第百五十話 敗者なき地平線(後編)







◆◆◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルームVIPエリア:『英傑戦姫』空樹花音





 紺碧の空を駆け巡る赤と紫の彗星。


 時に真っすぐに

 時にジグザグに

 時に先回りするような動きで相手を翻弄しながら二つの彗星は何度も何度もぶつかり合った。



 空のキャンバスに無数の光線が書きなぐられていく。


 可視化された霊力オーラの塊達が動き回る度に出来るその跡は、まるで飛行機雲コントレイルのように綺麗で鮮やかで、そしてとてもとても、熱かった。


 涙が出る程に。



 理由は分からない。

 上手く言葉にする事もできない。


 だけど、画面の向こう側で戦うお二人の姿を見ていると、どうしようもなく涙腺が刺激されてしまうのだ。




「カノン、泣いてる?」

「はいっ、ぐすっ、泣いてますっ。凶一郎さん達がすごすぎて、カッコ良すぎて、私も、あんな風になりたいなと思ってっ……うぅっ、こんなの、こんなのズルイですよ」



 だってこんなものを見せられたら、立ち止まるわけにはいかなくなる。


 限界を越えて、どこまでも高く羽ばたいて、楽しそうに戦う一対の龍達。


 それは私にとって最も新しい神話だった。


 不器用で優しいドラゴン達が、戦いを通して互いを認め合う「和解」と「再生」の物語。



「ユピテルちゃん、虚さん。私強くなりたいですっ。すっごくすっごく強くなりたいですっ」

「……カノン」

「あの、すいません。花音ちゃん。オレ今師匠に目隠しされてるせいで状況が全然掴めないんですけど」



 言った事で胸が余計に熱くなった。


 強くなりたい。彼等のように、……いえ、彼等以上に強くなって、いずれは私もあんな風に――――。







◆◆◆第六試合:清水凶一郎VS火荊ナラカ(ステージ・荒野)





 あぁ。そうさ。俺達はどこまでだっていける。どれだけだって強くなれる。




 大空を埋め尽くすような炎龍の大群を二本の大太刀で斬り伏せながら、俺はそんな事を思ったのだった。



 数多の龍には千の刃を。

 スキル《武具創造》で造り上げた黒刀を振るう度に紫黒のオーラが遠方に構える龍達の元へと飛んでいく。



 音を越えた速度で放出される無尽の刃は、瞬く間の内にファフニールの大群を殲滅、更なる追加を警戒して未来視による情報収集に努めようとすると



「ここよっ」



 まるであつらえたかのようなタイミングでタックルをかましてくるドラゴン娘。


 ただのタックルと侮るなかれ。コイツのそれは獄炎を纏った超音速タックルだ。



「食らうかよっ!」



 だから当然避ける。超避ける。


 今の火荊の攻撃力は、この形態の骸龍器でも受け切れない。



 おまけにアイツが近づくだけで、邪龍王の身体が焦げていくってんだから閉口するぜ、まったくよぉ。



「────っ!」

「────疾っ!」



 大気の海の真ん中で交錯する一組の龍。


 俺達は声も出さずに笑いながら、互いの得物を振るい合う。



 衝撃が、音が、遅れに遅れてやってくる。



 幾百幾千幾万と、僅かな時間の間に何度も何度も激突する炎爪と黒刀。



 『覆す者』の能力で五倍化された攻撃力と《遅延術式》のコンボによって間違いなく有利対面を作り上げているはずなのに、中々趨勢すうせいが傾かない。


 何故か。

 恐らく理由は

 


「(こいつ、戦いの中で成長していやがるな)」

 

 覚醒。適応。進化。

 呼び方は多種多様だが、まぁ、そういうことなのだろう。


 どれだけ弱体化を食らおうが、それ以上の速さでステータスを高めれば理屈上はゼロベースを保てる────常識的に考えればこの上なく荒唐無稽な絵空事だよな。だけどそれくらいの無茶は、ウチの可愛い彼女さんがいつもやらかしている事ので、今更驚いたりはしない。驚いたりはしないが……



「(……やられる方は堪ったもんじゃないぜ、コンチクショウ!)」



 焦りと恐怖と歓喜に彩られた感情の赴くままに、上空から隕石を創造、からの発射。


 降り注ぐ流星。ねじ曲げる法則。暗黒の果てより飛来した大岩の洪水が、空の世界を侵略する。



「ふっ──!」

 


 それに対するドラゴン娘の対応は速かった。俺の斬撃をいなす傍らで無数の『霊力経路バイパス』を伸ばし、高火力の熱術を形成からの一斉掃射。



 天堕する星の涙と飛翔する紅蓮の熱閃が色究竟天しきくきょうてんで激突し、青空に盛大な花火が上がる。



 超音速ハイスピードバトルの片手間でここまで完璧な広角並列照準正射マルチロックオンをやってのけるとはいやはや本当に恐れ入る。

 こと精霊操縦技術という一点だけでみれば、もしかしたらこいつは遥すらも上回る逸材なのかもしれないな。



 だけど流石にリソースオーバーだ。


 隕石の処理に追われたせいで、目論見通り火荊の動きに若干の隙が生まれる。

 

 


「(お前は変なところで完璧主義者だからな。大量の隕石を出せば、必ず全部撃墜してくると思ったよ)」



 溢れ出るアドレナリン、活路は今ここに作られた。



「(《時間加速》!)」



 刹那、俺の時の流れが一瞬だけ六倍に加速する。



 《時間加速》は、バフや変身時間すらも加速させてしまう為、この局面においては使用量と使用時間を最低限に止めなければならない。


 

 だから発動時間は一瞬、加速率も六倍。



 しかし音の向こう側を飛ぶ俺達にとって、その一瞬と六倍タイムラグはあまりにも致命的。


 火荊の対応力を完全に上回った骸龍器の双刀斬撃が、千の軌跡を描いていく。



「嗚ぉおおおおおおおおおおっ!」



 熱、音、光、匂い。

 刺激される四つの感覚。

 心の高鳴りビートを無際限に高めながら、炎の少女を微塵切りバラバラに。



 今の火荊には再生能力がある。

 だが、彼女のソレは陛下のような在り方としての不死身じゃない。


 再生タイプは十中八九『熱量変換エネルギーコンバート』、要するに受けたダメージを霊力APで受け止めているだけのその場凌ぎかりそめだ。


 だからこうやって何度も何度も切り刻んでやればいずれ必ず――――



《警告。ゼロコンマ一秒後に上方からが接近。複数の熱術を伴った奇襲攻撃による被害は甚大です。直ちに回避行動に入って下さい》




「え?」



 わけの分からないまま、戦闘行動を切り上げて未来視のナビゲートに従いその場を離脱。


 大急ぎで風を切りながら十分の一秒前に立っていた場所を覗き見るとそこには



『あら残念』



 そこには、二人の火荊が並んでいた。



 斬撃の猛攻によってボロボロの姿になった火荊と、幾許いくばくかの火球をまるで惑星のように侍らせながらこちらへ向けて容赦のない熱閃を飛ばしてくる無傷の火荊。



『いつの間に』

『アンタが無駄に大量の隕石いしを落した時よ』



 《思考通信》越しに明かされる事の仔細。


 火荊曰く、俺が隕石の召喚に思考リソースを割いていた僅かな隙間を掻い潜ってアバターと自分を入れ替えたのだそうだ。



 ……って


『んな馬鹿な? 今のお前の敏捷性アジリティでどうやって俺の目を騙せたっていうんだよ』

『別に騙すだけなら速さなんて必要ないわ。熱と光と大気の流れを少しチョイと歪めてやれば、幻なんて幾らでも作り出せる』



 蜃気楼ミラージュ、という言葉が脳裏に浮かび上がる。



 それは本来別の“龍生九士”の得意技であり、実際の所は原理や理屈も微妙に違うのだろう。

 しかし、火荊は確かに【椒図ハマグリの法】を真似たのだ。

 それも今まで隠していた鬼札とかそういう事ではなく、単に思いついたからやってみたって程度の軽いノリアドリブで。



『すげぇな、お前。ほんとすげぇよ』

『それを言うならアンタの方がよっぽどすごいわよ。だってアタシ、今こんなに熱い。

 胸が高鳴って頭が冴えわたって、何より心が、たまらなく燃えているの。

 ……全部アンタのおかげせいよ。アタシをここまで昂らせてくれちゃって、もう、本当に……っ』

 


 言葉の途中で世界がカッと煌めいた。



 火荊の周囲を取り巻く無数の衛星熱球サテライトから放たれた誘導型のメーザー光線ビームは、複雑な軌道を描きながら俺の元へと迫り――――《警告。対象の攻撃を受けた場合の損害レベルは甚大であり、直ちに回避行動を》――――オーライ、さっさと逃げますか。




 背中に溜めた霊力を爆発的な勢いで高めて、飛行能力を加速させる。

 未来視のナビゲートに従いながら、火荊の放つ誘導型光線群を時にダイナミックに、時にアクロバティックに、そして時にコンプリケイトな機動も交えながら避けていく。




 青空に刻まれていく紫と赤の飛行機雲コントレイル

 


 本来ならここで【四次元防御】を使うのが安牌あんぱいなんだろうが、多分ソレは読まれている。



 本命は【焼死する旧世界キェルケゴール】、対抗馬で時間の要するチャージ技、大穴で他の龍生九士の技を熱術で即興再現アドリブドライブってところか。



 どの道俺の時間が停まれば、アイツは必ずその時間を有効活用してくる筈だ。



 だから



「破ァァアアアアアアアアアア!」



 紅蓮の閃光群の猛追を曲芸機動で避わす合いの間に、左右の黒刀から音越えの斬撃を飛ばし、口から暗黒の波動を解き放つ。



 追われているからといって、逃げに徹していたら負ける。


 絶対に攻める気概を忘れるな。一秒だって彼女に渡すものか。


 勝ちたい。勝ちたい。この誇るべき天才に何としても勝ちたい。


 優劣をつける為じゃない。

 承認欲求を満たす為じゃない。

 何かを得る為でも、ましてや負けるのが怖いからでも決してなくて

 ただ、俺は

 この最高の相手ライバル

 勝ちたくて、勝ちたくて



「(……あぁ、クソ。なんだってこんな時にっ)」



 邪龍王の頬を感情の雫が伝う。

 泣いてる場合じゃねぇってのに、涙で視界が滲んでも何にも良い事がないってのに。


 嬉しくて、楽しくて、幸福で、それが、それがどうしようもなく溢れてくるから止まらないんだよ。



 そっと火荊の容貌かんばせをみる。


 彼女もまた、泣いていた。

 笑いながら泣いていた。



 心から楽しそうに。

 どこまでも幸福そうな顔で。

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていて



『楽しいなぁ、楽しいなぁ、火荊』

『えぇ、えぇ……っ、笑っちゃうクソッタレなくらいに幸せサイコーよっ』




 彼女が右腕を振り下ろす。

 すると、大地の底から突然燃え滾る津波が伸び上がり、青の世界を紅色に染め上げた。




 たまらず俺は自分の右腕を切り裂き、傷口から数十体の骸龍器ぶんしんを作り出し、これに応戦。



 俺のダメージを媒介に現れた死骸の龍達は、一斉に口から漆黒の波動を放ち、規格外の大波を再び地面へ沈めていく。



 津波が、隕石が、斬撃が、閃光が、炎が、重力波が。

 目まぐるしく攻防を入れ替えながら、百花繚乱の術技ワザ達が仮想の空域に咲き乱れる。



 ずっとこの時間が続けばいいのになと強く想った。


 こいつとならどこまでだって行けると罪深くも信じそうになった。


 だけど現実は本当に残酷だ。


 終わりはちゃんとやって来る。




「悪い。そろそろだ」

「えぇ。アタシも」



 風が吹く。

 数度にも及ぶせめぎ合いの果てに生まれた一瞬の膠着。


 俺達は背中合わせに互いの得物武器を掴み合いながら、少しだけ言葉を重ね合った。



「決着がつく前に言っておく。ありがとう。お前と戦えて――――いや、違うな。お前と出会えて本当に良かった」

「なぁに? アンタもしかしてアタシのこと口読いてんの?」

「また随分と素敵な勘違いをしてくれるじゃないか。俺には愛する彼女がいるし、第一お前さんは、俺みたいな小者になびく程安い女じゃないだろう?」

「……そうね。アタシは小者なんかになびかない。火荊ナラカが惚れこむ相手は世界一良い男って相場が決まってるの。そこんとこ、しっかり覚えときなさいな凶一郎」

「また随分と高い理想をお持ちな事で」

「そう? 案外理想ってその辺に落ちてたりするものよ?」



 ゆっくりと身体の密着が解かれていく。



 背中越しに感じる霊力の圧は過去最高。


 どうやら考えていた事は同じらしい。



「気が合うな」

「最後ですもの、派手にいかなくちゃ」



 そしてそれが、最後の会話になった。



 奇襲なんて野暮な真似はしない。


 静かに、ただ静かに霊力の錬度を高めながら、俺達は互いが思う最高の立ち位置へと場所を移す。


 軽く音速域で飛ぶ事約一秒。首尾よく満足のいく場所に辿り着いた俺は、あちらの様子をうかがうべく、ゆっくりと後ろを振り返って




「ハハッ……すっげ」



 言葉が上手く出て来ない。



 だって一秒前まで何もなかったその場所に、数百メートルサイズの焔龍が二つの脚で屹立きつりつしていたら、そりゃあ失語しますよって話ですよ、えぇ。




 煌々と輝く紅蓮の肉体に、王者の風格を漂わせる精悍なたてがみ


 背中に生えた一対の大翼は溜息が出そうな程美しく、その相貌はどこまでも雄々しく、そして気高い。


 どことなく『獅子』を連想させる外観フォルムを持ちながらも、ソレは確かに龍だった。



 どうしようもない程に、龍だった。


 


 “狻猊さんげい”――――龍生九士が一柱ひとはしらにして彼女が目指す在り方そのもの。



 それはゲーム時代の火荊ナラカが放つ必殺技フェイバリットブローと同一の形態を取りながら、けれどもある一点だけがまるで違った。



 ある未来でかつて、『濁り切った混沌の如き墨色クロ』と称された獅子の霊体カラダに穢れや陰りは一切ない。



 そこに在ったのは、純一無雑じゅんいつむざつな紅蓮色。


 熱く鮮烈に輝くその様に、俺は彼女達が辿り着いた“答え”をみた。



「(すげぇよ。本当にお前はすげぇよ)」




 高く、昂く、己の宿業すら越えてどこまでも飛んでいく焔の少女。



 そんな彼女と、こうして死力を尽くして戦えた事が心の底から誇らしい。



 だからこそ




「ふぅ――――っ!」


 

 霊力を注ぐ。

 意識を一点に集める。

 全身に走る雷のような衝撃。

 いいさ、持ってけ。

 お前に俺の全部をくれてやる。



 主の号令を受けた紅蓮の獅頭龍が、敵対者を撃滅するべく空を翔けた。



 はためく大翼。


 その一動作だけで、骸龍器の肉体は焦げかける。



 だが、それがどうした。


 

 どれだけ敵の術が規格外だろうと、ここで逃げるわけにはいかないのだ。


 勝つさ、勝ってやるさ。


 防御なんてしない。回避なんて以ての外だ。


 俺はこの尊敬すべき仲間を、真正面から打ち破る。


 だから




「【吾等こそが、邪龍王アジ・ダハーカ】ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 


 だから行こうぜ、邪龍王。


 俺にとっての運命の象徴。


 <骸龍器>の持つ龍化の力と俺の全霊力をコストとして蘇った三つ首の邪龍が、産声代わりの雄叫びと共に極大の重力波を弾き飛ばす。



 激突する二つの決戦術式ありったけ


 三つ首の邪龍が紅蓮の獅頭龍の喉笛に喰らいつき、負けじと敵方も超高熱の爆炎を解き放つ。




 そして



「(……あぁ)」



 そして全てを出し切った俺の身体は、当然のように空の世界から墜落した。



「(あぁ、楽しかったなぁ)」



 見上げた先に視えるのは、誰のものでもない俺達だけの神話ものがたり



 最早指の一本すら動かせないけれど、心だけは、最後まで、勝ちたいと――――








◆◆◆




 爆ぜるソラ

 潰れる大地。

 


 少年と少女が解き放った最後の一撃は、その余波をもって主達を打ち滅ぼした。


 持てる力の全てを出し尽くした彼等に、邪龍と獅頭龍の神話的闘争を間近で拝める程の余力は最早なかったのである。


 少年は灰に、少女は塵に。


 両者の“勝ちたい”という欲望ねがいは確かに相手のもとまで到達し、同時に己の心臓を貫いたのだ。



 故にこの戦いの結末は、凄絶なるダブルノックアウト。



 彼が消え、彼女が退いた仮想の世界には、ただ敗者なき地平線だけが広がっていた。





 

―――――――――――――――――――――――



・次回、インタールード(という名の一章エピローグ)、お楽しみにっ!







 













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