がみても分かる次元レベルの照れ隠しじゃんか。


 そりゃあもう、みんなニマニマですよ。お調子者の虚や、自重を知らないユピテルは勿論の事、あの真面目な花音さんですら「ナラカさん、それは流石に」って噴き出してた位だからな。



「あー、分かった。分かったっすよオレ。ナラカっちの本当の狙い。アレでしょ、“しっかり捕まってなさいよ”とか言って兄貴にギュッて────」

「死ね」


 

 途中、虚が余計な事を言って(残念ながら内容までは分からなかった)軽く炙られるなんて一幕もあったりしたが、ともあれ俺達は赤いドラゴンに乗って、『天城』の大空を羽ばたいて行ったんだ。



「一応、安全ベルトで固定してあるけど念のためしっかりアタシに捕まっていなさいよ、凶一郎。良い、絶対離しちゃダメだからね」

「あぁ、分かってるよ────」



 少しだけ愚痴を言うとしたら、席順がナラカ、俺、虚、チビちゃん、花音さんで固定されていたせいで、どうしてもアイツの腰に手を回す必要があったことくらいか。


 出来るだけ失礼のないように、かつあまり意識しないように…………そう、心がけていたつもりだったんだが、それでも俺の未熟な心臓コアはいつもの五割増しのリズムで鳴るものだから、ほんと参ったよ。



「彼女持ちの癖に全然女慣れしてないのね、アンタ。……もしかしてだけど、まだ童貞?」




 途中、そんな風にからかわれたので全力で否定してやったら、物凄く良い顔で笑われた。



 あまりに奴がにやけるものだから、つい、突発的に「そういうお前はどうなんだよ」と聞きそうになったが、寸前のところで止めた。



 親しき仲にも礼儀ありというやつだ。

 特に異性相手には色々と気をつけなければならない。言われたから言われ返す、倍返しだなんてやってみろ、普通にセクハラで訴えられておしまいだ。




「またまたー、そんな事言ってナラカっちもしょ────」



 馬鹿が焦げた。

 お空の上ということもあり、毛先がちょっとボヤついた位で済ませてもらったのは、きっと彼女なりの手心だったのだろう。






 ◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十層




 そうして俺達は、特にトラブルもないままに、三十層へと辿り着いた。



 全三十五層からなるダンジョン『天城』において、三十層という数字フロアは極めて特殊な意味を持つ。



 

 最終階層前に発生する最後のボス戦は、これまでの中ボスが一堂に会するボスラッシュ――――常闇の時にも言ったが、この世界におけるダンジョン攻略はそういう摂理ルールで出来ている。



 まぁ実際の所は、【ボスラッシュが発生するのは二十五層以上の規模を持つダンジョンに限定されている】みたいな細かい設定が幾つもあったりするのだが、その辺の説明はまた今度にしよういつも通りスルーする



 今回の敵は、今まで戦ってきた『天城』のボスキャラ達。シンプルな結論であるが、それが全てだ。




 『ミノタウロス』、『成体ゴーレム』、 『アポロ・コロッソス』に 『トロイメア』、そして『タロス』――――俺達の冒険を様々な形で彩ってきた個性豊かな強敵達。



 思い返してみれば、今回の中ボス戦は毎回波乱に満ちていた。


 特に『完全鋼鉄武装戦馬トロイメア』と『青銅の巨人タロス』は本当に辛かったな。



 前者は結果的に花音さんを寝込ませてしまったし、後者に関してはトラウマレベルの大惨事だった。



 その二体(プラスアルファ)との総力戦は、本来、いや普通であれば苦境必死の大熱戦として語られるべきお題目トピックスであった筈なのだ。



 だが、そうはならなかった。

 こちら側の戦力は、五層前と大して変っていないというのに、結果はまるで違うものになったのだ。



 どうしてだと、思う? 答えは簡単さ。

 俺達は単純に





「いくぞ、<骸龍器ザッハーク>」




 育成接待舐めプを止めたのである。




 初手に現れた牛魔人ミノタウロスと、岩石巨人成体ゴーレムは、一瞬でチビちゃんの黒雷に焼き払われた。



 当然だ。今のユピテルの火力は『常闇』の時とは



 邪龍王戦時に得た経験点と、リミテッドロール『破界砲撃手』の相乗効果によって発揮されるケラウノスの黒雷は、ナラカをして「単純な数値パラメーターなら全力のアタシよりも上」と言わしめる程なのだ。



 そのナラカと組んで空中から「本気の砲撃」をかませば一体どうなるのか? 端的に言おう。『天城ここ』の中ボス程度なら、チビちゃん単騎で全員落せる。



 ここまでの道程において、お子様が戦力的に影が薄かったのは彼女が弱かったからじゃない。


 普通に運用するとそれだけで“終わってしまう”為、俺がユピテルに頼んで自重してもらっていたのである。




 そして無論、戦力を温存していたのは彼女だけではない。




「やっぱ、普通にヤる方が何倍も楽っすね」




 二十五層を彷彿とさせる鉄筋コンクリートの建物群もりごと『金ピカ巨像アポロ・コロッサス』を吹き飛ばし、【走行状態中の各種バフ&再生能力】を持つ『列車大の武装戦馬トロイメア』を片手で持ち上げ振り回す神眼の暗殺者。



 彼もまた、これまで本来の力を抑えながら戦っていたメンバーの一人である。



 格闘術を使う暗殺者という響きと、彼の契約精霊である『虚空』の持つ“防御無視”と“空間転移ワープ”能力という特性から、一見すると技巧&敏捷特化なスタイルに見られがちな我らのチャラ男さんであるが、それは一面の真実でしかない。



 確かに虚の拳術は、上澄みの中の上澄みマスターランクである。


 精霊の力もどちらかといえば、テクニカル寄りだ。


 だが、ゲームの中の虚戦において真に恐れられていたのは、卓越した技巧常時クリティカルでも、防御能力完全無効妨げを失くす力でも、ましてや超絶回避&必中攻撃ワープ能力でもない。



 それらは、全て補助輪なのだ。



 彼の持つ圧倒的な膂力を十全に届ける為の、添え物ガルニチュールなのである。



 一打にして、直線状の建物ビルがドミノ倒しの如く倒壊を始め、足を踏みならせば地割れが起こり、単なる非接触の遠隔打撃遠当てが景色を変える程の爆発を起こす。



 神獣とは、そういう生き物なのだ。



 生まれ持ったステータスが人間われわれとは根本的に異なる規格外。



 そんな化け物が本気で暴れ回れば、そりゃあこんな都市部フィールド一瞬でペシャンコでございますよ、えぇ。




「よう、青銅の巨人ポンコツロボット、この前は随分と世話になったなぁ。お陰であの後、俺ちゃんの胃はあり得んレベルでボロボロになっちまいましたよ――――!」




 まぁ、化物具合それに関しては俺も大概である。



 <骸龍器>によるステータスの“ザッハーク化”と『覆す者マストカウンター』の指定能力値乗算効果によって膨れ上がった俺の攻撃力は、二十五層あの時と同じ災禍けっかを『二段階変身野郎タロスのやろう』にもたらした。



 『龍麟ドラゴンスケイル』による圧倒的な耐性と<骸龍器ザッハーク>の膂力ステータスに《時間加速》や《遅延術式》等の邪神スキルを混ぜ合わせて一方的に敵をぶっ飛ばす――――このアホみたいな脳筋ビルドこそが、今の俺の通常駆動デフォルトである。




 じゃあ、人間形態で戦う必要はないじゃないかって。



 そうさ。



 <骸龍器ザッハーク>にはデメリットらしきデメリットがまるでない。

 

 決戦術式アヴェスター最終奥義アジ・ダハーカ使用時にこそ“変身時間の減少”というマイナス効果があるものの、あれは結局<骸龍器>内で完結しているコストなので俺自身への影響はゼロである。



 加えて<骸龍器ザッハーク>の稼働時間は三時間という超長持ち仕様。


 普通に戦っている分には、まず解ける心配はないし、よしんば三時間越えそれ程の長期戦を強いられる相手だったとしても、その時には往々にして【始原の終末エンドオブゼロ】が溜まっているから無問題。




 だから基本的に人間形態で戦うメリットは存在しないのだ。もしも俺の中に「道具の力に頼らず自分の力で戦いたい」といった類いの高潔な信念ポリシーあればまた話は変わっていたのだろうが――――残念ながら、ご覧の通りそんな殊勝な心意気は欠片もない。




 「最強になる」だとか、「本物の強さが欲しい」だとか、そんなバトル漫画の主人公じみた感性は生憎と微塵も持ち合わせちゃいないのだ。



 俺は生きたいだけだし/オレは姉さんさえ無事ならばそれでいい。




「ヒャッハァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 



 だから<骸龍器どうぐ>の力に頼りっきりなこのスタイルも平気の平左で受け入れられたのさ。



 あまりにも簡単に順応し過ぎたせいでアルのやつに「流石はマスター、その躊躇いのなさはある意味大物ですね」とお褒めの言葉を授かったくらいだぜ。



 とまぁ、こんな具合にみんなで好き勝手に暴れ回ったせいで、三十層の攻略はある意味今までで一番楽な終わり方を迎えたわけよ。


 それは誰がどう見ても満場一致の大勝利だった。俺自身、二十五層の時とは比較にならない程の手応えを感じたよ。



 順風満帆だ。何もかもが、本当に。




 ◆




「お疲れ様です、皆さんっ」




 ただ欲を言えば、花音さんに何かさせてあげたかったなとは思う。こればかりは嘆いても仕方のないことではあるのだけれど。







 ――――――――――――――――――――───




 ・育ててナラカっち



 ・通常ナラカ様――――分類“メスガキドラゴン”。勝てばいいの精神で常にマウントを取ってくるメスガキ。貴族の家庭に生まれ、常に過酷な競争社会で生きていた為全てのスペックがとんでもなく高いが、それらの大半がメスガキ属性によって無効化されている為上手く働かないぞ! 怠けるとワガママと侮るの三重デバフによって格下相手にも簡単に分からされるそんなナラカ様である。



 ・原作ナラカ様――――分類“最強のトリックスター”。イベント<黄仲の悲劇>を経た事で相棒である『ファフニール』を喰らったナラカ様。六番目の眷族神“龍生九士”が一つ “狻猊さんげい”となったナラカ様。言動にこそ煽り属性が含まれているものの、そこにかつてのメスガキ的アトモスフィアはまるでなく、むしろ強者の威厳たっぷりだ。全ナラカ様の中でも間違いなく最強のナラカ様であり、シリーズ最高難易度の三作目の中でも上位に君臨する実力の持ち主だ。やってる事も使う技も暗黒進化っぽいが、こっちが正当進化だぞ☆



 ・SSRナラカ様――――分類“綺麗なおっぱい”。特殊イベント<敗者なき地平線>を経た事でメスガキからメスへと進化を遂げたナラカ様。特定対象への利他心に目覚めたおかげで全てのデバフが消え、闇堕ちもしていない為一番安定している。そして六番目だけではなく、四番目からも気に入られている為、将来性もバッチリだ。

 ただしこの形態に至る為には、【火荊ナラカの好感度を一定以上まで上げた状態で<骸龍器>を使う(好感度さえ上がりきっていれば、タロス戦である必要はない)】という複雑なキーフラグを揃えた上で、ゴリラのメンタルを瀕死状態に追い込まない(そうしないと邪神が遥さんを呼ばない為、模擬戦大会という発想が出て来ない)といけないので、難易度は極高ベリーハード! とてつもない程の愛がなければ到底育成不可能な幻のナラカ様だ!







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