第百三十九話 言葉を選ぶそのワケは








◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第五中間点:『覆す者マストカウンター』清水凶一郎






 第五中間点は、最早街ではなかった。



 舗装された道と、恐らくは各種エネルギー供給施設らしき建物が幾つか、後は僅かばかりの家屋が数件見える位のもので、良く言えばミニマム、正直に述べるならば“寂れている”といった印象の景観である。



 そんな、とても共同体とは呼べない第五中間点の中心に、明かに過剰な数の人だかりが出来上がっていた。



 飛び交う怒号。

 遠目から見ても伝わってくる熱気。


 ザッと見渡しただけでも、軽く百人以上。



 それだけの数の人間が、喧々諤々けんけんがくがくと何やら言い争っているではないか。



「アレ、なんっすか」

「“笑う鎮魂歌レクイエム”の連中が争ってるんだろう。放っておこうぜ」



 連中の服装カラーを見るに、ぶつかっているのは“レッドガーディアン”と“BLUE”だろう。


 肌着で自分達の所属を主張アピールとか、マジモンのカラーギャングじゃねぇか。




「でも兄貴」



 虚が奴らを指差しながら、面倒くさそうに呟く。



「どうやら向こうさん方は、俺達に興味津津きょうみしんしんっぽい感じですよ」









「それで? 一体全体何やってるんですか、アンタらは」



 一人腕を組みながら、馬鹿なカラーギャングもどきども全員にガンを飛ばす。



 ウチの子達? 勿論もちろん、帰らせましたとも。


 こんな糞イベに苦しむのは俺一人で十分だっての。




「よくもまぁ、斯様に辺鄙へんぴな場所で大の大人がギャーギャーワーワーピーピーと。しかも外様の俺達にまで迷惑をかけて、情けないとは思わないんですか、“笑う鎮魂歌”さん」




 マジギレ色強めの俺の詰問に、少しだけおののく社会不適合者共。



「すまない、凶一郎。だけどお前達は、あの事件の唯一の目撃者だ。だから」

「だから俺達が第五中間点ココに上がるのを待ち伏せしていたと、そういう事ですか?」

「……申し訳ない」



 肩をすぼめながら、こうべを垂れるクジラ男。


 相変わらず、図体と態度がイマイチ合致しない男である。




「すいません、清水さん。騙す意図はなかったとはいえ、結果的に貴方達を待ち伏せする形になってしまった事につきましては、心よりお詫び申し上げます。ですが」

「ハイハイ、身の潔白を証明する為に“レッドガーディアンあなた達”も必死だったんですよね、ヒイロさん」



 俺の投げやりなフォローを、申し訳なさそうな首肯で受け入れるレッドガーディアンの首魁しゅかい



 ……確か年齢は二十代半ば位のはずなのだが、全然そうは見えないんだよなぁ。



 童顔で低身長、ロリってわけじゃないんだけど、十人が十人「学生さん」だと見間違うような子供びた大人――――それが、ヒイロさんというキャラクターの魅力なんだが、今はちっともオタク魂がときめかない。


 

 ただただここにいる事が不快で不愉快だった。



 だけど



「なぁ、二人……いや、二チームって呼んだ方が良いのかな? 兎に角みんな落ち着こうぜ。憶測で仲間割れなんかしようものなら、それこそ“敵”の思う壺だろ」



 それでも俺は、グッと言いたいことを飲み込んで『冷静な調停者役』を務めた。



 ――――うん、大丈夫。

 毎日鏡の前で練習してきた作り笑顔ポーカーフェイスはバッチリ決まってるはず。

 大丈夫。俺は大丈夫だから。




「『亡霊戦士』を倒して『天城』の平和を守りたい。手段やスタンスに多少の違いはあるかもしれないけど、根っこの部分はみんな同じ考えのはずなんだ」

「それは」

「……そうだが」



 赤い夕陽の下で、二チームのリーダーがそれぞれ気まずそうに言い淀む。




「だったらさ」



 思わず口から漏れ出た温めのため息。



「だったらこんな抗争の真似事なんかしてないで冷静に話し合おうよ。あんた達だけじゃ難しいなら、俺も間に入るからさ」



 本音なんか一切語らず、それっぽい言葉をペラペラと吐きながら淡々とイベントを進めていく。




「とりあえず、この場はお開きとしようや。そんで後日、代表者同士で話し合う、なっ?」



 あぁ、全く。


 我ながらとんだ道化者だ。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・住居エリア




 

 “笑う鎮魂歌”の内輪もめを収め、ようやく我が家に戻って来た午後七時。


 心身共に疲れ切った身体をどうやってリフレッシュしようかしら等と暢気な事を考えながら家の戸を開けると、ドラゴン娘が立っていた。


 胸のラインが強調されたタンクトップキャミの上に、グレーの小洒落たパーカーを羽織はおったラフな装い。

 手に持っているレザーバッグは…………ん? あのロゴマーク見た事あるぞ。確か百万くらいするハイブランドメーカーの商標モノだった気が。



「何、お前。これからどっか出かけんの?」

「…………」



 返事はない。

 彼女は黒のヒールに踵を通し、そのままテクテクと借り家の外へと出ていってしまった。



「って、え? いやいやちょっと待ってよ火荊さん」



 急いで彼女を追いかけ、待ったをかける。



「別に優しく接してくれとは言わないけどさ、いきなりの無視は傷つくって」

「…………」

「どうしたんだよ、マジで。……もしかしてなんか嫌なことでもあった?」

「…………」

「だったら俺、相談に乗るからさ。一人であんまり抱え込まないで、その、何ていうか」




 薄暮の空に、虚しく俺の声が鳴り響く。



 から回っているという自覚はあった。




 何を言っても、空疎で。

 

 言葉を紡げば紡ぐほど、気まずさだけが増していって。


 それなのにどうしても、口が止まらなくて。



 それで、それで――――。





「もしかして、俺のせいか?」





 その瞬間、俺は自分が核心を突いてしまった事を悟った。


 ドラゴン娘の歩みが止まり、形の良い唇から音のない吐息が漏れる。



 これはもう、言い逃れの余地がない程にそういう事なのだろう。


 火荊は俺に怒っている。


 だけど、その理由がさっぱり分からない。



「俺が原因なんだな? 俺がお前を傷つけたんだな?」



 だから俺は、「この先絶対良くない事が起こるんだろうな」と頭で理解しながらも、問わずにはいられなかった。




「なぁ、教えてくれよ火荊。俺の何がいけなかったんだ?」



 夜を迎えたばかりの街に、二人きりの静寂が訪れる。


 火荊は喋らず、俺もこれ以上何を言ったらいいのか分からなくて。


 そうやって胃がキリキリと痛むような時間を、夜の街角で延々と過ごす内にやがて





「今日の攻略、最後に見せたアレは何?」




 やがて火荊が、ゆっくりと開いたのだった。




「最後に見せたアレ……?」

「アンタがあの化物を倒す時に使ったアレよ」

「――――もしかして、<骸龍器ザッハーク>のことか?」



 頷きが返ってくる。



 街灯の光を浴びた彼女の顔は、人形のように白く無機質に固まっていた。




「そう、<骸龍器ザッハーク>っていうのね。アンタ達がちょっと前に倒した“負の龍あしきもの”と同じ名前」

「あぁ、うん。そうだな。同じ名前だけど……それがどうかしたか?」




 ギリッという何かを噛みしめる音色が耳を伝う。


 火荊の顔が、歪んでいた。


 怒っているような、それでいながら少しだけ憂いを帯びたような、そんな表情。




「アレは、あの力は、明かに【龍化の法インロン】よね?」




 【龍化の法インロン】、皇国において最も位が高いとされる変身術。



 この国を司る上位存在である『龍』に成る事を意味するその術は、それ以外のあらゆる知性体にとっての憧れであり、誉れ――――少なくとも三作目の時代までは、そういう事になっていた。




「いや」



 俺は首を横に振った。




「近いモノだとは思うけど、<骸龍器アレ>は【龍化の法インロン】じゃないよ。俺は清水凶一郎だ。。――――なっ?」

「……だとしてもよ」



 火荊は言う。



「だとしても、あの時のアンタは『龍』だったわ。このアタシよりも、『龍』だった」



 そこで、そこになってようやく俺は、気づいたのだ。




上の連中龍達は、結果にしか興味がない。天啓どうぐを使おうが、庶民の血筋だろうが、より『真龍』へ近づく素体プランがあれば、間違いなくそっちの方へとくらいつく」



 火荊は、恐れていた。

 火荊は、妬んでいた。


 自分の椅子が奪われると

 自分の在り方が損なわれると



 そんな風に、考えてしまって……


 


「ましてや、同じチームでアタシよりも結果を出すような龍人やつがいたら、それはもう間違いなく――――」

「待てよ、火荊。俺は『龍』になる気なんて全くない。お前が座ろうとしている椅子たかみを奪おうなんてちっとも考えちゃいないんだよっ」

「だからアンタの意志なんて関係ないんだって言ってんでしょ!」



 張り裂けそうな声で、彼女は叫んだ。




「アンタはアタシよりも『龍』なのっ! アタシよりも“龍生九士あの座”に近いのっ! 畜生っ! あの眼鏡チビっ! あいつを読んでて、ぐっ、くうぅっ!」

「おい火荊っ」

「近づくなっ!」



 刺だらけの声が、俺を拒絶する。



「アタシをあわれむなっ、下にみるなっ、優越感を満たすなっ、活躍するなっ、触るなさえずるな命令するなかき乱すな舐めるななめるなナメルナ舐めルなっ! アンタなんて、アンタなんてっ!」




 それはどこまでも身勝手で、要領を得ず、あまりにも一方的かつ混沌とした毒だった。



 だけど、何より辛かったのは




「クソッ! なんなのよこの苛つくっ! 全然言葉が出てこないっ! ムカついてるのにっ、アンタが憎くてたまらないはずなのにっ! 言葉がっ、うまく出てこないっ!」




 火荊が、あの火荊ナラカが一生懸命言葉を選んでいたことだ。



 言っている事は滅茶苦茶だし、一から十まで全部自分の都合で話してはいるけれど、それでも、そこには確かな『配慮』があった。



 だってこいつの悪罵ほんきは、こんなものじゃない。



 徹底的に他者を貶めて、自尊心を抉り、とても人前では言えないような台詞を矢継ぎ早にまくしたてる“嫌な奴”、それが火荊ナラカだったはずなのに。




「なんでアンタが『そう』なのよっ! どうしてアタシの前に立とうとするのよっ! アンタがそんな余計な天啓ものさえ持ってなければ、アタシきっと…………っ!」





 ここで飛んでくる言葉が罵詈雑言だったら、どんなに良かったか。


 彼女が元の“嫌な奴”のままだったら、どれだけ楽だったか。





“……ふぅん、まっ、アンタがそういうならそれで良いわ。さっさと家に帰りましょ。案内して下さる?”




“……へぇ、分かってんじゃない。アンタのそういう捻くれたところ嫌いじゃないわよ”

 



“――――だけど、明らかに役者として“足りない”奴を無理やり中心に添えるのは、ただの贔屓エゴよ”





「畜生っ! ちくしょうっ! こんなところ、■■■■■■■■■■!」




 何もかもが、どうしようもなく辛い。






―――――――――――――――――――――――




 かなり迷いましたがこのままだと凶一郎の胃が二日間に渡って大変なことになってしまう為、彼の腹痛を少しでも和らげるべく次回及び次々回の更新日をいつもの隔日更新ではなく、次回を明日更新、次々回を三日後更新という形で調整させて頂きます。



 具体的には


 23日(百四十話)、25日(百四十一話)←こうではなくて

 22日(百四十話)、25日(百四十一話)←こうなるって事ですね。



 というわけで皆様、明日の更新をお待ちくださいませっ!









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