第二部第二章 最新の神話(下)

第百五十七話 三日後








 正義という言葉がウソ臭く聞こえるようになったのはいつからだろうか。


 多分、みんな経験があると思うんだ。――――あぁ、そんなもの本当はないんだって、あるいは自分は“ソッチ”側にはいけないんだってで、一度折れたたら後は、なし崩しさ。

 真っ白だったものに汚れや埃が溜まっていき、気づいた時には程良い感じの境界線グレイ色。そこに大量の白い粉タテマエまぶしてやれば、あら不思議。どこにでもいる量産型一般人俺達の出来上がりって寸法よ。



 正義は偽物だ。

 テレビの前のヒーローは虚構ハリボテだ。

 「みんなの為」とか我が物顔でほざき散らかす輩が本当に気持ち悪いし、ガキが環境だの自由だの学校に行かなくて良いだのとのたまえば、すぐに大人の関与を疑っちまう。



 あぁ、勘違いしないでくれよ。別に俺は誰の事も批判しちゃいない。人は人、俺達てめぇ俺達てめぇさ。基本だろ?だから、違う



 理想を語る奴がいたって良いし、それを耳障りだと怒る奴がいたって良い。


 最も、今の世の中は段々と誹謗中傷わるくちに厳しくなっているから言葉のチョイスには気をつけなくちゃいけないが、それでも『相容れない相手に対して、ついムカっときてしまう』感情自体は悪い事でも何でもない。


 それぞれの都合があって、主張があって、信念があって、だから時にはぶつかり合う。



 正義の敵は別の正義というやつさ。……ナラカの奴はこの言葉を気持ちの悪い屁理屈と言っていたけれど、俺自身は“この上なく気持ち悪い上に、言ってる奴のしたり顔がありありと目に浮かぶ類のド腐れ自慰的オ○ニーマジックワード”という長い前置きを置いた上で、「使えるもの」だと思っている。



 少なくとも俺みたいな意志薄弱なパチモン野郎にとっては、非情に便利な言葉だ。


 言うだけでそれっぽい雰囲気が出せるし、何より正解を言っていないだけで間違っているわけじゃないからな。



 「世の中の人間は二つに分けられる。○○な人間と、○○をやってない人間だ」っていう戯言と根本の作りは一緒なんだよ。深そうで深くない、だけど一見すると深い事言っている風に見える。



 要するにハリボテ。

 テレビの前のヒーローと同じだ。

 ……ったく、笑えるよな。正義を嘘だの薄っぺらいだのと語る人間の言葉が、実はソレと同じように薄っぺらい借り物トレパクだなんて。

 汚くて、薄っぺらくて、流されやすくて、おまけに話す台詞は建前ウソだらけ。



 だけど――――これはあくまで俺の主観だが――――人間ってのはそれくらいでいいと思うんだ。


 


 むしろ変に“分かっちまう”とそっちの方が辛い。


 


 “正義”とは怒る理由であり、ついでに“正義の味方”は単に怒りっぽいだけの馬鹿である――――こいつは虚の意見だ。職業暗殺者のあいつらしい、割りきりの良さが感じられる。



 彼の所論を借りるのならば、これから語るストーリーの要旨は、そういった怒りっぽい馬鹿達の話って事になる。



 あぁ、安心してくれ。

 評論家を気取ってマウントをとるつもりも、傍観者気分で呆れるヤレヤレするつもりも毛頭サラサラない。



 当然、俺も当事者ばかやろうだ。






◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア:『覆す者マストカウンター』:清水凶一郎





 目を覚ますとそこにはおっぱいがあった。


 見覚えのあるおっぱいだ。姉さんやハーロット陛下と比べるとボリュームが一回り下回るものの、それが逆に生々しい。生ハムメロンからハムを抜いて元の形に戻したかのような形状だ。つまりメロンおっぱいである。


 おっぱいは服を着ていた。当然だ、世のおっぱいの九十九パーセントは、服を着ている。服を着ていない裸のネイキッドおっぱいというのは、特別な関係性を持つおっぱいだけだ。


 俺で言うとそれは蒼乃遥のおっぱいだ。蒼乃遥。俺の唯一にして最愛の彼女。本人は「あたし、ちょっと重いかなぁ」とたまに心配そうな顔をしながら呟くが、そんなことはない。ウチの彼女は普通の感性の持ち主ノーマルである。というか、ぶっちゃけはーたん以外の女と付き合った事のない俺に重いかどうかなんて聞かれてもそんなん分かるわけないのだから、普通なのだと思っていた方が色々幸せなのである。

 ……まぁ、たとえ彼女が客観的にみれば重い寄りの女なのだとしても、それはそれだ。重かろうが軽かろうが、俺は遥の事が好きだし一生をかけて幸せにしたいと思っている。


 しかしながら、そして残念なことに目の前のおっぱいは、遥のものではない。


 ここはダンジョン『天城』の借り家であり、俺の部屋。現在別のダンジョンを潜っている筈の彼女がここにいる道理はどこにもない。



 では、このおっぱいの持ち主は誰か? 決まっている。答えは一つ




「ナラカ」



 俺は灰色のセーターに身を包んだ胸部装甲の持ち主の名前を呼んだ。



「おはよ」



 返事と共に双丘が揺れる。

 なんて破壊力だ。俺でなければ取り乱してたね。



「どどうして俺の部屋に、いるのかなっ!?」

「落ち着きなさいな。別に取って喰いやしないわ」



 等と言っているが、よく考えてみて欲しい。

 朝起きたら目の前に彼女のものではないおっぱいがぶるんぶるんと揺れていたんだ。

 そりゃあ、動揺するし、緊張もする。

 だって俺ちゃん童貞なんだもの。




「えっ、あの、じゃあ一つお伺いしてもよろしいですか」

「ご自由に」

「何で俺の部屋に?」


 改めたところで口から飛び出たのは、結局さっきと同じ質問だった。だってそりゃあ、気になりますよって話ですわ。ちょっとでも良いから想像してみてくれよ。朝起きたら、恋人でも家族でもない女の子(巨乳)が枕元に立ってるんだぜ。怖く……はないし、むしろ眼福ですらあるのだが、それでも気にはなるだろ普通はさ。



「(そういえば、三日前も同じようなことがあったな)」



 あの時は「仲直り」という分かりやすい目的があった。



 だけど今の俺達の間に、ちょっと前のような刺々しさはまるでない。むしろ比較的良好な関係を築けている筈なので、こうしてナラカが俺の寝込みを眺めている理由なんて皆目検討もつかず




「別に」



 おっぱいが揺れたナラカが言った




「ただ、朝食の準備ができたから呼びに来ただけ」

「えっ、朝食って……えっ!?」



 スマホの時計をチェックする。六時四十八分。起きるはずの時間アラームタイムから一時間以上も過ぎている。




「あぁ、目覚ましソレね。さっきお邪魔した時に切っといたわ」

「なんで!?」

「? アンタがスマホのパスワードを設定してなかったから?」

「いや、手段じゃなくて理由の方を……って、おいおい待て待てナラカさんや。人の部屋に忍び込んで勝手にスマホを弄ったってのかい。やるなぁ、お前。あぁ、別にけなしてるわけじゃないのよ? ただドン引き寄りに褒めてるだけで」

「……ごめんなさい」



 おっぱいが、小刻みに震えた。

 半ば(というか九割方)冗談のつもりで放った軽口に対して、必要以上にしゅんと落ち込む胸部装甲。


 何というか最近のナラカさんは




「でも、こうでもしないとアンタが休めないと思ったから」



 色々と、ずるい。











『先に断っておくけどさ、火荊ナラカは私のピースじゃない。勿論、君という人間プレイヤーを推し量る試金石として投じた事は認めるよ。だけど、それだけ――――というか、本来であればそれすらも望んでいなかったくらいだよ。

 私はね、清水君。彼女を黄仲の最前線悪堕ちフラグから遠ざける事さえ出来れば、後はどうでも良かったのさ』



 三日前、俺は“櫻蘂黄泉おうしべよみ”なる人物と話をした。

 


 櫻蘂黄泉おうしべよみ、本来の歴史であればとっくの昔に死んでいた筈の人物の名前であり、そして俺と同じあちら側の世界の者ダンマギプレイヤー



 彼女の登壇とうだんは、俺の脳みそに特大の衝撃を与えると共に、少なくない納得と安堵の気持ちを抱かせてくれた。




 一人と二人じゃ意味合いが全然変わってくる。


 そして清水凶一郎と櫻蘂黄泉おうしべよみというキャラクターのチョイスから察するに



『ねぇ、清水君。君の推しってもしかして清水文香?』

『そういう櫻蘂おうしべさんの推しはリリストラ・ラグナマキアって事で良いの?』




 それは一見するとただのしょうもないオタク談義のようでいて、けれど俺達二人にとってはとてつもなく意味のある質問だった。


 あぁ、成る程と。

 これまで腑に落ちなかった部分がストンと落ちてきたようなそんな感じ。




『ねぇ、清水君。今度会おうよ。勿論、『天城そっち』のいざこざが片付いてからでいい。多分私達は、お互いの目的の為に協力し合えると思うんだ』



 そうしてナラカの上司は最後に“彼女の事は好きにしていいよ。何ならお嫁さんとして貰ってくれると非常に助かるな”等と馬鹿な事を言いながら電話を切ったのだ。



 演技かどうかは分からないが、どうやら櫻蘂おうしべさんは変な妄想癖があるらしい。


 何をどうすれば、ナラカが俺の嫁になる未来があるというのだろうか。


 ったく、勘弁して欲しいぜ。ウチのドラゴン娘が俺なんかに惚れるはずないだろうに――――。







「ちょっと、そこ。ご飯粒ついてるじゃない」

「えっ? 嘘マジ? どこどこ?」

「ほら、そこよそこ。……ったく、世話が焼けるわね。今とってあげるからジッとしてなさい」



 ため息を漏らしながら卓上の紙ティッシュを取り出し、手際良く俺の頬を拭いていくドラゴン娘。

 そりゃあ、隣に座っているこいつが一番近い位置にいるわけだから、距離的には一番自然……自然なのだろうか。そりゃあ、俺もしょっちゅうチビちゃんの汚れを拭きとったりしているけれども、これは、なんというか




「ねぇ、師匠。アレってやっぱり」

「シッ、めったな事を言うでない。万が一ゴリラが自覚なんかしてみさらせ。そしたらまず間違いなくハルカにどやされる――――主にワタシが」

「なんで師匠がハルカぱいせんに怒られるんっすか」

「ここに来る前にゴリラを見張っておくようにってハルカに依頼された。前金に大量の魔法のカードも貰った。だからワタシはゴリラを監視する義務があるのじゃ」

「すげぇ、そんな大事を請け負ってたなんて。オレ、全然気づきませんでしたよ」

「そりゃそうじゃ。だってワタシじしん、ついさっきまで忘れてたくらいだし」

「パネェ」



 正面に座る獣耳のチャラ男と、斜め右隣りの銀髪ツインテールがコショコショと何やら喋っている。



「どうしたお前達。何か気になる事でもあったのか」

「「いえ、別に」」



 うん、何だろう。本当仲良いね君達。



「でもすごいですね、ナラカさん。こんなにお料理が上手だなんて知りませんでした」



 右斜め隣に座る最後の一人、空樹花音さんが弾んだ声を上げながらドラゴン娘を褒める。


 ちらりと彼女の翡翠色の瞳に目をやるが、恐らくは正真正銘の本音だろう。キラッキラに輝いてらっしゃる。



「確かに。すごい手が込んでるよね。特にこの野菜の煮込みの上にフライドエッグ乗っけた奴……ヤバいわ。トマトソースとナスと卵の相性が抜群。ほんのり鍋風味なのも俺好み」

「アンタ、鍋系好きだもんね。はい、取れた」



 褒められたドラゴン娘は、けれども高らかに笑ったりなどはせず、それどころか楚々とした雰囲気すら醸し出しながら、俺の口元を綺麗に拭き取った。

 白い紙が俺の口元を離れる瞬間、図らずも視線が彼女と交錯する。


 金色と紅色の混じった美しい龍眼。俺を見つめるその瞳は、知性とほんの少しの喜びに満ち溢れていて


 

 ……なんだろう、別に無理をしてる感じはないんだけど




「あぁ、そうそう。これからは朝はアタシが作るから。アンタはリーダーとして、きっちり休みなさい。いい、これは命令よ」




 幾らなんでもキャラ変し過ぎじゃね、お前?







 ―――――――――――――――――――――――




 Q:俺達のメスガキは、一体どこへ行ったんですか?

 A:こっちが聞きたいです。




 二部二章、開幕です。基本週二(木曜日、日曜日)プラスアルファでよろしくです!











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