第百三十七話 妨げを失くすもの








◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第二十五層





 『青銅の巨人』という文字列を見た者の大半は、身体が青銅で出来た巨大なヒト型のモノを想像するだろう。


 『巨人』といういかにも強そうな種族名に、『青銅』というそこそこの硬さを持った合金名。


 強すぎず弱すぎず、ゲームならば『強い雑魚敵』から『中ボス』くらいのランクに収まりそうなめいを冠するそのは、確かに『青銅色』をしていて、『巨大』ではあった。



 全長は二十メートル越え。


 メインのカラーリングは彩度の低い青緑色とメタリックグレーの二色、それに気持ち程度の金色が少々。



 顔面は一つ目――――というか、モノアイ。


 夕陽色をしたセンサーが所狭しとグルグル回り、俺達の動きを機械的に追っている。



 そして肩口のランチャーからミサイルをバンバカ飛ばし、手に持った大型のバスターライフルからごん太のビームを徹底砲撃こんにちわ



 『タロス』、ダンジョン『天城』の二十五層を守護する“青銅の巨人”。



 しかしてその実態は、ご覧の通り、語るに及ばず、どこに出しても恥ずかしくない程に整備された『完璧なロボット』である。




「ひえーっ! コレ思ってたのよか数倍ロボだわ、マジぱねぇっ!」



 

 爆撃とビームが飛び交う鋼鉄の戦場に、チャラ男の暢気な叫びが木霊する。



 山のように積まれたクズ鉄群スクラップ

 錆びれた大型建造物ビルを火葬する炎の雨。

 さっきまで道だったものが、次の瞬間には大穴クレーターに様変わりする恐怖と戦いながら、俺達は廃れた都市を我武者羅がむしゃらに走る。



「てか、コレが中ボスってヤバくないっすか!? 普通にアタマ張れる器でしょうにっ!」

「そうだな、俺もそう思うよっ!」



 ビルや高速道路をジグザグと駆け回りながら、俺は誠心からの叫びを虚に伝えた。



 あぁ、分かるぜ虚よ。


 武装した巨大ロボと生身の人間が戦うなんてシチュエーション、普通ならPVに乗るレベルの大事のはずなんだ。



 だがな、ダンマギ運営造物主共は、コレをPVにも乗せずにタダの中ボス戦として処理しやがったんだよ。



 奴らの言い分としては、“見どころが多すぎて、PVに乗せられなかったカットが沢山あった”んだとさ!



 クソが! 実際その通りだったのが余計にムカつくぜ!




『タロスとの距離、四百メートルをキープ! 凶一郎さん、この辺りで一度紅玉放火プロメテウスを撃ってもよろしいでしょうかっ』




 俺の左隣で並走している花音さん(翡翠風槍アキレウス形態)から、攻勢許可を求める提案が飛んできた。

 ちゃんと《思考通信》を使って発案するところが、非常に彼女らしい。


『…………そうだな』



 前方の景色を第六感霊覚で見やる。



 入り組んだハイウェイを高速で抜けながら、俺達のるビルエリアに容赦のない爆撃をかましていく青銅の破壊者デストロイヤー



 その体躯、その出力、そしてそのオーラ――――――――やっぱり、こいつが中ボス面してるのは絶対おかしいと心の中で何度もツッコミながら、俺は花音さんに所感を述べた。





『確かに《紅玉砲火プロメテウス》の火力なら、多少のは出来るかもしれない。だけどこの距離で撃ち込むにはちょっと隙が大きすぎると思うんだ。今は距離を取る事だけ考えて、妨害は後方部隊あっちに任せよう』

『はいっ、分かりましたっ』




 戦場に黒雷が舞ったのはその直後の事だった。



 灰色の空から降り注ぐ、漆黒の雷。


 更には龍の炎やら、射程キロ単位のメーザー砲まで加わった結果、現在青銅色の巨人の周囲一帯は、逃げ場のないキリングゾーンと化していた。




 街が燃える。

 建物が崩れる。


 そしてその惨状の中心で、瘴気の雷と龍の炎の洗礼リンチを受け続ける青銅の巨人。


 流石はウチの遠距離部隊。

 砲撃のことごとくが、タロスの致命的クリティカルな部分をとらえてやがる。



 だけど……



「全然、効いてないっすね」



 虚の放った言葉に、俺は頷かざるをえなかった。



 ミサイルは相も変わらず飛び交い、青色のレーザーが等間隔で俺達の傍を通り過ぎる。




 奴は火荊とユピテルからの集中砲火を受けながらもなお、駆動していた。



 繰り出す攻撃の密度に変化はない。


 霊覚で視る限り、彼我ひがの距離間もほぼそのままである。


 運動性能パフォーマンスは落ちず、殺戮生産性クオリティは衰えない。



 何故ならば、




 『タロス』の常在発動型能力パッシブスキル、【神者の証イーコール】。



 その効能は【一定値以下の属性攻撃に対する完全耐性】と【物理攻撃へのダメージ減衰】、そして【自己修復能力】というクソチートである。



 『アポロコロッサス』の【太陽神の偶像】と『トロイメア』の【我駆ける、故に馬也ランサムウェア】を足して二で割ってチューニングを施した上でえげつなさを一・五倍くらいにしたこの異能の前に、半端な強さは一切通用しない。



 しかも攻撃手段が《力任せに殴る》ほぼ一択の『アポロコロッサス』とは違い、コイツの攻撃は、兎に角苛烈で獰猛だ。



 今はユピテルと火荊がミサイル攻撃を抑えてくれているから良いものの、もしも二人の支援が途切れたら――――おぉっ、怖っ。想像しただけで小便オシッコチビりそう。




「(……まぁ、とはいえ。そろそろこっちも反撃に転じたいところではあるのだが)」



 黒雷を浴びながら前進し、龍炎に晒されながらも破壊活動を続ける青銅色の殺戮兵器キリングマシンを、霊覚しかいに収めながら、俺は金眼の暗殺者に問いかける。



「どうだ、虚。れそうか?」



 鼻に突き刺さる鉄くずと爆炎の匂い。


 したたる汗の大半は、運動量の激しさからくるものだ。


 だけどその中の何割かは、「ちょっとコレまずくね?」という感情を伴っていたんだと思う。


 タロスはやっている強い


 これまで戦ってきた中ボスの中では間違いなく最強で、多分『月蝕』で戦った突然変異体死神野郎をも上回る難敵だ。



「そうっすねぇ」



 しかし、そんな相手を前にしても、虚の様子は特に変わらなかった。




「もう少しアイツの移動速度バイブスが落ちれば殺れるっす」









 空を飛ぶ炎龍の口から巨大なメーザー砲が放たれた。


 続けて火荊の《暴君タイラント》、チビちゃんの七十二連続貫通特化型攻撃術式貫いてが襲来。



 ギアを一つ上げた後衛遊撃部隊の猛攻を前にして、ついに青銅色の巨人が進撃を止めた。


 足場を高速道路からビルブロックに移し、踵を高層ビルの裏側にくっつけながら宙空の炎龍を迎撃。



 無数のミサイルと巨大バスターライフルの砲撃が、全て上の連中へと向けられたタイミングで




「オッケーっす兄貴、暗殺ヤる条件は整いました」



 虚が、動いた。



 透明のオーラを内から放出し、周囲の塵を全て吹き飛ばしかねない程の吐息が漏れる。



 立ち方は猫立ち、後手は肩上引き、前の手は一字構え。



 弓を構えるような動作をアーティッスティックにアレンジしたような独自の型を取りながら、神獣の暗殺者が、花音さんに告げる。



「花音ちゃん、なる早で《紅玉砲火赤いの》に着替えて下さい。こっからは色んな状況ものが倍速で動きますよ」

「は、はいっ分かりました」

 


 すぐに、バトルドレスを切り替える花音さん。


 翡翠から紅玉へ。


 一瞬ピカッと光って、はい終わりチェンジ


 時間にしてゼロコンマ数秒。


 変身バンクなど流れるはずもなく、非常に効率的かつ機能的に、花音さんの鎧は変化を遂げた。


 ……くっ、切ねぇ。

 戦闘用スキルとして考えるならば、アイギスの仕様は、この上なく正解の筈なのに、何故だか胸が悲しみに打ち震える。



 分かってる。

 分かってるさ。

 現実ですっぽんぽん晒して一分強の変身バンクなんて流そうものなら、それはもう色んな意味でヤバい。



 だけど、こうなんつーか、少しくらいキラキラエフェクトとかつけてくれてもバチは当たらないと思うんだ。



 ここまでシンプルだと、オタクとしては少し寂しいというか、もにょるというか。



「ねぇ、兄貴。こういうの見ちゃうと、演出って大事なんだなーって思いません? いや、なんの事とは言いませんけど、『変身してる時になんで敵が攻撃しないんですかww』とかほざき散らかす連中にこの光景みせてあげたいっすわ。一体コレのどこに浪漫があるんでしょうね! なんでもかんでもシンプルにすれば良いってもんじゃないでしょうに!」

「うるせぇバカ、さっさと仕事しろ!」




 あまりにも正直すぎる同士を一喝すると、奴はお元気に「うぇい!」と答え、そして構えた拳を撃ち込んだ。



 タロスとの距離にしておよそ四百メートル強。

 敵は遠く、間にはビルの森が幾重にも重なっている。



 故にこのような場所で拳術を振るった所で届くはずがないのだが――――




「! 対象の動きに変動あり! タロスが地面に倒れます!」




 振動。

 雷鳴。

 爆絶。

 破砕。



 耳の中に侵入する多様性の音色。



 漆黒の雷が、双頭竜の爆炎が、青銅の巨人の身体を完膚なきまでに叩きのめしていた。



 焼け焦げるビル群。

 道の意味を『失う』道路。



 二人の砲撃は、確かに『タロス』に効いていた。



 攻撃の質や密度に変化があったわけじゃない。



 先刻さっきまでほとんど効いていなかった攻撃が、急に通るようになったのである。





「ヤりましたよ、兄貴。奴の不死身は、キッチリ殺しました」




 その原因は、単純にして明快。


 タロスの【神者の証イーコール】を、虚が解いたからである。



 物理霊術の双方に対する高耐性と再生能力を両立させたハイスペックスキルではある【神者の証】は、文字通り『神であることの証明』を肝とした異能である。



 ここでいう『神であることの証明』とは、即ち『血』であり『遺伝子』であり『霊的同意性』であり、『在り方』だ。



 青銅の巨人は、その『神であることの証明』を左かかとの中に



 ぶ厚い装甲の内部に格納された、球形の霊子動力炉アストラルリアクター


 青銅巨人が属する神話体系エピソードによくみられる【破局概念踵が弱点】を見事に体現したその欠落スキは、同時に奴の【強固な耐性】を支える基盤でもあったってわけさ。




 だから『神であることの証明その部分』を壊したのだ。



 能力の発生源であり、同時に巨人の神性の証でもある“デカい球体”を砕く。



 それこそが虚のやった仕事であり、彼でなければ敵わなかった偉業である。





 虚の契約精霊『虚空こくう』、その能力特性は“あらゆる妨げを失くすこと”



 距離、遮蔽物、外皮END外気オーラの堅牢性――――本来であれば『守るもの』として機能する筈のそれらが、虚の術の前では、おしなべて役割を奪われてしまう。



 距離を越え、遮蔽物を透過し、たとえ敵がどれだけの防御力を持ち合わせていようと、そいつを無視して内臓を蹂躙する。




 自身の領域圏半径五百メートル内のあらゆる場所に己を移し替える事のできる空間転移ワープ能力――――それこそが、虚の持つ異能にして真骨頂。




 神獣の膂力とシリーズ屈指の武術スキルを持つ達人が、射程と防御を無視して必中の殺人拳を放ってくるのだ。



 こんなもん、誰が勝てるのって話ですよ、えぇ。






───────────────────────



・虚空


虚の契約精霊。位階は亜神級上位神霊型。

能力は“妨げを失くすこと”

この“妨げを失くすこと”という能力には、主に二つの効果が備わっている。


一つは術者を中心とした半径五百メートル以内の空間に任意で転移する『ワープ効果』


術者の全身、あるいは一部、そして術者が触れているものを対象として効果が発動し、指定した場所へと転移する。


転移先に遮蔽物の有無は関係なく、座標さえ合えば本編のように対象の内側に直接攻撃する事も可能。


転移先の指定に『噴出点』と『霊力経路』を使用しているため理論上は“霊力の流れを読む”事でこのワープ攻撃を回避する事が可能だが、虚の霊力は、感知能力の化物であるユピテルが全神経を集中させてようやく視えるレベル(それも朧気な形で)の代物なので、対応策としてはとても現実的とはいえない。



そして、第二の効果『防御概念の無効化』、これは物理霊力そして【試練設定型】のルール効果を含めた全ての防御効果を全て無視するというもの。


有効範囲は亜神級上位以下で、亜神級最上位相手にも不完全ながら有効。



この為、不得手とする相手以外に対してはワープ乱発しながら撹乱し、隙を見つけて内臓抜いてハイおしまいというクソ以外の何物でもない即死コンボで圧倒することが可能。



万が一凶一郎の最初の仲間が虚だった場合、常闇編は三話くらいで終わっていたことだろう。



また、虚は素の状態で雑に殴るだけでも『トロイメア(列車並みの速度で走る列車大のお馬さん)』に打ち勝つレベルの『力』の持ち主であり、これに歴代十指レベルの技巧と、奥の手まで持ち合わせている為、順当に戦えばtier2勢(虚、ナラカ様、ゴリラ)の中でも頭一つ抜き出た勝率を叩き出せる。












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