第百三十六話 暗雲か光明か







◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・教会前通り





「あの【聞くに堪えないとてもお下品な言葉】、本当に間抜けよね。あんな醜態晒して恥ずかしくないのかしら」



 黄昏色の空の下、ドラゴン娘が金属の玉を掲げながら退屈そうなため息をつく。



 暮れなずむ夕日に照らされた銅色の円錐形。

 誰がどう見ても弾丸アレなソレは、一時間程前に『亡霊戦士』がアズールさんに向けて撃ち放った魔弾の実物に他ならない。




 昼下がりのコロッセオ、それもVIPラウンジの内部で起こった襲撃事件。


 奴の狙いは外様の俺達ではなく、アズールさんだった。


 『天城』の顔役の一人であり、革新派のBLUEの頭領でもある彼を襲った一発の凶弾。


 幸い俺の未来視と火荊の弾丸キャッチのおかげで目立った外傷はなかったものの、“BLUEのリーダーが襲われた”という事実は、『天城』の情勢を動かすのに十分なとなった。




“――――俺達BLUEに喧嘩を売ったのがどいつだろうと、この落し前はキッチリつけてやる”



 そう語る彼の声音からは、覚悟を決めた男特有の凄みがにじみ出ていた。



 ゲームと同じならば、彼はあの瞬間に迷いを捨てたのだろう。



“敵は必ず潰す。容赦はもうしない”




「…………」

「何よ凶の字、もしかしてブルッてんの?」

「そんなんじゃないさ。そんなんじゃないけど」



 ただ少しだけやるせないというか、嫌な気持ちになってるだけだ。



 『亡霊戦士』のシナリオは着実に進んでいる。



 ヒイロさんの接触も、黄さんとの共闘も、アズ―ルさんの覚悟も全部ゲーム上にあった出来事で、俺はちゃんとそれらをなぞれている。



 でも、嫌なのだ。



 罪悪感じゃなくて、嫌悪感。


 ただただこのクエストをこなすのが嫌でたまらない。


 リスク回避の観点から仲間達に真相を語れないのも辛いし(実際ゲーム時代の『天城』編は、主人公よりも先にメインヒロインが真相に気づいたせいで事が大きくなっちまったのだ)、何より誰かと誰かがガチでいがみ合っている光景は、想像以上に堪える。



「なぁ、火荊」

「何よ?」



 俺はパーティードレスを纏った鳶色髪とびいろかみの少女に心からの感謝を込めて頭を下げる。




「ありがとな。正直お前がいなかったら、俺とっくに参ってたと思う」




 二日目の夜、こいつが気づいてくれたおかげで、俺は孤独ひとりにならずに済んだのだ。



 情報の共有者という意味では、そりゃあアルもいる。


 

 だけど邪神は正しく人間じゃなくって、それ故に埋められない境界線さみしさのようなものが確かにあって、だから、本当に




「あっそ」




 それを聞いたドラゴン娘は、イマイチ要領を得ないといわんばかりの微妙そうな表情を浮かべ




「じゃあこれで貸し三つね。アンタ、もう一生アタシに頭が上がんないわよ」



 そんな軽口を叩いたのだった。









 三日間の連休が終わり、再び攻略の日々が始まった。




「今日攻略するのは第二十五層。中ボスとの単体戦は、これが最後になる」



 朝食が終わり、食器を片付け終えたテーブルの上に広げられた大量のレジュメ。



 その中に書かれているのは本日のお相手『タロス』の情報である。




「『タロス』は、言うなれば十五層の『アポロ・コロッソス』の強化版だ。デカくて、人型で、耐性持ちでおまけにガチガチに武装してやがる」




 『タロス』、設定上は青銅の巨人。



 だが、実際の所は青銅色のカラーリングが施された一つ目の巨大ロボである。



 大地を操り、無数の熱術を飛ばし、逆にこちら側の霊術は自身の耐性と特性を駆使して完全にカット。



 ……うん、何コレって感じだよね。



 『トロイメア』の時も話したが、このレベル帯の中ボスは、下手な下層ダンジョンの最終階層守護者よりもはるかに強い。



 加えてこいつはギミック持ちでなおかつ、第二形態持ちなのだ。


 ――――いや、なんだよ、中ボスの第二形態って。


 それ俺達中ボスが持って良い要素ぶきじゃないじゃん。


 

 下手なRPGだったら、ラスボスだけが使える最終奥義ファイナルブローじゃん。


 それをこのゲームの奴らと来たら平気でぽんぽこ使いやがって!


 少しは分を弁えろってんだ、凶一郎みたいに!




「あの、凶一郎さん。どうかされました?」



 隣の花音さんが心配そうにこちらの様子をうかがっていた。


 熱も引き、すっかり健全いつもを取り戻したメインヒロイン。



 今日も今日とてポニーテールが眩しいぜ。



「……すまない。ちょっとばかし、『タロス』への怒りで脳が煮えたぎってた」

「えと、何か彼の巨人と因縁めいたご関係が?」

「ううん、特にない。あえて言うなら、俺が一方的にマシン野郎タロスを妬んでるだけ」

「巨人に嫉妬を抱けるなんて、なんだか凶一郎さんとってもビッグです!」

「えっ、そ、そうかな。そんな風に言われるとちょっと照れちゃうというか何というか――――アイタッ!」



 脛に走る衝撃。


 見ると対面に座るドラゴン娘がゴミを分別する時のような冷たい目で、こちらを睨んでいるではないか。



「話を進めなさい凶の字。アンタ一応リーダーなんでしょ」

「あっ、ハイ。すいません」


 

 居心地が悪くなってつい、反論をぶつけそうになったが、今回ばかりは火荊が正しいので大人しく進行役を務める事にする。



「さて、このタロス攻略についてだが、大枠は二十層の編成でいこうと思う」

「オレと花音ちゃん、それに兄貴が地上組で、ナラカっちとユピテル師匠が空中組って事っすか」



 虚の質問に「そ」と短く頷く。



「『タロス』の第一形態は、特性のせいで非常に術式が通りづらい仕様になっている。だけど奴が放つ遠隔攻撃はその加護下カテゴリーには入らない。だからユピテルと火荊は」

「そいつをぷちぷち潰せばよき?」

「うん。よきよき」



 銀髪ツインテールはいつも通りの無表情のまま、こっくりと首を縦に振った。



「次に俺達地上組の段取りは……」

「ねぇ、凶の字」



 と、ここで口を挟んできたのが対面で頬杖をついている火荊さん。



「アンタ、もしかして今回もそこの子犬パピー主軸メインに戦略を考えてるわけ?」



 リビングに一瞬の沈黙が降りる。



「そりゃあ、まぁそうだけど」



 言外に何か問題がと伝えると、ドラゴン娘は「大アリよ」と返してきた。




「この『タロス』とかいうデカブツ、カタログスペックを見る限りだと、そこそこわよ。一回り、いえ下手したら二回りくらいいくかもね、前の馬が比較にならない程度には強力マシな相手だわ」

「そりゃあ、その通りだが」

「そんな相手に」



 彼女の視線が隣に座る花音さんへと向けられる。




「そんな相手に、前の階でほとんど相打ちみたいな勝ち方をした子犬パピーが果たして勝てるのかしら? あの無茶なコンボで仕留め切れなかった場合はどうするの?」

「それは……」

「ねぇ、凶の字」



 侮蔑も、嘲笑も、憎悪もそこにはなかった。


 火荊は言う。



「この女に何をそんなに期待しているか知らないけどね、子犬パピーは前回、何も目覚めなかった。自分の手札と道具を使って立ち回っていたけれど、逆にいえばそれだけしか出来なかったのよ。つまりトロイメアあそこがこいつの限界で」

「そんな事はない」



 語気が強まる。



「そんな事は、ない。花音さんは、もっとやれる筈なんだ」

「だったら、根拠を提示してくれる? 勿論下らない精神論による誤魔化しはなしね」

「…………」



 まるで喉の奥に氷を詰められたような冷たさが、言葉の流通を止めた。



 言い返せない。


 だって火荊の意見は、何も間違っていないのだから。



 『タロス』は強い。

 そして花音さんは、前回の戦いで新しい能力に目覚めなかった。


 勝ちはした。

 だが、それは道具とロールスキルを使った、要するに“普通の勝ち方”だったのである。




「弱い奴をマシにしようっていうアンタの計画そのものにケチをつけるつもりはないわ。チームの底上げの為に“穴”を潰していくのは基本だからね」



 当然、言葉だけどが続く。



「だけど、明らかに役者として“足りない”奴を無理やり中心に添えるのは、ただの贔屓エゴよ。

 ねぇ、凶の字、アタシ間違ったこと言ってる?」

「……いや」



 間違ってない。

 口調こそキツめなものの、火荊の発言は、正しく芯を捉えたものだった。



 現状をしっかりと把握した上で、今までのやり方ではリスクが伴うと警告してくれている。



「そうだな。ちょっと楽観的に見すぎてたかもしれない。……うん、分かった。少し軌道修正を加えよう。攻略プランの中心を」

「あの、待ってください」



 しかし、そこで桜髪の少女が待ったをかけた。




「ナラカさんの意見は、ごもっともだと思いますし、私も皆さんのご迷惑にはなりたくありません。だけど」



 メインヒロインの首が横に揺れた。



「いいえ、私は強くなりたいんです。お願いします、凶一郎さん、私にチャンスをください」



 無謀な挑戦を避けるべきだという火荊。



 ひたむきに頑張りたいと願う花音さん。



 火荊の正論を選ぶか、花音さんのポテンシャルを信じるか。


 無い知恵を必死に振り絞りながら考えて、考えて、そうして最終的に俺が選んだ結論は……






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第二十三層




「意外っすね。正直、兄貴はナラカっちの案を採用するとばかり思ってました」



 草の海を二人(正しくは背中のおんぶ紐の中にもう一匹いる)でかき分けながら進んでいく。



 腰の辺りまで伸びる緑色の葉を大剣で切り裂き、後方のレディ達が通る『道』を整えていく俺はやっぱり爽やかナイスガイ────って、うぇっ、いつの間にか足回りがベチョベチョになってる、湿り気強すぎだろこの草原。




「いや、俺も随分迷ったよ」



 内心水溜まりとなった靴の気持ち悪さに辟易としながら、虚の質問に答えていく。



「だけど挑戦しようとしている奴に端から無理だと決めつけるのは、やっぱりなんか違うなって思ってさ」



 勿論、その背景には“空樹花音は強キャラである”というゲーム知識由来の情報があったからこそなんだけど、やっぱり俺としては、頑張ろうとしている子を応援したいと思ったわけよ。



「とはいえ、火荊の案も正しいからさ、花音さんに挑戦させるのは一回きりで、少しでもダメそうだなと思ったら、すぐに俺が代わる」

「ほぼほぼ折衷案だ」

「そ、ほぼほぼ折衷案」



 花音さんに挑戦させる回数の限定化と、迅速なリカバリーの徹底化。

 これが、火荊側の出した『条件』だった。



「なーんか、ビックリっすよね。この前まで一人で勝手なことばっかりしてた奴の言動とは到底思えないっつーか」

「それを言うなら、お前の変わりようこそが、一番のビックリ案件なわけだが」



 てへっと金目の暗殺者がぺろりと舌を出した。


 なまじ顔が整ってる分、ちょっとだけ可愛く映えてるのが逆にムカつく。



「なんかナラカっちの中でパラシフ的なアレがあったんすかね」



 文脈から察するに『パラシフ』というのは恐らく、パラダイムシフトの略称なんだろう。



「(……パラダイムシフトね)」



 昨日の時点では、割かし平常運転ふつうだったんだけどなアイツ。



 一体何があったんだろう。



『マスターが気になさる必要はありませんよ。女の心というものは、いつだって秋空のように移り気ですから』



 俺の脳内に、邪神の囁き声が入ってくる。



 意味があるようで無いような、そんな煙みたいなアドバイス。



 相変わらず、胡散臭いやつ。

 声だけは最高に良いんだが。




















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