第百四十九話 敗者なき地平線(前編)









◆◆◆『覆す者マストカウンター』:清水凶一郎




 信じている、というと何だか押しつけがましいかもしれないが、俺は火荊ナラカがこんな所で終わる奴じゃないという事を知っていた。


 ゲーム時代に凄かったからってだけの話じゃない。実際にアイツと行動を共にして視てきたからこそ分かる素質……というか伸び代かな? 三作目のような完成した強さでこそないけれど、それゆえにどんな風にでも変われる無限の可能性ポテンシャルをこの時代の彼女は確かに持っていたのである。



 だから、彼女がある種の挫折を乗り越えて再び俺の前に立ちふさがるという展開自体に、そこまでの驚きはない。アイツならこれくらいの事はやるだろうし、むしろ良くやってくれたと諸手を挙げて歓迎したい気分だよ。流石は火荊ナラカ、お前こそが本物の天才だってな。




 ――――問題は、その手段ほうほうだ。



 高熱の炎を纏う肢体、深紅に染まった頭髪、背中から伸び出た両翼は、まるで太陽の如く燦々と輝いている。



 こんな形態カノジョは見た事がない。

 なのに俺は、この構造システム




「(……境界融合クロスシステムだと?)」





 クロスシステム。それは、ダンマギシリーズ以降に勃興した『人間と精霊の融合技術』の総称である。



 深い絆で結ばれた精霊使いと精霊が、『クロスギア』という専用のアイテムを使う事で一時的に『融合形態クロスモード』へと移行し、超絶パワーアップを遂げる――――良く言えば、王道。悪く言うならありがち。しかし、前作の反省を受けたダンマギ運営が本気で顧客に媚びを売り……じゃなかった、顧客満足度を意識して作り上げた本システムの評判は、その後のシリーズの方針を決定づけたと言っても良い程の大絶賛を受けた。



 

 精霊と人間の融合クロス、絶妙な調整を受けた「ターン限定」制度に専用必殺技の解放、正直クロスシステムのゲーム的な美点を挙げたらキリがないのだが、今重要なのはそこじゃない。




「(……何故三作目の住人お前がクロスシステムを? まさか自力で至ったっていうのか?)」




 クロスシステムは、一歩間違えれば精霊を喰らいかねない危険な技術である。



 この状況を回避する為に四作目以降の登場人物達は『クロスギア』という機器を使って「安全に精霊と融合できる状態」を作り上げていたわけだが、この時代にそんな便利な道具などない。



 ならば目の前の彼女はどうやって、相方の精霊と混じりあったのか? 決まってる。答えは、天然だ。機具を使わず、生身の状態で、『生きた精霊を自身の中に押し留めておく』という狂気の沙汰をやってのけたのである。



「(……凄い奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。ハハッ、やべぇ。火荊ナラカマジぱねぇ)」




 事実を理解すれば理解する程に、精神が総毛立つ。


 

 よくぞここまで、という惜しみない賞賛と、あれ、これどうやって勝つのという冷や汗ダラダラの焦燥が心の中でロックンロールを踊ってやがる。




「先に言っとく」




 紅蓮の炎に包まれた龍の少女が、声を上げた。




「多分、コレ、あんまり長くは持たないと思うの」



 ブラフではない。笑顔こそ浮かべているが、彼女の美貌には余裕というものがまるで感じられないから。



 苦しそうというか、我慢しているというか――――まぁ、多分その両方プラスアルファなのだろう。



 推測でしかないが、今の彼女はとんでもない無茶をしてるんだと思う。



 ただでさえ、「ターン制」という制限のあるクロスシステムに、生身で融合をやり遂げるという阿呆みたいな条件を加えればそりゃあさもありなんという奴さ。


 間違いなく長くは持たない。

 結果はどうあれ、後数分で彼女は戦闘不能リタイアだ。


 

 だから



「だから早く追いつきなさいよ、凶一郎。今のアンタじゃ数秒も持たないわよ」




 瞬間、俺の鳩尾に脚の形をした灼熱がのしかかる。



「がっ!」



 僅かな吐血と共に、骸龍器の身体が吹き飛んだ。


 蹴られた箇所が熱い。そして、彼女の動きがまるで視えない。



「(龍鱗貫通クラスの火力に音越えの機動力……ったく、見せつけてくれるなぁ!)」



 苦笑混じりに未来視と《時間加速(五倍)》を起動する。



 ……本当はもっと上の出力で使いたかったんだが、あんまり上げすぎると継続スリップダメージに殺されるからな。


 今の火刑の火力なら、普通に骸龍器を燃やし尽くせるだろうし、時間を早め過ぎるのは得策じゃない。




《警告。ゼロコンマ二秒後に丹田・鳩尾・喉笛の焼失を確認。この状況を回避する為には【四次元防御】の使用、または時間加速出力の増強が求められます》

 



「ちっ!」



 俺は視覚野に映された破滅の未来を回避するべく、時間加速の出力を一時的に五倍から六十倍に増強。


 十二倍にまで膨れ上がった直死への猶予期間は、しかしそれでも僅か二秒強。


 息を整える暇すらないままに俺は燃え盛る荒野を後にして



「【焼死に至る旧世界キェルケゴール】」




 そして世界は紅蓮色に染まった。



 周囲に広がる嚇灼の波動と吹き荒れる獄炎の嵐。



 大地が溶ける。

 周囲に巨大な竜巻カベが出来上がる。

 半径五百メートル。火災の主が作り出した新たなステージはとても狭くて暑苦しい。


 ていうか



「(……まずい)」



 全身から湧き上がる黒煙。

 身体の芯から何かが溶けていく感覚。


 よもやここまでとは。直接攻撃ではなく、環境変化によるスリップダメージだけでこの威力。

 ったく、こんなん笑うしかねぇよ、クソッタレ。



「(――――【四次元防御】起動っ!)」



 

 最早打つ手のなくなった俺は急いで最強の防御札を切った。


 世界から色が消え、「四次元酔い気持ち悪さ」以外の感覚が全て消える。


 これで一息つくだけの時間は確保できた。さて、どうすっか。




『驚きました。彼女、ここまでやる方だったんですね』



 魂に響き渡る時の女神の美声。

 声のトーンは一見いつも通りだが、それなりに長い時間を過ごしてきた俺には分かる。


 この邪神、本気で驚いてやがる。



『やけに楽しそうじゃないか、アル』

『クランの仲間が一皮むけたのです。喜ばしいことではありませんか』

『確かに俺は嬉しいし楽しいよ。だけど、お前さんが心を動かす程のことかと思ってさ』

『ふむ。では言い方を変えましょう。私は今、初めて遥を見た時と同じような衝撃を覚えております』

『あぁ、それなら分からんでもない』



 ベクトルこそ違うものの、理をひっくり返すレベルの天才という意味では、遥も火荊も同様どっこいだ。

 そういう奴らをみて、魂がえも言えぬたぎりを覚えるのは、もしかしたら人神共通の事柄なのかもしれない。




『しかし、非常に残念ではありますが、この勝負はマスターの勝ちです』

『なんでさ』

『彼女も仰っていたように、あの姿は長くは持ちません。【四次元防御この状態】を幾ばくかキープしておけば、いずれ自滅に至るでしょう』

『……成る程ね』



 奴の説いた理屈はこの上のない正論だった。

 敵のパワーアップは一時的なものなんだから、下手を打たずにこのまま無敵バリアで乗り切ろう――――あぁ、正しいさ。ただ勝つだけならば、これが最適解といっても過言じゃない。

 


 だけどよ。



『悪いがその案は不採用だ。【四次元防御こいつ】はあくまで緊急避難。頃合いを見定めたらすぐに出かけるよ』

『その意見には賛成しかねます。最も効率的かつ安全な選択肢を自ら捨て去るおつもりですか』

『もちろん』

『何故?』

『お前の選択肢が、ただ正しくて効率的で安全に勝てるだけのクソッタレだからさ』


 

 言葉の流動が止まる。

 どうやら俺の発言が意味不明すぎて絶句フリーズしてしまったらしい。

 流石は俺ちゃん。裏ボス様をドン引きさせるなんて、中々出来るもんじゃないぜと自分で自分を慰めておく。



『まぁ聞けよ、アル』



 俺は意識を数百メートル先の火荊に向けながら、言った。



『別に俺もお前の意見が間違ってるとは思っちゃいない。状況さえ違えば普通に籠城その案を採用してただろうよ。……けどな、今回はそれじゃあダメなんだ』



 モノクロの世界の片隅で、炎の少女が腕を組みながら不敵に笑う。



 大した自信だ。俺が籠城なんてダサい真似をするはずがないと、心底から信じてやがる。



 ホント卑怯だよな。あんな真っすぐな瞳で見つめられちまったら、戦闘やらないわけにいかないじゃんか。



『ここまでアイツの大事な部分に土足で入り込んでおいて、“負けそうだから時間切れ狙います”じゃ筋が通らねぇ。俺はアイツの全力を受け止める義務がある。それに何より、だ』




 

 そうして一息つき終えた俺は覚悟の【四次元防御】解除を敢行かんこう




「あんな良い女をいつまでも待たせるのは漢のやることじゃねぇっ!」




 再び紅蓮の荒野を駆け抜けた。



 熱い。熱い。全身が狂おしい程に焼きただれていく。



 【焼死に至る旧世界キェルケゴール】による空間燃焼ダメージがさっきよりもキツい。



「(時間経過と共にダメージ量が増加するスリップダメージとか天敵過ぎるぜ、この野郎)」



 単純に『効く』というのはもとより、“時間経過によるダメージ増加スキル”と《時間加速》の相性が悪すぎる。



「(とはいえ、アレを使わなきゃ敏捷性アジリティ差でボコボコにされちまう)」



 軽く打ち合ってみた(というにはこちら側の被害があまりにも大きすぎるが)感想としては、火荊の速さは今の俺のおよそ十倍。そしてアレが全力だという保証はどこにもない。



 であれば……。



「────ッルァア!」



 俺は骸龍器で出せる全力のスピードで獄炎世界を進撃し、霊力を乗せた拳をドラゴン娘に向けて突き出した。



 燃焼する龍鱗。

 黒煙に侵される肉体。

 息は絶え絶え、汗は蒸発。


 あぁ、熱い。身体が、そして魂がメラメラと燃え上がっていくのが分かる。



 俺の愚直な特攻は、当然ながら火荊に避された。



 幾ら融合形態になったとはいえ、やはり五倍強化状態の邪龍王の拳撃ザッハークパンチは受けたくないらしい。



 つまり



「(当てさえすれば、ちゃんと効くって事だろ! なら切るぜ、ここで《時間加速》を!)」



 瞬間、俺の世界は九十倍に加速した。



 限度一杯、持てる力を全て注いだ最大出力。


 その速度は、境界融合状態の火荊のスピードすらも優に越え



「ガッあぁあああああ────!」



 そして、全身が余すところなく発火した。


 焦げ付く風景。朦朧とする意識。水分が足りない。息が上手く出来ない。変な臭いがする。シミュレーターに設定されている熱感知機能のレベルは当然ながら最大値MAX。仮想の肉体故に痛みを感じないでいられることだけが唯一にして無上の幸いだ。



 あぁ、こうなることは分かっていたさ。

 最大出力の《時間加速》を使えば、その分だけ【焼死する旧世界】のスリップダメージも増加する。


 九十倍の早さで時間を進めているから燃える時間も九十倍速。何もおかしなことはない。要するにこれは、あまりにも愚かな自業自得なんだよ。

 

 

 だけど、それで良い。十分なんだ。この数秒で俺は、火荊に────!




「!?」

「やれっ! <獄門縛鎖デスモテリオン>!」



 口から黒い噴煙を吐きだしながら、『不可視』と『拘束』の理を召喚。


 暗闇より現れし四本の鎖が、ドラゴン娘の四肢に纏わりつき、奴の身動きを封じ込めた。




「嗚ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 そしてそこから間髪入れずに拳のラッシュを叩きこむ。

 白い霊力を纏った骸龍器の拳骨が、機関銃もかくやという程の勢いで火荊の身体に雪崩れ込んだ。



 後先なんて考えない。

 ここが最大の勝機なんだと自分に活を入れながら、無心で拳をブチ込んで――――!?



「(再生スキル……だと?)」




 「あら気づいたの?」とピンク色の舌を出しながら小憎たらしいドヤ顔を浮かべるメスガキドラゴン。

 彼女の肉体は拳を受けたそばから燃焼し、そしてすぐさま快癒を遂げていた。



「(シラードさんやカマクと同系統の燃焼回復スキル……。てめぇ、原作で使ってなかった技をさらっと使いこなしてるんじゃねぇよっ)」



 言うまでもない事だが、時間のない今の俺にとって再生系のスキルは鬼門中の鬼門である。


 

 少なくともこのペースでは、とても火荊を倒し切る事は叶わない。


 だったら――――



「(更に、速く!)」



 余剰の霊力を全て《脚力強化》に回し、敏捷性を極限まで高める。



 早さと速さの混じり合った俺の全力ラッシュは雷もかくやというスピードで彼女を攻めて攻めて攻め抜いて




「あ」




 そして唐突にその時が訪れた。



 まず右腕が取れた。

 続いて左腕が溶けた。



 重心がぐらつく。

 景色がとてつもない速度で無くなっていく。



 急いで《時間加速》を解くが焼け石に水というやつだろう。


 だって俺の身体はもう殆ど残っていないのだから。



 火荊の掌が伸びる。

 漲る霊力は紅色に燃え上がり、手指の間には無数の【圧政君主論マキャベリズム】が廻っている。



 瀕死の肉体に鞭打つような無慈悲すぎる処刑宣告チェックメイト



 あぁ、これで




「【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター】」




 




「!?」



 驚く火荊をよそに、俺は紫黒のオーラで形成された邪龍の翼をはためかせて天へと飛翔した。




 高く、高く。


 身の爛れる赤熱の煉獄界から、遮るもののない蒼の彼方へ向かって真っ直ぐに。


 身体が軽い。五体は満足に機能していて、視界は口笛を吹きたくなるくらいにクリアだ。


 


 【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター】、その能力は元となったスキル同様の【瀕死からの完全蘇生&全盛期状態のザッハーク化】である。


 

 飛行能力の解放、肉体変化を使った武装形成、更にこの形態に限り、俺は【遠距離攻撃とザッハークレベルの武術が使える】――――まったく、ここまで至れり尽くせりだと逆に怖くなってくるぜ。



 当然、ノーリスクとはいかないが、それだってこの状況下においてはあってないようなものだ。



 何故ならば




「驚いた」



 翔け昇った空の世界の天辺にドラゴン娘がやって来た。



 流石は火荊。あれだけのデバフを喰らった後だってのに、この速さスピードで追いついてくるとは恐れ入る。




「そして、見事にやられたわ。さっきのラッシュは《遅延術式おそくする技》をかける事が目的だったのね」



 その通り……と格好つけたいところだったが、実際のところはあくまで保険。



 万が一、あそこで仕留めきれず、この局面まで移行した場合に少しでもこちら側が有利に試合を運べるようにと仕込んでおいたのだが──まぁ、正解だったな。


 一見すると変化はあまり感じられないが、どことなく喋り方がぎこちない。



 《遅延術式》下で、どのくらいのテンポで喋れば正常なのだろうと、あれこれ模索している途中なのだろう。



「(……まずいな、バトル中だってのに、無性にコイツと喋りたい)」



 どうやって境界融合を完成させたのかとか、お前そのスペックで『再生能力』使えんのは卑怯すぎねぇとか、何よりもあの状態からここまで至った彼女の強さを力一杯誉めたくて、だけど




「時間がない」



 沸き上がる衝動をぐっと堪えて、真実を告げる。



「俺がこの形態でいられるリミットは、きっかり三分だ」

「あら奇遇、多分アタシもそれくらい」



 そう、俺達が互いに全力で戦える時間は限られている。



 だから今は、言葉じゃなくて拳で語り合う時なのだ。




「────いくぞ火荊、これが正真正銘ラストバトルだ」

「────いつでもかかってきなさい凶一郎、アンタの全てを平らげてあげる」



 蒼空に紅蓮と紫黒の霊力が迸る。



 空の果てで相対する二体の龍。



 制限時間は三分間。

 そして断言しよう。



「いざ────」

「───尋常に」



 この戦いの決着は




「「勝負!」」



 

 絶対に時間切れでは終わらない。






―――――――――――――――――――――――





・【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター



 天啓<骸龍器>の三つ目のスキル。更なる変身権の解放。


 “邪龍王”ザッハークの復活スキル【終焉山解ダマーヴァント定められし破滅の刻アヴェスター】が天啓用にアジャストされたもの。


 <骸龍器>を使用した状態で①一定以上のダメージを受けた上での死亡か、②既定の時間経過のいずれかの条件を満たした場合に発動可能。


 このスキルを使用した場合、<骸龍器>の変身時間は強制的に三分間に限定されるが、この間術者は、①ステータスの追加強化アップデートと②飛行能力の獲得、そして③生前のザッハークの武術及び専用スキルを自在に操れるようになるなど非常に多くの恩恵を受ける事ができる。



 発動条件の重さと変身時間の大幅減少という無視できないリスクこそあるものの、総じて非常に強力な能力といえるだろう。



 次回、完全決着!

 

 お楽しみにっ!














 

 

 














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