第百四十話 声







 鏡に映った己の顔を見る。


 笑っている顔。


 落ち着いてる顔。


 和んでいる顔。


 楽しそうな顔。


 大丈夫、大丈夫だ。


 ちゃんとそういう風に見えている。


 誰にも本音は、分かりっこない。

 










 翌日、俺は朝のブリーフィングで、三日間の臨時休暇を設ける旨をみんなに伝えた。


 理由は主に二つある。



 一つは、『亡霊戦士』関連のイベントを進める時間が欲しかったからだ。



 『亡霊戦士』、“笑う鎮魂歌”、そしてその裏に潜む黒幕と陰謀────今の『天城』を取り巻くこれらの“澱み”を理想的な形で解決する為には、色々と準備やフラグ回収が必要で、その為にはいやがおうにも“彼ら”と関わらなければならない。



 さしあたっては、“レッドガーディアン”と“BLUE”の仲を取り持って、その後は“中道派”との再コンタクト、そうしたら、今度は他の勢力が“中道派”こそが黒幕だとか言い出すはずだから、これを「まぁまぁ」と抑え込んでまた話し合い────あぁ、考えるだけでも憂鬱だ。


 『亡霊戦士』イベントのハッピーエンド分岐に三勢力の好感度要件ぶち込んだスタッフは、マジで死んだ方が良い。てか、殺す。絶対殺す。ただでさえRPG部分の難易度がぶっ飛んでるのに、シナリオ部分の選択肢にまで拘ってんじゃねぇよ、クソが。



 ……っと、すまない。つい熱がこもりすぎてしまった。最近ストレスフルな展開が続いているせいで、どうにもメンタルがグチャグチャなのよ。



 ていうか、この“ストレスフルな展開”ってやつが、もう一つの理由なんだよね。




 ウチのメンバー、特に花音さんと火荊の調子がすこぶる悪い。



 花音さんの方は、昨日の『タロス』戦の一件を思いっきり引きずっているっぽいし、後者に至っては言わずもがなだ。



 火荊は今、部屋に籠っている。

 食事はどこかで買ってきた出来合いのもので済ませ、顔を出すのは風呂やトイレの時だけ。



 当然、会議には出てこないし、俺の言うことも《思考通信》越しでの最低限の受信だけに済ませ、ほぼ全無視状態である。



 花音さんは落ち込んでいて、火荊は滅茶苦茶、そしてさっきも言った通り俺のメンタルもズタボロ状態。



 パーティーメンバーの六割がこんな状態では、とても攻略なんて出来やしない。



 戦略的にも戦術的にも、ここで休暇を挟まざるを得なかったのだ。



 今の俺達には、色んな意味で時間が必要だったのである。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・コロッセオ・VIPラウンジ




 その日の夕方、“烏合の王冠”と“BLUE”、そして“レッドガーディアン”の代表者同士による会談が行われた。



 場所はアズールさん達の拠点である“コロッセオ”のVIPラウンジ。



 彼が一昨日襲われたまさにその場所で、俺達は『亡霊戦士』についての情報交換と、チーム同士の結束を深め合ったのだ。



 ────少なくとも、表向きは。




「申し訳ありません、清水さん。やはりアズールを信用することは出来ません。だって清水さん達との会合の席で狙われるだなんて、あまりにも都合が良すぎると思いませんか?」




『俺達の中で一番『亡霊戦士』の思考に近いのが、“レッドガーディアン”だ。口先だけの綺麗事なんて幾らでも言える。だがな、こっちはミドリがやられたんだぞ? そして俺も死にかけた。なぁ、凶一郎、あの女に騙されないでくれよ?』




 このザマである。



 「みんなで協力して『亡霊戦士』を倒しましょう」なんてただの建前。



 裏では、こんな風に互いが互いを信じるな。



 もうね、参っちゃうよ。


 全然、みんな仲良くしようとしないの。



 驚くほどに険悪で、何もかもが茶番劇。



 しかも、これがハッピーエンドフラグだっていうんだから驚きですよね、奥さん。



 疑い争い醜く罵り合う人間の姿を程よく傍観することが完全攻略の鍵だなんて初見じゃ絶対見抜けませんよ、えぇ。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第四中間点





『ご無沙汰しております清水さん。ファンです。えぇ、“中道派”の』




 黄さんから会談の申し出を受けたのは、翌日の事である。



 ここ数日の“いざこざ”について情報共有がしたいという彼の願いを受け入れた俺は、第四中間点で唯一営業している飯店はんてん(兼“中道派”のアジト)におもむき、そこで大陸流の『食のおもてなし』というやつを受ける羽目になったのだ。




「アズールが襲われ、ヒイロと衝突。そして我々“中道派”だけがカヤの外。ふむ、ふむふむふむ。何か作為的なものを感じますねぇ。誰かが我々を『亡霊戦士ファントム』に仕立て上げようとしている、そんな気がしてなりません」


 


 黄さんのいう『誰か』とは、恐らくヒイロさんか、アズールさんの事なんだろう。



 遠まわしに“BLUE”と“レッドガーディアン”批判を述べる糸目の言葉売り。



「『亡霊戦士』は、あまりにも多くのものを傷つけました。比較分布で言えば軽傷者の数が多いものの、中には植物状態に陥った者や――――死者も出ている」




 その死者というのが、かつて行われた三十四層討伐作戦の特別参加者――――つまり五大クラン所属の冒険者だったという情報を俺に教えてくれた黄さんは、その僅か数分後に『亡霊戦士』に襲われた。





「馬鹿なっ……。ここはお前の出現領域ナワバリではない筈」




 呆然とする言葉売りを守りながら、俺が骸骨マスクと大立ち回りを演じた件については、申し訳ないが割愛させてもらう。




 だって奴とのバトルって、ちっとも楽しくないんだもの。



 唐突に現れて、大して強くもなく、そして倒しても経験値が入らない仕様な癖に一定時間ターンが経過するまで無限にわき続けるゴ○ブリ野郎。



 こいつとの小競り合いは、本当に苦痛で仕方がない。







◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第二中間点




 そしてその日の夜、今度はヒイロさんが襲われた。



 場所は第二中間点にあるメタセコイヤの並木道。


 俺が初めて『亡霊戦士』と出会ったまさにその場所である。




『清水さんっ! 助けて下さいっ! リーダーが、みんながっ!』




 “レッドガーディアン”の伝達係からの救援要請を受け取った俺が急いで現場に向かうと、そこには今まで見せた事のない技を駆使して戦う『亡霊戦士』の姿があった。



 霊力を纏った振動波をばら撒き、ヒイロさん達の身動きを封じる骸骨マスクは、程良くダークヒーローぽくってちょっとカッコ良かったよ。



 まぁ俺は、防御術式で耳栓ガードしてたんで全然かなかったんですけどね。




 その後、俺が敵の技の正体を看破し、“レッドガーディアン”の皆さんと協力して何とか『亡霊戦士ゴキブリ』を撃退。




「ご協力感謝いたします、清水さん。貴方がいなければ、今頃我々はどうなっていたことか」




 リーダーのヒイロさんを筆頭に、赤服の連中達が口々に俺を褒め称える。



 ありがとう、と。


 流石だな、って。


 おだてられ、祭り上げられ、それを形だけは受け入れて。



 なのに俺の中の暗いモヤモヤは、少しも晴れやしないのだ。









 そうして少しずつ『亡霊戦士』イベントは埋まっていく。




「『亡霊戦士』の出現法則……? てめぇ、何故そんな大事な情報を黙っていた!?」

「貴方達が信用できないからですよ、アズール」



 西で“青”と“黄色”が喧嘩を起こせば、これを仲裁し




「清水さん、私達の事を信じてついて来て下さい」




 東で“赤”からの誘いを受ければ喜んで馳せ参じ




「どうして俺達はこんな事になっちまったんだろう」




 北でクジラ男が泣いていたらこれをなだ




「奴が現れました。またもや『領域外』です」




 南で『亡霊戦士』が暴れ狂えば、暴力を振るって解決した。




 好感度を上げ、信頼を築き、淡々と、着々とハッピーエンドへの道をたがやしていく。




 仲間を傷つけるリスクは最小限に。

 犯人に怪しまれないように、無害で協力的な振る舞いを徹底して。

 茶番を笑わず、欺瞞に怒らず。

 自分を駒だと思って、思って、思って、思って、思って……。




 ――――いや、ダメだ。



 俺がウジウジしてたら、周りに迷惑がかかる。


 俺がイライラしてたら、周りの空気が悪くなる。


 俺は笑ってなきゃならない。


 俺は前向きじゃなければならない。


 だって俺はリーダーだから。


 だって俺はゲーム知識があるのだから。


 責任を果たさなければならない。


 完璧でなければならない。


 『亡霊戦士』の件も、火荊の事も、花音さんや他のメンバーの面倒も



 ご飯を作って、次の攻略の資料を作成して、イベントの選択肢に抜かりはないかチェックして、それから、それから、それから、それから――――










 臨時休暇が後少しで終わろうとしている。


 結局火荊とは、何も話せていない。







◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア(凶一郎の部屋)





『随分と参られているようですね、マスター』



 真夜中の事である。


 諸々含めて朝のブリーフィングをどうやって進めようかと考えていた俺のところに、邪神の声がやってきた。




『そんなにストレスをため込んで、一体どうなされるおつもりですか。精神面の不調は戦闘行動に甚大な影響を及ぼします。早急にメンタルケアを実行し――――』

『ごめん、アル』




 俺は可能な限り刺々しさを抑えながら、心の声を震わせた。



『ちょっと、きつい』

『“きつい”とは何の事です? 具体的に仰ってくださいな』

『なんだろう、お前のロジハラというか、正論というか』




 毒だらけの言動に隠されがちではあるが、基本的に邪神の言う事には一定の『理』がある。


 ストレスをため込むな? あぁ、全くもってその通りだ。


 早く発散しないと戦闘に支障が出る? ぐうの音も出ない程に正しいよ。



 だけどさ、アル。

 今はそういうのが、辛いんだ。



『慰めてくれとは言わないけどさ、せめて正しさで俺を責めないでくれよ』

『私から正論と暴言を抜いたら何も残りませんが』

『だったら黙ってればいいんじゃないかな』

『しかしそれではマスターのストレス値は減少致しません』

『お前と話しててもストレスは減らないよ。寧ろ上がるばかり……いや、ごめん。今のは言い過ぎた』

『心の中ですら、配慮の仮面を被りますか。これは思ったよりも重症ですね』

『自覚はあるよ』

 



 だけど、どうしようもないんだ。



 ここ最近、仮面を被り過ぎてた影響かな。


 どうにも自分がうまく出せない。

 苦しくて辛いのに、それをどこにもぶつけられないんだ。



 ふと思う。

 俺がついこの間まで『亡霊戦士』関連のクソイベ群を、精神崩壊メンブレせずにやれていたのは、火荊という“はけ口”があったからではなかろうか。




 本来であれば一人で抱え込まなければならなかったはずの事件の真相を、あのドラゴン娘はひとりでに看破し、そして一緒に背負ってくれた。



 秘密の共有者という点では、アルも同じ立ち位置に立ってはいるが、如何いかんせんこの邪神様は正し過ぎる。



 一緒に悩んだり、愚痴を聞いてくれたり、時にはどうでも良い話で盛り上がったり――――そういうのが全く無いとまでは言わないけれど、それでもアルと俺の関係性が精霊と精霊使いのソレである事に変わりはない。




 その点、火荊と喋っているのは楽しかった。



 あいつの至らない部分が、全然『正しくない』ところとかが、なんだか妙に楽というか、気安くって…………。




 ――――あぁ、そうか。



 俺は自分が思っていた以上にアイツに助けられていたんだな。



 そんな大切な仲間の事を、俺は……。




『はぁ』




 心底うんざりだと言わんばかりの深いため息が、《思念共有》越しに聞こえてくる。




『本当に貴方はどうしようもない人ですね、マスター。私にこの手を使わせるとは、ある意味流石ですよ』

『なぁ、アル。だから』

『えぇ、存じております。存じておりますとも。正しさでは貴方のメンタルを治す事ができません。ですから……あー、やりたくない』



 珍しく感情の乗せた声音でワケの分からない事を喋る裏ボス様。



『当初の目論見ではここでに慰めてもらう事になっていたのですが、この局面においても“来ない”以上は仕方がありません。切りますよ、ジョーカーを』

『さっきから何言ってんのお前』

『世界一のセラピストを呼ぶと言っているのです。こんなサービスは今回限りですからね? せいぜい盛大に五体投地でも決めながら、私の慈悲深さを崇めたてまつるといいです』




 それだけ言い残し、邪神の声がフッと脳内から消え去って




『え? ウソ』





 代わるように流れたその声は


 その“奇跡こえ”は――――





『――――凶さん?』








――――――――――――――――――――――




・ヒント:眷族神



・亡霊戦士関連について────何がゴリラをそこまで病むほど苛つかせているのかちょっと分からないよと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの「何に」、あるいは「どうして」というところにかなり重要な鍵が隠されています。


「何に」ゴリラは怒っていたか

「どうして」ゴリラは苛ついているのか、この辺りを軸にして説明できる仮定(もしくは合理的な理由)を構築していけば、亡霊戦士の影が掴めるかもしれません。





・というわけで次回の更新は、前話で告知した通り二十五日となります。

 お楽しみにっ!







































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