第百五十六話 はるかいんじぇらしっくわーるど⑥










◆ダンジョン都市桜花・第三十九番ダンジョン『世界樹』シミュレーションバトルルームVIPエリア:仮想空間(ステージ・荒野)




「恋バナ、ですか」


 “桜花最強”から振られた話題は、あまりにも意外なものだった。



 恋バナ、恋に関するお話。

 誰が好きとか、恋愛観がこうとか、愚痴とか文句とかノロケとか。


 そういうのを面白おかしく話すのが恋バナだと聞いたことがある。



 遥はその手の話をしたことがない――――無論、これは少女の主観上での話である。

 実際のところは何かにつけてノロケ話を振りまいているので全くそんな事はないのだが、当の本人だけは「恋バナ等したことがない」と思い込んでいるのだ。

 無自覚かつ、無頓着。

 まさに災害である。




「良いですけど、……うーん。何だろう、いざ“しよう”ってなると難しいですね」



 言いながら概念の牢獄からの脱出を試みるが、うんともすんとも動かない。


 黒みがかった虹色の渦が濃さを増していく。


 虹に滲む闇色。

 アレが真っ暗になった時、この世界は無慈悲に終わるのだろう。


 世界が終わる五分前の恋バナ。

 風情もへったくれもないが、字面だけは少し綺麗だ。



「四季様は、気になるお方とかいらっしゃるんですか?」



 遥は意識して切り込んだ。

 自分に振られたら、我を忘れて彼とのあれこれを話してしまい、気がついた頃には世界が終わってしまうと踏んだからである。



 少女は諦めてなどいなかった。

 本気で勝つ為に頭と身体を動かしていた。……まぁ、身体の方は相変わらずであったが。




「気になる方なら沢山いますよ。何せこの街には魅力的な人が多いですから」



 “蓮華開花”の口から幾人かの名前が挙がる。

 彼女のストライクゾーンは、とてつもなく広かった。

 老若男女種族国籍全て問わず。

 どうやら彼女は“優れた才能”の持ち主であれば誰彼構わず好きになってしまう性質タチらしい。



 果たしてそれは恋と呼べるのだろうか、単なる経営者目線の“欲しい”じゃないのかしら────喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、少女は機械的に同調うんうんした。

 憧れの人の恋愛観についてもっと尋ねてみたい気持ちはあったものの、それよりも“脱出”に重きをおきたくて、だから同調と軽い質問を繰り返し



「あぁ、でも今一番気になっているのは間違いなく彼ね」



 そして憧れの人の満面の笑みから繰り出されるその名前を聞いて




「清水凶一郎さん。私、彼の事がすっごく好き」





 そして静かにブチ切れた。




「その“しみずきょういちろう”さんっていうのは」



 少女は鋼の理性をもって形成せしめた張りぼての笑顔を浮かべながら、問いかけた。



「あたしの夫の事じゃありませんよね」

「えぇ、もちろん」



 “揚棄妃アウフヘーベン”はゆったりとした動きで頬に手を当てながら



「彼は貴女の夫ではないわ。現実を見なさい」




 火に油を注いだ。




「────」

「あぁ、ごめんなさい。少し言葉が乱暴だったわね。えぇ、分かっているわ、分かっていますとも。遥さんは思春期で、しかも凶一郎さんは初めて出来た彼氏さん。舞い上がりたくもなるだろうし、恋に過度な幻想を抱いてしまうのも致し方ない事だわ」



 燃える。

 少女の中の何かが、熱く熱く燃え上がる。



「────」

「でもね、残念ながら彼と貴女は法律の上ではまだ他人なの。婚姻届はまだ出せないし、子供だっていない。……ただ貴女が彼の妻を勝手に自称しているだけ」



 焼ける。妬ける。灼ける。やける。ヤケ焦ゲル。

 心の中の蒼い炎がぼうぼうメラメラ我苦我苦わくわくと爆ぜ散らかし、彼女の固定化された身体にマイナスの熱を灯していく。



「────」

「それにこの国のルールでは、重婚ハーレムは罪でもなんでもないわ。貴女がどれだけ番犬せいさいを気取ろうと、彼さえ了承すれば、私達は恋人にも、愛人にも、伴侶にだってなれる」



 脳裏に空樹花音チワワの姿が浮かんだ。想像の中の彼女は、彼の隣でヘラヘラと笑っていた。燃やしたころす



「────」

「むしろ彼が望むのであれば好きなだけ恋をさせてあげるのが、良い女なんじゃなくって? 貴女は確かに魅力的な女の子だけれど、ほら、男の子って欲張りじゃない? 時には大きいものを求めたくなる時があると思うの」



 記憶の隅の火荊ナラカおっぱい女が下品に乳を揺らしていた。燃やしたコロス




「────」

「それに性能面ステータスならば私の方が貴女よりもずっと強い。自分で言うのもなんだけど、こと冒険者という側面で測るのならば、私よりも優れた人材はそうはいないわ。うん、つまり、優生思想で成果主義そういう事なのよ。

 私の方が彼の役に立てる。私の方が優れている。私を恋人なかまにした方が純愛いまよりずっと能率が上がる。だからねぇ、遥さん。賢くて誰よりも彼思いな貴女なら、大人しく私の恋路かにゅうを応援してくれるわよね?」




 周囲の闇が更に濃さを増していく。

 それは世界を闇に包み込む概念の闇。

 一切の生を許さぬ黄泉の法則。



 ────だがその程度、なんだというのだ。



 今、己の全身を包み込むこの蒼い殺意ほのおの方がよっぽどあつい。




「三つ、間違いがあります」



 少女の手が




「まず第一に、この国のルールは関係ありません。あたしは彼の妻ですし、ハーレムなんて絶対認めません」

「……だから何だというのですか? 貴女が何と言おうがこの国の法律では」

「いいえ」



 少女は、無尽の殺意を迸らせながら断言した。



「あたしがそうだと言ったらそうなんです。彼が誓ってくれたからそうなんです。愛し合う二人が誓いを立て合えば、その時点で夫婦なんですよ。社会がどうとか、法律がこうとか、そんな下らない概念ルールよりも、あたし達二人の誓約アイの方がよっぽど強い」


 


 言いながら、遥はハタと理解する。


 

 概念。見えなくて、触れなくて、一方的にこうだと押しつけてくる煩わしい羈束きそく


 偉い人術者がそうしろと命令して、それを世界みんなが在ると思い込むから在るだけの嘘っぱち。


 そしてこれを操る魔術やら魔法やら魔王やらというのは、全部まとめてペテン師だ。


 世界というか、その場の空気に一方的な思い込みを植えつけて、無理やり決まり事を強いさせる催眠術。



 固定化とまれ世界崩壊こわれろ



 あぁ、だけどそんな常識ルールに縛られる理由はどこにもない。



 ぶちぶちと何かが引きちぎられるような音が耳に響いた。

 遥は構わず右脚を踏みならす。




「二つ目。あたしは彼の恋人で、親友で、家族で妻でつがいでパートナーでお姉ちゃんで妹でお母さんで愛娘でその他あらゆる要素の全てでもあるんですけど」



 【最罪の氷獄】によって固定化された空間が、少女の発する蒼い焔によって溶けていく。



「あたしは」



 それは物理法則に準じた燃焼現象に非ず。




「あたしは彼の奴隷イエスマンじゃない」




 概念という理屈に『適応』した少女が反発あみだした果てなき恋心の発露である。




「彼が、凶さんがたとえメスを侍らせた方が幸せだと言ったとしても、あたしは最後まで反抗するし、拒絶します。だってそんなの死ぬよりイヤだ。彼があたし以外の女に心を許す展開なんて絶対に認めない。あたしの全ては彼のものだけど、あたしの幸せは彼のものとは違う。

 関係ないんですよ、重婚そっちの方が彼のためになるのかどうかなんて」




 身を引くとか、諦めるとか、皆が幸せならばそれで良いだとか、そんなお利口な利他いきかた蒼乃遥あたしの辞書には存在しない。



「もしもそうなったら、彼と話し合います。彼の言い分を聞いて、あたしの意見を伝えて、それで最終的には諦めてもらいます。運命の赤い糸? おっぱい? スペック? そんなものは全部まとめて綺麗さっぱり超越こえますよ。

 誰よりも彼の心に寄り添い、誰よりもいやらしいおっぱいになって、そして誰よりもあたしが強くなるから、だから」



 気炎高らかに、少女は概念の宇宙を歩み始める。

 虹と闇と蒼。


 刻限は近い。

 だが、それでも少女は言葉を紡ぐ。




「だから、他のメスなんて必要ない」




 紡ぎ続ける。




「そして三つ目です」




 黒刀を右手に持ち替えながら、遥はこれまでで一番低い声で言った。




「四季様は言いました。自分の方が優れているから彼に愛されると、そういうニュアンスの事を言いました。誤解もおかいこさまも許しません。あなたはそんな風に“彼”を捉えて、んです」





 そう。少女がかくも猛々しい激情に身を焦がしているのは、恋のライバルの出現に嫉妬心を抱いたからではない。



 たかが“桜花最強”ごときが、世界一愛おしい旦那様を侮辱したからだ。




「強いからとか、優れているからとか、そんな生産的ばかみたいな理由で彼がなびくわけないでしょ。エアプもいい加減にして下さい。彼はステータスで女を選ぶほど功利主義者おろかものじゃありません」

「では、貴女は何故選ばれたのですか? どの項目のパラメーターが評価されたと?」

「ハッ――――」




 失笑と共に、音を置いて駆け抜ける。



 茫洋とした虹色の宇宙、固定化された空間、世界崩壊へのカウントダウン、笑みを絶やさない“蓮華開花”



 あぁ。この人はなんて滑稽なのだろう。

 優劣で恋愛を語っている。拗らせ過ぎだ、色々と。



「そんな事を言っている内は、一生処女ですよ、四季様は」



 少女は垂れる。

 説教を垂れる。

 男を知る処女おんなが、多分男を知らない処女オンナに向かって高らかに恋を謳う。




「いつだって恋っていうのはね」



 距離を詰める縮地



「選ぶものじゃなくって」



 狙うは“蓮華開花”の照準固定右肩口から斜め下袈裟斬りOK



「落ちるものなんですよ」



 刻まれる殺戮の曲線。燃え上がる虹色。



「分かったか、この色ボケババァッ!」




 そして世界の終わりまで、後







◆◆◆大人達の反省会





<・†黒騎士†:どうだったかね、彼女は?>

<・Lotus-Seventeen:良い子でしたよ。それに驚く程鋭い。仮に私が出向かなかったとしても、独りでに適応マスターしていたでしょうね>

<・†黒騎士†:念には念をだ。彼女の適応力に任せて万が一の事があれば、リーダーに顔向けができん>

<・Lotus-Seventeen:だからといって、私を呼びますか? これでも一応、五大クランの筆頭なんですよ>

<・†黒騎士†:あぁ、知っているとも。だから無理を承知で頼んだんだ。そうしたら君はまんまと来た。どれだけ身体が成長したところで、その旺盛な好奇心は昔のままだな>

<・Lotus-Seventeen:おかげで痛い目みましたけどね>

<・†黒騎士†:傷ついたというのかね、無敵の君の身体が?>

<・Lotus-Seventeen:あぁ、いえ。身体は無事でしたよ。そうじゃなくて主にメンタル面の諸々ががががががが>

<・†黒騎士†:……どうせ君、また余計なちょっかいをかけたんだろう>

<・Lotus-Seventeen:だってしょうがないじゃないですか。“愛”や“勇気”や“信仰”が概念を覆すなんて口で言ったところで今の子は信じちゃくれませんよ>

<・†黒騎士†:一応は君も、今の子だろう>

<・Lotus-Seventeen:えぇ、そうですよ。ナウなヤングにバカウケです>

<・†黒騎士†:             >

<・Lotus-Seventeen:おい、なんだその間は?>

<・†黒騎士†:いや、別に>

<・†黒騎士†:そんな事より>

<・Lotus-Seventeen:話を逸らすな>

<・†黒騎士†:そんな事より君がウチのリーダーを狙っているという噂を聞いたのだが、本当かね?>

<・Lotus-Seventeen:だとしたらどうします?>

<・†黒騎士†:きちんとした話し合いの場を設ける必要が出てくるな>

<・Lotus-Seventeen:…………>

<・†黒騎士†:…………>

<・Lotus-Seventeen:冗談ですよ、冗談>

<・Lotus-Seventeen:あの場であの子の概念否定指数キャンセルキャッシュを上げる為には、アレが一番手っ取り早かった、――――それだけですよ、ご安心くださいな>

<・†黒騎士†:ならば良い。色恋沙汰が発端となって君達とやり合うなんて展開は、こちらとしてもご免被りたいところだからな>

<・Lotus-Seventeen:彼には大きなかりもありますしね。今回の一件は、そのお返しだと思って頂ければと>

<・†黒騎士†:うむ>

<・Lotus-Seventeen:あぁ、でも>

<・Lotus-Seventeen:彼に個人的な興味があるのは本当です>

<・†黒騎士†:おい、四季>

<・Lotus-Seventeen:近い内にアッチの方にもチョッカイをかけに行くかもしれません>

<・Lotus-Seventeen:だからその時はどうぞ>

<・Lotus-Seventeen:よしなに>







◆◆◆エピローグ






 翌日の事である。

 遥は当初の予定通り愛しの夫の元へ馳せ参じる――――事もなく、借り家の共用スペースで寝そべっていた。


 身体が不調というわけではない。夫に会いたいかどうかと聞かれれば即答で会いたいと答える。



「…………」




 だが、それはそれとして少女は色々と恥ずかしかったのだ。



「(うそでしょ? あたしってば、あんなに独占欲強かったの?)」




 黒の革張りのソファの上でバタバタと足を鳴らしながら、昨日“蓮華開花かのじょ”に向けて放った台詞の数々を反芻はんすうし――――そして堪らなくなってまた、バタバタした。



「(酷い、酷い過ぎるよ色々と! あれじゃあまるで心の狭い激重女やんでれみたいじゃんかっ!)」



 あんな見え見えのお芝居にすら激怒して、挙げ句、憧れの人にあんな汚らしい暴言を吐いてしまい、それで、それで――――!




「ぐぁあああああああああああああああああああああああああっ!」




 臨界点に達した自己嫌悪やら羞恥心を叫び声に変えながら、身悶える少女。

 その後の模擬戦ごほうびで手も足も出なかった件も含めて、情けないったらありゃしない。



 世界の広さ。

 自分の俗っぽさ。

 ライバルはタケノコみたいにポンポコ増えて

 なのに彼への愛は醒めるどころか増すばかり



 だから結局、あるいはいつも通りに

 


「こんな気分で凶さんに会ったら恥ずかしくって火ィ出しちゃうよぉ。でも会いたい、会いたいけど、恥ずかしい、恥ずかしいけど、会いたうぉおおおぐがああああああああああああああああああああああっ!」





 蒼乃遥は悩むのだった。






―――――――――――――――――――――――




・概念、魔術、魔法


 作中でも言及されている通り、世界にかける催眠術のようなものです。

 ゲーム的に言うのであれば、霊力AP消費が重い代わりに敵のステータスを無視した現象を起こす(【固定ダメージ】や【耐性貫通攻撃】等)技です。


 前提として、精霊の格が占めるウエイトが大きく『サタン』の【世界崩壊】も言うなれば、ものすごく強い全体即死攻撃みたいなものです(なお、作中で遥さんが【最深の氷獄】を打ち破ったのは、彼女が激おこぷんぷん丸キルゼムオール状態だったというのもありますが、四季様が亜神級最上位レベルまで出力を落としていたという側面がおっきいです。本気バージョンはもっと絶対的やばい



 良くも悪くも俺ルールなので、全属性の中でもかなり強力な立ち位置なのは確かなのですが、逆に言うと相手側の俺ルールをモロに受ける側面もあるので、聖人とか、勇者とか、後、愛の力とかそういうのをほざき散らかす輩にとっても弱いです。

 これは概念否定指数キャンセルキャッシュという形のマスクデータとして実際にゲーム内に存在していて、主に光属性寄りのキャラクターは数値が高い傾向にあります。


 この概念否定指数キャンセルキャッシュの高さによって、概念技の影響度が【大】、【中】、【小】に分かれ、また一部のインチキキャラの場合は発展形として【無効化】を帯びます。


 また、中には作中の遥さんのように【がいねんをむこうかした】というあんまりにもあんまりな文言でおしゃかにする輩もいるので、数値ではなくキャラ性や物語、ゲーム内テキストといった文法が重要視される傾向にあります。


 

要約すると

①レベルやステータスの影響をあまり受けない

②AP消費量が多い

③得意不得意がキャラ依存

④俺ルール技なので、俺ルール返しに弱い

⑤それはそれとして、精霊の格が全て



 といった感じですね。




 というわけで、これにてオルタナティブクエスト1は、おしまいでございます。

 久しぶりに遥さんをたっぷり書けて、とっても楽しかった! またしばらく彼女と会えなくなるのはさびしくもありますが、まぁ、遥さんならきっと元気にやってくれることでしょう!



 次回からは第二部第二章 天城完結編をお送りします。


 初回更新は、一回お休みを頂いて、一週間後の七月二十八日の木曜日から!


 週二の木、日ベース(プラスアルファ)でお送りしたいと思います!




ではではっ!





―――――――――――――――――――――――




オルタナティブクエスト1 了

第二章に続く























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